Ark makes GENOCIDE

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チャプター06 死神

- 死神 -


広場から逃げてきた民衆は徐々に散り散りになって逃げていき、サン・ピエトロ寺院前の広場まであと一区画に到達する頃には、嵐1人が路地を駆け抜けていた。

広場を挟んだ大通りの手前の建物の陰で一旦止まり、広場の様子を確認する。
そこにはJの狙撃や、美波のアヴェンタドールでの暴走によって荒れた広場の"後始末'"を市国衛兵が苦悶の表情を浮かべながら行っていた。
絞首台には……壬生の姿はすでになかった。
嵐はもう一度、辺りをしっかりと見回す。すると、大聖堂の中へと歩いて行く甲冑の騎士が1人だけいた。そして、その肩には壬生の亡骸と思わしき姿が…。
すでに処刑から8分が経過している。壬生の生存には既に嵐も諦めをつけていたが、せめて遺体だけでも日本で弔ってやりたいという思いだけは、ここまで来て諦める訳にはいかなかった。
覚悟を決めた嵐は、大通りの信号が変わると同時に全速力で駆け出し、市国衛兵の間を潜り抜け、甲冑の騎士に向かって一直線に突っ走った。
衛兵たちは嵐に触れることもできぬまま、広場への進入を許してしまい、背後の違和感に気付いた騎士は、慌てて大聖堂へと駆け込んだ。

30mほどの距離を縮めることが出来ないまま、嵐も大聖堂へと突入すると、そこは外で起きた騒動が嘘のように、カトリックの総本山ともいうべき荘厳な雰囲気が大聖堂内を支配していた。
模様を象った大理石の床、至る所に施された500体にも上る聖人たちの彫像、壁画、バロック期、ルネサンス期の芸術を色濃く残す建築様式、天使が降臨してくるかのような天から射し込むやわらかな陽射し、360度その総てが芸術品と言っても過言ではないほどの膨大な量の美しさに、嵐はほんの一瞬、自分の現実を見失いそうになった。
そして、それを際立てせていたのが、この静けさだ。
大聖堂には誰もいない。キャンドルの炎だけが穏やかに揺れている。
甲冑の騎士は?警備兵は?騒動があった後というのに、教皇を匿う"城"にしては、あまりにも無防備だった。

ーーどうなってるんだ?誰もいないなんて…教皇謁見の間にかたまって居るのだろうか?

案内図を見る限り、真東を向いた入口から向かって左側の通路の先は教皇謁見所と呼ばれる広大なホールがあり、逆に右側の通路を行けば、教皇が住むヴァチカン宮殿に辿り着くようだ。
嵐はひとまず、左側の謁見ホールへと進路を向けた。通路へと続く扉を開けると、そこには数人の赤い法衣を着た司祭たちが通路上で倒れていた。

ーーどういうことだよ…訳がわかんねぇ。仲間割れか?ていうか、壬生を連れた野郎はどこ行ったんだよ…

近寄って脈を診たが、司祭たちは皆、息絶えており、銃で撃たれた痕がある。
急いでホールへと向かい、ホールの扉を開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。
銃で数発、鍵周りを撃ち抜き、強引に扉を開けると、真っ暗闇のホールに外からの光が射し込み座席を照らし出す。

ーー無人…てことは……。

嵐は通路を再び戻り、大聖堂を抜け、反対側に位置するヴァチカン宮殿へと向かった。
宮殿周りにも人の気配はなく、閑散としていた。
宮殿へ入り、とにかく手当たり次第、一室一室、探すしかなかった。
ここでもやはり、警備の人間は誰もいない。
嵐は虱潰しに部屋の扉を開け、時間こそ費やしたが、難なく最上階まで辿り着いた。
最上階に来てようやく、音という音が聞こえてきた。まだ廊下だったが、教皇の荒げた声が外にまで聞こえてきている。
どうやら、教皇は無事のようだが、となると、騎士は教皇の間にいるのだろうか。
この状況は一体どういうことなのか…謎は深まるばかりだった。

廊下を歩いていくと、教皇の間を扉の前で守護していたと思われるジェノバ兵が2名、倒れていた。
鬼が出るか蛇が出るか…もはや予測不可能だったが、嵐は思い切って教皇の間の扉を開けた。
勢いよく開いた扉に怯える教皇、ユリウス4世。さっきまでの威勢のいい声はどこへいったのやら…と嵐は呆れた目で教皇を見ている。
そして、その横には、神の化身、エンツォ・ガストラもいた…がしかし、その2人しかいなかった。

「お、お前は何者だ!!教皇の間であるこの部屋に、貴様のようなアジア人が足を踏み入れるなど、万死に値するぞ!まさかさっきの騒動はお前の仕業か!?衛兵!衛兵!!早くこいつを断罪するのだ!」

怯えていたにも関わらず、すぐに強気に戻り、虚勢を張る教皇。

「いや、アンタに用ねぇから。アンタに処刑された日本人を探してるんだよ。どこだよ?」

「処刑された日本人?そんなもの、私が知る訳がないだろう!用がないなら、さっさと出ていけっ!!」

ーーそんなもの…か。神の教えを説く司祭のトップが人の生命をそんなもの扱いとはな…いっそ、コイツは殺してしまおうか。いや、時間の無駄か…そんな時間はない。だが、おかしい。宮殿にもいない…でも、たしかに甲冑のヤツ、大聖堂の中へと入っていったはず…どこ行ったんだ……

「エンツォ様!あの!あの罪人にどうか神の裁きを!」

「ユリウス、無茶を言わないでくれ…私にそんなチカラはない…」

悲しそうにエンツォが教皇を諭す。教皇は半ば狂ったかのように、エンツォの言葉に耳を傾けることもなく、扉の方を向き、再び衛兵を呼んだ。

「おのれぇ…衛兵は何をしているのだ!衛兵!!」

「……うるせぇよ。」

Bang!!

