Ark makes GENOCIDE

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チャプター01 寄生

- 寄生 -


幕張から離陸して12時間後──

日本時間 12月26日 AM 5:49
ハワイ諸島上空

「まさかクリスマスを機内で過ごすことになるとはな…朝日とか出ちゃってるし、青い海と朝日。本当なら最高に気持ちのいい景色なんだがな。それにしても、合衆国消滅って、ハワイ諸島はあるじゃねぇか…やはりイタズラじゃないのか?オカルト好きのバカじゃなくて、オカルト好きだったハスラー大統領のイタズラだったりしてな。」

「馬鹿言わないで。もしそうだったら、大統領といえど、私は暗殺の標的にするわ。それが事実なら世界を混乱に貶めた悪質なテロと変わらないもの。」

真顔で話す鴉の表情を見て、京極は『コイツ、本気だ…』と悟り、ゆっくりと鴉から視線をずらした。
そんな夫婦のやりとりを気にも留めることなく、壬生は自分のスナイパーライフルを熱心に手入れしている。

──もし、この事件が本当なら敵は神を語る巨大な組織。未だかつてない厳しい任務になるに違いない。これだ、俺が待っていたのはこういう任務なんだよ…!絶対にこの任務、俺がやってやる。

ずらした視線の先には、瞳を爛々とさせながら、どこか顔をほころばせてライフルを磨いている壬生の姿があった。
これもあんまり見ていて気分のいいものではないなと、京極は同乗していた鴉の秘書である深草へと視線を移した。

深草 雪舞(せつぶ)。JACKAL改変の際に総務省から引き抜かれた東大経済学部卒の才媛だ。政治経済に関する知識はもちろんのこと、心理学を専攻していたこともあってか、人の癖や生活習慣からその人間の性格や、行動パターンを見抜くことにも長けている。行われたテロの傾向から、どういった人物像かを鴉に助言することもしばしばで、それにより迅速なテロリストの割り出しに成功し、任務の成功率を高めた影の立役者でもある。
そして極めつけは、鴉を上回る端正な容姿…クールビューティーという呼称は彼女の為にあると言っていいほどの美貌。
しかし、鴉がなぜこのような人選を承諾したのか…。
京極という男のこれまでの人生傾向を考えれば、深草を秘書に迎えることは京極の好色の的となることなど必至。
それには、ある理由があった…。

──君はどうしてそんなにも美しいのに、男なんだ…。一度、真希の目を盗んで抱こうとしたあの時の衝撃はもはや悪夢でしかない。俺に言わせてみれば、これこそが神の裁きだぜ、全く。

「…京極室長、何かご用ですか?」

「え…あ、いや、何でもない…。」

──ダメだダメだ。見惚れてしまっていた。コイツは男…鑑賞専用なんだ。落ちつけ、俺。

そこから更に1時間が経過し、間もなく合衆国上空へと差し掛かろうした時だった。壬生が何かを見つけたのか、珍しく大きな声を出した。

「エンパイアステイトビルの半分が水面から出てる!やっぱり合衆国は滅んだんだ!!」

まるでそこには大陸など何もなく、穏やかな海から岩肌が時折のぞいているような光景のようだった。ただ海面から突き出ていたのは、岩肌ではなくエンパイアステイトビルだったというだけで。よく見ると、ほかにもいくつか建物が突き出していたが、どのビルも半分以上が水没している。

「なんてことを…。どうやら、水没したのは事実のようね…ハワイ諸島上空の時点で、領空に無断で侵入してるのにエアフォースから何の警告もなかったから、まさかとは思ったのだけれど…。」

「そうだな…これが神の裁き…か。生存者はどうだろうな。さすがに大国のアメリカのことだ、こうなることを数時間前には察知して大統領あたりの人間だけでも国外へ脱出させてそうだがな。」

