LASTING the SIRENS

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チャプター00 予感

- 予感 -


あの日、私は多くのものを失った。愛する人、大きな夢、そして…。
まるで生きている心地がしない。
朝起きてから眠りにつくまで、黄昏時に味わうもの悲しさが常に心を覆い、瞳に映る景色はいつもモヤがかっているよう。
一体、こんな生活がいつまで続くのだろう…

――私はもう、ダメかもしれない…





2022年6月14日(月)
AM 10:05
大阪府中央区西心斎橋 JACKAL本部前

「ボスからお前のお守りを頼まれた。横浜まで長い道のりだ…さっさと乗れ。」

「……いやいや、訳わかんねーし…どうして…どうしてアンタがここにいるんだよ…京極!」

俺の目の前に停車したその車の運転席にいたのは、米NYのオシニングにある刑務所で73年の刑期を全うしているはずの京極だった。実はまた…兄弟がいて
「私、京極の兄です。昨年は弟が大変ご迷惑をおかけしたみたいで…その節は誠に申し訳ございませんでした。」
…とか言いだすんじゃないだろうな。笑えない冗談だ。

「……フッ、相変わらず元気そうだな、嵐。詳細は移動しながらでも話そう。」

このなんとなく強引な感じ…納得はいかなかったが、俺は“とりあえず”乗り込むことにした。


乗り込んで間もなく、後輪をスピンさせ白煙を巻き上げて法定速度オーバーのスタートダッシュで走り出すS14…相も変わらず“船酔い”しそうなこの揺れ…乗り心地はやっぱり最悪だ。まさかこれで横浜まで行くつもりじゃないだろうな…アンタ、やっぱりどうかしてるぜ。

「で…どうして塀の外に…しかも日本にいるんだよ…俺に会いたくて脱獄でもしたのか?」

「人聞きの悪いことを…。最初に言っただろう…お前のとこのボス…そう、JACKALの六波羅長官に頼まれたんだよ…生前にな。」

生前…そうだ…きっとあの爆発では、あのビルにいた人間は誰も助かってはいないだろう。いくら大きな組織のテロリストとはいえ、白昼堂々と都市部のビル…ましてや国家管轄のテロ対策組織のビルをあそこまで爆破することなど可能なのか…。もはや組織にスパイがいたとしか…スパイ……いや、まさかな。

「あんなことが起きた後だから、タイミングがいいような感じで現れたけどさ…いくら事が事とはいえ、アンタみたいな極悪人を牢から出してまで…ったく、国家の方針を疑うぜ…。」

「……極悪人…か。つれないな、嵐。」

そりゃそうだ…俺はまだこの男を許した訳じゃない。
そう…4年前、京極の元の人格――綾部涼介――が犯した罪…俺を狙った的が外れた事故とはいえ、俺の最愛の女…響子が撃たれたのは、紛れもなくこの男が原因なのだから。それを何も知らないで、相棒として頼りにしていた自分にも腹が立つし、もちろん撃った本人のことをそう簡単に許せるものでもない。
綾部と交戦した時に、綾部が口にした“3年前のオトシマエ”って言葉がずっと引っ掛かっていた。綾乃が退院した数日後、俺は綾乃に頼んでコピーしてもらった京都府警での取調の調書を読んでいると、3年前の事件についての概要が書かれていた。

何故、相棒だった京極の人格が成りを潜め、綾部としての記憶が甦ってから俺を狙ったのか…?
それは、3年前に右京との取引で俺を仕留め損なったリベンジであったということ。そして、当時、現場に駆けつけた警官が目撃した証拠は、争った形跡もなく頭部を撃ち抜かれていたペドロ・ジェイナムの遺体と、その頭部に残っていたのが俺の放った銃弾などではなく、米軍で一般的に使用されている銃弾だったということ…そして、現場から逃走した高身長の男の姿があった…これだけの証拠があれば、お巡りさんでも予想がつく…俺と響子を襲ったのは、ペドロなどではなく綾部だ。
おそらくペドロは俺たちを襲撃したように見せかけるためのダミー。何らかの手段でペドロと接触した綾部は、共に事件現場へ訪れた後、ペドロを殺害したのだろう…。
もちろん半年前の事件で京極が俺の盾になり、Jの足止めに命懸けで協力してくれた件には感謝している…が、それでも響子を葬った事実を胸に、この男とこれ以上共に戦うことなど…。
綾部と京極が別の人格だと理屈では解っていても、やはり俺には無理だ…。

「……当たり前だろ。俺は犯罪者とは手を組まないし、組みたくもない。アンタには悪いが、あっちに着いたらお別れだ。」

「……ほう…お互い別行動であんな非情なテロ組織に立ち向かうのか?」

「いや、アンタは横浜に着いたら観光でもしてればいいさ。俺一人でやる…本部の皆の弔いも兼ねてな。」

…とは言ったものの、情報はほぼゼロ…現地に着いたらまずは情報収集から…か。とりあえずは、大阪に本部が移るまで本部として機能していた銀座にあるJACKALの関東支部で六波羅長官の言っていた中国系テロ組織の情報を集めるとするか。
横浜に着くまで、あと7時間以上はかかるだろうな…京極に気を遣うこともなく、俺はしばらく寝ることにした。

 

“只今、留守にしております…ご用件のある方は発信音の後にメッセージをお話し下さい。”

ピー

“もしもし…あの、私だけど…嵐…だよね?これを聞いたら…電話ほしい…です…。
あ!…プツッ…ツーツー”

