LASTING the SIRENS

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チャプター14 背信

- 背信 -



『本日はユナイテッド航空をご利用頂き、誠にありがとうございます。パイロットのマーク・レイノルズよりご案内申し上げます。当機は今から、アメリカ合衆国サンフランシスコへと向かいます。フライトは10時間ほどを予定しております。それでは、空の旅をごゆっくりお楽しみ下さいませ。』

──10時間…か。嵐の話では綾乃ちゃんたちはネバダ州にいると言っていたが、一体そんな場所に何が…。ともかく、今回の一連のテロの黒幕がそこにいる…そして、俺が──いや、綾部が殺したはずの響子がいる。響子と嵐を繋ぐ敵……考えられる黒幕は一人しかいない。JACKAL本部の回の一連のテロも全て、あの男の仕業だというのか…?いや、しかし、アイツは空の上で跡形もなく散ったはず…だとすれば、一体誰が…?

夏場のチラリズムのような、見えそうで見えてこない答えをグルグルと頭の中で巡らせる内に、俺は眠りに落ちた。

 

日本時間 PM 4:33

──ああ、よく寝た…関空を発ってから何時間くらい経ったのだろう。

窓の外を見てみると、外は何も見えない真っ暗闇だった。
夜ということは、もう半分ほどは過ぎたのだろうか。

響子……あの日、俺の代わりに撃たれた響子は確かに胸を紅く染めて倒れていた。不自然に失われていくぬくもり。あの時の悔しさは一生忘れることはない。
だが、俺もその直後、気を失った。
気が付いた時には、響子はすでに灰となり、二度と帰らぬ人となっていた…はずだった。
響子が本当に生きているとしたら、俺が気を失ってから目を覚ますまでの空白の時間……ここに何かがあったとしか考えられない。
ただ、その空白の時間の内、息を引き取ってから灰になるまでの時間は、響子の傍に綾乃がいた。綾乃は遺体も見ている。
となると、やはり蘇ったっていうのか?
死者が蘇るなんて…そんな話、インディジョー●ズに出てくるような古代エジプトの秘法ぐらいでしか聞いたことがない。

──止めた止めた。考えても分かりっこない。理解の範疇を超えている…。

 

 

 

現地時刻 AM 0:33
グレームレイク空軍基地──通称『エリア51』

「なぁ、右京ぉ〜アイツら、いつ来るんだぁ?」

「さあな…空港でレインメーカーが失敗したと連絡があった。ということは、大西洋上空で夢でも見てる頃だろう。そう焦らなくても、いずれ来る…なんなら、お前が迎えに行ってやるか?」

「ヒャハハ!!レインメーカーってのも、たいしたことねぇなぁ!俺が行ったら、空港にいる奴ら、嵐とかいう奴も含めて、全員死ぬぜぇ?ヘヘッ!」

「暴れるのは結構だが、ここに連れてきてからにしてくれ。それと、外で勝手に下手うって死なれては困る…お前が最後の作品なんだからな。培養するのには、時間がかかる…くれぐれも命だけは落とさないように頼んでおく。」

「へへっ!俺は死なねぇよ…不死身だからなっ!ヒャハハ!!」

 

 

 

 

サンフランシスコで乗り継いでから更に1時間──

『まもなく当機、ユナイテッド航空ボーイング737号便はラスベガス、マッカラン空港へと着陸致します。乗務員の指示があるまで、お席を立ち上がったり、シートベルトを外さないようお願い申し上げます。』

──頭いてぇ……ほとんど寝てたな。

窓の外を見ると、向こうのほうに砂漠が広がっているのが見えた。
あそこがラスベガスって訳か。

 

現地時間 AM 4:10
ネバダ州ラスベガス
マッカラン空港ターミナル3

「あ゛あー着いたー!つーか、ラスベガスまで来てみたものの、そこから綾乃がどこに行ったか、わかんねぇんだよなぁ…」

「4時か…とりあえず、ホテルでひと休みしたら、美味しい料理に舌鼓を打ちながら本場のショーを堪能して、その後はカジノで豪遊してブロンド美女たちと札束の風呂に入るぞ!…と言いたいところだが、そうもいかない。空港内の職員なら、綾乃ちゃんとJの二人を見ているかもしれん…あまり効率的とは言えないが、聞き込みしてみるか。」

「いや…あの、美女たちと札束の風呂とかって、何さりげなく自分の願望語ってるんだよ…。聞き込みか…様々な国籍の人間が何十万とやってくるこの広大な空港内で、綾乃とJを見た職員を探すなんて、雲をつかむような話じゃんか。」

「やむを得んだろ…今の俺たちにできることと言ったら、それぐらいしかない。」

「ウェルカ〜ム。やっとお出ましかぁ…待ってたぜぇぇぇ?」

──っ!?

