Ark makes GENOCIDE

ホーム 小説のページ プロフィールなど 映像コンテンツ SPコンテンツ リンクについて

チャプター00 消滅

- 消滅 -


神は地上に増えた人々が悪行を行っているのを見て、神と共に歩んだ正しい人であったノアに「これを大洪水で滅ぼす」と告げ、箱舟の建設を命じた。

ノアは箱舟を完成させると、妻と三人の息子とそれぞれの妻、そしてすべての動物のつがいを箱舟に乗せた。

洪水は40日40夜続き、地上に生きていたものを滅ぼしつくした。
水は150日の間、地上で勢いを失わなかった。
その後、箱舟はアララト山の上にとまった。

40日のあと、ノアは鴉を放ったが、とまるところがなく帰ってきた。
さらに鳩を放したが、同じように戻ってきた。
7日後、もう一度鳩を放すと、鳩はオリーブの葉をくわえて船に戻ってきた。
さらに7日たって鳩を放すと、鳩はもう戻ってこなかった。

ノアは水が引いたことを知り、家族と動物たちと共に箱舟を出た。
そこに祭壇を築いて、焼き尽くす献げ物を神に捧げた。
神はこれに対して、ノアとその息子たちを祝福し、ノアとその息子たちと後の子孫たち、そして地上の全ての肉なるものに対し、全ての生きとし生ける物を絶滅させてしまうような大洪水は、決して起こさない事を契約した。

神はその契約の証として、空に虹をかけた。

 旧約聖書『創世記』──ノアの方舟より






2026年12月25日
現地時間 AM 7 :05

イタリア南部ソレント半島
アマルフィ海岸

世界遺産である世界一美しいとされるこの海岸に、この日一人の男が流れ着いた。
街の中心にあるアマルフィ大聖堂では、キリストの誕生祭で朝から活気に満ちており、街の住人のほとんどが大聖堂に集まっていた。
そんな中、ジョギング中に流れ着いた男を発見した地元の住民が、漂着した男を運び込んできたことで、事態は一変した。

男は間もなく大聖堂に来ていた医師とともに病院に運ばれたが、地元の警察が男の身元などを捜査する内に、不可思議なことが発覚した。
男は海に流れ着いていたが、ここ数年、世界各国で船の難破事件は1件も報告されていなかった。
では、男はどこからやってきたのか?
何十年も無人島で生き抜いたが、勇気を振り絞ってイカダでも作って大海へと出航したのか?
酔って崖から落ちたのか?
しかし、アマルフィ海岸周辺の崖は切り立った箇所が多く、酔って簡単に行ける場所ではない上に、そんな場所から落ちた場合、海面に落ちるまでに険しい岩肌に叩き付けられる可能性が高く、海面に落ちた場合でも全身打撲は免れない高さがある。
だが、海に流れ着いたこの男は無傷であった上に、服もほぼ無傷であった。海水もさほど飲んでおらず、溺れていた形跡も当てはまらない。
果たして、この男は一体、何者なのか。

間もなくして、この事件はヴァティカンにいる現ローマ法王、ユリウス4世の元にも届いた。

ネット上では、キリスト誕生の日に現れた謎の男こそ、キリストの復活を意味する神の生まれ変わりではないかという憶測までが流れ始め、このニュースは瞬く間に世界を席巻した──。




同日、日本
12月25日
PM 12:10

千葉市 美浜区
幕張新都心 地下施設


「失礼します。」

「ん?ああ、壬生か。悪い悪い、ちょっと、そこ掛けてくれ。」

重厚な扉を開けて入ってきた若者は、室内の重いインテリアとは逆に、カジュアルな装いで緊張感もなく軽い足取りで部屋の中心までやってきて、見事な彫刻の装飾が施されたウッドデスクの前にあったアンティーク調のウッドチェアに腰掛けた。

「お前さぁ…また仕事サボったらしいな?やる気ねぇなら、辞めたほうがいいんじゃねぇのか?」

「あー、サボったつもりはないんすよね…ただ、忘れてたっていうか、寝坊したっていうか。やる気はあるんすけどね…気持ちに体がついていかない、みたいな?」

「わかったわかった…もういい。次は気を付けろよ?次やったら、お前、クビだからな?ほら、もう行った行った。」

壬生は頭をポリポリと掻きながら、悪びれもなく部屋を後にした。

「……ったく、最近の若い奴はどうなってんだよ。実力はあるのに、もったいねぇな。」

出て行った壬生という男は、採用試験で驚異的な結果を叩き出していた。
射撃、格闘術、身体能力検査、難問読解、どの試験もトップで採用された稀にみる天才だった。
しかし、性格にやや難があり、やる気があるのかないのか、任務の成功率は極めて低く、上司にもあっけらかんとした態度を取ることが多かった。

