「ずいぶんと派手に暴れてくれたわね…国土交通省になんて言い訳をしようかしら、ねぇ、京?」
「そうだな…とりあえず、ありのままを報告すればいいんじゃないか…?」
「見ず知らずの謎の女とドライブ中に痴話喧嘩になった結果だそうです…ってそんな報告できる訳ないでしょ!!貴方、仮釈放の身なのよ…もう少し立場を弁えてほしいものだわ。」
「す、すまない…だが、殺されかけたんだ。あれくらいの正当防衛は大目に見てくれないか。」
「あれくらい…ですって?日本で最も交通量の多い首都高速を封鎖させるほどの事故を起こしたのよ。貴方、これがどれだけの経済的ダメージを与えるか、解ってないようね。運送会社が国道を使って、とてつもない規模の渋滞が起きる。場所によっては明日、マクドナルドのパティが届かなくて、ハンバーガーを提供できない事態に陥るかもしれない。それでも貴方は、あれくらいと言えるのかしら?」
参った…予想をしていたよりも、かなりご立腹だ。ここは大人しく平謝りで難を脱するしかなさそうだ。
「そうだな…すまない。お前にはいつも迷惑をかけて本当にすまないと思っている。今度、何かお詫びするよ。」
「今度ねぇ…この件が片付いたらNYに戻って、未来永劫ブタ箱に入る貴方に、今度なんて機会があるのかしら?」
やけに突っ掛かってくるな…面倒だ。警視庁まであとどのくらいだろうか。
「京、私達、もう終わりにしましょう。貴方はきっともう日本に帰ってくることはないでしょうし、私も女として、そろそろ人並みの幸せは掴みたいもの。」
オイオイ…ウソだろ。あの真希が結婚したいっていうのか。…からの別れ話…さすがに予想外だった。
「……そうか。たしかに、俺にはもう、お前を幸せにしてやれる猶予は残されていない。お前がそれを望むのなら、俺は止めはしない。今までありがとう…幸せにな。」
「どうしてそんなにアッサリ認めるのよ!ちょっとくらい抗ってみようという心意気はないのかしら。本当に貴方ってルックスだけの最低な男ね。」
意味がわからない。紳士的に、温かく送り出してやったつもりが、そこに対してもお叱りを受けるとは…俺にどうしろっていうんだ…。
美波…無事なのか?
あの時、ヘリに乗っていたのは間違いなく、あの男だった。何故、アイツがあんなところにいたんだ?
そして何故、ハシゴを切って俺を葬ろうとしたのか。
「失礼します。嵐さん、検温の時間でーす。」
7月10日(水)
下鳥羽病院 入院病棟
PM 2:35
あれから2日が過ぎた。
救急隊の迅速な処置のおかげで俺は一命をとりとめ、そのまま近くの病院へと運び込まれて今に至る。
それにしても最近、なんだかモテ期が来たみたいだ。
このどことなくエロい雰囲気が漂う美人看護師さんが妙に優しい。腹の傷はまだ痛むが、もう体は特に問題ない…でも、もう少し堪能しちゃってもいいよな…?
「これ、脇に挟ん…あ、私が挟んであげますね。」
──“私が挟んであげます”…って言い直した!? 絶対わざとだろ!?エロい!エロすぎるぜ!胸元はだけすぎだし、谷間見せながら、“私が挟んであげます”とか!そうか!これは夢か!
「はい、これでオッケー。音が鳴ったらまた来ますね〜」
「は、はーい!」
──ダメだ…ニヤけた顔が元に戻りまへん。去り際にうっすら微笑んでいくところとか、確信犯だろ?!俺で楽しんでやがる!チクショウ!このビッチめ!
ダメだダメだ…何、入院生活を満喫してるんだ、俺は。一刻も早く、美波を助けに行かなければ…でも、あの京都府警のヘリはどこへ行ったんだ。
昨年のあのふてぶてしい伏見とかいう刑事といい、京都府警には浅からぬ因縁が付いてまとうな。
ただ、乗っていたあの男…そこだけがどうも腑に落ちなかった。一体、美波をどうするつもりなんだ。
ピピッ
体温計が鳴った…自分で抜こうかと思ったが、看護師さんに抜いてもらうか…看護師さんにヌイてもらうって…何言ってんだ俺…いや、体温計の話だから何もやましいことはないが…なんだかなぁ。
「鳴りましたね?それじゃあ、頂きまーす。」
あれ…さっきのエロそうな娘じゃない。いや、むしろさっきよりエロい感じの娘が来た。素敵すぎる!
──っ?!
