LASTING the SIRENS

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チャプター05 囮罠

- 囮罠 -



バスが停車時に出すエアーサスペンションのような噴射音を立てて、まるでどこかの宇宙を漂う戦艦内にありそうな分厚い鋼鉄の自動扉がスライドする。

「鞍馬君、遅かったわね。」

「横浜から車で連れてきたのでね…それ相応の時間はご考慮頂きたい。せっかくなので、私も傍聴させてもらうとしよう。」

ようやく鬱陶しいのがいなくなるかと思ったのに…。コイツはどうも好きになれない…ていうか、まだ美波のことを見てやがる。気持ちの悪い奴め。

「まぁいいわ…嵐君、初めまして…だったわよね?」

鬱陶しいのが消えたのも束の間、全身黒づくめで黒縁メガネ、頭は夜会巻きのいかにもキャリアといった感じの女が、偉そうな感じで話しかけてきた。そして、やはり俺を待っているツレというのは、京極のことらしい。黒づくめの女の隣で椅子に腰かけて、呑気にコーヒーを飲んでやがる。

「ああ、あんたの顔を見た記憶はないから、初めてだと思うぜ。」

「フフ…まるで尖ったナイフね。何か気に障ったかしら?貴方は自分が思っている以上に有名人なのよ…だから、会ったことがあるかと思ったの。それに、以前から京極によく話は聞いていたから。申し遅れたわね…私は警視庁、捜査一課の鴉よ。」

以前から?この女刑事、京極の知り合いなのか?あの遊び人、刑事にも手を出してたのか…しかも、東京にまで女がいるとか、どれだけ守備範囲広いんだよ…美波、気をつけろよ、この男に近寄ったら妊娠しちまうぞ――なんて皮肉を心の中で呻いてみる。

「で、鴉さん…京極から話を聞いているなら、すでに俺と京極の現状も承知のこととは思うんだけどさ…それなのに、わざわざ呼び出して、俺にいったい何の用だよ?」

「そうね…貴方たちの間に溝が出来ているのは知っているわ。でもね…そんな些細なことよりも、今は協力して多くの命が失われたJACKAL、SECONDの爆破テロの犯人の凶行を止めることが先決ではないかしら?」

痛いことを言ってくれる…たしかに次の犠牲者が出る前に解決するべきなのかもしれない。長官も同朋もきっと皆死んだ。だけど、そんな単純なことじゃない…頭ではわかっていても、やはり真実を知ってしまって、まだ京極を許すことができないでいる。それだけ、俺にとって響子は大切な存在だった。黙りこんで険しい表情をしているのが自分でも分かった。すると、コーヒーを飲んでいた京極がカップを置き、立ち上がった。

「嵐…忙しいだろうに、呼び出して悪かったな。だが安心しろ。何も一緒に行動しようと言ってる訳じゃない。ここに来てもらったのは、現時点でのお互いの情報共有の為だけだ。俺は鴉とともに、お前とは別のルートで犯人をつき止める。お前はお前で好きなようにやればいい…どうだ、悪くない話だろ?」

そういうことか…京極のこの余裕ぶった態度は気に食わなかったが、情報共有という歩み寄りはこちらとしても願ったり叶ったりの要求だった。強ばった顔の筋肉を緩めることなく、俺は静かに頷いた。

「商談成立だ。…で、あの…そのなんだ、さっきから気にはなっていたんだが…お前の後ろにいる娘さんは……えーっと、どちらさんで?」

後ろを振り返ると、居場所がないオーラ全開でモジモジしている美波が、ようやく気付いてくれたかと言わんばかりに、目を輝かせて俺を見た。

――あ…忘れてた…。

「そ、そう!こいつはJACKAL関東支部、SECOND所属の交渉人、美波だ。こっちに来てからいろいろと助けてもらってる。」

美波の腕を掴んで、前へと引き寄せ、自慢気に紹介した――こんな美人、京極もさぞ悔しがるだろうと、思ったからだ。

「は、初めまして…ただ今、ご紹介に預かりました、SECONDの…美波泉莉です。」

京極が食い入るように美波を見つめている…そして、その様子が不愉快なのかどうかは判らないが、鴉は面白いぐらいに無表情だ。

「嵐君…ちょっと聞きたいのだけれど、美波さんのこと、交渉人って言ったわよね?どういうことかしら?JACKALは暗殺部隊…交渉人なんてポジション、以前からあったのかしら?」