──問題児ほど可愛いというが、アイツに限ってはないな。そう思えば、嵐なんて可愛いモンだった…か。

ここ、部隊編成室は新生JACKALの新たな部署であり、これまでは個人プレーだったテロリスト暗殺任務を必ず2人1組で行うよう取り決めが成された。その新たな部署の室長となったのが、過去の罪歴は暗黙とされ、多大な功績を残し、今は現場を退いた京極その人だった。

とはいえ、昨年末には米国が圧倒的な戦力で中東のイスラム系過激派組織を完全に殲滅し、日本でも新生JACKALの活躍が目まぐるしく、もはや過去に起きたような大きなテロは皆無となり、次世代の脅威となりうる小さな可能性の因子を紡ぐだけの簡単な任務ばかりが日常茶飯事化していた。

本来であれば、完全平和へと突き進むこの時世を喜ぶべきではあるのだが、JACKALでは任務としてそんな煮え切らない現状に不満を持つエージェントも少なくはなかった。
さきほどの壬生もその一人だ。有り余るほどの才能を持ちながら、活かすことのできない任務ばかりに、苛立ちさえ感じているのだろう。
だからこそ、室長である京極にも、ちゃんと向き合うこともなく曖昧な態度ばかりを取ってしまうのではないかと、京極は踏んでいた。

──さて、今日も平和だろうが、とりあえずニュースでも見るか…。






その頃──

JACKAL地下施設
トレーニングルーム


──やる気なんて出る訳がない。俺はもっと評価され、嵐や京極が残したような大きな任務を100%のチカラで遂行したいっていうのに。

心斎橋、銀座と立て続けに本部が崩壊したJACKALの新たな本部として建設されたのが、千葉市美浜区の幕張新都心の地下施設である。東京湾を埋め立てて築き上げられ、東京の第二の都心として担うべく、オフィスや公共施設が密集したここ幕張新都心の地底に本部を設けることによって、広大なスペースを確保することができた。
地上は一見、何の変鉄もないオフィス街だが、街全体の地下を本部にしたため、影の幕張新都心の街と言っても過言ではないほどの施設が立ち並んでいる。
地下に本部を築いたのには、2つの理由があった。
1つは既述の通り、広大なスペースの確保。
そしてもう1つは、国民のJACKALに対する秘匿性を今一度、底上げすることが目的だった。JACKALという存在は知っているが、本部がどこにあって、誰が長官で、どんなエージェントたちがいるのか…今では国民たちは何も知らない。いや、知る術もない。

エージェントたちはこの地下で暮らしている。
暮らしているということなので、当然ながらエージェントたちの集合住宅が完備されており、コンビニ、スタバ、スーパーマーケット、TSUTAYAなども、この地下の施設に並んでいる。まるで都心に暮らしているのと変わらないほどに、何不自由なくエージェントたちはこの地下で暮らすことができているのだ。
そして、任務を遂行するための訓練場や会議室はもちろん、日本全国の都心全域に張り巡らされた防犯カメラと更には軌道衛星から送られてくる都心以外のリアルタイム映像などで監視しているテロ対策管理室など。
2度も壊滅の危機に瀕したJACKALは、国会でももはや国家組織のトラブルメーカーのレッテルを貼られ、解散の末路を待つだけの虫の息となっていた。そんな頼りない“国防の要”の影響もあり、内閣の国民の支持率は過去最低の3%まで落ち込んだ。やむ無く、総理は内閣改編を強いられ、それに伴い、防衛省も新任の丹後正宗という男が大臣の席に就いた。そこがJACKALの運命の分かれ目だった…彼の手腕により、この数年で劇的な進化を遂げたJACKALは再建の事実だけが報道で流され、秘匿性の底上げを念頭に置いた再生政策により、その他一切の事実は伏せられたままだった。しかし、その甲斐もあって、近年のJACKALは過去最強の防衛力を見せ、内閣の支持率回復に一役買ったのであった。

