Ark makes GENOCIDE

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チャプター04 処刑

- 処刑 -


ヴァチカン市国
ローマ教皇庁

「つい先日、アメリカに大きな悲しみが訪れました。多くの人達がさぞ胸を傷めていることでしょう。しかし、巷では神の裁きが下ったと揶揄する声も少なくはありません。では、何故そのような声が挙がったのか?声無き声に耳を傾けるのです。米国…常に世界の情報発信の最先端に立ち、新しい技術と文化が生まれていた国。だがしかし、光があれば闇もある。高層ビルに囲まれた華やかな街から少し外れれば、そこは高層ビルの陰。街はスラム化し、学校にも行かない若者たちから大人までもがドラッグ、殺人、武器密売など犯罪に塗れている。アメリカは世界でも有数の犯罪大国であったのも事実なのです。旧約聖書の中にある創世記6章に、ノアの洪水物語という節があります。
神はその昔、地上にあふれた人間の愚かな悪業を嘆き、地上を大洪水によって、ひとたび無に帰することで創世を行ったというお話。そして、この物語の結末は、箱舟によって生き残った正しき人、ノアが神を祀った祭壇を築き、その行いを神が祝福し、二度と大洪水は起こさないという契約が結ばれて終わるのです。
しかし、今回、米国は大洪水によって滅んだ…これが単なる偶然と言えるでしょうか?数千年の時を経ても尚、未だ煩悩や悪業を捨て去ることができずにいる人間に、神は再びお怒りになっているのではないでしょうか。前置きが長くなってしまいましたが、このような神のご意思を伝えるという役目を頂いた私と、蘇られた神を昨日、暗殺しようとテロを起こした人間がいます。私のようなちっぽけな人間の命はさておき、現世に降臨なさった神の化身であるエンツォ様の命を狙った…これはすなわち神を冒涜する行い。誠に遺憾でなりません。ローマ市警察から引き継ぎ、我が国の市国警備兵の調べによると、このテロリストは日本人ということで、さらに驚くべきことには、日本政府の防衛庁が秘密裏に管理している機関に所属している暗殺者という…そして、その機関は友好国であった米国の支援によって編成された部隊ということが判った。日本政府が我々、カトリック教会に対してどのような感情を持って凶行に及んだかは、もはや明白。これに対し、我々は日本政府への侮蔑の念を込めて、神の名の下にこの2人のテロリストを公開処刑することにした。処刑は今日から3日後の12月31日の正午、サン・ピエトロ寺院前の広場にて行う。日本政府よ、どのような弁明の余地も与えるつもりはありません。これは神の裁きなのです。」

30分にわたる教皇の声明は瞬く間に世界へと拡散された。
キリスト教徒である者の8割はこれに賛同し、教皇の決断を讃えた。しかし、公開処刑という時代錯誤な報復に対して、これでは中東のイスラムと何ら変わりのない無慈悲な行いだと反対する信者もいた。
渦中である日本では、政府は各国首脳への対応に追われ、国内での弁明に関しては黙秘を続けている。国民は2人の処刑よりも日本もアメリカと同じ末路を辿るのではないかというネット民の予想から出たウワサが広まり、Xデーとなるクリスマスに起きるかもしれない大災禍に怯えていた。国会の党首討論ではJACKAL長官の責任問題が問われ、存在自体に対する批判が相次ぎ、JACKAL解体の案までが野党から噴出した。

そんな日本の混乱する様子を他人事のように客観視していたのが、米国大使館で災禍の難を逃れたジェイド国務長官とハスラー大統領だった。

「この様子だと日本は今後、数十年、暗黒の時代となるな…ジェイド君、我々が日本を救ってやらねばな…」

「ええ、大統領。こういった差し迫った状況があってこそ、次に必要とされるのは外側の叡智ですからね。日本を救えるのは我々しかいませんよ。」

「そうだな…今年のクリスマスは忙しくなりそうだ。」

 

