Ark makes GENOCIDE

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チャプター07 因縁

- 因縁 -


PM 5:20 ヴェネツィア

リアルト橋

水の都と称される所以であり、街を二分するほどの巨大な運河、カナル・グランデ。その運河に架かる4つの橋の中で最古の橋がリアルト橋。

白い巨像とも呼ばれるその橋は、アーケードがかかっており、商店が並んでいる。街の一角の路地と言われても遜色ないほど、運河の上ということを感じさせない巨大な石橋で、美波と京極は束の間の買い物を楽しんでいた。

「京極さん、何それ?そんなもの、いつ使うの?」

「フッ…いざという時になったら役に立つ。"備えあれば憂いなし"さ。」

「ふーん、そうなんだ…あ、嵐ちゃんから着信だ……もしもし?」

"美波か?今そっちに向かってる。確かな情報じゃないが、そっちに追っ手が向かってるらしい。気をつけるよう京極に言っといてくれ。"

「う、うん、わかった…。そういえば、壬生さんは……」

"………すまない、救えなかった。それに、厄介なことになった。エンツォのヤツ、教皇を殺して、俺に濡れ衣を着せやがった。どういう狙いかはまだわからないが、エンツォが米国崩壊に絡んでるかもしれない。広場にいた甲冑の騎士たちも、どうやらその仲間らしい。"

「じゃあ、ホワイトハウスのサーバーを乗っ取ったサイバーテロっていうのも…その組織の可能性が……?」

"ああ、かもしれない。とにかく別行動は避けるようにして、警戒を怠らないようにな。俺も、あと20分もあれば着くはず。じゃあ。"

嵐の声はやはり落胆していた…結果的に響子は生きていたが、未だ響子を守れなかった時のトラウマが脳裏から離れていないのかもしれない…美波はそう感じた。

「京極さん…ちょっと質問。京極さんと壬生さんが捕まったのって、誰の仕業?ローマ市警に囚われたって報道では言ってたけど。」

「ローマ市警?いや、俺たちはあの日、ミラノのホテルで派手に襲撃を受けた。ホテルから出ると、テンプル騎士団と名乗る甲冑を着たヤツらに包囲されて、見たこともない武装でスキを突かれ、結果的に囚われた。」

「甲冑……やっぱり。今回の件、教皇やカトリック教会はダミーかもしれない。別の組織が水面下で暗躍してる気がする…嵐ちゃんが……」

「っ!?伏せろっ!!」

京極がふいに美波の頭を押さえて2人で倒れ込む。直後に美波の背後にあったズッキーニが破裂する。買い物客たちは悲鳴をあげ、皆、橋から人の気が引いていく。

京極がすぐに上体を起こし、立ち上がるとそこには仮面舞踏会で使われるようなヴェネツィアンマスクを着けた男を筆頭に、甲冑の騎士たちが数人、こちらを向いて立ちはだかっていた。