「オイオイ…そんな物騒な手土産、持ち込まないでくれよ。」
ベッドに突き刺さったサバイバルナイフは女の力で刺したとは思えないほど深く、そして心臓があった場所を捕らえていた。
「あーもう!また失敗したぁ!やっぱ左手じゃ調子出ないなぁ。」
調子出ないって、俺が避けてなかったら確実に死んでたぞ…なんなんだ、この女は。
「俺になんか恨みでもあるワケ?“また”って言ってたけど、俺たち初対面じゃねーかな…?」
「フフ…それはこっちのハナシ。別に恨みはないよ。ちょっとした腕試し?みたいな。」
こんなとこで俺で腕試しすんなよ…。
『キャーーッ!!』
外から悲鳴がした。
「あれ?もうバレた…タイミング悪かったかなぁ。嵐クン、また逢いましょ。じゃあね!」
女は窓に向かって走り出し、窓ガラスを突き破って外に飛び出した。
──オイオイ…ここ4階だぞ!?
慌てて窓の外を覗き込むと、排水用パイプにワイヤーを引っ掛けて2階の窓に飛び込む姿が見えた。
──器用だねぇ…特殊部隊にでもいたような身のこなしじゃん。
追いかけようかと思ったが、外の悲鳴が気になる。一旦、病室の外の様子を確認することにした。
外に出ると、給湯室の前に人だかりができており、その床には血液が流れ出ていた。給湯室の前に行くと、中にある掃除用具のロッカーから漏れてきている。
──もしかして、あのエロそうな看護師さんか…?誰かわかんねーけど、ごめんな。
もしかすると、まだ病棟内にいるかもしれない。俺は廊下を駆け出した。階段を1階まで下りて広く開けたロビーを見回す。
──やっぱいねぇか。なんだっていうんだよ!どいつもこいつも俺ばっか狙いやがって…。周りの人間は関係ねぇだろ。
病室に戻ろうと向き直ると、その視線の先に足音のない看護師がいた。
通常、ナースシューズはその存在位置を周りに気付かせる為、パタパタと音が立つように設計されている。よほど足先に気を集中させて歩かない限りは音が出ないことなどない…例えるなら、気配を消して歩く癖が付いている暗殺者でもない限りは。
──取っ捕まえて何が目的か吐かせるか…。
運良く通り掛かった看護師が運んでいたアルミトレイの上にあった数本の注射器の一本を、ダーツよりも勢いよく標的に向かって投げる。
女の右脹ら脛に刺さる直前まで飛んでいったところで、女はナースシューズを脱いで足を上げ、パンストに包まれた足の親指と人差し指の間に針を通し、そのまま体ごと半円の弧を描いて脚を頭上から蹴り下ろすかのように振り切って注射器を投げ返してきた。
人差し指と中指で挟んで注射器をキャッチしたものの、女の姿はすでになかった。
──フラれた…か。それにしても、すげえ足技だったな…ムエタイ選手も真っ青だぜ、ありゃ。
どうやら入院休暇も潮時か。今のは舞台に戻ってこいってことだろうな…やれやれ。今の騒ぎで退院手続き…ってどころじゃないだろうなぁ…ひとまず病室に戻って、荷物を持って出るか。
戦況を把握するのに京極に連絡を取ってみよう…気は進まないが。
アメリカ合衆国
ネバダ州南部 ラスベガス
「こんなところで遊んでる場合じゃないんだけど。おねえ…姉のところへさっさと案内しなさいよ。」
「ちょっとくらいいいじゃねぇかぁ〜カジノデートしようぜぇ?」
長時間、このバカと一緒にフライトしてただけでも相当なストレスだったというのに、空港に着いて行き着いた先がラスベガス…で、デート?ふざけんな…マジで殺してやろうか…と思った。
「もういいでしょ…私は急いでるの。姉に早く会わせて」
「そう焦んなって…時が来たらちゃんと連れて行ってやるよ」
背筋に悪寒が走った。いつも飄々とした振る舞いなのに、今の地獄の底から聞えたような低い声…これがこの男の素なんだろうか…底知れない狂気を肌に感じた。
「おっ!?ほら見てみろよぉ!ルーレットで荒稼ぎしてよぉ、ここから更にドバイとか行っちまおうぜぇ?」
付き合ってられない…いや、ちょっと待って。こいつがカジノに夢中になってる隙に嵐に連絡を取れば…状況はアドバンテージに運べるかもしれない。
「ちょっとお手洗いに行ってくる。ルーレットでもポーカーでも好きにすれば?」
聞いてさえいない…このチャンスを逃したらもう助けは呼べない。慎重にいかなきゃ…。
Trurururu....