話しかけてきた男が視界に入った瞬間、条件反射でホルスターに手が伸びた。が、銃を抜き取る前に京極に静止された。

(さすがにここで騒ぎを起こすのはマズイ…後々、面倒なことになる。今は抑えろ。)

「ヒャハハ!!長ぇの、さすがだねぇ。よくわかってんじゃん。」

「……チッ、化け物が。」

俺は聞こえる大きさで舌打ちをした。
何度殺しても、俺たちの前に現れる…そう、空港で俺たちを出迎えたのは、Jだった。

「今回は特別に俺がお前の女のとこまで案内してやるよぉ。」

「は?笑わせんな。今回とかねぇよ…テメェは今日死ぬんだからよ。今回限りの間違いだろ。つーか、喋ってねぇでさっさと案内しろよ。」

この顔はいい加減 見飽きた。このふざけた喋り方もそうだし、とにかくコイツを見ると無性にイライラした。

「おーこえぇこえぇ…まぁ、せいぜい頑張りな。こっちだ。」

ラスベガスに降り立ったのも束の間、案内された先は目的地に向かう為の国防契約社が運航している、デイリーシャトルサービスのターミナルだった。

「ったく、何回空飛びゃあ気が済むんだよ…一体どこに行くんだよ。」

「……それより、これ、乗っても大丈夫なのか?下手すりゃあ、乗客全員、グルって可能性だってあるだろ。もしくは、Jごと機体を撃墜なんてことも……。すこし落ち着け。」

「え…そ、そう言われてみれば…やめとくか?!」

「ヘヘッ…安心しな。ボスに生きて連れてくるようにキツく言われてるからな…目的地までは無事に案内してやるよ。」

相変わらず、食えない野郎だ。
人の心を見透かしてるような、気味の悪い薄ら笑い。
ここで断ってしまっても、目的地には辿り着けない…俺たちはターミナルからボーイング737号便に乗り込んだ。

――待ち構えるは、規模のわからない敵…か。

そんな現実を改めて考えると、自分たちは巨大な敵勢の前に今日死ぬかもしれない。綾乃や響子を救うことさえできずに、後悔を抱きながら人生に幕を下ろすことになるかもしれない…そう思うと、もはや京極との確執などもう、どうでもよくなってきた。
JACKAL本部が爆破され、御堂筋で再会した時は本当に殺してやろうかと思うくらいに顔も見たくなかった。だけど、ここのところ、いい距離感を保てている。そう、JACKALに所属して初めてコンビを組まされた時のような。
この件が片付いて、京極が再びNYのムショに戻るのかと思うと、少し寂しいような気がしなくもない。

「なぁ、嵐。もし、俺に万一のことがあった時は、真希にそのまま事実を伝えず、直接ムショに戻ったって伝えてくれないか。」

「な、なんだよ…藪から棒に。向かう前から、そんな縁起でもねぇ話すんなって。」

どうやら、皮肉なもので考えていたことも一緒だったみたいだ。
京極が死ぬ……?いやいや、ないだろ。自分がどれほどの化け物かってことを知らない訳じゃないだろう…100人相手でも生き残りそうなくらいの強さを持ち合わせている京極が、殺られるなんてことはどうやっても考えられなかった。

30分もしないうちに、目的地の空港に着いたようだ。

「……京極。これ、空港か…?」

「……いや、見たところ、空軍基地だな。」

ボーイングが降り立った場所は、空港ではなく、米軍基地の滑走路だった。

「ネバダ州…まさか、ここはグレームレイク基地……か?」

「おーよく知ってるねぇ。そうだぜぇ、ここはグレームレイク基地…通称、エリア51だ。ヒャハハ!」

──エリア51?!それって…あの、なんとかファイルで有名な基地か?!

