Episode ZERO BLACK-FLIRT

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チャプター00 未熟

- 未熟 -



2019年2月14日──

「うぅ、さみぃ…冬の見回りはこたえるぜ…ん?お、おい!アンタ、そこで何やってんだ?!」

「………」

「オイ!そこのアンタだよ!聞いてるの…か……う、うわぁぁっ!!?」

 

 

 

 

『昨夜未明、大阪府北区梅田のグランフロント大阪で女性の変死体が発見されるという猟奇殺人事件がありました。第一発見者は巡回中の警備員とのことです。本日は元警視庁捜査一課で部長をされていた高辻さんをお招きしております。……高辻さん、これで今月に入ってもう9件目ですが、依然として犯人の特徴すら公開されていないですよね。警察は今後どういった捜査を展開していくと予想されますか?』

『そうですね。2週間で9件という異常な早さで殺人が起きているということ、そして、それら全てが猟奇的な犯行であることを府警はもっと事態を重く見るべきですね。これ以上の被害拡大を防ぐためにも、捜査体制を改めて見直し、捜査に参加できる捜査員の増員を……』

ピッ──

「まったく。そんなことは分かってるんだって…高辻さん。ただ、ひと昔と違って今は警察組織が少数精鋭化が進んできているから、圧倒的な人員での捜査線を引くなんてことは……」

「嵯峨さん、それ、独り言ですか?」

 

AM 9:24
大阪府警察署5階 休憩室──

「……いや、テレビの向こう側の高辻さんに向かって問いかけてたんだ。」

「テレビ、消しましたよね?…独り言じゃないですか。」

「鴉…お前なぁ。いいから、早く聞き込みしてこいって。」

バツが悪そうに嵯峨はテーブルの上のブラック珈琲を啜った。

「もう聞き込みを始めて13日目…いい加減、聞く人もいないですって…。」

鴉は椅子に置いていたショルダーバッグを肩に掛け、出口に向かう途中で振り返りもせず愚痴をこぼして休憩室を後にした。

 

AM 11:49
グランフロント大阪 3階

「やっぱ今回も収穫ナシ…ですね。ところで太秦さん…私、お腹空きました。今から難波にバーガーでも食べに行きましょうよ?」

「鴉、お前…マジか……。さっきのアレ…あんなの見て肉とか、よく食う気になれるな…腸とか出てたし…俺なんて今もまだ吐き気が……。」

「そうですか?情けないですね…あーゆーの、見慣れとかないと、この仕事やっていけないじゃないですか。本当デリケートですね…男性って。」

いやいや、お前の感覚がおかしいんだよ…太秦は口には出さなかったが、激しくそう思った。

太秦兼次──鴉の7年先輩となる捜査一課の刑事。
4課…通称“マル暴”から異動を受け、捜査一課に配属されてきた経緯を持つ刑事。正義感が強く、困っている者を見ると放っておけない根っからの警察気質な上、暴力団顔負けの強面からは想像もつかないほど仲間思いで紳士な男だった為、チームからの信頼も厚かった。
3年目の鴉は後輩であり、妹のように可愛がっているが、鴉の生まれが某大手酒造会社の社長令嬢な故か、プライドが高くワガママなところに少しばかり手を焼いていた。

二人は駐車場に移り、ひとまずアテもなく車でグランフロントを後にした。

「なぁ鴉、犯人ってどんなヤツだと思う?」

「うーん、そうですね…やっぱり顔中ピアスだらけ、全身タトゥーで、上半身は裸、下はレザーのピタピタなパンツとか穿いてるブッ飛んだ超ジャンキー野郎じゃないでしょうか?」

「お、お前…それ、ギャグだよな……?」

「…? いえ、真剣ですけど。どうしてですか?」

「そんな目立つ格好の男が9件もの犯罪を、何の証拠も残さずにやり続けられるはずがないだろう?犯人はかなり頭の切れる知能犯だ。しかも、遺体の弄り方や状態から見て、医学にも精通してるはずだ…まぁ、医者かその関係者って考えるのが妥当だな。」