「どうかしらね…ここまでの規模の大きな水害をどうやって起こしたのか未だ見当もつかないけれど、もし脱出できていたとしたら、どこかの国にひとまず降り立っているはず。とにかく、これはとんでもない事態よ。どこの国もこの事態を他人事ではなく、明日は我が国のことかもしれないと、すでに国会で対策を議論しているに違いないわ。すぐに戻って、私たちは今後に備えましょ。」

京極たちを乗せたジェットは大きく旋回し、日本への進路へと戻った。
神の裁きを騙る謎の宣告の通り、北米大陸は見事に沈没しており、消滅していたのを目の当たりにし、出発前までは半信半疑だった京極もようやくこの事態を重く受け止め始めた。もし、日本にも同じことが起こったら?現状では確実にそれを回避する方法など皆無。一刻も早く、合衆国を沈めたカラクリの謎と、それを行ったテロリストの暗殺が急務だった。
すでに京極の頭の中では様々な憶測が廻っていた。

──北極の氷河が溶けて海面が上昇したのなら、日本も沈んでいる。やはり誰かが…いや、誰かなんて個人規模でできる仕業ではないな。やはり大きな組織か、イスラム過激派に代わる新たな武力勢力の台頭なのか。アメリカに恨みを持っている組織なんてそれぐらいだろう。中国や北朝鮮もアメリカのことを良くは思ってなかっただろうが、そこまでする勇気も兵器開発のテクノロジーもないはず。

そんな考えを巡らせている内に、京極はいつの間にか眠りに落ちていたた。目を覚まし気が付いた時には、すでに日本領空内に入っていたようで、日は落ち、空は暗闇へと変わっていた。窓の外にはかろうじて沖縄本島らしき島が見えている。
何やら話し声が聞こえてくるので鴉のほうを見ると、誰かと電話で話しているようだった。

「……はい、了解しました。すぐに戻ります。あと2時間ほどで戻れるかと思います。はい…はい…では、失礼します。」

「誰からの電話だ?」

「堀川外務大臣から。ハスラー大統領が日本に来ているらしいわ。」

「……やはり脱出してたか。で、日本に来てるって…抜け目ないねぇ…。」

 

3時間後──

PM 8:33
東京都港区赤坂
駐日米国大使館

そこには、ハスラー大統領とベリーサ大統領補佐官が落ち着かない様子で正面玄関前に立っていた。
京極たち3人はJACKAL本部の滑走路に着陸した後、そのまま大使館からの迎えのロールスロイス ファントムで東京赤坂の大使館まで連れてこられた。

「大統領、ご無沙汰しております。よくご無事で。」

「鴉長官、よく来てくれた。すぐに話がしたい。他の者たちは席を外してくれないか?」

「京、ごめん…少し待っててくれる?」

「了解。壬生、俺達は邪魔だとよ。散歩でもしてようぜ。」

「いや、いいです。もう俺は必要ないでしょう?先に帰ってます。」

「……あーそー。ったく、本当に可愛くねぇ奴だな。」

帰宅の承諾を待つまでもなく、足早に大使館を出て行った壬生の後ろ姿を横目で追いながら、ボヤく京極。
気怠そうに表に出て、煙草に火を点ける。見上げた空は機内で見たとびっきりの朝日とは対照的に、今の京極の気分を表すかの如く灰色の雲で覆われており、今にもひと雨降りそうな匂いがした。

──アメリカが滅んだ。もしこれが人の手による人災だとしたら…どれだけ巨大な敵なのだろうか。JACKALが日本の国防組織とはいえ、友好国のアメリカが滅んだとなれば安保理の関係で自衛隊は当然のこと、俺達も参戦せざるを得ないことになるだろう。世界は…どうなっていくんだ……。

 

米国大使館 応接室

「鴉長官、ご存じの通り、我が国は大津波による水害で滅んだ。だが幸い、早期発見により、国民の3割は各州の地下に設けていた巨体なシェルターに避難させることができた。そして、我々、首脳陣はその事実とともに救いの手を他国に求めるべく脱出した。」