「まさか、こんな場所に案内されるとはな。さすがに予想外だ。嵐、知っているとは思うが、ここは相当ヤバイ。気をつけろ。」

「あ、ああ…やっぱ火星人とか出てくんのかな…先が思いやられるぜ。」

エリア51と聞いて思い浮かべるものといえば、やはり地球外生命体やUFOの類だろう。そんな場所に響子や綾乃がいるのか…?
黒幕は、なぜこんな場所を選んだのだろう。わからない。

ただ、外観はどう見ても、変哲もないお粗末な基地だ。基地の中でも、比較的小さいほうだろう。そんな基地の建物には入らず、基地から少し離れた場所まで歩くこと3分。フェンスと有刺鉄線で覆われた場所に着く。
フェンスには『WARNING AREA 51』の看板が掛けてあり、その先の景色も何も見当たらない荒原だった。おそらく何もないこんな場所でも、トップシークレット級の機密事項を保持しているということなのだから、無断で入ったりすれば、即 警告を受けるか、最悪の場合 射殺なんてこともあり得るのかもしれない。
Jの案内でゲートを通ってフェンスの中へと進むと、地下へと続く短い階段があり、そこを進むと何もないコンクリートの殺風景な部屋にエレベーターがあった。
エレベーターに乗り込むと、地下14階までのボタンがある。こんな地下深くに施設を作るなんて、相当ヤバイことをやってる表れか。

エレベーターの扉が開いたその先の世界は完全に異質だった。
真っ白な研究資材。白衣を着た研究者たち。壁も廊下も全てが白い。
そのおかげか、地下にいるとは思えないほど明るい。

「…ひとまず宇宙人はいなさそうだな。」

辺りを見回した京極がボソッと漏らした。
地獄のような特殊訓練を受けてきた俺たち 政府の暗殺者といえど、さすがにエイ●アンのような凶暴な寄生生物や、プレ●ターのような発達した技術の武器と肉体を持った戦闘民族なんかが相手では、シュワちゃんでもない限り 万に一つも勝ち目はないだろう…その点では、少し安心した。