「そうでしょうか…私は逆に、そんな常識にとらわれた予想で導きだされる犯人像なのであれば、もうすでに逮捕出来ていると思ったりもします。で、どこに行きます?」

「せっかく大事な話をしてるのに、話逸らすなよ…まぁいいか。とりあえず、どこかのカフェでも行くか。」

「カフェ…ですか。太秦さんのその顔からそんな言葉が出るとは夢にも思いませんでした。」

「あのなぁ…。」

──女性ばかりを狙った9件にも及ぶ猟奇殺人…2016年を境に、テロや犯罪は目を見張る勢いで減少してきているというのに、これだけの人数を完璧に殺害できるなんて…プロの仕業なの?ヤクザや海外マフィアが絡んでいる?いや、さすがにそれはないかしら…。

15分ほど車を走らせた後、太秦のエスコートは南船場のとある隠れ家的なカフェ前で終着した。

「へぇ…けっこういい場所知ってるんですね。太秦さん、本当に顔で損してますよ。」

「……最後の一言、余計だ…。」

店に入ると、そこはオーガニックな雰囲気たっぷりのウッドフロアに、ビビッドカラーに染め上げたインド綿で織られた優しい風合いのラグやテーブルクロスが敷かれており、テーブルの中央にはガラスコップに活けられた可愛らしい一輪挿しの花と、コンパクトサイズのキャンドルが置かれていた。

太秦はブレンドコーヒーを頼み、鴉は…よほど腹を空かせていたのか、日替りのパスタプレートを注文した。鴉の注文を聞いて太秦は、やっぱりこの娘…変だ……と思った。

「帰ったら、嵯峨さんに何て言われますかね…手掛かり無しでしたって捜査報告するのも、いい加減飽きましたよ。」

「そうだな…聞き込みに行ける場所ももう行き尽くした感があるしな。だがまぁ、諦めないことだ。俺達が諦めたら、誰が死者の無念を晴らすんだ?まだ見落としてる場所があるかもしれん…こういう事件は根気よくやるしかないんだよ。」

「たしかに…そうですね。でも、太秦さん……本当に顔に似合わないこと言いますよね。」

「……もういい…。」

Boooooom Boooooom──

鴉の携帯がバッグの中で鳴動し始めた。

「はい、鴉です。……バンタンで?……はい、わかりました。すぐに向かいます。」

ピッ──

「また…事件か?」

「ええ、アメ村にあるバンタンデザイン研究所のファッション科の教室で首無しの女性が発見されたそうです。おそらくバンタンの学生じゃないかって。」

「……クソ…行くぞ、鴉!」

「え、でもまだご飯が……」

「後でハンバーガー奢ってやる……今は現場に向かうのが先だ。諦めろ。」

太秦はテーブルに2千円を置いて足早に店を出た。

警察なんてものは、本当に救いを持たない職業だ。国民の平安の為、悪を取り締まるため、誰からも称賛されることもなく、むしろ国民からは税金泥棒と忌み嫌われながらも、日夜起きる犯罪に立ち向かわなければならない……時には、休む間もなく。

「これで10件目…か。この事件、俺たち警察に食い止めることができるのか…正直、ここまで被害者を出してしまうなんて、気が滅入りそうだ。」

「……それでも、私達はやるしかない……ですよね?」

「……フッ、そうだったな。」

──人の命を奪う権利なんて誰にもない…ましてや、非力な女性ばかりを狙うなんて悪質すぎる。そんな奴を野放しにはしておけない。一刻も早く何か手がかりを見つけなければ。

PM 2:45
西心斎橋 アメ村
バンタンデザイン研究所3階 ファッション科 ソーイングルーム

「ご苦労様です。」

鴉たちが到着した時には、鑑識や所轄の警官で教室はすでにゴミゴミとしていた。
バンタンの学生が制作したと思われる作品が着せてあるトルソーが幾つも並んで展示されている壁面…そこに被害者はいた。トルソーに見立てているのか、首無しの遺体の股間には支柱が刺さっており、首の切り口からは支柱の鉄パイプが少し飛び出している。そして、被害の凄惨さを物語る血痕は、その他の壁面や床にも広範囲に渡って飛び散っていた。