「こんな橋の上で物騒だな。橋上の仮面舞踏会でも開くつもりか?派手な仮面なんか着けて。」

仮面の男は何も言わず、無言のまま京極たちを指差し、騎士たちに攻撃命令を下した。

騎士たちは一斉に襲い掛かってくる。

美波も立ち上がり、銃を構えるが、それよりも先に京極が立ち向かっていった。

「フッ…問答無用か。前回は大変お世話になりまして。きっちりお礼させてもらうとするか。」

雑貨屋で買ったゴム手袋を身につけ、銃を一発一発、騎士たちに向けて発砲する。

鎧と鎧の隙間を縫った銃弾は、騎士たちの動きを1人1人、確実に止めていく。

すかさず、倒れた騎士から銃剣を奪い取り、残った騎士たちに向けて、なぎ払いながらトリガーを引く。

また1人と、騎士たちは次々に倒れ、一瞬にして騎士たちを仕留めた。

「なるほど…こりゃ便利なシロモノだな。剣好きの俺にとっちゃ、良いイタリア土産が出来たぜ。」

残された仮面の男は、全く動じる様子もなく視線だけを動かして倒れた騎士たちの死体を一瞥していった。

「さすがだな。前は簡単に捕まったと聞いていたから、隠居でもしてしまったのだと残念に思っていたが、どうやらまだ少しはやれるみたいだな。」

無言だった仮面の男は何やら京極のことを知っているような口振りで口を開いた。

「そ、その声……お前、まさか……」

「おしゃべりはここまでだ。腕試しといこうじゃないか。」

仮面の男が二本の銃剣を手に取り、京極に襲いかかる。

動揺した京極も気持ちのスイッチを切り替え、銃剣で応戦するが、仮面の男の剣捌きは重く、速く、防御するので精一杯の様子だった。

美波はその様子を見ながら、完全に凍りついている。

「やっぱり…でも、そんな……どうして……」

防戦一方の京極に、更に剣速を速める仮面の男。京極が捌ききれないと判断し、後退しようとしたその瞬間だった。仮面の男は京極の胴にに向けてなぎ払った。

Bang!!

仮面の男のなぎ払った剣はどこからともなく飛んできた銃弾によって弾き飛ばされ、京極は間一髪のところで無傷で済んだ。

「へぇ…さすがヴェネツィアだな。仮面舞踏会はこんな橋の上でも催されてるなんて、初めて知ったぜ。」

仮面の男の剣を弾いたのは、嵐が放った銃弾だった。

「…………来たか。」

仮面の男はボソッと呟いて、走り去っていった。

「あ!ちょっと待て、お前!!」

「嵐!……やめておけ。少し話がある。」

追いかけようと一歩踏み出した嵐を呼び止めたのは京極だった。

「そう…だな。俺も話がある。」

「とりあえず、ここじゃ何だ…どこかのカフェにでも行って話そう。」

 

PM 7:53

カフェ フローリア

ヴェネツィアの老舗カフェテリアのテラス席に着いた3人は、それぞれが重い感情を抱えていたのか、エスプレッソを手に持ち、暗い表情を浮かべていた。

「まずは俺から話してもいいか?」

口火を切ったのは嵐だった。

「ああ、構わん。」

「美波がアンタを拾ってローマを脱出した後、俺は壬生を救うためにサン・ピエトロ大聖堂に乗り込んだ。」

「乗り込んだのか?!お前…相変わらず無茶するな…」

京極は呆れた様子で聞いていた。

「俺だって乗り込むつもりなんてなかったし、そこまで無茶なことはしたくなかったさ。でも、甲冑を着たヤローが壬生を抱えて大聖堂に入っていくのが見えたんだ…ほっとけないだろ。」

「……そうか。うちの部下が手間をかけたな。恩にきる。」

「やめてくれ。結果的に救うどころか、事態をよりややこしくしちまっただけなんだからよ…」

「ややこしく?一体何があった?」

美波はさきほど電話で聞いた内容だろうと、表情を曇らせた。

嵐は嵐で今後起こりうる面倒を想像したのか、深いため息を漏らして答えた。

「神の生まれ変わりと言われていた男、いただろ?エンツォとかいう奴。どういう目的かわからねぇけど、アイツが教皇を殺して、その罪を俺になすりつけやがった…」

「なに…エンツォが?あいつら、グルじゃなかったのか…?」

「俺が聞きてぇよ…そんで、美波たちに追手を差し向けたとか言うし、壬生は見つからずじまいだし、無様に退散してこっちに来たって訳さ。」

「なるほど、エンツォが…。追手のことを知っていたということは、さっきの仮面の男とも繋がりがあるという訳か。嵐、さっきの仮面の男が誰だか判ったか?」

「は?誰って…さっき初対面で、しかもすぐ逃げられたのに、あんな一瞬で何がわかるって言うんだよ。そういうアンタは誰だか知ってるのか…?」

京極は言うか言わぬべきか、一瞬言葉に詰まった様子を見せたが、美波のほうをチラッと確認してから話し始めた。

「おそらく、美波ちゃんも気付いているだろう。お前も俺も、美波ちゃんも…よーく知ってる人物だ。」

「……誰だよ。」

「いやお前、少しは考えろよ…」

「俺たちが知ってる奴?男…いや、いすぎてわかんねぇよ!」

「…ったく、鈍い奴だな。俺の…もとい綾部だった頃の昔のツレだよ。」

「はぁ?!冗談だろ?人違いに決まってる!アイツは今でも合衆国のムショに…そんな……まさか。」

「あくまで推測だ。合衆国は今はもう…存在しない。米国が…ホワイトハウスが沈まなければならなかった理由が万一、あの男を外に出すためだったとしたら。つじつまが…合わないか?」

