LASTING the SIRENS

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チャプター09 夜走

- 夜走 -



──暗殺者…か。俺が知らないということは、ムショに収容されていた半年の間にJACKALに入ったのだろうか。この女、どうもキナ臭い。

AM 2:32
港区 六本木

しばらく歩いてヒルズ辺りまでやってきた。時間が時間なだけに、ほとんど車は通行していない。そんなこともあってか、路肩から否応なしに視線を引きつけるオーラを纏った高級車が停車しているのが目についた。他を寄せ付けない威圧感を醸し出しているのか、周りには一般車両はおろか、タクシーですら見当たらない。
漆黒のメルセデスSLS AMG240だ。

「さ、ドライブといきましょうか。」

「…ずいぶんと景気のいい車が用意してあるな。自前か?」

「いいえ、これはボスの車です♪あ、運転お願いしますね。」

──ボス…?さっき…JACKALの暗殺者と言っていたが、六波羅長官はもういない。となると、今は違う組織にいるということか?

それにしても、俺をあわよくば殺すと宣言しておいて、自分は助手席で快適にドライブとは…ずいぶんとアウェーな展開じゃないか…まぁいい、美女と命の駆け引き…そう悪くもない…。
俺の中で、久々に燃えたぎる何かが沸きだっていた。アイツの置き土産なのか、時折、血に対する渇望が沸いてくる…今は制御できているが、これが止まらなくなってくると、また…アイツが帰ってくるような気がしてならない…綾部涼介……俺の深い闇が。

 

 

 

同時刻
京都南インター界隈
ホテル “フェネクス・ローザ”

「……ね、ねぇ、嵐ちゃん…その“ふらいんぐばすたぶ”…って……なに?!作戦のネーミング、ダサすぎない?!」

「そこはどーでもいいだろ!?ゲホッゲホッ!……はぁ、はぁ…ま、まぁ、じきに分かるって。とりあえず、そのまま風呂に入っててくれ。」

「え、そのまま?う、うん…でも、それより嵐ちゃん、その傷、止血した方がいいよ…どんどん血が出てる。」

「そうしたいとこなんだけどな…止血するにも、止血できそうなものが何もないだろ?大丈夫だって、これぐらい…。はぁ…でもまぁ、ここ出たら、とりあえず病院には行こうかな…やっぱ痛ぇわ。……なに、俺は大丈夫さ…心配するなって。それより、ここを生きて出られるよう祈っておいてくれ。」

とは言ったものの、正直、人を殺すことはあっても、救うことは滅多にない。こんな経験は初めてだ。俺もこんな状態だし、成功するかなんて、全くわからなかった…でも、方法はもう、これしか思い付かなかった。やるしかない。

「ね、ねぇ、嵐ちゃん!あれ…ヘリじゃない?助け呼んでみようよ!」

そんなタイミング良くヘリコプターが飛んでる訳がない…ましてや、今、何時だと思ってるんだよ。3時前だぞ?ないない!何かの間違いだろ。それにしても屋上ってだけあって、なかなか風が強い…いや、強すぎるな……

「…って、マジかよ!!あれは…ん?京都府警のヘリ…?どういうことだよ。」

ヘリは俺たちの上空で止まるとハシゴを放り投げてきた。よくは見えないが、5mほど上のハシゴを垂らしている搭乗口から人影が登ってこいと手招きしているように見える。フライング・バスタブ作戦を諦めるのは残念だが、今は美波の安全が優先だ。ここは国家権力に甘えさせてもらうとするか。

「美波、先に行け。」

「ダメだよ!嵐ちゃん怪我してるんだよ?怪我人が先だって!」

「俺は大丈夫だ。頼む…時間がない。先に行ってくれ。」

「う、うん…わかった。」

美波はぎこちない様子でハシゴを登っていく。美波が7割ほど登りきったところで、俺もハシゴに手をかけた。

──もう、床が崩れそうだ。そろそろ俺も行くか…。

登り始めると、想像以上に脇腹にかかる負荷がキツい。手を掛ける度に、ゴポッと血が噴き出しているような気がする…上手く登れない。どうやら美波は登りきって、ヘリの中に乗り込めたようだ。俺ものんびりはしてられないと、一段、さらに一段とハシゴに手を掛けた。屋上から離れ、3mほど登りきった時だった…ヘリの搭乗口を見上げた俺は、自分の目を疑った。

体がふわっと宙に浮いたような感覚に覆われたかと思うと、その瞬間、磁石のような強力な地球の重力が全身に絡み付いてきた。

ハシゴを切られた。

スローモーションを見ているかのように、ゆっくりと搭乗口から慌てる美波が身を乗り出そうとするのが見える。そして、横にいる男が美波を引き留めている。あの男は……

男は口角をニヤリとつり上げて、俺の視界から美波と共にヘリごと姿を消すと、スローモーションから通常再生へと戻り、牙を剥いた地球の重力が俺を容赦ない力で地上へと引き寄せた。
運が良かったのか、俺はバスタブの中の湯船に落ちた。もちろん湯船とはいえ、上空3mからの落下だ…本来ならかなりの激痛だろうが、幸い、脇腹の痛みもあって、衝撃が相殺されたらしい…さほど痛くは“感じなかった”。
しかし、ここからが本当の悪夢だった。