この女刑事、細やかなところまで気がつくのか、単に美波が気に食わないから噛み付いてきてるのか…どちらにしても、たびたび面倒なことを突っ込んでくるな。

「ああ、SECONDでは大勢の人質を取られたテロを想定し、交渉人で人質の身柄を確保した後の暗殺プログラムがあるらしい。俺も美波に会うまでは知らなかったが。それが何か問題でも?」

「そう…なるほどね。米国では人質事件での交渉術というのはよく目にする光景…国防総省の支援を受けているだけあって、JACKALにもそういった要素があること自体はおかしくないわね…納得。それじゃ、そろそろ本題に入ろうかしら。二人とも掛けて頂戴。」

俺は美波の腕をひいて、鴉たちの正面の席に腰かけた。どうやら、偉そうなだけじゃなく物わかりはいいらしい…俺は少し安心した。さて、報告すべきことはたくさんある…何から話すか…。

「京、まずはおさらいの意味も含めて、事件の概要から話して頂戴。」

「……え、俺がか…?ったく、人使いの荒い…。了解。」

一瞬面倒そうな色を醸し出したが、この女に何か弱みでも握られているのか、すぐにポーカーフェイスに戻し、京極は大人しく立ち上がってプロジェクターを起動させた。

「それじゃ、始めるぞ。」

壁面のプロジェクターからの様々な資料映像が映し出される。

「まず、事件の発端は半年前に遡る。米国防総省・国家安全保障局の諜報員から異例の待遇を受け、防衛省のJACKAL長官へと就任した右京仁。しかし、日本のテロを未然に防ぐJACKALの長官であったにも関わらず、右京は国内の薬物売買の手引きをはじめ、謎の暗殺者Jにテロ活動を指示。嵐の冤罪により、それらの犯罪が明るみに出ることとなり、当時、大阪府警の一課だった真希により逮捕される。米国籍を持つ右京は、身柄を拘束された後、アメリカ本国での連邦裁判にて改めて裁かれることとなった為、米軍輸送機により身柄の安全を優先した護送となった。しかし、その輸送機は大空に飛び立って間もなく、何者かによって爆破され、輸送機に乗機していた数名の米軍兵士の尊い命と右京が犠牲となった。」

「補足として…私は当時、右京を逮捕した責任者として、事件のあった横須賀基地まで何事もなく右京を護送した後、滑走路のそばで輸送機が飛び立つのを見守っていた…直後に爆破が起き、基地に急いで戻ったものの、基地は完全に厳戒態勢が敷かれ、警察といえど取り合ってはもらえなかったわ。」

鴉は大阪府警だったのか…なるほど、それで京極と…。それに右京を逮捕したのが、この女刑事だったとは…どうやらタダ者じゃないらしいな。右京のせいでテロリストに仕立てあげられ、十数名のエージェントに殺されかけたんだ…ここは素直に鴉に感謝だな。
プロジェクターの映像が、仰々しい書面に切り替わる。

「その爆破テロが起きた翌日、米クライン大統領より総理官邸にホットラインが入った。爆破の原因は機体に仕込まれた4つの高性能プラスティック爆弾によるものだったと。そして横須賀基地では、その実行犯を割り出すことができなかった。身内の犯行ではないと判り、米政府は半年以内に実行犯を見つけ出し、身柄を差し出すよう要求してきた。治外法権の関係で、米国は日本国内で捜査ができない為だ。当初は警察庁総出でマスコミには一切公表されず極秘裏に大規模な捜査が行われた…。だが、それらしき証拠も人物像も一切出てはこなかった。半年が過ぎ、米国からの要求した期日に間に合わせることができなかった日本政府…クライン大統領はついに中央情報局――CIAのエージェントを送り込んできた。現在までに表立った活動は確認されてはいないが、おそらく実行犯および、その指導者は発見され次第、暗殺される。それだけなら問題はないのだが、それを機にクライン大統領は安全保障条約の刷新を要求してくる。日本のテロに対する抑止力の無さを補うべく、在日米軍基地のさらなる増設、そしてJACKALの解体。」