ローマ
嵐たちの宿泊しているホテル

「なぁ、美波…この捕まった日本人2人って、京極たちだよな……」

ノートPCに向かっていたはずの美波もいつの間にか嵐の横のソファに腰掛け、テレビの報道に釘付けになっていた。

「ヴァチカン潜入計画、早く立て直ししなきゃね……」

「ああ…頼む……」

嵐は驚きよりも戦慄していた。
美波もそんな嵐の気持ちを察してか、多くを語らず席を立った。
壬生という若いツレは別として、京極ほどのベテランがいともあっさりと暴動のあったその日の内に生け捕りされたことに、ショックという感情と同時に敵への若干の恐怖を感じていた。
共に幾度となく死線を越えてきた嵐だからこそ、京極の実力は誰よりもよく分かっていた。
一騎当千の実力を持つ京極が捕まったということは、敵はその上をいく策士であったか、尋常ではない数の敵とやりあったか…どちらにしても、細心の注意と万全の準備が必要だと様々な思考を巡らせ、嵐は気を引き締めた。

「美波、万が一のことを考えて、MI6本部に連絡を入れといてくれないか?俺たちがこれからやることは、本部から受けた米国を崩壊させたテロリスト暗殺の任務とはズレてるからな…でも、この作戦が任務と全くの無関係という訳でもない気がしてならない。責任は全部俺が取るから、ありったけの情報よこせ!ってな。」

「嵐ちゃん…相変わらず破天荒だね。」

嵐が気持ちを切り替えたことを悟ったのか、美波もほんの少し表情を和らげた。

 

それぞれの思惑だけが錯綜し、何事も起きぬまま、公開処刑まであと1日と迫った。

 

12月30日 AM 10:37

日本
千葉県 幕張新都心 JACKAL本部

「あーもう、この一週間で何キロ痩せたのかしら。健康に良くないダイエットだわ、全く。」

「鴉さん、相変わらずだな。」

「貴方もね、嵐君。二人だけで乗り込もうなんて。で、どう協力すればいいのかしら?組織解体なんてされたら、元も子もないから出張ってたウチのエージェントは全員呼び戻したわ。貴方や京極ほどの経歴、実力はないけど、全員ヴァチカンまで連れて行っても構わないわよ。」

「いやまぁ、それはそれでありがたいけど、俺、リーダーってガラじゃねーし、自分で動いた方が楽っていうか…そっちはそっちで任せますよ。」

「じゃあ、何よ?何かお願いがあるのでしょ?貴方が何の用も無しにこんなところに油売りに来るような子じゃないってことくらいお見通しなんだから。」

「鴉さん、古巣に顔を出すのに理由はいらないだろ。……いや実はね…警視庁にちょっと頼んでもらえねーかなって。」

嵐が鴉の耳元に寄ってヒソヒソと希望を伝えると、鴉は驚きとドン引きの混ざったような表情で嵐を見た。

「貴方、正気で言ってるの?!変だと思ってたけど、貴方、やっぱり変よね。……どうするのか知らないけれど…まぁ、何か考えがあってのことなんでしょうね…わかったわ、打診してみる。」

「正気じゃこの仕事はできねぇから…まぁ、恩にきります。」

「その代わり、ウチの旦那とツレの坊やの二人、お願いするわね。」

背を向けて出て行こうとする嵐は部屋の扉の前で無言のまま右腕を突き上げて、強く返事をし出て行った。

 

ヴァチカン市国
教皇庁 最下層 罪人収容所

「室長…生きてますか……?」

「……ああ、なんとかな…」

湿気に満ちた地下の洞穴をそのまま収容所にしているここは、むき出しの岩肌の表面を地下水がうっすらと流れ、ネズミが時折走り抜け、人が長時間いるには不衛生極まりない場所であった。
そんな洞穴で鎖に繋がれた二人は、捕縛された時よりも更に衰弱しきっており、明日に執行される刑を待つか、自然に天に召されるか、どちらにしても、もはや死を待つだけの気力しか残っていないような様子だった。

「助けって…きますかね……?」

「どうだろうな……外の状況が全くわからん。長官の元に俺たちの失態が伝わっているなら、エージェントを数名よこしてくれるかもしれんが…ここまで辿り着けるかどうかはまた別の話だしな……」

「…例のテンプル騎士団……が相手だからですか?」

「ああ…あいつら、最初は個々で襲いかかってきたと思っていたが、今思えば、軍隊みたいにちゃんとフォーメーション組んで攻撃を仕掛けてきていた気がする…俺らはまんまと罠にハマったって訳だ。」

「たしかに俺のほうより、室長のほうに敵数が多く振り分けられていましたね…最初から室長狙い…じゃあ、俺たちが仕留めた数人は囮……"肉を切らせて骨を断つ"ってことか…」

