LASTING the SIRENS

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チャプター10 響子

- 響子 -



「ねえ、聞いてる?」

──この声は……

「今度ね、妹がアメリカから帰ってくるの。NY市警で働いてるんだよ。見た目も性格も私と正反対なの…可笑しいでしょ。」

──ああ、そうか…夢か。昔、こんな話をしてたっけな。もっと早くに思い出せていたら、半年前、綾乃のことであんなに苦悩することもなかったかもな。

「でもね、やっぱり姉妹なんだなぁ…って思うところもあるんだ。あの子がNY市警になったのって、お父さんが凶悪犯に殺されたからなの。だから、守りたい人をもう二度と失いたくないって思いは誰よりも強いはず。私もそうだから…大切な人を守るためなら、無茶しちゃうな…って気持ち、よくわかるの。」

──だからって、無茶をして命を落としたら元も子もないじゃないか…。

 

 

 

 

3年半前──

2018年10月12日
深夜 AM 2:53

京都市東山区 智恵光院周辺
立体駐車場

「響子!なあ!オイ!目ぇ開けろよ、響子!!……チクショウ。ウソだろ…ウソだって言ってくれよ、響子!」

「……あ…らし…泣か……ないで。……はぁはぁ…また……逢える…か…ら……」

その姿は痛ましくも美しく、私は嫉妬心を感じずにはいられなかった。
彼女を手に入れるために、死なない程度に撃つよう命令したが、そのプロセスにおいても、このような二人の絆のようなものを見せつけられ、虚しさを通り越し、怒りさえ覚えた。
しかし、長い歳月をかけて練ってきた計画だ…ここで感情をコントロールできなければ、成功などあり得ない。ある機関の力を利用して、私はこの計画を成功させた……はずだった。
私が望んだことはただ一つ…。

思い返せば、私が初めて朱雀響子に出逢ったのは、朝食を採るのによく訪れていたマンハッタンのとあるカフェだった…。

 

2016年 9月某日
ニューヨーク マンハッタン

当時、私はまだ学生だったが、卒業後はすでに政府から優遇され高官としてのキャリアの道が決まっていた。
しかし、そんな敷かれたレールの上を歩く下らない人生で良いものか、頭を悩ませ…そして、そんなマンネリした毎日に嫌気が指していた。
ある日、試験でしばらく足を運ぶことができていなかったカフェに久しぶりに顔を出してみると、見ない顔のウェイトレスがいることに私は気が付いた。
見たところ、彼女は私と同じアジア系…それも日本人のようだった…同郷の人間が周りにいなかった私は、勇気を出して彼女に日本語で声を掛けてみた。

「あ、あの…君、新しく入った人かい…?」

初対面という壁などないかのように、彼女は溢れんばかりの笑顔で応えてくれた。

「あ!あなたも日本人?うん、先週入ったばかりなの!あまり目立たない場所にあるから、あまり混むこともないし、レトロな雰囲気が素敵なカフェよね、ここ。…もしかして常連さん?」

「え、あ、ああ…モーニングはよくここで済ましてる…かな。」

「そうなんだ!あ、私は朱雀響子。よろしくね。」

「う、うん…よろしく。」

一瞬の出来事だった。こんな他愛のない話をしただけだったのにも関わらず、私は雷に打たれた。
胸の高鳴りと共に全身に電流が迸るのを感じたのだ。

女性と付き合ったことがない訳ではなかったが、こんなことは初めてだった…一目惚れなんて。

それからというもの、私は決まって毎日、響子がいるこのカフェに訪れた。当時はまだ引っ込み思案だった私を突き動かしていたのは、響子への密かな想い、ただそれだけだった。ずっと彼女を見つめていたい…叶うことなら、彼女のすぐ傍で。

それから数週間が過ぎたある雨の日だった。
いつもの朝の時間帯ではなく、学校帰りに行ってみることにした。彼女をディナーに誘う為だ。
不運にも傘を持たずに出ていた私は、トートバッグを雨避けに頭の上にかざしてカフェへと駆け込んだ。
雨粒を軽く払い、私はいつも通り、テーブル席にバッグを置いて腰掛け、彼女の姿を探した。
響子はコーヒーを淹れながら、カウンター越しに誰かと仲良さそうに話していた。
相手は男だった。朝の時間帯には見ない顔。私とは全く正反対のタイプであろう人間。
彼女はカウンターを離れることはなく、ついには別のウェイトレスがこちらに注文を取りに来た。
彼女はまだこちらに気付くこともなく、楽しそうに話している。
喉の奥から炎がこみ上げてくるような焦燥感と同時に、私は居場所のない孤独感に包まれた。
まるで雨の中、捨てられた仔犬のように、何もできない自分に絶望した。
どうして彼女はこちらに気付いてさえくれないのだろう…。

