Phantom of Diva

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チャプター02 密会

- 密会 -


大阪 南港での襲撃から遡ること18時間前

神戸市 中央区
南京中華街

PM 5:27

ある中華料理屋の2階のテラス席。
ここから見下ろせる景色は中華街の中心に位置する広場だ。
広場に面する老舗の肉まん屋の本店には、こんな時間にも関わらず長蛇の列が出来ている。
店から大量の袋を持った客が次から次へと出てくる。
──せっかくこんな人まみれの暑苦しい場所まで足を運んだんだ…一個くらい食っときゃよかったぜ。
そんなことを思い、広場を眺めていたのは、褐色の肌で顔の彫りが深い外国人らしき男、Jだった。
カツカツ…
鼻の穴に指を突っ込み、グリグリとしていると、店員がオーダーを聞きにやってきた。
「へっ、丁度いいとこに。あそこの肉まん食わせてよ。」
カツカツ…
鼻の穴から指を抜き、その指で広場の店を指した。
「ソレ、チョット無理。」
お世辞にも上手とは言えない日本語で答えた店員の言葉に、Jの表情が固まる…そして、そのままの表情で店員の方を向く。
どうやら店員は中国人のようだ。
20歳前後の女の子で、整った顔立ちをしている…何より透き通るような輝白の肌が目に付いた。
Jの口元が大きく緩んだ。
「……黄ちゃんていうんだぁ。可愛いねぇ。肉まんもいいけど、キミの肉ま…」
「それ以上言ったら、そこから突き落とすわよ…変態。」

ニヤついた表情のまま、視線を店員からずらすと、そこには小柄だが存在感のある女が立っていた。
女は顔の半分が隠れるような大きなサングラスをかけていたが、その状態でも呆れた表情をしているのが判った。
この中国娘も惜しいが、上には上がいる。特にこういう気の強い女は面白い。Jは舌舐めずりをした。
──美味しそうなのがキタ。
「さっきからカツカツ エロい音立ててのはアンタかぁ。そんなことしたら、とっておきの情報と俺が一緒に昇天しちゃうゼ、綾乃チャン?」
Jのニヤつきは更に増している。綾乃は昔から、こういった不潔な類の男が生理的に受け付けなかった。

──なんなの、こいつ。気持ち悪すぎ。
綾乃は顔を引き攣らせながら店員を下がらせると、Jの前の席に着いた。
胸元あたりまである緩やかなウェーブのかかった栗色の髪を両手で整え、サングラス越しにJを睨みつけた。
Jはヘラヘラと笑っている。

綾乃はある男を探していた。帰国して以来、全く何の手掛かりも得られなかったにも関わらず、急に舞い込んできた情報。
以前、情報屋として利用していたホームレスの町柳から連絡が入ったのが1週間前。
その2日後、目の前にいるこの不愉快な男から連絡が入った。
「もしもーし?わたくし、ジョーカーっていいまーす。町柳のじいさんがねーチョット娘さんの結婚式に出るとかで熊本に帰るんだって言うもんだから、アノ情報、教えてやってくれって俺に任されたんだよね〜。いつなら会える〜?」
ホームレスの町柳が結婚式のために帰郷など、俄かには信じ難かったが、他に手掛かりもなく藁をも掴む想いだった綾乃は情報が手に入るなら…ということで承諾した。
こうして、この密会が成立した。

「綾乃チャンさぁ〜電話で話した時もそうだけど、怖いよ〜。いいケツしてるのに、そんなんじゃモテないよ?」
町柳の真相も聞こうかと思っていたが、綾乃はこの男と同じ空気を吸っていることさえ我慢ならなかった。
「はいはい、わかったから。情報は?ないなら帰りたいんだけど。」
「冷たいなぁ…わかったよ。情報は…アンタの“片想い”の男のこと…で間違いないよねぇ?」
「そうよ。」
Jはコートのポケットから1枚の写真を取り出すと、テーブルの上に置き、滑らせるように裏向けて差し出した。

──この写真で今回の件が終われば、ようやく本腰を入れてあの件を…。
綾乃は喉から手が出るほどに、今すぐその写真に手を伸ばして捲って確認したかった。
しかし、この不愉快な“ジョーカー”という男にそんな逸る気持ちを悟られるのも癪に障る。
綾乃は顔色を変えることなく、写真を静かに手に取った。
──これが……。

「どぉ?なかなかイイ男っしょ?綾乃チャンも面食いだよねぇ。」
先程までニヤついていた“ジョーカー”は、外の方を向き、遠くを眺めている。
「その男の名前…いや、コードネームっつーのかな…まぁ、とにかく“嵐”って呼ばれてるんだけど…綾乃チャンと同じ宮仕えの暗殺者だってさ。知ってたぁ?」
──暗殺者!?…灯台もと暗しとはよく言ったものね。
探し続けていた男がこんなにも身近にいようとは思いも寄らなかったのか、綾乃の口元が僅かに緩む。
Jはその一瞬を見逃さなかった。
「あれあれぇ?綾乃チャン、もしかして今、チョット笑みが零れたんぢゃ〜?」
緩んだ口元をすぐにきゅっと結び、写真をジャケットのポケットへと仕舞い込んだ。
──どこまでもムカツク男。
「情報どうも。謝礼は町柳の口座に振り込むから。それじゃ。」
「えぇ〜チョット待ってよぉ〜!もう帰っちゃうのかよ〜。俺とこの後いっぱ…」
「死ねクソ野郎!」
これまでポーカーフェイスで堪えてきた綾乃も、堪忍袋の緒が切れたのか、怒号を飛ばして階段を下りて行った。

──活きがイイねぇ。ま、せいぜい頑張んな…へへっ。これから面白いショーが始まるぜ、ダンナァ。

店内の客たちが騒然としている中、Jは綾乃の怒号を受けて大笑いしている。
テラスから中華街のメインストリートを歩いていく綾乃が見える。
大笑いしていると、店の責任者らしき人物が恐る恐るやって来た。
他の客のことを気にかけて来たものの、Jはお構い無しといった様子で相手にしなかった。
責任者らしき男は、とりあえず声を掛けようと口を開いたと同時に、Jが急に目を見開いた。そして、テーブルを両手で叩いた勢いで、顔と顔…距離にして、ほんの1cm足らずまで接近してきた。
大笑いしていた顔が無表情に変わっている。
サングラス越しにJの鬼気迫る瞳が見えた。
「おめぇのせいでフラれちまったじゃねぇかよ。」
二人の距離間でしか聞き取ることが困難なほど低い声がした。
もう涼しい気候だというのに、額からは一筋の汗が流れ、みるみる内に血の気が引いていく。
「なぁんてなぁっ!ハハハッ!わりぃわりぃ!俺が下ネタ飛ばしすぎただけだっつーの!」
まるで悪魔に魂を奪われたかのように腰から砕け、その場にへたり込んだ。
床で呆然としている責任者らしき男を視界に入れることもなく、席から立ち上がったJはコートを靡かせながら横を通りすぎ、階段を下りて行った。
──サブキャラの方はどうすっかなぁ…とりあえず祇園か。

──本部に行けば、もっと詳しく“嵐”のことが判るはず…。
明日のプランを立てながらフルフェイスのメットを被ると、綾乃はアプリリア・RS125に跨がり国道43号線へと走り去っていった…。


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