辛うじて形を留めていた屋上の床だったが、俺が落ちてきた衝撃で、その緊張が崩壊した。
俺を乗せたバスタブはゆっくりと宙を舞い、そして炎の谷へとダイブし始める。
運命とは皮肉なもので、俺一人で本当にフライング・バスタブすることになるとは…。
どうやら、地球の重力はよほど俺とキスがしたいらしい…なんてな。

──ここまで…か。美波…そして、綾乃……すまない。


 

 

「さて、それじゃあ、どこに向かおうか…適当に走らせた方がいいか?」

「そうですね…行き先は京極サンにお任せします。私は京極サンとお話ができれば、それで構わないので。」

お話…か。本当にJACKALの暗殺者なのか、本部爆破事件のこと、誰の差し金か…こちらも聞きたいことは山ほどある。
しかし、今の俺にはそれ以上に、興味を惹き付けられて止まないことがあった。正直なところ、今は事実解明や美女とのランデブーなど、たいして興味はなかった。こんな上玉とは滅多とお目にかかれないからな…何の話かって?もちろん、このメルセデスの話だ。
シートを最後尾まで下げ、エンジンのスタートボタンをプッシュすると、途端に体の芯にまで訴えかけるような官能的とさえ思えるエキゾーストノートが辺り一帯と車内に響き渡る。
このあたりのクラスになってくると、車を走らせる高揚感としては木馬とサラブレッドほどの違いを感じさせる。洗練されたフォルムから内装まで、どれをとっても美しい。パフォーマンスはどうだろうか。

「……ところで、どうでもいい話なんですけど、あの鴉って人、本当に京極サンの彼女さんなんですか?」

「ん?ああ、一応な。まぁ、腐れ縁ってヤツだ…。」

本当にどうでもいい感が伝わってきた。そんな下らない話をするなら、もうしばらく黙っていてもらいたいものだ。
ドライバーに至上の走る歓びを与えてくれる有り余るパワーとそれをフォローするかのような足回りの軽やかさ。都会的なルックスだけでなく、パフォーマンスも申し分ない。そんな走りを堪能しているというのに。

30分ほど過ぎたのだろうか…走りに没頭するあまり、もはや時間の感覚はなかったが、窓の外では流れ行く六本木通りのイルミネーションが徐々に遠ざかっていき、やがて、それはバリケードの彼方に広がって東京の街を見渡せるほどの光の大海となった…そんな景色がしばらく続いた。
次第にスカイツリーの青白い光が見え始めた頃、ようやく祇園は微かな殺気をチラつかせながら本題らしき話題を振ってきた。

「京極サンは今、誰のために、何のために動いているんですか?」

「なかなか痛いところを突いてくれるな。誰のため…か。そうだな…日本国民のため、とでも言っておこうか。」

──とは言ってみたものの、俺自身、そんな出来た人間ではないがな。

「またまたぁ…そんな心にもないことを。この件が片付いたら、またシンシン刑務所に戻られるんでしょ?六波羅長官ももういないですし、何の得もないじゃないですか。」

「そんなことは判っている。だが、一度乗った船だ…途中で降りるのも釈然としない。ただそれだけだ。」

「どうですか?私と組めば、刑務所に戻らなくてもいいですし、金にもなりますよ。」

ムショに戻らなくてもいい…だと?何の権力だよ…政財界の大物でもバックに付いているのか。
だが、こんな怪しい女と組むってのは悪い冗談だ。

「せっかくの申し出だが、断る。俺は信用できるヤツとしか仕事はしない主義でな。なんなら、今からでも素性を明かしてみるか?」

「やっぱりぃ〜。あーあ、そう言われると思ってましたよ。それじゃあ……」

祇園はすかさず銃を2丁取り出し、運転中の俺に向けてきた。2丁とはまた厄介な…まぁいい。

「冥土の土産に教えてあげますよ…私のヒミツを。」

──フッ、俺にハンドルを握らせたのは間違いだったな…。

サイドブレーキを一気に上げるのと同時に車体が弧を描き回転し始める…その回転と真逆の方向にハンドルを180度回転させる。車体は激しくスピンし、車体にかかる遠心力と共に車内は強烈なGに襲われる。
祇園はGに堪えきれず体勢を大きく崩し、あっさりと俺から照準が外れた。