“俺だ。”
「誰だよ。」
“は?ふざけてるのか?京極だ。どうした?”
「今どんな感じよ?」
“ああ、そうだな…実はな、長い付き合いだったんだが、先日、真希と別れた。些細なことだが少しモメてな…俺なりに最善は尽く……”
「ねぇ、馬鹿なの?京極って馬鹿なの?ちっげーだろうがよ!そんなことどうでもいいわ!聞いてねーし!輸送機テロの犯人とか、響子のこととか、そういうことを聞いてんだよ!」
“あ?ああ、そっちか。それならそうと、ちゃんと言えよ…お前と俺は恋人同士じゃねぇんだ。以心伝心なんてあると思うな。”
相変わらずの上から目線…コンビ解消して正解だったと改めて感じた。
“嵐、お前こそ、京都でどうだったんだよ。綾乃ちゃんは無事だったのか?いつまでそっちにいるつもりなんだ?”
「ああ。そのことなんだけどさ…綾乃はまぁ、無事だったよ。そんなことよりも、美波もこっちに来てたんだよ!しかも…拉致られた……」
自分で言って自分の不甲斐なさを改めて思い出した。響子のことも気にかかるが、雲を掴むような情報を探すよりは今、手を差し出せば掴めるくらいの美波を救うのが先決だろう。
“お前って奴は…女一人もろくに守れないのか。ホシは誰かわかってるのか?”
「それが…俺の見間違いかもしれないけど、公安の…誰だっけ……あの根暗な奴!」
“根暗?もしかして、鞍馬のことか?……なるほどな。とうとう本性を現したか。”
「ど、どういうことだよ?俺には何でアイツがそんなことするのか、さっぱりわかんねーんだけど」
そりゃあ、根暗でモテなさそーだし、イマイチ何考えてるかわかんねー奴だったけど…誘拐は犯罪だし、ましてや俺を殺そうとする必要なんてあるのか…?引っ掛かる部分だらけだ。
“あの鞍馬とかいう男の指示かどうかは解っていないが、お前がムショに囮で入ってたときのことだ…鞍馬の部下が美波ちゃんを襲おうとしていた。その件に関しては俺がしょっぴいてやったがな。”
鞍馬の部下が?
てことは、その時から鞍馬は美波を狙ってたのだろうか…。
「そんなことが…これは直接本人に聞いてみるしかなさそうだな。俺、今から京都府警に行ってくる!」
“それがいい。こっちはこっちで警視庁と真希に頼んで探ってみよう。”
──別れたんじゃなかったのかよ …まぁいいけど。
ともあれ、鞍馬のことのほかにもホテルで俺を撃ってきたJACKALの生みの親とかいうヤツの正体や、病院で俺を襲撃してきたあの女の正体も気になるし、綾乃はどうしてるのかとか響子は本当に生きてるのかとか…正直何から片付けていけばいいのやら…って感じだ。
Boooooom Boooooom…
──ん?メール…?誰からだ?
『お姉ちゃんは生きてる。Jとアメリカ、ネバダ州にいます。』
綾乃からのメール?!
響子がアメリカにいるってことなのか…ど、どういうことなんだよ。しかも、Jとって、あのJか?!アイツ、いったい何人いるんだよ…ったく。
…ということは、やっぱり府中刑務所に現れたJが言ってたことは本当だったのか…。
まさか…Jが絡んでるってことは響子は監禁されているのか?!
どうしてこんな時に!!
Ring Ring Ring !!
──今度は電話かよ?!何だよ…忙しいな。
「もしもし?」
“……院内での携帯電話のご使用はお控え下さい。”
「…へ?(汗)」
“……なーんてね!さっきはどーも。”
「あ!テメェ!さっきのエロナースか!」
“エロ…ナース?フフフ、ありがと。”
「いや、褒めてねーし!つーか、何でこの番号知ってるんだよ…」
“だって、嵐クンが寝てる間に携帯見たもん。”
「見たもん。じゃねーよ!恋人か!アンタ、何が目的なんだよ?つーか、何者?」
“あ、そっか。私、祗園っていうの。ヨロシクね。そんなことよりさ、今夜デートしよーよ。”
訳がわからん。支離滅裂とはまさにこのことか。
とはいえ、これはいいチャンスだ。向こうから会う機会を与えてくれたんだ。
「……いいぜ。アンタのこと、色々と教えてくれたらな。」
“お?嵐クン、意外と話がわかるねぇ。どっかのデカブツとは大違いだね〜。”
「デカ…それって、京極のことか?」
“教えなーい。はい、質問タイム終了。今晩1時、八坂神社の前で待ってるからー。じゃあねー。”
プツッ──
謎めいたことばっかりだな…こうなったら、徹底的に吐かせてやる。ハァハァ言わしてやる!(?)