「なるほど…しかし、それでも国民の7割は救えなかったのですね…なんとも痛ましい。大津波ですが、これは何が原因かまだ不明なのですか?」

「いかにも。大津波到達まで海底火山の噴火、地震、気圧や気象関連あらゆる天災の可能性の観点から調査を行ったが、そういった事象は見つからなかった。」

「……では、やはり人災…もしくは神の裁き…なのでしょうか?」

「わからない。だが、我々が脱出した直後にホワイトハウスのサーバーがハッキングされ、あのようなメールが送信されていることを考えると、大津波をどうやったのかは謎だが、やはり神の裁きを騙るサイバーテロの可能性も考えられる。人災のほか考えられないな…。」

「……サイバーテロ…ですか。ところで大統領、今後どうされるおつもりで?」

「私の他に、国務長官や国防長官がEU諸国に飛んでいる。そこで協力的な各国の足並みが揃い次第、まずは沈没した北米大陸から国民の救出を行いたい。それから、サイバーテロ組織の目的は我々だけだったのか、もしかすると、すでに次の裁きの対象へとロックオンしているのかなど、大国と呼ばれる政府へ災害の警戒を最大レベルにまで引き上げるよう喚起する必要もある。このあと、御所首相と桃山防衛大臣との会談でも協力を要請するが、ぜひ君たちJACKALの面々にも協力してもらいたいと思い、先に君に来てもらった。」

「わかりました。そういうことであれば、私達は協力を惜しみません。私達の役割としては、早急にサイバーテロ組織の割り出しと、その首謀者の暗殺、および組織殲滅でしょう。早速、エージェントに調査へ向かわせます。」

鴉は立ち上がり、握手を交わして応接室を出た。
京極の姿が見当たらない…外に出てみると、灰皿の前でスーツを着たブロンドヘアーの女性と談笑している京極がいた。

「お待たせしました、京極室長。行くわよ。」

「え、あ、ああ、おお…了解…。」

殺気に満ちた鴉のプレッシャーに、クールに微笑していた京極の顔からは一気に血の気が引き、ブロンド女性の方を振り返りもせず鴉の後を追いかけた。

「ど、どうだったんだ…?」

「本部に戻ったら、すぐに部隊の編成を始めて頂戴。ホワイトハウスの堅牢無比なサーバーをハッキングして送られた例のメールのことを考えると、大津波の件は未だに謎だけれど、サイバーテロの可能性が高いわ。とりあえずは組織の割り出しを最優先に調査を進めていくしかないわね。」

「なるほどな…了解。送りの車も用意してあるらしい。それで本部に戻ろう。」

「で、あの子と何を話していたのかしら?」

「なっ?!…ゴホン。いや……アメリカが沈んで大変だねーハリウッド映画とかメジャーリーグとかもう見れないのかなーって話を面白おかしく話していただけだ。気にするな。」

「あら、気にしてないわよ?ただ後ろから刺してやろうかと少し思ったくらいだから、気にしないで頂戴。」

──いつか死ぬな、俺…。

 

 

その頃、壬生は──

──あまりアテにはならないけど、何か見つかりゃラッキーってことで…神の裁きで検索っと…。んーなになに?

大使館から歩いて永田町駅まで行き、有楽町線で数駅。そこから京葉線に乗り換える。
壬生は車内で今回の事件に繋がりそうなネタをスマホで探していた。

──イエスの生まれ変わり現る…キリストがついに現代に甦った?ヤフーニュースなのに、なんだこのコテコテの宗教ネタは。ん?待てよ…似たようなツイートや記事が異様に多いな。2ちゃんねるのスレッドでも盛り上がってる…。詳しく見てみるか。

“キリストって神様だよな?昔に一度甦ってるよな?つーか、復活するなら死ぬなよって思うんですけどwww”

“神が甦ったってことは、神対応とかて神が付く言葉、うかつに使えなくね?”

“いやいや待てよおまいら。これはきっとカトリックか何かの布教を目的としたプロパガンダの可能性もあるかもしれんぞ”

“神が甦ったって?マジか!なら、神様!頼むから俺の嫁であるアニメ○○の□□ちゃんとガチで結婚させてくれ!!”