CIAが潜入しているのか…すでにそんな大事にまで発展していたなんて。CIAといえば、よく耳にする情報機関だが、その活動内容は多岐に亘っている…目的達成の為なら、問答無用の強硬策も辞さないだろう。

「でもさ…CIAが動いているなら、もう任せたほうがいいんじゃないのか?どうして俺たちまで実行犯を探す必要があるんだよ。」

「そう…そこだ。CIAが潜入しているとはいえ、これは自国内のこと…総理は政府の威信にかけて、閣僚会議で防衛省、嵯峨大臣にJACKALの出動要請を指示した。おそらく安全保障条約の刷新は明らかに日本が不利となる内容に書き換えられる可能性が高いからだ。本件を担当するJACKALの暗殺者には、防衛省内での話し合いで、右京事件で功績を挙げた嵐の名が挙がった…しかし、そんな矢先にJACKAL本部が爆破され、その夜、JACKAL関東支部であるSECONDも爆破された。皮肉にも条約により解体されるまでもなく、もはや事実上の崩壊というところまで来てしまった。だが幸い、嵐は難を逃れ、六波羅長官から任務も受け取っていた。任務の内容は爆破の実行犯の疑いがある横浜中華街を拠点とする中国系テログループの犯行の証拠と身柄の拘束。そして、俺たちは現在に至るって訳だ。」

「ああ、でも、その情報なんだけどさ…」

「そう、どうしてそんな嘘をついたのかは謎だけど、六波羅長官が嵐君に伝えた情報はガセ。警視庁のデータで中華街を拠点としている中国系の組織なんて、昔はどうか知らないけれど、今は取り締まりが厳しくなって、ほんの2〜3の組織しかいないはずなの。そして、その組織の拠点はいずれも家宅捜索が済んでいる…つまり、シロばかり。そしたらさっき、すでに検挙済みだった玄武楼の近辺を通りかかった警官から連絡があった…。京の読みで、そんな物騒な場所にやって来て、ドンパチやらかすのは、貴方ぐらいしかいないって。」

――大きなお世話だよ。

「そこで、まず聞かせて頂戴。人がいるはずのない玄武楼で貴方、いったい誰と交戦していたの?」

「……京極。アンタもよく知ってるヤツがそこにいた。ハットにロングコートの男だ。」

「……なんだと?お前…それ、人違いじゃないのか?半年前、アイツは確実に仕留めたはずだろ。あんな死に方をして生きている訳がない。」

そう…俺だってそう思いたい。だが、実際この目で見て、そいつに殺されかけた。アイツのあの狂気の瞳を忘れる訳がない。玄武楼で会った“J”が事件に絡んでいるとか、絡んでいないとかの問題じゃない。アイツが生きていること自体、おかしい……別人?兄弟?綾乃のことがあっただけに、兄弟という線もなくはないのかも…。

「ちょっと待って。まさかその男って、半年前に京都の駅ビルで脳天を撃ち抜かれて8階から転落したJのことかしら?」

「ああ、間違いない…。ただ一つ、引っ掛かるのは、玄武楼で会ったJは俺と会うのが初対面のような感じを醸し出していた。姿形は一緒だったけど、もしかすると別人なのかもしれない。」

「なるほどね。それなら、やはり同一人物と考えるのは難しいわね。遺体を回収した京都府警の五条署が行った検死では、Jは全身を複雑骨折し、完全に即死していたって話よ。現代の医学で、そんな状態から息を吹き返すなんて、絶対にあり得ないわ。それはともかく、その“Jらしき男”が何らかの形で今回の爆破テロに関わっているのは間違いなさそうね。」