「あー俺だけどォ、昨日来た女をB14Fまで連れてきてくれぇ。お客だ。」

Jは電話で話しながらも、どんどん奥へと進んで行く。
人がスッポリ入れるような大きさのカプセルなどもある…ここで、一体何の研究をしているのだろう。

「さぁて、ここだ。もう少しでお前のオンナも降りてくるからよぉ…それまでしばらく待ってな。俺はボスを呼んでくるわぁ。」

そう言ってJはニヤニヤと笑みを浮かべながら、立ち止まった先にある自動扉の奥へと姿を消した。

「京極…ボスって、やっぱアイツかな。」

「ああ…十中八九、アイツだろうな。どうやったか知らんが、こんなところに潜伏していたとはな。」

「嵐!!」

背後からの声に振り向くと、そこには軍服を着た大柄な男に背後からしっかりと“マーク”されている綾乃の姿があった。

「綾乃!大丈夫か…?」

「う、うん…まぁ、今はこんな状態だから“大丈夫”とは言えないかもだけど。」

外国人がよくするリアクションの一つで、肩をすくめて苦笑する綾乃。
おそらくピッタリと張り付いている背後の米兵に銃を突きつけられているのだろう。

「…響子には、会えたのか……?」

「ううん、まだ。」

「皆さんお揃いのようだね…日本から遥々よく来てくれました。歓迎するよ。」

正面の自動扉から現れたのは、やはりアイツだった。

「仁…やはりお前か…。」

俺が口を開く前に京極が恨めしそうに呟く。

「フフ…涼介…いや、また京極とかいうのに戻ったんだったな。元気そうで何よりだ。そして、嵐…君とこうして面と向かって会うのは初めてだったな。初めまして…右京だ。」

右京は京極の名を口にするも、視線はずっと俺に向けていた。
コイツが右京仁…半年前の事件の首謀者。

「ああ、初めまして、右京サン。半年前は随分とお世話になりました。」

「ハハハ…噂通り、活きがいいね。こんなアウェーな状況でも物怖じせずイヤミを口にできるとは、たいしたものだ。待った甲斐があったというものだよ。」

「随分と余裕だな。響子が生きてるなんてデマで俺たちを誘き出したつもりなんだろうが、一体何が目的なんだよ。」

「デマ?それは違うな。響子は本当に生きている。それを今から証明してあげようじゃないか。…J!!」

Jを呼びつけた右京は、勝ち誇ったような笑顔で、ずっと俺を見ている。

「ヒャッハハーッ!感動のご対面ってかぁ?」

車椅子を押しながら自動扉の方から現れたJが狂ったように笑っている。
車椅子に座っているのは…紛れもなく、響子だった……。

「う、ウソだろ…本当に……響子…」
「お姉ちゃん!」

「嵐…綾乃…ごめん。本当にごめんなさい…私…。」

響子は手で顔を覆い、悲しみに暮れている。訳が分からなかった。
本当に響子が生きている。それだけでも、俺には夢を見ているようにしか思えなかった。あの時、俺の目の前で生気を失っていった響子は一体なんだったのだろう。何が本当で何が偽りなのか……。

「綾乃君には昨日話したのだが、嵐。君にも話しておいたほうがいいだろう。元交際相手の君にこんな話は失礼なのかもしれないが、これもケジメだ。響子は…」

「右京クン、止めて!!」
「…私の妻なんだよ。」

――っ!?

全く意味がわからない。響子が右京の妻?
いつから?どういうことなんだよ…それ。
理解できないストレスで頭が破裂しそうだ。

「嵐、さぞ頭を悩ませているんだろ。そんな混乱している君にでもしっかりと納得できるように私達の馴れ初めから話してやろう。」

「右京クン…お願いだから。止めて…下さい……」

「お姉ちゃん!待って!!どうして!どうして右京なんかと結婚したのよ!!」

「響子がいると、みんな、ちゃんと話を聞いてくれなさそうだな。J、響子を部屋に連れて行け。」

「俺は召使いか…へいへい。わかりやしたよ…ったく人使いが荒ぇなぁ。」

Jはボヤキながら響子が乗る車椅子を再び出てきた自動扉の奥へと連れて行った。

「さぁ、嵐。気が散る原因の響子もいなくなったぞ。何から聞きたい?何でも答えてやろう。」

右京は両手を広げて得意げな表情を浮かべ、俺を挑発してきている。
今すぐに撃ち殺してやりたい。だけど、それじゃあ、響子の身に危険が及ぶのも目に見えている。
俺の性格だ…ここに来て溢れ返るほど生まれた疑問を解消しないと釈然としないのも、わかりきっている。

「結婚したのは…いつなんだよ。」

「結婚の時期か…なるほど。君も響子と交際していただけに、二股を掛けられていたのかどうかという心配から、その質問をしている訳だな。いい質問だ。結婚したのは、3年前だ。安心したまえ…響子は二股なんかしていないよ。丁度、時期的には君が響子を守り切れなかった頃かな。一命を取り留めた響子は君が死んだと思っていたからね。相当落ち込んでいた響子を私がずっと支えていたのだよ。」

「そんなはずないわ!私、霊安室でお姉ちゃんの遺体を目の前してたんだから!そういう次元の話じゃないでしょ!」

「フフフ…そうだな。今さらこんなウソを言っても仕方ないか。じゃあ、教えてやろう。真実をな。」

 

 

 

 

 

2018年10月13日
AM 1:17 京都市東山区

「響子!!頼む、目を開けてくれ!!……ウソだろ…」

(あーあ、外しちまった…まさか女が飛び出てくるとは。帰って 仁になんて言い訳しようか…。ま、とりあえず、今のあの状態ならハズさねぇ。これでアイツを仕留めりゃあ、任務終了だ…あばよ。)

響子を抱きかかえる嵐に再び照準を向ける涼介だったが、それと同時にすぐ傍までやってきたパトカーのパトランプの回転灯の光とサイレンの音、そして駆け付けてくる数名の足音が聴こえた。

(あ?警察だと…なんだよ、日本の警察って意外と優秀じゃねぇか。ここで捕まったら面倒すぎるな。もういいや、帰ろう。)

逃げるようにその場から立ち去る涼介。
しかし、私はその一部始終を見ていた。何故なら、涼介のことなどハナから信用していなかったからだ。響子が撃たれたのは、たしかに予想外だったが、これで涼介を消す真っ当な口実もできた。あとはあそこにいる嵐を消せば、全て計画通りだ。

――響子は絶対に私が救ってみせる。

Bang!!