騒ぎ立てていた教皇がこめかみから血を流し、倒れ込んだ。

「……っ!?」

「これで……お前は、ローマ教皇殺しの国際指名手配犯、確定だな…MI6のR…いや、嵐。」

「な、何…どうしてお前が俺のことを……」

教皇を真横から撃ったのは、エンツォ・ガストラ…神の化身と呼ばれた男だった。

 

その頃ーー

美波と京極は有料道路に入り、ヴェネツィアを目指し北上していた。

ーー壬生のヤツ…助かったのだろうか。朦朧とする意識の中で見た景色は、まだ壬生は吊るし上げられたままだったような…。

京極は壬生の安否を気にしていた。
ずっと黙っている京極を見て、美波も薄々とそのことに気付いていた。
だが、言い出せずにいる…お互いが最悪の結果をなんとなく予想していたからだろう。
ヴァチカンを出てイタリアに入り、ひとまずは2人を襲う脅威は免れた。安心しきったのか、京極は壬生を気にかけながらも、いつの間にか深い眠りに就いていた。
おそらく拘束されてから今日まで、ろくに眠ることもできなかったのだろう…女性の前ではいつも軽い感じの京極も、今は普段は見せないような安堵の表情で眠っていた。

ーー嵐ちゃん…大丈夫かな。大切な人を守れなかったことに関しては人一倍、デリケートだもん…感じが悪かったとはいえ、京極さんの仲間である壬生さんを助けられなかったこと、きっと相当なショックだろうな。早く…この事件を終わらせないと。

アヴェンタドールは唸りを上げて、ヴェネツィアへと続く長い道を加速して行った。

 

 

「何のドッキリだよ。教皇のフンみたいだったお前が教皇を撃つなんて。」

さきほどまで、神の化身と謳われるのも納得できるほどの穏やかな表情だったエンツォが、今はまるで邪神が憑依したかのようにおぞましいほどの邪悪な笑みを浮かべている。

「言葉に気をつけろよ、日本人。あれはシナリオ通りに演技してただけだ。」

「シナリオ…?お前、何者なんだよ。一体何を企んでる?」

「……フッ。知ってるだろ…神だよ。」

警戒した面持ちでエンツォに問い掛ける嵐。
そこに足跡が聞こえてきた。
金属と金属が擦れる音…それはまるで鉄の靴でも履いているかのような。

背後に感じた気配に、嵐はエンツォに向けていた銃はそのままに、別にもう一丁を抜き取って銃を構え振り返る。

「エンツォさん、そろそろ時間ですよ。戻りましょう。」

扉の奥に現れたのは、嵐が追いかけてきたと思われる甲冑の騎士だった。

「テメェ!!壬生をどこにやったんだよ!!」

「ミブ?ああ、あの日本人のことか…アイツは……」

「レボーグ、先に行ってろ。」

レボーグと呼ばれた甲冑の騎士は、ハッとした表情を一瞬浮かべたが、それを悟られまいと俯いて廊下へと歩き出した。

「待てよ!どこだって聞いてん……」

騎士を追いかけようと、嵐は体の向きをエンツォ側から廊下に向けようとしたが、エンツォに肩を掴んで阻まれ、それ以上前に進むことはできなかった。

「お前も早く逃げた方がいいんじゃないか?教皇暗殺の罪は誰がどう見ても、神の化身である俺よりも、広場で騒ぎを起こしたお前が有力だからな。それに、ここには間も無く大勢のジェノバ兵とローマ市警がやってくる。」

「放せっ!ふざけんなっ!壬生をどこにやったんだよ!お前も知ってるなら、お前に直接聞いてやるよ!力づくでな!!」

「おっと、死人の為にそんなことをしていていいのか?お前のツレの女にも、危険が迫ってるぞ?早く行ってやれよ?フフッ…ハハハハッ!」

「な……に…?クソッ!!」

嵐は掴まれていたエンツォの手を払い除け、急いで駆け出した。

ーー京極も一緒とはいえ、瀕死の状態だったあんなオッサン、今は使い物になるワケねーし、アヴェンタドールがあるとはいえ、降りてるところを奇襲されたら話は別だ……

宮殿内の階段を駆け下りて、宮殿の駐車場へと向かう。何でもいいから車を拝借しようと駐車場を見渡すと、美しい曲線が一際目を惹くボディが目に入った。
ブガッティ・ヴェイロンだ。

ーーこんなスーパーカーが…教皇のか?だが、こいつなら美波たちに追いつけるはず…!

嵐はヴェイロンに乗り込み、その美しい流体のボディからは想像もできないモンスター級のW16気筒エンジン、クワッドターボの荒れ狂う力を放出させ、わずか数秒でサン・ピエトロ寺院の敷地内から飛び出し、ヴェネツィアへと飛ぶが如く走り去っていった。

嵐が去った後、教皇の間に1人の男がやってきた。

「ようこそ、神の軍団へ。それにしてもお前、幸せ者だな…あんなに必死に探してもらえて。」

「幸せ…?フン、気色悪い。それに勘違いしないでくれ。俺は神なんて信じないし、アンタたちの仲間になった訳でもない…傭兵として、ただデカイ仕事がしたいだけだ。」


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