でも、何かひっかかるんだよな…そもそも、輸送機の爆破テロとJACKAL本部、SECONDの爆破は、同一犯なのだろうか…爆破の目的が何なのかさえはっきり見えない。それに輸送機爆破から、どうして半年もの間、何のアクションもなかったのか、どうも釈然としなかった。

「やっぱその“Jらしき男”…って、いちいち面倒な呼び名だな。そのJ2を見つけて目的を吐かせない限りは何も見えて来ない気がするんだよな…。」

「そうね。ただ問題は、そのJ2がどこに現れるか…今回の玄武楼の件、きっとCIAのエージェントもすでに嗅ぎつけているに違いないわ。急がないと、先手を打たれてしまう恐れがある…。」

「ならば、囮を使って罠を張ればいいのでは?」

すっかり存在を忘れていたが、絶妙なタイミングで鞍馬が口を挟んできた。壁にもたれ、腕組みをして斜に構え、まるで刑事ドラマに出てくるニヒルな俳優のようだ。その態度がめちゃくちゃ気に食わなかったが、“罠”という案にはたしかに賛成かもしれない。

「なるほどな…そのJ2を誘き出すって訳か。で、何か策はあるのか?」

コーヒーを口に運んでから、煙草に火を点けて、京極が訊ねた。京極に関しても、常にニヒルを気取っているので、鞍馬との絡みが妙に鼻についた。

「面白い方法がありますよ。これが上手くいけば、CIAのエージェントもおびき出すことが出来るかもしれません。捜査を有利に進めるために、我々はライバルの特定もしておくべきですからね。」

――焦らせやがって…早く言えって。

「だから、その罠って何なんだよ。」

「フッ…半年前に世間を騒がせたJACKALの暗殺者、嵐。横浜中華街にて銃を乱射…ついに逮捕。爆破の可能性も考慮して、郊外の刑務所に嵐を入所させればいいのでは?」

――オイオイ…言わせておけば、このくるくるパー(マ)!何くだらねぇ冗談言ってやがるんだ。そんなの出来る訳ねーだろ…却下だ、却下!

「なるほど…たしかにそれはいい案かもしれないわね。それでいきましょう。嵐君、異存はないかしら?」

「マジか?!ちょ、ちょっと待てよ…ついに逮捕って…まさかマスコミに情報をリークするのか?いくら狂ってるJ2でも、完全アウェーな刑務所に乗り込んで来る訳ねぇだろ。」

「これまでの流れからして、爆破テロ犯は君を狙っている。防衛省の暗殺組織のビルでさえも平気で爆破するくらいのヤツです…警視庁は難しいかもしれませんが、どこか郊外の刑務所となれば、ホシは必ず君を葬りに暗殺、もしくは爆破しに来るはずです。」

「テメェ、俺をムショにブチ込みてぇだけだろ!」

「あくまで罠ですから…それぐらいのお膳立ては必要でしょう。プロの暗殺者ならば、脱獄に関しては守りが徹底されている刑務所でも、外敵からの守りに関しては手薄と考えるはずですからね。」

「嵐、仕方ないだろ…お前以外は満場一致なんだよ。腹、くくってブチ込まれろ。それがJを誘き出すのに、一番手っ取り早い方法だ。」

――京極まで…この人でなし!

「そうね…もちろん、私たちも待機して、J2が現れたらすぐに迎撃できるようにしておくわ。嵐君、大人しくブチ込まれなさい。」

「……な、なんなんだよ、みんなして!わかったよ!ブチ込まれたらいいんだろ!入ってやるよ、ムショぐらい!」

もうヤケクソだった。とにかく、玄武楼に現れたJ2が一体何者なのか、それを突き止めなければ、この事件は何も進展しない。今はただ、自分に出来ることをやろうと思った。

「美波、お前は一旦、家に帰ったほうがいい。ムショに入っている間は守ってやれないからさ…。」

「う、うん…。」

「そうね…念のため彼女の自宅には警備を付けるわ。鞍馬君、貴方のところの優秀な機動捜査隊を数名、警備に貸して頂けるかしら?」

「ええ、構いませんよ。手配しておきます。」

俺がムショにいる間、さっきの脳ミソまで筋肉質なヤツらに美波のことを任せるのは気が進まないし、不安だったが…とはいえ、街のお巡りさんよりは役に立つ。きっと大丈夫だろう。
ただ何か、第六感のような未知の感覚が、この先に起きそうな嫌な予感をうっすらと感じ取ろうとしていた。そんな一抹の不安を拭いきれぬまま、マスコミに大々的に取り上げられ、俺は投獄された…。