私は躊躇することなく、嵐の頭部を狙って発砲した。
その場に倒れた嵐など見ることもなく、私はすかさず響子の元へと駆け寄る。
ちなみに現場にやってきた警察だが、あれは予め近くの別の場所で通行人を殺しておいて、私が通報して来させた。だから、こちらに来ることがないのは分かっていたのだ。

響子を急いで車まで運び、この計画の要となる“あるブツ”を響子の代わりに嵐の近くに運びだした。
念の為、足がつかないよう京都市内ではなく、隣の滋賀県の緊急病院へと響子を連れて行き、俗に言う電気ショックによる心肺蘇生と何時間にも亘る手術のあと、響子は一命を取り留めた。
しかし、幸か不幸か響子の胸を撃ち抜いた弾は、奇跡的に心臓と肺の間を抜け、背骨を撃ち抜いていた。医者の話では、心臓や肺に損傷はなかったものの、背骨の中を通る脊椎を損傷してしまった響子は、おそらく下半身不随となってしまうとのことだった。

その翌日、未だ意識の回復しない響子を病院に残し、朝一番の便でワシントンに戻った私は日本で買ってきた朝刊に目を通しながら、車で涼介を待っていた。朝刊で目にしたのは、京都の東山区で朱雀響子という女性が何者かによって胸を撃たれ死亡、傍にいた身元不明の男性も頭部を撃たれ重体というニュースだった。

――嵐が重体?!まさか、私の撃った弾が被弾する直前で避けて弾道をずらしたのか?!

涼介だけでなく、私も嵐を仕留め損ねた…なんて悪運の強い男なのだと呪ったが、今は涼介を消すことと、一刻も早く響子の生存を隠蔽することと回復が最優先だ。新聞を片付け、涼介を消した後の連邦議会への報告と響子を迎えに行く段取りを頭の中で巡らせた。

コンコン――

「よぉ、お出迎えなんて気が利くじゃねぇか。」

この後、私は涼介を乗せてNYのセントラルパーク前で撃ち、連邦議会に容疑者射殺の写真を提出。功績を認められ、ペンタゴンの国家安全保障局へと入局することとなった。そして、議長の娘 マリア・エドワーズ殺害に関する一連の事件が終局を迎え、私は響子を迎えに日本へ飛んだ。

まだ意識を取り戻していなかった響子を、私は米国の最先端の医療施設で治療を受けさせるという名目で退院手続きを行ない、米国に連れ帰って、アーリントンの病院に入院させた。
嵐や響子の妹は響子が死んだと思っている。もはや響子には私しかいない。
その2日後に目を覚ました響子。

「こ、ここは…嵐!?嵐は?……え、右京…クン…?」

「ここはアメリカ。イリノイ州のアーリントンにある病院だよ。久しぶりだね。大学時代以来かな。嵐さんというのは…京都であなたの傍で倒れていた男性のことかな…?」

「え…私の傍で倒れ…て……嵐はどうなったの?!…あ?!」

上体を起こし、私に詰め寄ろうとするも、下半身に踏ん張る力が伝達しない為、ベッドから落ちそうになる響子。

「あ、足が動かない…ど、どうして…」

「言いにくいんだけど…その男性なら、亡くなったよ…。それと、君の足は…その、脊椎を損傷してもう二度と動くことはないと先生が…。」

「そ、そんな……」

嵐を失った悲しみと、下半身不随の絶望でこの時の響子はもはや、取りつく島もない状態だった。

翌日、私は再び響子の元を訪れた。

「どうして、私はアメリカにいるの?右京クンは一体…」

「実は…響子ちゃんと嵐さんを撃ったのは、俺の同僚なんだ。米軍の軍人だった俺達は、休暇を利用して日本に帰ってきていたんだ。あの日泥酔していた俺の同僚が急に響子ちゃんたちを見るなり発砲して…。慌てて俺は同僚を制止したんだけど、言うことを聞かず、仕方なく負傷させて…。響子ちゃん達の元へ駆け寄った際には、嵐さんのほうは当たった箇所が悪かったのか、即死してて…。響子ちゃんのほうはまだ息があったから、急いで病院に運んだんだ。」