体内の炎を消すように、私はポットで保温され続け酸化した苦味の強いコーヒーを胃に流し込んで、この居心地の悪い空間と現実から逃げるように店を後にした。
雨に打たれながら考えた…あの男は一体、誰なんだ…会話の内容に聞き耳を立てていたが、“軍の訓練”がどうとかというフレーズしか聞き取ることができなかった。

それからというもの、私はこのカフェを訪れることはなかった。足元が音を立てて崩れていくような喪失感しかなく、毎日が地獄だった。
卒業こそしたものの、用意された政府高官という道など、もはや意味がないものに感じた私は、その反動と言っていいか解らないが、頭に染み付いて離れなかった“軍の訓練”という言葉に取り憑かれたように、半年間、小さなジムで肉体を鍛え上げ続けた。
春を迎える頃には、ガリ勉だった頃からは想像もつかないほど、全身凶器といえるくらいに無駄のない肉体へと変貌を遂げていた。
ジム通いをしている間に、おかしな友人もできた。
塞ぎ込んでいた私に、馴れ馴れしく下らないことをしつこく話しかけてくる男がいた。

男の名は綾部涼介。

礼儀を知らないガサツな男だった。気が短く、街中でも平気で喧嘩して相手を半殺しにしてしまうほどの猟奇的な男だったが、当時の私にはこのアウトローさが丁度よかった。
夏を迎える前に、涼介と共に持ち前の強靭な肉体を活かして軍に入った。まぁ、私の場合は、朱雀響子と話していた男の“軍の訓練”というフレーズが強く影響していたのだが。

それから、1年後──

珍しく涼介と休みが重なり、一緒に基地を出た私達だったが、涼介は仲間とマリファナパーティーがあるとかで、私は一人で帰ることにした。
気まぐれに任せ、久しぶりに夜のセントラルパークを歩いていると、パークの中ほどでギャングのような身なりをした低脳な連中が騒いでいた。関わるのも面倒だと思い、気にも留めず歩いていたが、ふと通りかかった道路脇に車が停車しているのが目に入った。普段は車に乗ってる中の人間など見ることもなかったのだが、この日は偶然、先に車の中に視線が行った。見覚えのある顔が視界を過った…ような気がしたからだ。

──コイツは…あのときの…。

車の脇を通り過ぎてから咄嗟にオーバーアクションで振り返った。
しかし、私の目に飛び込んできたのは、男の姿よりも、その隣の助手席にいた人物だった。懐かしい雰囲気…月日が流れても彼女の可憐さ変わってはいなかった…間違いない。彼女だ……朱雀響子。
私の心臓はやはりまだ彼女へのときめきを忘れていなかった。
喉の奥から鼓動が聞こえてきそうなほど、血液は激しく脈打ち、時間を忘れ彼女を見つめていた。

──彼女が…朱雀響子がほしい……。

しかし、私が足を止めてから1分もしない内に、騒いでいたギャングたちは車に向かって走り、ビール瓶を投げつけるなどの嫌がらせを始め、彼女を乗せた車は逃げるようにその場から走り去ってしまった。
朱雀響子との久々の再会を打ち切りにされ、我慢ならなかった私は、このとき初めて素人相手に全身凶器を以ってギャング全員を半殺しにした。

この日から朱雀響子への渇望を忘れたことはなかった。
因縁の中東テロ組織への武力制裁を命じられた時も、渇きを紛らわせる為だけに、涼介と共にテロリストを容赦なく殺しまくった。浴びるほどの返り血を浴びたその姿から、いつしか現地では生き血を啜る“吸血鬼”とまで呼ばれるほどになった。
ただ、ある一人のテロリストだけは半殺しで留めたことがあった。帰国の際、捕虜という名目で上官には内密でその男を連れ帰り、ある目的の為に政府の極秘機関へと差し出した。

エリア51──世間からは、そう呼ばれている地区。
単なる空軍基地だが、完全なる立入禁止区域のため、裏では捕縛した宇宙人や未確認飛行物体UFOに関する研究が行われているのではないか、超兵器の製造がおこなわれているのではないか、など様々な憶測が飛び交っている地区だ。
しかし、そんな風説はマスコミがでっち上げた噂でしかなかった。情報遮断が徹底されており、あまりにも謎に包まれているが故に、マスコミが面白がって話題作りにそういう既成事実を作り上げたのが始まりだろう。
しかし、実際はもっと非人道的な場所だった…。
2012年初頭に日本人科学者がノーベル生理学・医学賞を受賞した研究内容、iPS細胞。簡単に言うと、皮膚や血液などの細胞から臓器などを作ることができる優れた細胞のことだ。が…これを転用すれば、クローンという考えに繋げることもできる。そう、そのiPS細胞を応用しクローン人間の研究を行っている機関こそが、エリア51の正体だった。
しかし、多くの細胞を必要とするため、人間のクローン研究は当時の段階で、未だ成功には至っておらず、“完全なる複製人間”に辿り着くまでには、まだまだ“生け贄”を必要としていた。
私はそのエリア51に中東で捕らえた捕虜を献上した。
捕虜の名はジェイナム・マルチネス。
天下の米軍相手に物怖じせず、最後まで歯向かったクウェート人。敵ながら天晴れな戦闘能力を持つこの男なら、エリア51の目の肥えた科学者どもも満足させられるだろうと踏んだからだ。
そして私は、その交換条件に“あること”を申し出た。