──アテにした俺が馬鹿だった…なんだこのくだらないヲタトークは。全員まとめて殺してやろうか。……いや…待てよ。このヲタたちが口を揃えて言っている『神が甦った』って、どういうことだ…?他にもっと詳しくわかる内容は……

“神が再びこの地上に降臨した。これにより新たな天地創造が始まるだろう。”

──天地創造って…大津波による合衆国壊滅のことを意味しているのか?コイツにコンタクトをとってみるか。

『天地創造って、やっぱ合衆国を飲み込んだ津波のことですよね?これからも似たような奇跡が起きると思いますか?』

──よし、これで何らかのリアクションがあれば、もっと突き詰めてやる。

スマホの画面から一旦視線を外すと、車窓の外は海浜幕張駅のホームだった。

──うお!やべっ!?もう着いてたのかよ!!

急いで立ち上がり駆け降りようと開いていた扉に近付いたが、鼻先から親指一本分の距離を置いて、逃げ出す獲物の行く手を阻むかのように扉はそ口を閉ざした。

──はい、最悪…。次の駅で降りて、歩いて帰るか…チクショウ。

 

その頃──

PM 9:10 総理官邸

マスコミ関係は一切立入禁止の極秘の日米首脳会談が開始してから30分ほどが過ぎていた。

「大統領、い、今…何と?」

「この件に関して、日本の軍指揮権を私とジェイド国防長官、そしてマセラティ将軍に譲渡して頂きたい、と申した。桃山防衛大臣、まずはあなた方が後日、議論するであろう我が国消滅の件に関する軍事行動について、ジェイド国防長官とマセラティ将軍も閣議に参加させて頂く。」

終始、眉間にシワを寄せただただ話を聞いていた桃山だったが、ハスラー大統領のこの突拍子もない発言に激昂して口を開こうとした。おそらく説教じみた反論を長々とこの故郷を失くした外国人に浴びせかけるつもりでいるようだったが、それよりも先に御所が異論を唱えた。

「ハスラー大統領、お気持ちはわかりますが、ここは日本。この国にいる以上は、我が国のルールを守って頂かないと。今も海の底のシェルターに避難している合衆国国民の救助活動はすぐにでも指揮して頂き、救助隊を向かわせますが、敵が誰かもわからない組織への武力介入について、あなた方が軍事のイニシアチブを取られるというのは、少々出過ぎた真似だと思います。あなた方は現在、日本への亡命者であり、我が国の保護下にあるも同然…もちろんVIPとして丁重におもてなしは致しますが、それ以上でもそれ以下でもありません。軽はずみな言動はお慎みください。」

世界のリーダー国を自覚している合衆国大統領にとって、これほど屈辱的なことはなかっただろう。先進国であり、友好国でもあるが、たかが科学力と独自の文化が優れているだけの島国である日本に、ただのVIP客としてしか扱われない口惜しさといったら、腹わたが煮えくり返る思いだったに違いない。

──我々がやむ無く亡命者になったのをいいことに、調子に乗りおって…今に見ているがいい。弱小の日本軍など最初からアテになどしていない。JACKALがすでに動き始めているのであれば、後は引きこもってる根暗なサイバーテロ組織が引きずり出されるのを待つだけ。

「そうだな…つい気持ちが急くあまり無茶なことを申し上げた。申し訳ない。では、客人らしく果報をゆっくりとお茶でも飲みながら待たせて頂くよ。失礼。」

(大統領、いいのですか?あのような無礼なことを言われたまま引き下がって。)

会議室を出てすぐに、歩きながら複雑そうな面持ちでベリーサ大統領補佐官が小声で耳打ちしてきた。

「構わないさ。私は最初から日本軍には救助活動くらいしか期待していなかったからな。日本の安保理条約が可決されて10年以上が経っているが、未だに敗戦国のトラウマを破ることなど出来ていないのだよ、この国は。弱者に助けを求めるほど我々は無能ではない。敵の捜索はJACKALに任せて、我々はのんびり高みの見物でもするとしようじゃないか。それに北米大陸が元の姿を取り戻すまで、おそらくは数年、いや十数年は要するだろう…それまでは、この国でのんびり過ごさせてもらおうじゃないか。」