「嵐が即死……」

「…響子ちゃんはまだ意識不明の状態だったけど、病院の先生からは海外の施設でリハビリをすれば、もしかすると下半身が再び使えるようになるかもしれないという話があったから…。」

「それで私をここに…?」

「ああ。俺の同僚は日本で逮捕された。俺もその場に居合わせた者として、二人の不幸を食い止めることができなかった責任を感じてる。生き残った響子ちゃんに少しでもにお詫びすることができればと思って、勝手に連れてきた…本当に申し訳ないことをした…。」

「う、ううん…あなたは何も悪くない…ありがとう。」

「せめて、せめて!響子ちゃんが退院できるまでは、俺に面倒を見させてくれないかな?!そんなことしかできないから…」

「う、うん…右京クン、なんか雰囲気変わったね…。」

「そ、そうかな…大人になったから…かな。なんて。」

それから私は毎日のように仕事を終えてから、響子の見舞いに行った。
大学時代、アプローチし続けてきた私を当時は煙たがっていたが、見知らぬ土地で、顔見知りである私に響子は内心、ホッとしているようだった。
全て仕組まれていたこととも知らずに。

NYで麻薬捜査官をしているという響子の妹の存在のみが不安要素だったが、それもアメリカのどこかで生活をしているが音信不通として響子の興味を逸らした。
まもなく退院した響子は、嵐のいない日本に戻っても仕方がないということで、アメリカで私と共に生活をすることにした。
この時、響子の唯一の心の支えとして、そして献身的な世話の甲斐もあって、私の存在は響子の心に大きく爪痕を残していた。大きな信頼を得ていたからこそ、まだ交際もしていない私の家に来ることを決めたのだろう。
だが、ゆっくりでいい。響子はいずれ私のものになる。
あとは、始末しそこねた嵐をどう消すか…しかし、急ぐ必要はない。
嵐は響子が死んだと思っているし、私の存在など知るはずもない。

 

 

 

 

「……という訳だ。」

「ちょっと待てよ…響子の代わりに置いた 計画の要となる“あるブツ”って何だよ……。」

「フフフ…ここが何の研究施設か知っているか?」

「まさか…仁、お前……」

京極が何かを察したかのように口にする。

「そう、ここは人間のクローンを製造・研究する施設だ。俺が運び出して響子の代わりに置いてきたのは、響子のクローンだ。といっても、当時はまだ研究の初期段階だった為、細胞を繋ぎ合せて作った自我を持たない肉体だけだがな。私はそれをその場で殺し、服も着せ替えて響子の遺体として、嵐。お前の傍に置いたのだよ。当然、現場に駆け付けた警官や検視官はそれを朱雀響子と判断するだろうからな。DNAは同じなのだから。」

「ク、クローン…じゃあ、私が霊安室で見たお姉ちゃんは…偽物だったってい言うの……」

「だが、当時はまだ一端の軍人だったお前が、どうして国家機密とされているここの施設の存在を知り、クローン製造までさせることができたんだ。」

「そこらへんは話せば長くなるな…まぁ、簡単に言うと、ヤボ用でグレームレイクに来た折、偶然見たんだよ。ここから運び出される大統領の失敗作をな。あとは研究員を脅して響子のクローンを作らせただけのことだ。まぁ、どうやって脅したかは想像にお任せするよ。」

 

 

 

 

 

2018年12月某日

計画は順調だ。ここ、エリア51で培養している、ベトナムの伝説的殺人鬼“ジェイコブ・マクガワン”のクローン…響子の時とは違った中身もあるクローン。これが完成すれば人類初のクローン人間の誕生となる。
コイツを使って嵐を消せば、邪魔者は全ていなくなる。

3年後――

クローン人間のジェイコブ、コードネーム“J”と響子の妹、綾乃を利用した嵐 暗殺計画を実行するも、失敗。
死んだと思っていた涼介が京極として寝返っていたこと、綾乃の裏切りなどが失敗の原因と考えられる。
私も逮捕されたが、幸い 米軍の輸送機で本国に護送されてからの裁判ということだった。この機会を利用し、私は輸送機を爆破して死亡したように見せかけた。
米兵の一人を買収して、小型爆弾を皮膚に埋め込んだ肉体だけの私のクローンを運ばせた。買収された米兵は、まさか輸送機ごと爆破されるとは思ってもなかっただろうがな…。
しかし、大きな誤算だったのが、この事件が日本国内だけに留まらず、各国のメディアでも取り上げられ、響子が嵐の生存を知ってしまったということだ。

