Phantom of Diva

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チャプター03 再会

- 再会 -


「……今度、お休み取れたら、紹介したい人がいるの。」
「へぇ…誰?」
起毛感のある肌触りの良いカーペットに並んで寝転ぶ二人。
漫画を読んでいる最中だったこともあり、どこか気のない返事をしてしまった。
「言わない…会うまでのお楽しみ。ふふ。」

11月23日(月)

──これは。
しばらく落ち着いていたのに、近頃また頻繁に“彼女”の夢を見るようになった。
打ちっぱなしの無機質なコンクリートの天井だけが、夢と現実の境界を知る唯一の手掛かりのように感じた。
森の中の朝霧のように室内に白い靄が漂っている。いや、そんな良いものではない…ただの煙草の煙だ。
許容量以上に盛り上がった灰皿がそれを物語っている。
嵐は起き上がって、キッチンに置いてあるコーヒーメーカーのスイッチを入れ、洗面所へ向かった。
電動歯ブラシを動かしながら、ボスからの手紙を思い出す。
───女に気をつけろ…か。地球に女って何人いると思ってんだよ。ざっくばらん過ぎだろ。
不可解な内容の手紙に嵐は頭を悩ませていた。顔を洗ってキッチンに戻り、コーヒーを淹れる。
──まさか“お前”のことじゃないよな。

カップの中に広がる波紋を見つめながら物思いに耽っていると、玄関の鉄の扉をテンポ良く3回ノックする音。
コーヒーをテーブルに起き、寝室へ走る。
枕元に置いていた銃を手に取るなり、すかさずスライドを引く。
擦り足気味で玄関までの距離を縮め、玄関手前の洗面室の壁に凭れ掛かった。
「どちらさーん?」
銃を構えた緊迫した状態とは逆に、快活な声で叫ぶ嵐。
──鉄の一枚扉だ…扉越しに撃ってくることはないだろう。爆破ならノックから10〜15秒程で爆発する時限式か、もしくは扉を開けた瞬間に作動して爆発するトラップ式…。
様々なシミュレーションを頭の中で展開している途中で、返答が返ってきた。

「心配するな。俺だ…。」
憎たらしいほどに女子ウケしそうな低い声。 肩を落として深いため息を漏らす。
銃を下駄箱の上に起き、チェーンを外し扉を開ける。
ノータイ、186cmの長身にぴったりとフィットしたタイトシルエットのスーツ。緩やかなくせ毛風パーマで鎖骨ほどまである長い髪…京極だ。
「なんだよ…てか、せめてインターホン鳴らせって…。」
「俺はノック派だ。下で待っている。本部に向かう…スーツ着て5分で下りてこい。」
──本部…っていうか、なんだよ、ノック派って。

5分後──

エレベーターを出ると、アパートのエントランス前にS14が横付けしてあった。
「オイオイ…やりすぎだろ。近所どころか住人全員に迷惑かかるだろ!」
「安心しろ。まだ誰も出てきていない…さ、乗れ。」
「……へいへい、了解。」
今日もこれに乗るのか…そんな憂鬱そうな表情を浮かべ、S14に乗り込む。

JACKALは創設当時、東京都渋谷区神宮前に本部を設置したが、その年の大阪府での外国人による犯罪発生率が全国の73%を占め、他の都道府県を凌ぐ圧倒的な発生率で全国ワースト1となった。その統計を配慮した形で、JACKALの本部は2年前の2019年に大阪市中央区西心斎橋へと遷されたのだった。

「昨日の埠頭での発砲、何かわかったのか?」
「わかったってほどのことじゃないが、収穫ゼロって訳でもないな。」
「ふーん…。」
流れゆく国道沿いの景色を眺めながら、嵐は考えていた。
埠頭での発砲ではなく、ボスからのメッセージ。