 

 

JACKAL本部へ戻る道中の車内では、京極がタブレットで部隊編成可能なエージェントたちを検索していた。

「おい、真希……少しマズイことが発覚した。」

「何よ…貴方が言うマズイことなんて、浮気とか女関係が絡んだことぐらいじゃないの?」

京極が死んだ魚のような目で真希を見つめた。

「何よ…?」

「あのさ…もう少し旦那を信用しろよ……。違う違う、ここのところテロがほとんどなく平和ボケしていたこともあって、エージェントの半数以上に有給消化と銘打って長期休暇を許可していた。おそらく正月が明けて、1月の中旬くらいにならないと誰も戻ってこねぇ…。残りのエージェントは北朝鮮のわりとデカイ案件で出張に出ている。」

痛烈な表情で鴉は髪をかきあげ、大きなため息を漏らした。

「貴方。それ、本気で言ってるの…?どうして半数以上のエージェントを一気に休ませるのよ!!もしものこととか考えないワケ?!信じられない!てことは、なに?もしかして今、JACKALのエージェントで稼働可能なのは、壬生君だけってこと?」

「……と俺…なんてな。」

ちょっとした可愛いジョークのつもりだった。

「じゃあ、貴方と壬生君でこの件、担当して頂戴。私は本部に戻ってから桃山大臣に出す作戦実行の手続きの書類など大キライな事務仕事が山ほどあるから、頼んだわよ。」

ジョークのつもりだったが、現実になってしまった。
しかし、壬生とチームということが京極にとっては唯一の救いだった。
性格に難はあるが、腐っても天才と目される実力者。京極の懸念材料である長いブランクもはね除けるほどの活躍を見せてくれるだろうと京極は密かに期待していた。

 

 

PM 9:51
幕張 JACKAL本部

「もしもし、壬生か?俺だ…今、どこにいる?何?帰った?お前、あと9分はまだ勤務時間内だぞ。どうして帰るんだよ。ん?仕事もないのに残って、税金泥棒と呼ばれたくないから?馬鹿言え、お前はすでに税金泥棒だよ。いいから戻ってこい。お仕事だ。」

30分後──

「京極室長って、本当に人使い荒いですよね。で、仕事って何ですか?」

気怠そうにやってきた壬生の第一声はやはり、京極を上司とも思わない発言だった。

「例の合衆国の件…まずは、ホワイトハウスのサーバーをハッキングしてメールを送ってきたハッカーを探す。」

「……どうやって?」

「え……えーっと、手探りで?」

「お疲れっしたー。」

「ちょっと待て!冗談だよ…帰んなって…。」

「あの、余計なお節介かもしれないですが、合衆国消滅の件なら、手掛かりになりそうな事案がありましたよ。」

「なに?マジか?手掛かりになりそうな事案って何だよ?」

「ハッカーからのメールに“神の裁き”って表現があったでしょ?だから、神の裁きについて色々調べたんだ。そしたら、こんな事件があったみたいで……」

──12月25日に南イタリア アマルフィ海岸に神の復活を予期させる男が漂着…この数年、難破事故もない海に男は無傷で海に流れ着いていた?

「この男と神の裁き、関係なくないか?」

「そうでしょうか?…神の裁きと謳っている以上、神かもしれないと言われるこの男の出現を利用して、テロを行ったって可能性もゼロではないと思いますがね。」

──神の裁きを騙るってことは、イタリアに流れ着いた神の生まれ変わりかもしれない男にテロの罪を擦り付ける為のメールだったのか?そんなすぐにバレる嘘など意味があるのか?逆にその神の生まれ変わりの男が今回の件の主犯だったとしても、そんな回りくどいやり方をして何のメリットになるっていうんだ?……ダメだ、宗教に全く興味がない俺にはわからん。