「俺たちの連携が取れていなかったスキを突かれた。コンビネーションの大切さを改めて思い知らされたな…。」

――嵐とだったら、また違う結果だったかもしれない…壬生との溝を埋められていなかった俺の落ち度…か……。

京極の言葉を聞かながら、壬生もまた自分の力を過信し京極との連携を怠ったことに対し、少なからず反省の色を浮かべていた。

――こんなところで終われるか…なんとかしてここを脱出するんだ…室長も一緒に。

 

 

12月31日 大晦日
ヴァチカン市国 サン・ピエトロ寺院前広場

AM 10:41

広場の周辺道路は多くの群衆が詰めかけ、スイス人衛兵の警備のもと、交通整理が行われていた。寺院の前には、最高裁のように横一列に法衣を来た僧侶や枢機卿クラスの修道士が並んで着席しており、さらにその上の雛壇に教皇ユリウス4世と、神の化身エンツォ・ガストラが鎮座している。
広場の中央には絞首台が既に設置され、絞首台の周りには、スイス人衛兵とは違い、物々しい雰囲気をした甲冑の騎士、数名が取り囲んでいる。
さらには、円形をした広場の外周にはなんと、イタリア陸軍 ポッツオーロ・デル・フリウーリ騎兵旅団の第4騎兵連隊”ジェノバ”までもが警備に当たっていた。

「予想はしてたけど、やっぱすごい数の警備だな…イタリア政府も全面協力って感じだぜ。テロ対策も万全だ。周辺道路は完全に封鎖して付近に車は一台も停まっちゃいないし、ゴミ箱や新聞の自販機、爆弾が仕掛けられそうな物は全て撤去されて道路がフラットな状態になってやがる。」

群衆の中から双眼鏡を当てて、10mほど先にある寺院広場を眺めているのは、ガラの悪そうな風貌をした欧米人男性だった。

"嵐ちゃん、そんなところであんまり大きな声で話してるとバレちゃうよ?"

「大丈夫だって。イタリア人に変装してるんだからよ。」

この欧米人は先日、街中で拉致したゴロツキの顔面の型を取り、特殊樹脂製の人工皮膚の顔マスクを作って、それを冠り変装していた嵐だった。嵐はイヤホン越しに美波と会話しており、このまま美波の立てたプランの指示を受け、奇襲をかけて救出作戦に移るつもりでいた。

「世界最弱のイタリア陸軍はいいとして、あの甲冑の奴らが気になるな…通常の警護なら、スイス人の市国衛兵がその任務に就いているはずなのに。その衛兵が一人も見当たらない…あの甲冑の奴ら、何者なんだ…?」

"甲冑?なにそれ?!そんな情報、どこにもないよ?ヴァチカンにそんな部隊がある訳じゃないだろうし…まさか、JACKALみたいな非公開のオフレコ部隊なのかな?!"

「へぇ…そりゃどんな活躍をするのか見ものだな……さてと、そろそろ準備するかな。」

AM 11:48

いよいよ処刑まで残すところ10分強と迫り、イタリア国民および、電波を通じて全世界の人間が見守る中、罪人の京極と壬生が手枷、足枷を付けられた状態で広場の絞首台前へと連れて来られた。
二人はかなり憔悴しきっており、もはや抗うような雰囲気は微塵も感じられない様子だった。

「…ったく、見てられねぇな。美波、こちら嵐。こっちの準備は整った。そっちはどうだ?」

"うん、こっちも大丈夫。"

「オッケー。いいか、美波…俺の合図からタイムリミットは5分だ。…それ以上は持ちこたえられそうにもない。クイックレスポンスで頼むぜ。」

"もう、プレッシャーかけないでよ…わかってる。じゃあ、またあとでね。"

「ああ。気をつけろよ。」


ここは、とあるアパートの最上階の一室。
窓からは遠く離れた場所に寺院広場が飴玉ほどの大きさでしか見えないようなところに嵐は来ていた。

「さて…待たせたな。おっと、言い忘れたが変な気は起こすなよ…その瞬間、お前のその狂った脳ミソをミンチにしてハトのエサにしてやるからな。」

「……アンタもさぁ〜発言が人のこと言えないくらいに狂ってると思うんだけどなぁ…ヘヘッ!」

嵐が話をしている男は椅子に縛り付けられており、その周りには、銃を構えながら4人の日本人が男を四方から監視している。
男のリアクションを無視して、嵐は窓の外を静かに見つめていた。

――チャンスは1度きり…腹立たしいが、作戦の要はこの ”J” にかかっている…!


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