 

 

――3日後

6月21日 東京都府中市
府中刑務所 面会室

「なぁ、これっていつまで続けるんだよ。」

「あなたの言うJ2が現れるまでに決まっているでしょ?とはいえ、このままずっと…っていう訳にもいかないわね。今週いっぱい様子を見て、現れなければもう少し、メディアへの情報の露出を考えましょうか。」

「今週いっぱいって…カンベンしてくれよ。」

「ワガママ言わないの。それじゃ、そろそろ戻るわね…頑張って頂戴。」

俺の逮捕報道が世間に流れて、3日が過ぎたが今のところ何の変化も音沙汰もない。爆破で始末するのか、直接殺しに来るのか…そんなことよりも何より、今のところムショ生活が一番の問題点だ。看守には、俺が囮で潜入しているとは知らされていない…そのせいで、他の囚人達と同じ扱いなのだ。
昔、見た映画で、こんなのがあった…。
俺のように極秘任務で囮としてムショに入ったものの、逆に敵の罠にはまって囮捜査員であることを知るチーム全員が殺されてしまい、自分が刑事だという事実を闇に葬られてしまう。仲間を失い、助けもない孤独な状況に立たされ、絶望的な運命を受け入れながらも主人公は命懸けで脱獄し、自分を陥れた犯罪組織への復讐へと赴く…といった内容だったと思う。
万が一にでもそんなことになれば…いやいや、縁起でもない。そんなのだけはマジでカンベンだ。
ひとまず、鴉の配慮で独房行きだったのが、まだ救いだ…雑居房なんかに入ったら、俺の純潔(ケツ)を守るのに、うかうか寝てもいられなかっただろう。とはいえ、狭いし、メシは不味いし、なんか臭ぇし、最悪な状況に変わりはない。

――美波のやつ…大丈夫かな。

 

 

 

「いつも無言で…何がしたいんですか!迷惑なので、もうかけて来ないで下さい!」

ピッ――ツー ツー

PM 7:04
東京都目黒区 美波の自宅

もうどれくらいこの台詞を言っただろう。嵐ちゃんが刑務所に入った翌日から、私の携帯電話の着信件数は無言電話でパンク状態だった。かかってくる見知らぬ番号を拒否するたび、違う番号でかかってくる。一日に最低でも30件…相手はひたすら無言で、まるで私の声を聞いているだけのように、私が言いたいことを言い終えたタイミングで切れる。

――これってもしかして、ストーカー被害に遭ってる?

鴉さんの提案で、公安の機動隊が私の家の周りを警備してくれているけど、何者かの脅威が通信という見えないところで私に迫り来ていた。機動隊員さんたちの話では、今のところ不審な人物は見かけていないみたい。このストーカー行為がエスカレートしてくると、直接的な行動になるのかな…?

コンコン…

こんな時間に誰だろう。目に見えない恐怖に恐る恐るドアの覗き穴から外の様子を伺った。
そこに立っていたのは、機動隊の人と見知らぬ男だった。念のため、チェーンをかけて扉を解錠した。

「ご飯時にすみません。さきほど、エントランスあたりで不審な男を捕らえたので、確認のためお伺いしました。この男と面識はありますか?」

機動隊員さんに連れられて来た男の人は韓流スターのような横流しにした前髪で、とりたてて特徴のない顔立ち。青白く痩せていて、不気味な感じがする。この人が無言電話の犯人…?でも、何かおかしい…この違和感は何なのだろう。