──女…響子……。

京極は他愛のないことを話している。車の改造のこと、女関係の修羅場のこと。ただ、聞いているのに、何も聞こえないような感覚が頭の中を支配している。
「なぁ、ボスのメッセージ…あれってさ、やっぱボスは何か知ってるのかな……。」
「そりゃまぁ…ボスだって普通の人間だ。予知能力やサイコメトリーができる訳じゃない。何か根拠があってのことだろうな。」
──根拠…か。
ボスは何かを知っている…これから起こる何かを。それが一体何なのか……。
沸き上がる衝動のようなものを抑えきれなかった。
「本部に着いたら、ボスに会わせてくれないか?」
「言うと思ったぜ…だが、あいにくボスは今、米・国防総省にいる。今日は無理だな。」
「……そうか。」

御堂筋の西側に面する本部ビルが見えてきた。
京極はアクセルを踏み込み加速させ、ビルの30mほど手前あたりでハンドルを右に斬ると同時に、サイドブレーキを引いた。
車体は右側へと急旋回し、すかさず左向きにハンドルを切る。動画サイトに載せたら一部のユーザーが喜びそうなほど美しいドリフトでビルの地下駐車場の入口前まで滑らせると、サイドブレーキを下ろし、入口に吸い込まれるかのように加速して入って行った。

今日もこの車に乗ったことを嵐は後悔した。
駐車場に停車し、車を降りた二人はサングラスを装着し、エレベーターに乗り込む。
エレベーターの二人はまるで、ある映画で地球に潜伏するエイリアンを相手にしたトミーリー・ジョーンズとウィル・スミスさながらのユーモアを含んだカッコよさを醸し出していた。
「まずは科研室に行く。こないだの発砲の弾の調査…その結果がもう出ているはずだからな。」

8階の科研室へ入ると、白衣の男がこちらに話し掛けてきた。この男は科研室長の宇治川だ。
宇治川の話によると、先日の発砲に使用された弾は東南アジアを中心に流通しているものであり、指紋などはなく、海外では比較的、容易に手に入る弾だった。
その為、確証のある手がかりは得られなかったが、しかし、嵐と京極に対して放たれた弾ということもあり、これまで暗殺したテロリストに何らかの繋がるのある人物ではないかとの見解が立てられた。
これにより大阪市内にテロリスト潜伏の可能性が浮上した為、嵐と京極の二人には上層部より、発砲したテロリストを発見し次第、暗殺するよう命令が下された。

「…お前はいいとして、なんで俺にまで命令が出るんだよ。俺は教官だっつーの。」
「たまには現場にも出ろってことじゃねーの?知らねーけど。」
「どうだか…本部の連中にしてみれば、未熟者のお前だけじゃ心許ないと思ったんじゃねぇのか?」
「はいはい…未熟者で申し訳ございませんね。」

──居タ…アイツガ……。

「もう15時前か…とりあえず、ティータイムだ。どこかのカフェでも行って作戦会議するか。」
エレベーターで地下3階に戻り、S14に向かって歩き出す。今日は長い1日になりそうだ…そんなことを考えながら嵐は俯き気味で歩いてた。
京極がキーレスエントリーのスイッチを押し、それに応えるかのようにハザードが2回点灯した……と同時に地下という密閉された空間に1発の銃声が鳴り響いた。
条件反射で二手に別れた嵐と京極はそれぞれ、地下階層を支える大きな柱の裏に凭れ掛かる。
地下の天井に幾つものパイプが列んでいる…その内の1本が被弾したのか、どこかで勢いよく気体が洩れて噴射している音が聴こえる。
3mほどある通路を挟んだ向かい側の柱…京極の方を見ると、ジェスチャーで合図を送ってきている。

“オマエ イク オレ マワリコム”

──で合ってるよな…?
とりあえず京極の合図通り、攻め込むとしよう。
そもそも、俺たちの庭で襲撃してくるとはいい度胸だ。どこの馬鹿か知らないが、たっぷりお仕置きしてやらないとな。
銃のスライドを引き、通路の反対側から駆け出し次の柱、また次の柱へと移る。
次の柱で一旦足を止めると、奥から足音が聞こえた。カツカツと歯切れのいいヒールの音だ。

──女?
嵐、京極、共に足音を聞き何かを感じた。

──ヒールとか自己主張の強い足音立てやがって…素人か…?次の柱あたりだな…次でチェックメイトだ。
──この足音、絶対にイイ女だ…間違いない。俺の第六アンテナ…通称シックスセンスがそう告げている。アイツに任せず、俺が行くべきだったな…。

京極はこっちの様子を伺っている。
──よし、3カウントで行くか。One…Two……Three!