「バカバカしい。あんなヤツを脱獄させるためだけに米国そのものを沈めたのだとしたら、アイツを脱獄させて何をしようってんだよ?」

「そこまでは解らないが、今言った可能性はゼロではない。とにかく、あの仮面の男は……右京仁に間違いない…だよな、美波ちゃん?」

「……うん…それに、私見たの。サン・ピエトロ寺院から離脱する時に、一瞬だったけど、アイツが…右京がルームミラーに映ったの。」

美波は怯えたように答えた。

嵐はテーブルを両手で叩いて立ち上がる。

「マジかよ…あの時、俺が止めを刺さなかったせいじゃねぇか…クソッ!なんだってまたアイツが絡んでくるんだよ!!」

苛立ちが隠せない嵐に、周囲にいた客たちは怪訝そうな顔で嵐たちの席を見ている。

「おい嵐、落ち着け。いくらローマから離れたとはいえ、ここはまだイタリアだ…あまり目立つと後々ややこしいことになりかねん。」

京極に諭された嵐は少し落ち着きを取り戻し、再び席に着き、エスプレッソをくいっと飲み干した。

「とりあえずだ…今からどうするか、だ。おそらく早ければ教皇暗殺の報道は今晩にでも流れて、明日には全世界に知れ渡っているだろう。そうなれば俺たちは稀代の犯罪者だ。今よりもますます動き辛くなるのは必至。今のうちに出来ることはやっておくしかない。」

「そうだな…次に奴らが行動を起こした時…そこが反撃のチャンス…か。」

Trururururu…

「ん?誰からだろう…あ、本部からだ。」

美波の携帯電話にMI6本部より着信が入ったようだ。

嵐は今後すべきかを頭を抱えて悩んでいた。

京極はエスプレッソ片手に煙草の煙を燻らせて、束の間の休息を愉しんでいる。

すると、京極の携帯電話も鳴り出した。

「……国際電話?誰だよ。ん?真希か…もしもし?」

日本にいるJACKAL長官であり、京極の妻である鴉真希からの着信だった。

京極は立ち上がって席から離れ、煙草を片手に何やら話し込んでいる様子だ。

「Mです。はい、一緒にいます……え、それはちょっとMI6の規約により報告はできかねます…今、あまり誰も信用できない状況なので。……え?いや、ちょっと待って下さい!長官!その情報は間違っているんです!」

通話の途中から美波が急に取り乱し始めたのを見て、俯き頭を抱えていた嵐は美波を見て、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

「そんな!これは陰謀です!聞いてくだ……あ、切れた。」

「どうしたんだよ、美波?本部に何を言われたんだ?」

「それが……」

「なんだよ、勿体振らないで教えろよ。」

「嵐…予想以上にマズイことになった。おそらく美波ちゃんの電話の内容も同じだろう。」

丁度のタイミングで電話を終えた京極が青ざめた表情で席に着いた。

「……なんだよ?」

「本日20時を以って、コードネームRこと、MI6のエージェント 本名、松尾嵐士を組織から罷免する。また、イタリア政府およびローマ教皇庁は松尾嵐士を国際指名手配犯に認定すると発表。これにより、我々MI6には嵐士を暗殺対象として任務を遂行するよう、全エージェントに勅命が下された。成功条件は松尾嵐士の首をローマ教皇庁に献上すること。報酬は100万ドル。なお、この勅命は絶対であり、任務遂行を怠った者は命令違反と見なし、それ相応の厳罰を下す。…だって。」

報告を終えた美波は震えていた。

「ま、待てよ…そりゃないぜ……」

「残念ながら事実だ。JACKALからも同じ勅命が下っている。不幸中の幸いと言っていいか分からんが、アメリカは滅んでCIAは稼働していない。全世界でイギリスと日本、この二つの国の特殊組織から命を狙われる、ということだ。」

京極は表紙こそ青ざめているものの、口調は淡々としたものだった。

「いやいや!無理だろ!全エージェントって、何人いるんだよ!ザコが何人、束でかかってこようが屁でもねぇけど、ザコじゃねーし、むしろスペシャリストだし!どーしろって言うんだよ!」