「私、こんな人知らないです…。」

「やはりそうですか…この男があなたの郵便受けあたりを何度もウロウロしていたのを見かけたので、まさかとは思ったのですが…では、念のため、署の方で取り調べさせます。」

「あ、はい…お願いします。」

機動隊の人が扉の前から立ち去ったので、軽く一礼した後、そのまま扉を閉めようとした時だった…
閉じようとした扉から何かが挟まったような感触が手に伝わってきた。驚いて扉の下の方に視線をやると、足が挟まっている。足の分だけ開いたままの扉に手を掛け、男が覗き込んできた。

「すみません…念のため、盗撮や盗聴の可能性も否定できないので、中に小型カメラや盗聴器がないかだけ確認させてもらってもいいですか?すぐに終わりますから…。」

怪しい人物を連れて行った人とは別の機動隊の人だった。部屋の中に入れるのは少し気が進まなかったけれど、たしかに盗撮や盗聴なんてされていたら気味が悪いし、しぶしぶチェーンを外し、中を見てもらうことにした。

機動隊の人は紐をほどいてコンバットブーツを脱ぎ、玄関に上がると、こちらを見つめながら、後ろ手で扉の鍵をかけた。

――えっ…?!

「泉莉…やっと、二人きりになれたね…。」

「…な、何を言ってるんですか…冗談ですよね?」

目の前の男は穏やかな表情こそしているが、瞳には爛々と喜びを浮かび上がらせ、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

「怖がらないで。僕は君を守る為に来たんだ。さあ、こっちにおいで。」

「……い、いや!来ないで!!」

ここのところの嫌がらせ電話もこの男だったの…?さっきの怪しい男の人は…?
まさか警備に来てくれている機動隊の人がストーカーだなんて…思わないもん。とにかく助けを呼ばなきゃ……

――嵐ちゃん…助けてっっっ!

 

 

 

 

「美波っ!!」

――ゆ、夢……?

目を見開いた先に見えた、薄汚れたコンクリートの天井。上体を起こし、無意識に触れた額はびっしょりと汗が滲んでいた。辺りを見回して、脳に現実を再認識させる。壁掛け時計の短針は1時を指していた。

AM 1:32

――縁起でもない…夢だったな。

ベッドから脚を下ろして項垂れる。夢とはいえ、このままじゃ目覚めが悪い…夜が明けたら、鴉に美波のことを少し訊いてみるか。
不自然なほど静かな夜…あまりの静寂に、耳鳴りがする。天井付近の高い位置にある鉄格子で覆われた窓から、仄かに月灯りが照っている。喧騒とは縁のない夜に、悪夢で乱された心は次第に落ち着きを取り戻し始めた。
その時だった…ほんの僅かな揺れが起き、まるで一部が粉砕でもされたかのように天井からコンクリート片のような粉がパラパラと降ってきた。はじめは地震かとも思ったが、どうやら違うらしい…。ここのムショが頑丈だったおかけで“爆破”のダメージが最小限で済んだようだ。その証拠に、遠くの方で次々と断末魔が聞こえている。おそらく…囚人や看守たちを巻き込んだ“Jのパーティー”が始まったのだろう。

――ようやくおいでなすったか。待ち焦がれたぜ…別の意味でな。

気合いも十分に、扉に手を掛ける。

「……って、開かねーし!」

そうだ…俺は今、囮とはいえ囚人だった…。鴉たちの協力ナシでは、ここを出ることさえ出来ない。誰だよ、こんなに融通の利かないプランを立てたのは!

“火災警報発令!火災警報発令!北棟Kブロック付近にて火災が発生した。なお、当ブロックは現在、謎の侵入者の攻撃を受けており、数名が負傷している模様。総員は、消火班、救急班と応戦班に分かれ、Kブロックまで急行せよ!”