 

何時間くらい眠っていたのだろう…いつもは不愉快に感じるこの揺れも、眠りに就く時にはなかなか便利なものかもしれないな…。
窓の外を眺めると車線の向こう側は真っ暗で何も見えない…すっかり夜も更けてしまっている…山の中か…。
それにしても、この沈黙…気マズイな。気は進まないが、何か話すか…。

「…なぁ、京極。右京ってさ…どうしてアンタに俺を狙わせたんだ?」

京極はこちらを横目でチラッと見て、鼻で笑った。

「フッ…口を開いたかと思えば、そんなことか。」

「何がおかしいんだよ…答えたくなきゃ、別に答えなくてもいいぜ?」

「いや、悪い…気マズさを紛らわせようと話しかけてきたのが見え見えだったもので、ついな…。右京の動機か…そうだな…。」

遠くを見つめるような目で京極は暗闇の先に視線を向けている。どうやら、あまり話したくはないのかもしれないな…。

「……右京はコロンビア大学に通ってた頃、留学生として来ていた響子ちゃんのことがずっと好きだったんだよ。」

……聞くんじゃなかった。俺は後悔した…右京が響子のことを…。恋敵ってだけで殺されかけたのか。
ん?…待てよ、てことは、ヘマして響子を撃った綾部って、ただのバカじゃん。そりゃ右京怒るわ…撃たれて当然だろ。

「だが、響子ちゃんは卒業まで何度も右京のアプローチを断り続けた。…そして、大学を卒業したある日のこと、右京は見てしまったのさ。」

「……な、何を…?」

「JACKALの暗殺者になる為に渡米してきたお前と響子ちゃんが仲良さそうに歩いてる姿を…な。」

そういえば…そうだった。俺と響子の出逢いはアメリカだった…。



鬼教官という名がハマりまくりのマッチョの黒人(ビリーとかいうい名前だったかな)の、あり得ないメニューの特殊訓練に根を上げそうになる度、訓練後、俺は決まって行きつけにしていたカフェへと通っていた。
コーヒーが美味いとか、店の雰囲気が洒落ていたとかじゃない…ウェイトレスの女の子――そう、響子――が俺の好みのタイプだったからだ。故郷を離れ、異国の地で日々の特訓に満身創痍だった(大袈裟だが)俺は、心の拠り所を求めていたのだろう。いつしか、響子とは世間話をするぐらいに間柄になったが、その時は結局付き合うこともなく、特殊訓練を修了した俺は帰国の途に着き、晴れてJACKALの暗殺者となった。
それから2ヶ月後のことだった。俺が特殊部隊(SAT)に所属していた頃に知り合った友人に連れられ、都内のライブハウスのイベントにやってきた。インディーズで活躍するバンドが数多く参加する大きなイベントだったが、俺にはどのバンドもイマイチしっくり来なかった…ただ一人を除いては。
バーカウンターでスカイウォッカを受け取り、一口含んだところで大きな歓声が上がった。舞台に目をやると、そこに立っていたのは…あの、響子だった。
イベントが終わり、友人の案内で楽屋にお邪魔した際に、俺は一人で響子に声を掛けに行った。しかし、響子は他のバンドマンたちに囲まれ楽しそうに話し込んでいた。イベントを終えた彼らの打ち上げ話に水をさすのも野暮かと思い、俺は静かにその場を立ち去った。一人でライブハウスを出て、とりあえずラーメンでも食いに行こうかと歩き出した時だった。背後から何者かに肩を掴まれ、呼び止められたのだ。

「ねぇ!嵐くんじゃない?」

またまた大袈裟かもしれないが、あの時の感動は今でも覚えている。
俺の姿を見かけた響子が後を追っ駆けてきてくれたのだ。俺が帰国した後、実は響子もアメリカで学びたいことは学び尽くしていたらしく、日本でアーティストとして活動する為にすぐに帰国していたのだという。それから俺たちは頻繁に会うようになった。低い確率の偶然――人はそれを運命と呼ぶのかな――で再会した男女が付き合うことになった…まぁ、よくある出来た話さ…。
そんな運命的なキッカケとはいえ、俺たちは知れば知るほど、お互い深く愛し合ってしまった。それから2年後…あの悲劇が起きた…そう、隣にいるこの男のせいで。



思い出したら、また口を聞くのがイヤになってきた。もはや、死んだ犯罪者の右京のことなんかどうでもいい。もう一度寝よう…まだ時間は腐るほどありそうだし。

「だが、それから間もなくして、俺も右京も中東のテロ鎮圧作戦に駆り出された。毎日死と隣り合わせだった作戦が終わり、帰国した時には日々の生活が生温く、俺たちはヒマを持て余していた。そこで右京は計画を実行した…って訳だ。」

「…うっせぇな。もういいって、わかったよ。」

「…そうか。最後に一つ…俺はこの件が終わったら、またNYのムショに戻る…安心してくれ。」

「そうかい…そりゃよかったよ。」

 

同時刻、東京都中央区銀座にあるJACKAL関東支部では、大阪本部の壊滅的な爆破テロを受け、防衛省からの指示で本部再移転に伴う臨時のテロ対策本部が設置されていた。そこで関東支部に所属する全暗殺者を集めた緊急作戦会議が開かれた。
しかしその最中、大阪本部と同規模の爆破テロに見舞われ、JACKALは完全壊滅の瀬戸際に立たされようとしていることを、二人はまだ知る由もなかった…。


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