祗園とかいう女から洗いざらい情報を引き出したその足で京都府警に向かって鞍馬もボッコボコにしてやる!
いや待て、綾乃はどうするんだよ…クソッ!どうしてこんなときに限って問題が集中するんだ……!!
Jと一緒にいるということは、綾乃だってそう安全な状況ではないはず…しかし、美波はおそらくもっと危険な状態かもしれない。美波は自分の身を守る術がない…綾乃ならまだ自力で何とかできるかもしれないが…。
だったら、どこの馬の骨ともわからん祗園なんかとデートなんてしてる場合じゃないよな。
ていうか、響子……本当に生きてたんだな…時間が経ち過ぎて、あまり実感はないけど…必ず助けに行く。美波とあんなことがあったけど…やっぱり、響子を見捨てることはできない。
美波の行方のことは京極に任せよう。
さて、着替えてさっさとここを出るとするか。
──ド真ん中に刺しやがって…邪魔だな。
ベッドに突き刺さったサバイバルナイフを抜いて、ベッドの上にバッグを置く。
こんな物騒なもの、さすがに置いて行くのはマズイよな…どこか外で捨てるか。
『次は霞ヶ関、霞ヶ関です。乗り換えのご案内です。日比谷線、丸の内線はお乗り換えください。』
この俺がまさかのメトロデビュー。
電車なんて乗るのは何年ぶりだろうか…しかも、久しぶりの電車が東京メトロとは。
昨夜の首都高での事件で、まさか真希から一発免取を食らうとは…人生最大の不覚。
教習所に通うこともなく無免でムショに戻ることになるということは、無免のまま人生の幕を下ろすということで、死んでも死にきれないほど悔いが残る。
まぁ、そんな訳で嵐から聞いた鞍馬の件を調査するべく地下鉄で警視庁に向かうこととなった…。
鞍馬は京都に現れ、美波ちゃんを拉致したとのことだが、もう東京には戻ってるのだろうか。
もし、戻っていればその場で身柄を確保するだけで済むのだが… フッ、そう上手くはいかないか。
チーン…32階です
──ここが公安部か…真希に通行パスをもらっておいて正解だったな。
「あ……」
──いた…(汗)
あまりの呆気なさに思わず声が漏れた。
それに気付いたのか、偶然こちらに振り向いたヤツとバッチリ目が合った。
目を見開き、一瞬驚きの表情を浮かべたかと思うと、途端に鞍馬は脇に抱えていた書類を投げ出し、奥へと駆け出した。
「待てっ!!」
まだ背中が痛むというのに、走る羽目になった自分の強運を恨む。
鞍馬は突き当りにあった非常扉に入っていく。
非常階段内を駆け下りる二人の足音が、鉄製の階段をマリンバのように鳴り響かせる。
──根暗の割に、逃げ足はなかなか速いな…逃げ切られると面倒だ。
Bang!!
「だぁぁっ!!」
俺もまだまだ捨てたもんじゃないな。
狙った鞍馬の右足に命中し、ヤツは踊り場に倒れ混んだ。
「俺がどうしてここに来たか…解るよな?」
「フ、フフッ…さあね。」
「そうか…なら仕方ない。」
血が滲んでいるグレーのスラックスの上から鞍馬の右ももを踏みつける。
「がぁぁぁ!!や!やめろ!やめてくれ!!」
「すまんな…俺はこう見えて気が短い。その気になれば、スプーンで目ん玉くり抜くことだって辞さない。美波ちゃんをどこにやった?」
「お、鬼か…貴様……。泉莉は…フフフッ。グッドタイミングだよ、お前。」
「どういう意味だ。焦らすな。」
「うぁぁぁ!わかった!!わかったからやめろ!!ハァハァ…泉莉は2時間ほど前にスカイツリー450m地点の鉄柱に縛り付けて来たところさ…。私の言うことを聞かないから、こうなるんだ…ハハハッ!!」
コイツ…狂ってやがる。どうしてそんな場所に縛り付ける必要があるんだ…何かあるのか?
「そんなことして、何になるんだ…お前、馬鹿なのか?」
「フフフッ!そんなこと言ってる場合じゃないと思いますよ?あと30分もすれば、墨田区全域に流星が降り注ぐ…泉莉はそのオペレーションメテオの生贄になってもらったのです。」
墨田区全域に…流星……?ま、まさか……
Bang!!Bang!!