開いた左足を力強く踏み込み、凭れていた柱を軸に、反時計回り270度の高速回転…それと同時にフェンシングの突きのように銃を片手で突き出し構える。
──さぁて…こんな場所で発砲したバカ面を拝ませ……

嵐が構えている最中、京極もまた並ならぬ速さで相手の背後に回り込んでいた。
そして栗色の髪にそっと銃口を突き付ける。
嵐の銃口は相手の額を見事に捉えたようだ…が、しかし嵐の眉間にも銃口が触れていた。
──この女…嵐のあの動きに反応するとは、見た目だけでなく、腕もなかなかのものだな。

「お嬢さん…どこの誰だかは知らないが、こんな場所でブッ放すなんてタダ者じゃないよな?さて、この状況からどう抜け出すのかな?」

嵐に銃が向けられているものの、2対1の優位な状況に変わりはなく、京極はただ冷静に銃を構えている。 女はこちらを向くこともなく、嵐に釘付けのようだ。
このまま膠着状態が続くかのように思われたが、嵐の銃口が先ほどに比べ、ズレていることに気付いた。いや、銃口のズレどころか顔色もだいぶ悪い。
この優位な状況で、まだ未熟とはいえ、凶悪なテロリスト達と対峙してきた嵐が自分に向けられた銃口ぐらいに戦慄するはずがない。
違和感を感じずにはいられなかった。
「おい…嵐。お前何やってんだよ…ちゃんと構えてろ。」
反応がない。しかし、どういうことか女の方も、何もアクションを起こしてこない。
その時、ふわりと声が浮かんだ。
「…き…きょ……てた…か……」
はっきりとは聞き取れなかったが、何か聞こえた。嵐の唇は小刻みに震えている。
いや、それどころか、嵐の頬には一筋の涙さえ流れていた。

「うるさいっ!」
先程まで無反応だった女が嵐の言葉を聞いて激昂した。
いつトリガーを引いてもおかしくない状況だ…このままでは、嵐は撃たれる。 状況が優位とはいえ背水の陣で臨んで来る相手では、さすがにこちらの分が悪い。
京極の判断は正しかった。
女の右肩甲骨に回転による遠心力を乗せた蹴りが入るのと、女の指が僅かに動くのと…ほぼ同時だった。
火薬の炸裂する音と共に銃弾が嵐の髪を掠めていき、女は蹴りの衝撃で嵐の斜め後ろに倒れ込む。

「いくぞ!!」

珍しく大声を出し、駆け出そうとしたが嵐にはその声すら届いていなかった。
──ったく。なんなんだよ。
嵐に駆け寄り蟀谷を鷲掴みにする。50%ほどの力を込めながら、耳元に重い言葉を送る。
「行くって言ってんだろ。聞こえねぇのか。」
我に返ったのか、嵐は小さく返事した。

後ろを振り返ると京極はすでにS14に向かって駆け出していた。倒れている女も自然と視界に入る。後ろ髪引かれる思いで駆け出す嵐。
S14に嵐が乗り込んだ時にはすでにタイヤから凄まじい回転による白煙が巻き上がろうとしていた。
そして脳を揺さ振るような重低音のエギゾーストノートとともに二人は白煙の彼方に消えていった。

──あ…らし…アイツ、なんなの……。
苦痛の表情を浮かべながら起き上がる。
手についた埃を掃い、胸元で散らばった髪を後ろへと払う。
強襲したにも関わらず、逃してしまった自分への苛立ちから、近くに駐車していたVWゴルフ・ヴァリアントにローキックを入れる。
肩を落として去り行く女を背に、蹴りを見舞われたゴルフ・ヴァリアントのセキュリティーシステムの警告音はただ虚しく鳴り響くのであった。


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