考えるのを止めた京極は、指示がなかったにも関わらず、独自に合衆国消滅の件について調べていた壬生の心意気を立てるという名目で壬生の案に乗っかることにした。

「どうやら、ようやくやる気になったようだな。まぁ、手掛かりゼロよりはマシだ…よし、行くか。イタリアに。」

「室長も行くんですか?」

「えっ?!…あ、ああ…実はだな、今回の作戦は休暇ラッシュで人手不足ということもあってな…俺とお前でチームを組むことになった。ということで、宜しく頼むな。」

「へぇ…室長とチームですか。そいつぁ光栄なことで。さ、行きましょうか。」

──壬生のヤツ、社交辞令を棒読みで言いやがった…フッ、ナメられたものだな。

 

 

 

ロシア
サンクト・ペテルブルク

PM 4:12 エルミタージュ美術館前

「へーっっっぶしゅっっっ!!」

「大丈夫?やっぱロシアの北の方は寒いね。」

「なぁ、もう任務終わったんだし、早くホテル帰ろうぜ…もう日も落ちそうだし、このままじゃ鼻水まで凍っちまうよ。」

「あと1ヵ所だけ!えっと…血の上の…救世主教会…だったかな。そこ見たら帰ろ、ね?」

「な、なんだよ、そのグロテスクな教会らしからぬ名前は…ったく、しょうがねぇなぁ。」

この日も穏やかに降り続ける雪の中、白く染まった道を歩いて14分。
街中の各地に点在するバロック様式の教会とは異なり、街中でもひときわ目立つ中世ロシアのナショナリズムが色濃く残るその建築様式は1qほど離れたところからでも視界に捉えることができた。

「なんか、すげぇな…特にタージ・マハルみたいなタマネギ型の屋根とか……ん?なんか、すごく混んでねぇか?建物の前にすごい人だかりが……」

「ホントだ…何かあったのかな。いってみよう?」

運河と並んだ歩道沿いに普通の建物と同じように一画にそびえ立つ教会からは、温かな光が零れ、深紫の空と相まってより神聖な雰囲気を醸し出している。入口の前には多くの人が中に入りたそうに震えながら中の様子を気にかけていた。

「すみません。あの、何かあったんですか?」

ロシア人といえば誰もがイメージする、ファーに覆われた帽子“ウシャンカ”を被った恰幅のいい初老の男性に声を掛けた。

「とうとう現世に神が復活したんだよ!ここでは今、神父が神が復活されたことを受けて緊急のミサを開いてると聞いて来てみたんだが、この有り様だ。仕方がないから外でこうやって讃美歌を聴きながら祈りを捧げてるんだよ。」

──神が復活?へぇ…神様って本当にいたんだ。……神?!

「ちょ、ちょっと待ってくれ!今なんて…神が復活ってどういうことだよ?!キリストが甦ったっていうのか?」

「ああ、いや、正確には神の生まれ変わりらしいが。イタリアでイエス誕生の日である12月25日に神の生まれ変わりとされる男が現れたらしいんだよ。で、その怪しい男を取り調べた結果、なんとローマ教皇も認められたっていうんで、正真正銘のイエスの生まれ変わりだったって訳だ。しかも、どういう訳かアメリカに、聖書の創世記にあるノアの方舟の時のような大津波を起こして裁きを下したらしいんだ。憎たらしい米国をあっさり滅ぼしちまうあたり、新しい神様はよ〜く判ってらっしゃる。だから、現金な話だが、これからはワシも信心深く生きようと思ってな…教会に足を運んだんだよ。」

嬉しそうに騙る男性の話を聞けば聞くほど、悪い予感が胸を締め付けた。
きっと何かウラがある…二人ともそう感じていた。

「美波…一度、本部に戻るぞ。」

「あ、待ってよ!嵐ちゃん!」

突然、来た道を戻るように駆け出して行った若い二人の男女。ロシア人の男性は何が起きたのかさっぱり解らず、雪の中に消えていく二人の姿をただ呆然と見つめることしかできなかった。

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