本部の最新設備によるところもあるが、丹後大臣が組織のトップに据えた人物の手腕も、JACKALの運用性の高さを再証明して見せた……


トゥルル、トゥルル──

部隊編成室の(京極が一番嫌いな設備である)内線が鳴った。

「はい、こちら部隊編成室。」

“京極室長。長官から少しお話があるそうです。長官執務室までお越しください……ガチャ”

──だから、嫌いなんだよ…内線。気安く呼び出すんじゃねーよ、ったく。

 まだ、新築でありがちな壁面や天井から臭う塗料に含まれる防腐剤のシンナー臭に眉を歪ませつつ、ブツブツ小言を言いながら長い通路を歩いていく京極。

「長官、なんでしょう?俺もヒマじゃないんで手短にお願いしますよ。」

「ちょっと、京!今日のディナーの予約、何時からにしたの?」

「……長官。いや、真希さ、それ、わざわざ呼び出さなくても内線で確認できたよな?そもそも、私用で内線使うの止めようぜ?」

「話を逸らさないでくれる?……まぁいいわ。今日は必ず定時で上がるわよ、いいわね?」

「はいはい、定時ね……でもまぁ、クリスマスだからな…浮かれたバカがはしゃいで大きな事件を起こさねーことを祈ってるよ。」

もうお分かりだろうが、JACKALの新たな長官に選ばれたのは、警視庁でも優秀な功績を上げていた『鴉 真希』だった。
妻の尽力もあって、京極は過去に犯した綾部としての過失を償うために入所したNYの刑務所での残りの刑期を免除され、さらにはJACKALに復帰した後、役職まで手にすることが出来たのだ。
しかし、京極は妻の優しさに感謝しつつも現場を退く役職になったことに関してはいささか穏やかではなかった。

今年30を迎えた京極のことを思い、死と隣り合わせのハードワークな現場から外したのは、これから夫婦二人で我が子のように新たなJACKALを縁の下から支え育てていきたいという、鴉なりのちょっとした乙女心の表れなのだろう。
そんな鴉の思いも京極はわかっていただけに役職の席には就いたが、心のどこかで現場への未練をまだ捨てきれずにいたのも事実だった。

──嵐のヤツ、今頃どこで何やってんだろうな。フッ…お前のことを羨ましく思ったのは初めてだ。今の俺はVTECではなくなったホンダの電気自動車といったところか…地球に優しくなんて俺らしくもない。いかんいかん、俺としたことが、感傷的になっちまった。これも年ってことか…。

自分のデスクに戻った京極は、革張りのチェアに身を委ねながら過去を振り返り、瞼を閉じた。







アメリカ合衆国
12月24日 PM 11:09

ワシントンDC ホワイトハウス

「大統領!大変です!!気象庁からの報告で北米大陸の全ての沿岸部に向かって沖合い30q先から高さ1,000mほどのモンスター級の巨大な大津波が時速80q/hで押し寄せているそうです!!」

大統領の元へ駆けつけたのは、精悍な面立ちの黒人男性、ハリス・ジェイド国防長官だった。

「なんだと?!どういうことなんだ!!全ての沿岸部に同時に津波が押し寄せることなど、ありえるのか?!とりあえず、沿岸部半径50q以内の住民に避難勧告だ。軍にも住民避難の援助に向かわせるんだ!」

突然の厄災の報告に戦慄が冷める間もなく、今度は大統領次席補佐官が執務室に走り込んできた。

「大統領!各州の都市部の水道管が至るところで破裂し、道路が冠水し交通網が完全に麻痺しているほか、山間部では近隣のダムが謎の爆発によって決壊し、麓の村がすでに水没してしまったとの報告が!」

「すでに水没してしまっただと?!なんてことだ……神よ。」

未だかつてない合衆国全土が謎の水害危機にさらされるという事態に、ホワイトハウス内は一気に慌ただしくなった。
ペンタゴンから軍の最高責任者ルーカス・マセラティ将軍が召集され、専用機で外交のため日本に発つ直前だったミシェル・ランサー国務長官も空港から至急戻るよう大統領補佐官より連絡を受けた。
1qを超える高さと合衆国を覆い込むような広範囲な大津波と謎の水害による危機に、ホワイトハウスへと合衆国のトップクラスが次々に集まった。