 

 

 

 

 

「さて、この話はもういいだろう…そろそろ君には消えてもらうとしようか、嵐。」

 

一方、扉の奥に連れて行かれた響子も、この話をずっと聞いていた。

「嵐…ごめん、私…。」

 

 

 

 

2021年12月4日(金)
イリノイ州 アーリントン某所 右京邸宅

あの日、私は多くのものを失った。愛する人、大きな夢、そして…。
右京クンと結婚して、私は新たな人生を取り戻したと思っていた。
でも、今はまるで生きている心地がしない。
死んだと聞かされていた嵐が日本で生きていたから…。
失ったと思っていた愛する人が生きていた。
右京クンはずっと私を騙していたんだ。
だから、この家には何人もの護衛が徘徊しているのだろう。
朝起きてから眠りにつくまで、黄昏時に味わうもの悲しさが常に心を覆い、瞳に映る景色はいつもモヤがかっているよう。
一体、こんな生活がいつまで続くの…

――私はもう、ダメかもしれない…嵐に合わせる顔がない。でも、最後に声だけは聞きたい。

私は護衛の者に気付かれないようゆっくりと電話を持って、話を聞かれないよう外に出た。

Trurururururu――

“只今、留守にしております…ご用件のある方は発信音の後にメッセージをお話し下さい。”

ピー

人生って、どうしてこんなにも残酷なの。声さえも聞かせてもらえないなんて。伝えたいことは山ほどある…でも、何を話していいかわからなかった。

「もしもし…あの、私だけど…嵐…だよね?これを聞いたら…電話ほしい…です…。あ!」

…プツッ…ツーツー

護衛の者に見つかってしまい、電話を取り上げられた。

「響子…今、誰に電話をしていたんだ?」

爆破テロで死んだはずの右京クンが帰ってきた。
でも、あまり驚きはなかった…この人のすることは何も信用できない。存在自体でさえも偽りのように思える。
あまり責められることはなかったけれど、それ以来、私はアーリントンの家から、ネバダ州のエリア51の地下研究施設に移され、軟禁されることとなってしまった。

 

 

 

 

 

「京極、お前が嵐を殺せ。」

「なんだと?」

「お前、誰のおかげでNYのムショから出れたか知ってるか?俺だよ。俺が連邦議会に頼み込んで、出してやったんだよ。昔のよしみでな。」

右京の京極に対する態度は、明らかに他の者へのものとは違っていた。
これも京極が綾部涼介だった頃、親友として付き合っていた名残なのだろうか。

「ほお。俺が出所する際に聞いたのは、JACKALの六波羅長官からの働きかけで国防総省の依頼によるものと聞いたがな。そんなウソ、誰が信用するんだ、ああ?」

「フッ…わかってないな。お前が出所する時、俺は死んだことになってたんだ。公に名を出す訳にもいかんだろ。それに六波羅のジジイにそんな権力がある訳もないしな。よーく考えれば分かることだ。」

「……だからどうした?たとえお前の口添えで俺が出所していたとしても、お前の前に今こうして審判を下すために現れたんだ。残念だったな。」

「この話を聞いても、まだそんな口を利くのか お前は。涼介の頃からそういうところは変わらないな…この件が片付いたら、またムショに戻りたいのか?」

「なん…だと?」

「俺の口添えで出所したんだ…お前がムショにとんぼ返りするか否かも、俺の気分次第ということだ。」

京極がついに黙り込んだ。右京は明らかに京極を身内に引き入れようとしている。このまま京極が寝返ったら、本当に勝ち目がない。
何か…何か説得できないだろうか…。

カチャ――

「マジかよ……」

京極は俺に銃を向けて安全装置を解除し、真っ直ぐと構えた。

「すまない、嵐…俺も人の子だ……このままブタ箱でくさい飯を食って死んでいくのはごめんだ。悪いが、俺は…右京側に付く……」

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