「これは…立ち並ぶトルソーと同じように飾り付けられた遺体なんて…酷過ぎる。悪趣味としか……。とりあえず…太秦さん、私、関係者への聴取行ってきます。」

床の血痕を見る限り、まだ乾燥しきっていなかった…つまり、被害者が“展示”されてからまだそんなに時間は経っていないように見受けられた。

――まだアメ村周辺に潜伏している可能性はゼロではないはず。たとえ犯人がいなかったとしても、何か証拠となるものは落ちてるかもしれない。とりあえず、地道に隈無く見て回るしか今の私達には手段がないのだから。

ひととおり、学内にいた教師および生徒たちに聴取した後、鴉はビル内の教室一つ一つを見て回った。
5階に上がり、同じく教室を見て回ろうとしたその時、廊下の先に怪しげな人影が見えたような気がしたのか、鴉は懐のホルスターに手を掛けながら慎重に廊下を進んだ。

──さっき見えた人影…明らかに学生ではなさそうだったけれど……。

階段から廊下を進み、一つ目の教室前に来ると、扉は開けっ放しになっていた。中に誰かいる……そんな緊張感で掌に汗が滲み出てくる。
息を飲んで、銃を構えながら開け放たれた扉の前に立つ。
しかし、構え終わるまでもなく銃口を強く握られ、そのまま力づくで下方に向けさせられた。この時、現場で初めて拳銃を取り出した鴉の構えは、素人に毛が生えたくらいのもので、銃口の先が定まっていなければ、向きもデタラメなものだった。

「お嬢さん、そんな物騒なものを教室で簡単に振りかざすものじゃないな。」

──私が来ていたことを読まれてた?!

目の前に立っていたのは、鎖骨に届くほどの長さで、ゆるやかに波打った長髪に大きめのサングラスを掛けたシャープな顔立ちが印象的な男だった。

「は、放しなさい!警察よ!」

拳銃を元の位置に振り上げようとするも、鴉の非力な筋力では拳銃の向きは全くもって微動だにしなかった。

「へぇ…刑事ねぇ。最近は刑事さんにも美人がいるんだな。」

男は銃を掴んでいるというのに、全く余裕な雰囲気で鴉の顔をマジマジと見つめた。

「ふざけないで!いい加減にしないとこのまま撃つわよ!」

振り上げようとする力を超える圧力で押さえ付けられていた拳銃が急に軽くなる。

Bang !!

「ハ、ハハ…本当に撃つとは思わなかったな。」

「い、いや、だって貴方が…急に放すからその反動で……」

圧力から解放されたことによって振り上げようとしていた力は暴走し、その勢いに飲まれて引き金を引いてしまい拳銃が暴発してしまった。こんなにもあっさりと放すとは思っていなかった鴉は、その力の暴走を制御できなかった。
ゼロに近い至近距離から解き放たれた弾を、運よく寸でのところで交せたものの、男の耳元あたりから外側に向かって“はねていた”毛先3センチは弾の餌食となった。

「とりあえず、ここは賑やかになりそうだ…俺は失礼するよ。」

そう言って男は教室を飛び出し、呆然と立ち尽くしている鴉を尻目に、廊下を物凄い速さで駆け抜けて行った。
間もなくして、鴉の誤射した銃声を聞き付けた警官たちが教室に流れ込んできた。

「鴉!大丈夫か?!今の銃声は何だったんだ?誰かいたのか?」

太秦は辺りを見回しながら鴉に尋ねる。

「……え、あ、はい。ここにいた不審な男と揉み合いになり、そこで咄嗟に引き金を引きました。」

鴉はまだ心ここに在らずといった状態で状況を報告した。さっきの男は確かに不審ではあったが、連続殺人の犯人とはまた違うような気がしていた。妙に飄々とした態度もそうだが、何より被害者の共通項である“女”の自分に危害を一切加えようとする気配がなかったことが一番引っ掛かった。

「まぁ、無事で何よりだが、さすがに学内で発砲はマズイだろ。気を付けろよ。」

「……はい、すみません…。」

 

このとき、ここにいた人間の誰もが、鴉がやがて大阪府警きっての検挙率No.1の敏腕刑事になることなど、予想もできなかった…。

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