合衆国に襲い掛かる前代未聞の大津波…
これは旧約聖書に記されていたノアの方舟の時と同じく、神の裁きによるものなのか…。


そして、現地時間で日付が変わり、25日──
太陽が昇るその前に、白き要塞 ホワイトハウス、そして全米が地球上から跡形もなく水の底へと姿を消した。




日本
千葉県幕張市
PM 5:21

「鴉長官!!大変です!こんなメールが防衛省宛に送られてきたそうです…」


    受信日時:2026年12月25日 4:56

【神の末裔であるイスラエルの民を根絶やしにしたアメリカ合衆国は神の裁きを受け、大洪水により消滅した。】


「な、なに…この妄想好きな中学生が書いたような悪質なイタズラメールは。送信元はどこ?」

「それが…米大統領が各国首脳陣と連絡をとる際に使われる特殊アドレスなので、おそらく米ハスラー大統領から…かと。」

「……え、じゃあ、このメールは…。急いでジェットを用意して!それと!京極と…あと誰か一人、空きのあるエージェントをここに呼んで頂戴!」

──なんなのよ、クリスマスに神の裁きだとかアメリカが滅んだとか…縁起でもない。笑えない冗談だわ…。


 トゥルル、トゥルル──

部隊編成室の内線が再び鳴った。

「ディナーの予約は19時から!で、ナニ!!?」

“あ、あの京極室長…長官が大至急、空きのあるエージェントを1名連れて執務室まで、と……”

「え、あ、ああ、真希じゃなかったのか…取り乱してすまない。すぐに行くと伝えてくれ。」

──大至急?あの真希が大至急なんて言うからには、何か問題が起きたのか…。

思考を巡らせながらも長官執務室からの内線電話を一度切り、ある番号に電話を掛ける。

「もしもし、俺だ。お前、ヒマだろ?長官執務室まで今すぐ来い。いいな?」

部隊編成室を出て、ここでも腕を組み、考えを巡らせながら執務室へ向かう。T字路の廊下で呼び出したエージェントと鉢合わせた。

「長官のとこに一緒に行くってことは、とうとう俺、クビですか?」

「知らねーよ。長官殿が暇なヤツ連れてすぐ来いって言うもんだからよ、暇なヤツって言ったらお前しか思い浮かばなかったんだ。それだけだよ。」

京極が呼び出したのは、先程の問題児、壬生だった。
壬生は京極の言った理由に不服そうな顔一つせず、まるで他人事のように平然としている。図太いというべきか、肝が据わってるというべきか、京極はそれについては考えないことにした。

「真希ー?入るぞー。どうしたんだよ、何か事件か?」

「……京、このメール、どう思う…?」

「ん?……裁き…アメ…リカが…消滅…?なんだよ、これ。若手芸人のギャグか何かか?」

「違うわよ!たぶん…たぶんだけど…事実よ。」

「オイオイ…アメリカが消滅って、北朝鮮がしょっぼい核兵器を数発撃ったとしても、あの国は消滅なんてしないぜ?…大洪水ぐらいでどうやってあんな大国が滅ぶんだよ。どっかアメリカに恨み持ってるオカルト好きのバカが送ったイタズラだろ。」

「私だって最初はそう思ったわ…でも、送信元は大統領が使用するシークレットアドレスなのよ…ハッキングでさえ、このアドレスには全く干渉ができないほど、セキュリティの塊みたいなこのアドレスから送られてきてるの。ただのオカルト好きのバカがやったとは思えないわ。」

「失礼します!長官、ジェットの準備が整いました。」

鴉長官を補佐している秘書の深草が部屋の扉を開け、扉の前で報告した。
この報告を横で聞いていた京極のこめかみを一筋の冷たい汗が流れ落ちた。

「まさか、今から米国まで行くとか…言わないよな?」

「そのまさかよ。百聞は一見に如かず…オカルト好きのバカのイタズラか、神の裁きか、みんなで確認しに行くのよ。」

「クリスマスだぜ?予約してるディナーどうするんだよ?それに、なあ、壬生?お前も今夜は彼女とデートだろ??」

「いえ、自分、彼女いないんで。」

「お前ってヤツは……。わかったよ、行けばいいんだろ、行けば!」


かくして一向は、JACKAL専用の小型ジェットで合衆国の生死を確認するべく、サンタクロースのソリのようにクリスマスの夜空に飛び発ったのだった。

Chapter.01 PARASITE >>

>

web拍手 by FC2

チャプター00〜03のページに戻る

目次に戻る

inserted by FC2 system