Phantom of Diva

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チャプター05 回想

- 回想 -


11月24日(火) 深夜

時計の短針が中心からやや右側に傾こうとする頃、ようやく帰路に着いた。

気疲れというのだろうか…精神的なダメージが体力をも削り取っており、そんな疲労感に全身を蝕まれていた。
ジャケットを脱ぎ捨て、バスルームに向かう。ここのところシャワーで済ますことが多かったせいか、浴槽が水垢などで汚れている──今日の疲れを癒すのに久々に風呂に入りたい──そんな衝動につき動かされ、体が鉛のように重いのにも関わらず浴槽を掃除し始める。
ソファで一杯の水を片手に死んだように風呂が沸くのを待っていると、給湯器からのアラームが鳴り響いた。グラスをテーブルに置きバスルームへと足を運ぶ。
──ずっと使ってなかった入浴剤も入れてみよう…。
湯舟から乳白色の湯が溢れる。本物の温泉には到底、敵わないだろうが、今のこの満身創痍の身体には十分すぎる癒しだった。
──今日は散々だった。明日は何をしようか…とにかく確かめたい。どこへ行けば…もしかして、あそこなら…
小一時間ほど費やし風呂を出る。テーブルに置いた水を捨て、冷蔵庫のミネラルウォーターを注ぎ飲み干す。昼間に命の駆け引きをしたとは思えないくらい、当たり前な日常がそこにあった。
思えば、3年前のあの日から、時間が止まったかのように色のない毎日を過ごしてきた気がする…。


──2018年10月13日 午前1時すぎ

月灯りが天高くから降り注いでいる。
耳を澄ますと小路を挟んで流れる小川のせせらぎ。
東山三条の入り組んだ路地にある契約駐車場。
富裕層が暮らすような新築マンションが建ち並ぶ一方、知恩院など情緒漂う建造物も顔を覗かせる閑静な街並みのこの一画で、静かに銃声が鳴り響いた。

──サイレンサー!?まさか…
見えない敵からの静かな銃撃に、駐車場はすでにゲリラ地区さながらの緊迫感に包まれていた。ライブハウスでのイベントを終えたアーティスト、朱雀響子を乗せて帰路についたのも束の間、車外に出た途端、この状況に陥った。

──にゃんちゅ…どこなの…
車を降りた拍子に、膝で丸まっていた愛猫が飛び出して行ってしまった。普段は大人しい子なのに…こんなことは初めてだった。夜でも映える白猫とはいえ、辺りにはまともな照明もなく、ほぼ暗闇に近い視界で、猫の姿を目視することは困難だった。

──下手に動いたら間違いなく撃ち抜かれる…響子、頼むから大人しくしていてくれよ…。
響子は車と車の隙間で屈んでいる。次の銃撃が反撃のチャンス…響子がいる以上、長期戦はこちらが不利。誰であろうと次で必ず仕留める。決意を湛えた瞳で銃のスライドを引く。

──カコン
空き缶の転がる音がした。
次の瞬間──
──来る!
──あ…


膝の上に長い灰が崩れ落ちた。煙草の火種がフィルターにまで達し、そのまま燃え尽きたのか、先端からはすでに煙すら上がってなかった。
──鮮明な夢…だった。アイツに会ったから…?
煙草の吸い殻を灰皿に捨てると、ベッドで再び眠りに就いた。


その頃、京都市下京区
古都の情緒を残した歓楽街 祇園では──
花見小路を北に少し上がり、路地を曲がった先にあるラウンジ「AQUARIUM」
この界隈では安価なのにも関わらず所属している女の子が可愛いと若い年代から中年まで幅広い年代に人気のラウンジである。
壁面に埋め込まれた大きな水槽が目を引く店内。その青白く神秘的な光に照らされたボックス席にいる褐色肌に彫りの深い男と、透き通るような白い肌に盛った髪と盛ったメイクの派手な女。
お互い似たような軽いノリの口調で会話を楽しんでいる。しかし、楽しそうなのは表面上だけで二人の言葉の節々には陰謀と野望が渦巻いていた。
──これで駒は揃った…フフフ。


一方、大阪市北区梅田の入り乱れる駅周辺…増え続ける高層マンション群。
その中の一つ、レジデンスZio茶屋町の地下駐車場に轟音の一歩手前、重低音のエギゾーストノートが響き渡る。
柱の陰から姿を現したのはS14 シルビアだった。無駄な動きのない操作でスムーズに駐車すると、開いた扉から長い脚が現れた。深夜2時を回っているにも関わらず、エレベーターに向かう足取りは昼間と変わらず速く軽快なものだった。

──明日はアイツとは別行動にするか。
帰宅して顔を洗い、キッチンに向かう。冷蔵庫を開け最上段に唯一置かれている3つ売りのプリンの一つを手にした。皮張りのソファに腰掛け、皿の上でふるふると小刻みに揺れるプリンを口に運ぶ。手作りでは出せない舌触りと独特の味…そしてジュレのようなカラメルソース。コクもなくチープな味だが、どういう訳か、たまに食べたい衝動に駆られる。この時間が唯一、心休まる瞬間だということを自覚する。
プリンの甘さの余韻を口の中に残しながら、煙草に火を点ける。
──南港での襲撃、本部地下駐車場での可愛い娘さんからの襲撃…2日で2回に渡る襲撃。何か繋がりがあるだろうか…でなきゃ単なる厄日続きか。
煙草を灰皿に擦りつけ鎮火していると、ガラステーブルの上の携帯が唸りを代弁するかのように、バイブレーションとガラスの共振による不愉快な甲高い振動音を響かせた。

「もしもし…ああ……明日の20時…わかった。ああ、じゃあな。」

それぞれの夜、眩く空を照らしていた半月は次第に分厚い雲に覆われ、朝が来る頃には先の見えない程にどんよりと澱んだ空に変わり果てていた…。



11月24日 AM 7:23

大阪市中央区心斎橋、御堂筋沿いには早朝にも関わらず、警察がある雑居ビルの前で黄色いテープを張り、一帯を包囲していた。
どこから情報を聞き付けたのか、マスコミ各社のリポーターやプロデューサー、撮影クルーも群がっており、近隣のビルからや道行く人々などを含めた大きな人集りがビル前にできつつあった。


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