鞍馬の左足にも2発見舞って俺は非常口から建物内に駆け出した。
――なんてことだ…スカイツリーを美波ちゃんごと爆破するつもりなのか…!?
スカイツリーまで30分以内で…間に合うのか?
とりあえず真希にも協力を要請を…警察総動員させてでも阻止しなければ。
「真希!連絡してすまない!だが黙って聞いてくれ!30分以内にスカイツリーが爆破される。今すぐ機動隊の処理班に向かわせて、墨田区付近にいる警察官には住民を避難させるよう指示してくれ!450m地点に美波ちゃんがいて、爆弾はそこにあるはずだ!」
“な、何の冗談よ…それ……”
「いいから急げ!!!」
AM 1:03
京都市東山区 八坂神社前
「お・ま・た・せ♪」
――うぉっ!?なんちゅー格好してるんだ…昼間のナースコスよりエロいじゃねーか?!
祇園は胸元に大胆な縦スリットが入ったホルターネックの黒いドレスにラビットファーのボレロを身に付けていた。
「あ、ああ…ど、どうも。」
「あれあれぇ?嵐クンにはちょっと刺激が強すぎたかしら〜?」
「そ、そんなことより、どこに行くんだよ…」
「そうだね…じゃあ、清水寺方面にでも向かってみよっか。」
「清水寺って…どう考えても開いてないだろ。まぁいいけど。」
歩き出そうとすると、祇園はすかさず俺の腕を掴んで組んできた。
「ちょ、何すんだよ…こんなところで殺し合いか?」
「違うってば。デートなんだから、これくらい…いいでしょ?」
あきまへん…この世のものとは思えないほどのとてつもなくいい匂いと、腕に当たるマシュマロ感触にクラクラしそうだ。襲われたらひとたまりもない…意識をしっかり持たないと…。
「ねぇ、嵐クン。私がJACKALの元暗殺者だってこと、知ってる?」
「はぁっ?!元ってなんだよ…?」
「クビになっちゃったんだぁ。」
――JACKALをクビ?!どんな経歴だよ…そもそも、クビとかそういう処分あったんだ…。
しばらく歩いてる内に、二年坂へとやってきた。
時間が時間なだけに、昼間は観光客でごった返すこの道も、今は誰も歩いていない。
「ねぇ、私と組まない?」
「なにそれ?組む?意味がわかんねーんだけど。」
「だって、JACKALもなくなっちゃったでしょ?嵐クン、これからどうするつもりなの?何の為にテロと戦うの?」
これから…?考えたこともなかった。
何の為に…あれ?俺って何の為にテロと戦ってるんだ…響子と綾乃を救うため…?
俺が戦う理由って、そんな私的理由なのか。
いや、罪もない人たちを、思想や私利私欲のためだけに巻き込んで消そうとするテロが許せないからだ。
「答えに迷ってる…?フフッ。あ、あそこで少し休憩しない?」
祇園が指差した方向には、天高くそびえ立った五重塔…の前にある小さな煙草屋だった。
灰皿の前で煙草に火を点ける。
五重塔のその更に向こう側…逢坂山の上には、こと座のベガが青白く輝き、悠然と広がる天の川が見えるほど空は澄み切っている。
「私ね、実は賞金稼ぎなの。でね、嵐クン、あなたもターゲットなんだぁ。」
――なっ?!やっぱそうきたか!?
「でもね…今の雇い主がちょっと合わなくて。JACKAL本部を爆破して簡単に終わりにするつもりだったのが、嵐クン生き残ってるし…それなら嵐クンと組んで雇い主を仕留めたほうがお金になるかなぁ…なんて。」
「JACKAL本部を爆破って…じゃあ、お前が?それで結局は金次第…ってか。だったら答えは“ノー”だ。」
「はぁ…やっぱりあなたも京極と同じこと言うのね。じゃあ…」
「潔いことで…ノーだったら即暗殺…か。」
すかさずガーターベルトからナイフを取り出し、心臓目がけて突き出してきたが、接近戦ではどんな手練でも負ける気がしない。わずか数ミリの距離だが、寸でのところでナイフを制止させ、祇園の腕を掴み、脇腹にミドルキックを見舞った。
「うっ…ウワサは本当のようね。」
「ウワサ?それは光栄なことで。」
「格闘バカってね!」
そう言って祇園は五重塔に向かって逃げ出した。
――JACKAL本部爆破…あれがどれだけの被害を出したか…逃がさねぇよ、お前だけは。
俺は、全力で五重塔に向かって駆け出した。