いくら時間が時間とはいえ、首都高でこんな高級車がスピンをしているんだ…よほど気が違っている輩でない限りは、好んで追い抜いてきたり近寄ってきたりはしないだろう。幸い、後続車両も見当たらない。
足元のマットを足で器用にアクセルに被せ、サイドブレーキを下ろすと同時に、俺はドアを開けて外に飛び降りた。
スピンで減速したとはいえ、それまで120km/hで走っていた車体から飛び降りたのだ。体の自由はきかず、派手に転がり続けて車道端の壁に激しく背中を打ち付けられた。
苦痛に顔を歪めながらメルセデスが走り去った方向を目をやると、不自然な方向へと加速していくのが見えた。そしてその30秒ほど後に左側の壁面にその身を打ち付けて進み火花を散らした後、引火による大爆発に見舞われた。

──死んだか…結局、肝心なことは何も聞けなかったな…。

しばらく背中の痛みがおさまるまで、そのままの体勢で休もうかと思ったが、炎上するメルセデスの向こう側に揺らめく影が浮かび上がったように見えた。

──ウソだろ…アイツ、ターミネーターか?!

炎を避けて現れたその姿は右腕をだらんと垂らし、肩を深紅に染めた祇園だった。

「あーあ…私にこんな傷を負わせて。この責任はキチンと取ってもらうよ、京極サン…」

「責任…か。フッ…嫁ぎに来るか?それにしても、意外と頑丈なんだな。まさかあの状況で飛び降りて生きてるなんてな。一瞬、不死身なんじゃないかと肝を冷やした。」

──ここで殺り合うのか…肋骨が2、3本イッてる。さて、どうしたものか…。

トリガーを引いた時の衝撃から来る激痛で照準がズレる恐れがある…しかし、どうやら逃げ道はなさそうだ。あちらも利き腕を負傷していて使い物にならないだろうし、状況的には五分といったところか。

「あっれぇ?…京極サン、もしかして、どう殺り合おうか考えてるでしょ?でも安心してよ。私、リスクは犯さない主義だからさ。殺し合いはまた今度にしようよ。」

こんなところで死ぬつもりはなかったが、とはいえ結果的には祇園が賢い女で助かった。

「じゃあ、お互い怪我人同士、今から仲良く話でもするか?」

「…それも遠慮しとこーかな。こんなところで、車が炎上してるんだもん。このままここにいたら、警察の世話になるのは目に見えてるし、それも面倒じゃん。私はこのまま帰るから。」

なんだ…本性を現したらイイ女じゃないか。こういう態度は嫌いじゃない。追われるよりは追う方が性に合ってるもので、冷たくされると燃えるのが男ってものだ…って、言ってる場合か…。

「そうだな…だが、一つだけ聞かせてもらおう。JACKAL本部の爆破…あれはお前も絡んでいるのか?」

「……さーね。私はもうJACKALとは無関係の人間。絡んでいてもおかしくはないでしょーけどね。そんなの正直に教える訳ないじゃん。さ、終わり終わり。じゃあね。」

祇園はそう言うと、踵を返し、ゆっくりとその場を去っていった。

──やれやれ。まったく女って生き物は…

ゆっくり起き上がろうとしたが、まだ背骨も脇腹も痛む…壁にもたれたまま煙草を1本くわえて、ふぅーと一息ついた。ハイウェイに腰を下ろして一服するのもなかなかオツなものだ。

大都会の灯りに霞んでしまっている星空を仰いでいると、うっすらと遠くのほうから耳障りな音が近付いてきた。

──また、真希に叱られるな…。

 

 

 

7月8日(日)
AM 7:14 大阪 関西国際空港
第一ターミナルビル4F 国際線ロビー

せっかくの日曜日だけど、関西はあいにくの雨に見舞われた。幾重にも交差した鉄柱の奥に見えるガラスの向こう側では、静かな雨がガラスを時折掠めて水滴が情景を歪ませている。
右手が使えない。こんなコンディションで、Jみたいな変人と二人で海を渡るなんて…下手したら、ハイジャックさえしかねない男なのに。

「空港ってコウフンするよなぁ…人生で一度くらいは、これくらいの規模の空港を制圧してみてぇよなぁ。」

言ってる後からこのイカれた発言…もう本当にカンベンしてほしい。せめて飛行機の席は離れた場所にならないものかと…そんな願いもあえなく打ち砕かれた。

「12時間もヒマだよなぁ…誰か一人ぐらい殺してもバレねぇよなぁ?お前はどうすんの〜?」

「……ねぇ、お願いだから少し黙っててくれない?」

「ヒャハ!随分とご機嫌ナナメだねぇ…長い旅なんだ。楽しくいこうぜぇ?ヒャッハッハッ!」

こんな変人と12時間も…堪えきれない。
……私…どうして…あの時、嵐にあんなことを言ってしまったのだろう。嵐と二人なら、きっとお姉ちゃんを簡単に救い出せたはず。お姉ちゃんに…嵐を取られたくなかった。お姉ちゃんが無事に戻れば、嵐はきっと私の元を去ってしまう。それが嫌だった。
でも、唯一の家族だもん…私が身を引いて丸く収まるのなら、もうそれでも構わない。
こんな体でも、お姉ちゃんは…私が助ける。命を懸けて。

90分後──私とJは日本を後にした。

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