余談だが、それから3年経った昨年の事件。
その事件の実行犯、Jはジェイナム・マルチネスの失敗作のクローンだ。
本来は命令に忠実な下僕になる予定だったが、脳細胞に欠陥があったようで、ただのクレイジーな殺し屋としてしか利用価値がなかった。

 

私が望んだことはただ一つ……そう、朱雀響子が私と永遠を誓うこと。
そのたった一つの願い、それが私のすべてであり、生きる理由だった。
長きに亘る計画は多少の問題はあったが成功し、ついに私の願いは現実となった。
想い続けてきた朱雀響子が、私の妻となったのだ。

しかし…しかしだ。
響子はあの日から一切、笑顔を見せることはなかった。
ただ、そばにいる。ただ、一緒に暮らしている。
それだけでしかなかった。
やがて、それに対するフラストレーションは“あること”がキッカケで限界に達した…。

 

 

 

 

「オイ、兄ちゃん!大丈夫か?!生きてるか?!」

──ああ?もう朝か…久しぶりに響子の夢だってのに…もう少し夢見させてくれてもいいじゃねぇかよ。

「とりあえず、ここから連れ出すか…ここもそう長くはもたんだろうし…」

──さっきからオッサンの声が耳障りだな。眠れそうにない…起きるか。

ゆっくりと瞼を開けると、そこは……地獄だった。
そして、なぜか視界がボヤけてしか見えない。霞むというか、ノイズがかかっているような…とにかくそんな現象も相まってまだ夢を見ているのだろうか…そう思いたくなるような光景だった。
鬼も閻魔もいないが、見渡す限り紅蓮の炎しかない。息をするだけで喉が燃えるような熱気と、焼けつくような有毒ガスの臭い。それだけでもクラクラする…意識を保っているのが精一杯だ。
そうだ…俺は屋上から炎の海に墜ちたんだ…。しかし、何故だか解らないが、火傷もしていなければ、まだ生きている。
そんでもって、歩いてもいないのに視界が流れている。
……認めたくはなかったが、おんぶされている。
いい大人がおんぶされてる…そりゃ現実から目を背けたくもなるさ。
下ろしてもらおうかと思ったが、これが意外に楽チンで悪くはない。ここは消防隊員のご好意に甘えるとしよう。

炎のトンネルを抜けて、外へと辿り着いた。
熱を帯びていた体の表面を冷やしてくれるかのように、雨が降っていた。
辺りは真っ赤だった…雨に乱反射する赤い回転灯の光と、数台の消防車の群れに囲われている。
さすがに今回ばかりは死んだと思った。生きてこの危機を脱することができるとは…。

「ん?オイ、兄ちゃん、気が付いたのか?!」

「え?ああ…ゲホッゲホッ!結構前から…起きてたぜ。」

おぶってくれてた消防士のオッサンがようやく俺が意識を取り戻していたことに気付いた。話しながら吸入器を口元に当てられる。酸素か…こりゃラクだ。
しかし、変わらず視界は悪く、見えづらい。まさか、目ん玉だけを火傷した?!目玉焼きなんて笑えないジョークが頭を過る。

「とりあえず、しばらくそうしとくんだな。頭はボーっとしてないか?一酸化炭素中毒になってなきゃいいが。」

たしかに頭がボーっとする…落ちてから結構な時間、あの炎の中にいたんだ…もちろん大量の有毒ガスや煙を吸っている…やっぱ、プロってのは心得てるものだな。公務員なんて単なる税金泥棒かと思っていたが、その考えは改めることにした。

「ん?ちょっと待て…お前さん、腹から血が出てるぞ?!おい!救急隊、こっちだ!重症者がいる!」

そうだった…頭がボーっとするのはそっちのせいか。もしかして、視界が定まらなかったのも、出血のせい…か。
やれやれ……今日は踏んだり蹴ったりだ。

消防士の呼び掛けにやってきた救急隊員に担架に乗せられると、そのまま足早に救急車に運ばれる。服を捲り上げられ、露になった脇腹の傷に止血の応急処置が行われた。そんな様子を見つめている最中に、緊張の糸が切れ、とうとう俺は意識を失くしてしまった…。

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