「そうだな。俺からは、もはや運が悪かったとしか言ってやれん。それに、命令を無視すれば自分の命が危険やも知れんからな…ここは元・相棒として、俺から引導を渡してやるのが、せめてもの情け…だと思っている。どうだ?」

「は?!京極!テメェ何言ってんだよ!俺とやろうって言うのか?!」

京極の冷酷な言葉に嵐は怒りを露わに立ち上がって睨み付けた。

「ああ、そうだ。俺も美波ちゃんも所詮は組織の一つの歯車。背ける命令とそうでない命令がある。今回のは後者だ。」

そんな嵐の睨みを意にも介さず、京極は淡々と言葉を放ち続ける。

「2人とも!もう止めて!こんなとこで仲間割れなんてしてる場合じゃないよ…そんなの……敵の思うツボじゃん!もう、やめてよ……」

ずっと2人のやり取りを黙って聞いていた美波がとうとう我慢できずに涙を流しながら、仲介に割って入ってきた。

「お、お前はどうなんだよ…美波?」

「どうって!そんなの……殺るしかないじゃない!!」

「……へ?おま…え…何言って……って、オイ!!」

2人の仲介に入ったと思いきや、美波は京極を出し抜き、嵐に向けて懐から取り出したサバイバルナイフで突きに掛かってきた。

寸でのところで交わした嵐だったが、あまりに突然の裏切りに動揺を隠せずにいた。

「フッ…さすが元・二重スパイだな。泣きの演技も小慣れたものだ。この俺を出し抜くなんて。」

京極も小娘に負けるものかと、ジャケットの袖裏に隠し持っていた小太刀をすばやく取り出し、嵐の心臓を目掛けて一直線に突こうとする。嵐はテーブルに置いてあったフォークで太刀筋を一気に押し下げ、テーブルに小太刀の先端を刺し込んで、その場をバックステップで後退し、殺気立つ二人との距離を取った。

「お前ら…ウソだろ。冗談にしては笑えねぇって…」

京極も美波も、何者かに取り憑かれたかのように鋭い眼光で嵐を見つめている。

二人とも暗殺者ということは言わずもがなだが、その眼は嵐から見ても凛として暗殺者だった。

"蛇に睨まれた蛙"とは、こういうことか、と体現するかのように嵐はスキのない二人に身動きが取れずにいた。

年明けへのカウントダウンで湧く街。はじめは痴話ゲンカかと周りで興味津々に騒ついていたオーディエンスも、今は命の危険を察知したのか、いつの間にやら3人の周りには誰もいなくなっており、まるでここは年の瀬の寒風が吹き荒ぶゴーストタウンのようだった。

「なぁ、嵐。よく考えてみろ。今回の件、もはや俺たちのキャパなんて余裕で超えて、世界規模となってしまっている。そんなデカいヤマが、お前一人の命で全て解決するんだぞ?」

「嵐ちゃん、また裏切ってごめんね…今回はそんなつもりじゃなかったの……でも、世界はそれを望んでる。お願い、私の為に死んで。」

「はあ?!お前ら、っざけんなよ!!俺の命なんかで解決するかよ!アメリカ崩壊の謎は?教皇を殺したエンツォの狙いは?右京が絡んでる理由は?なんにも解決なんてしねぇだろうがよ!」

「交渉決裂だな。美波ちゃん、こればっかりはレディーファーストとはいかない。早い者勝ちってことで進めさてもら……」

語尾を言い終えるまでもなく、京極はものすごい速さで嵐まで距離を詰めてきた。

やむを得なく嵐も応戦の覚悟を決めたのか、懐のホルスターに手を伸ばす。しかし、入っているはずの銃がない。視線を京極から外すと、美波が嵐の銃を握り締め、哀しそうにこちらを見つめていた。京極との距離を取る為に後退していた嵐だったが、面食らって石畳の段差に踵を取られ、転倒した。

「じゃあな、相棒。よいお年を……」

 

 

 

 

 

現地時間 1月1日

AM 6:21

南極ロス島 マクマード基地

「ハッピーニューイヤー。もう間もなく新世界の幕開けですね。」

「ああ、もう少し時間がかかりそうだが、準備が整い次第、滅亡からの創生……アポカリプス作戦を行う。」


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