慌ただしい様子の館内に放送が流れる…アナウンスの背後で交戦真っ只中の生々しい銃撃音が聞こえていた。扉の向こうでも、何やら慌ただしく現場へ急行しているであろう足音が聞こえる。
俺もこんなところで立ち往生してる場合じゃない…なんとかして、ここを脱出しなければ。
とはいえ、何の武器も持たない素手の状態では、原始的に扉を蹴ることぐらいしか思い付かなかった…。

――こうなりゃヤケだ…とりあえず蹴っとけ!

膝を折り曲げ、腰から反り返って反動をつけて全力で足を真っ直ぐ突き出した。
鋼鉄の扉を蹴るのだから、間違いなく跳ね返ってきた衝撃で自爆することは薄々解っていた。が、足の裏に伝わってきた衝撃は、思ったほど硬くなく、むしろ何の反動もなく、ダメージを受けることもなかった。

「あ…。」

どうやら、蹴ったのは扉ではなかったらしい。扉はキレイに開いていた。開いた扉の奥に、看守が倒れている。

「ちょ、ちょっと嵐君…いきなりどうしたの…?」

扉の隅から鴉が中の様子を見るのに恐る恐る顔を出してきた。滅多に見せなさそうな驚きの色を浮かべている。

「いや…これにはちょっとした深い理由が…っていうか、遅っせぇよ!」

話し出すと同時に、俺は独房から飛び出て駆け出していた。後を追うように鴉も走り出す。ピンヒールなんて履いているクセに、意外と速い…俺の後をしっかりとついてきていた。

「悪かったわね。貴方が何処の房に収容されているか解らなくて…これでもけっこう探したのよ?」

「なるほど…そういや、面会室でしか会ってなかったもんな。…って、それぐらい把握しといてくれよ!」

くすんだ紺碧色の長い廊下を進むと、通路を塞ぐ扉という扉が全て開け放たれていた…。すでにこのブロックにはもう、囚人以外の人っ気はなかった。扉を抜けると、右手に囚人が日々の勤めを行う大きな工場があり、正面には広大なグラウンドを経た先に建物が見えた。左手は高い塀が延々と続いている。

「このグラウンドを突っ切った先の建物が現在、被害の出ている北棟。Jはそこにいるはずよ…急ぎましょ。」

巨大なサーチライトが暗闇に呑まれたグラウンドを彷徨うようにゆっくりと地を這い回っている。その暗闇の奥で、黒煙を纏った赤黒い獣に半身を食われているように建物が炎に包まれていた。グラウンドを走り抜けている時はまるで、脱獄囚の気分だった…いや実際、独房を出てムショ内を駆け回ってるのだから、そのとおりなのだが。
北棟に入り銃声のする方へと進むと、火災の侵食を食い止める為の隔壁がすでに道を阻んでいた。

「オイオイ、これじゃどうしようもねぇぞ?まさか、すでにJ2が隔壁の中に閉じ込められてる…なんて冗談は止めてくれよ?」

「……参ったわね。最悪の場合、それもありえない話ではないかも…と言っておこうかしら。」

冗談じゃない…それじゃ何のために3日間もくさいメシを食ってたのか…。全て水の泡じゃないか。

「とりあえず、ここはもう、そう長くはもたないわね…一旦グラウンドに戻りましょうか。」

煮え切らない思いを腹に留めて、外に出た。
塀の向こう側にはすでに消防隊が待機しているようだ…赤い回転灯がチラチラと空気に反射して見える。その時だった。
北棟の上の方の階層にある窓ガラスの激しい破砕音に注意を奪われ空を見上げると、ゆっくりと通り過ぎたサーチライトの青白い閃光を背に人影が浮かび上がっていた。

「オ、オイ!誰か窓から飛び出したぞ!!」

空からものすごい速度で舞い降りてくるその影は光の輪を抜け出し、すでに闇に溶け込んでいて姿が見えなかったが、至近距離の地上に降り立ったのか、足下を伝ってうっすらと地響きを感じた。

「ハァッハァッ…こんなに刺激的な祭りは初めてだぜ。監獄無双ってヤツだな、こりゃ!ヒャハハッ!」

この笑い声…忘れるはずもない。
降り立ったのは、人の皮を被った死神…Jだった。

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