Phantom of Diva

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チャプター06 ランデヴー

- 逢引 -


JACKAL本部17階 長官執務室──

「暗殺部隊のトップが暗殺されるなんて、シャレになんないですね…。」
「全くだ。こんなに見事に撃ち抜かれちまって…世も末だな。南無南無…。」

入口の扉を抜けた正面にある長官のデスク。そのデスクの上には30代後半くらいの女がデスクを紅く染め、項垂れている。 扉側の執務室の壁や床には飛散した血痕がまだ温もりを残しているかのように生々しく付着していた。
朝早く呼び出しを食らった刑事たちは、そんな凄惨な光景に目を当てることもなく、不満の代わりとも捉れる皮肉を口々にボヤいていた。

(ご苦労様です。)
入口の外で滑舌の良い女の声が聞こえる。
「エースのお出ましだ…仕事に戻るぞ。」
若い刑事もベテランの風格を漂わす中年の刑事も、女の声が聞こえた瞬間、急に慌ただしく仕事──しているフリとも言う──を始めた。
指令室に全身を黒で包んだ女が入ってきた。
彼女は大阪府警 捜査一課の警部補、鴉真希。
ブラックのパンツスーツにロングコート、黒縁のボストンフレームの眼鏡、夜会巻きの黒髪は右サイドだけが編み込まれており、アシンメトリーなシルエットといった刑事らしからぬ奇抜なスタイル。

「お早う。北山、状況報告。」
「はい!鑑識課の報告によると害者は防衛省管轄の暗殺部隊JACKALの最高責任者である長官 舞鶴麗子、37歳。死因は頭部貫通による即死。死亡推定時刻は本日11月24日の午前4時半頃〜5時半の間。第一発見者はビル清掃員の北大路とみ江さんで、午前6時13分に遺体を発見。害者の背後の壁に銃弾が貫通した跡があることから狙撃による殺害かと。現在、物的証拠は弾以外、何も見つかっておりません。以上です。」
現場にいる面々の中では比較的、若手の部類に入る北山は緊張した面持ちで丁寧に応えた。

──ガラス張りの左側からではなく、あえて標的の見えない壁を貫通させての頭部への一発…距離やデスク位置を緻密に計算したプロの仕業であることは明確。…となると弾以外、証拠は出なさそうね…。
腕組みしながら室内をぐるりと歩き回った後、思ったことを口にしてみる。
「この部屋からは弾以外の証拠は出ないわね。ここはもういいから、このビルの半径1km圏内のビル、隈なくあたって頂戴。」

男たちの顔が歪む。しかし逆らうこともできない…逆らうと後が怖い。一度、過去に鴉に反発した身の程知らずの若造が鴉に口論で泣かされたことがあり、彼は後に自ら異動願いを出し交通課へ移った。
──交通課みたいな掃き溜めみたいなとこは、さすがにごめんだ。
男たちはやれやれといった感じで執務室を出ていく。

絶命し、もはやただの血まみれの“物”となった遺体を調べている――ババを引いた――鑑識担当者の肩に触れ、そっと告げる。
「見つかった弾だけど、期待はできないけど念のためDNA鑑定するよう伝えておいて頂戴。」


──2時間後。
御堂筋を明らかなスピード違反であろう速度で駆け抜けてくるスポーツカーのエギゾーストノートが聞こえる。道行く人間の誰もが、その速さと普段耳にすることのないようなF1のマシンが発する高音にも似た騒音に振り返る。そしてその騒音は警官が封鎖するビルの前でつまみを一気に捻ったかのようにボリュームダウンして停車し…エンジンを切る前にもう一発、騒音を噴かせて完全停止した。停車した車のボンネットの先端には猛牛のエンブレムが光っている。

──俺達の周りで何かが起きようとしている…麗子さん…貴女は一体何を知っていたんですか。
舞鶴暗殺の連絡が京極に入ったのは午前7時すぎ。到着した時には既にビル前の人集りは散り、執務室には遺体跡を模った白いテープと現場検証を続ける鑑識達のみだった。
壁に飛散した夥しい量の血痕を険しい表情で眺める。
これからのJACKALの指揮系統を案じながら執務室を出ようと扉のノブに手をかけると、ノブを捻るよりも前に扉に押し出されるような感触が伝わってきた。咄嗟に手を放すと扉が開く。
扉の先に居たのは、見たことのない顔だった。
「おや?先客がいましたか。」
扉の先の男は京極と似たような長髪で光沢感のあるサテンシルバーのスーツに身を包み、目を惹くマゼンタのタイをしていた。
「…失礼ですが、貴方は?」
「これは失礼。私は国防総省、国家安全保障局の諜報員、右京と申します。」

──安全保障局?国防総省ってことは元締のお出ましか…って、何の用だ?
目の前の男は役人らしく礼儀のある対応だった…が、京極はどこかきな臭い気がしてならなかった。

「休暇を利用して先ほど帰国したのですが、その時に偶然、長官がお亡くなりになったとの連絡を受けまして。私も無関係な立場ではないので、とりあえず状況を…と思い視察に来たのです。」
やはり臭う。何か企んでいるのを隠しているような言い回し、鼻に付く人当たりの良さ。典型的な謀略家の目をしている。
──9時前か…今はこの男のことを気にしている場合じゃない…か。
「申し訳ない。私は用があるのでこのへんで。それでは。」
京極は右京の“わざとらしい”礼儀正しさをマネたような振る舞いで軽く会釈をし執務室を出て行った。

──京極…か。元気そうで何よりだ。

その日、JACKAL初代長官、舞鶴麗子暗殺の事件は国営放送および民放各局が取り上げ、瞬く間に世間へと知れ渡った。
そしてその夜、さらに驚くべきことに国防総省と防衛省、異例の日米合同会見が開かれることとなり、緊急特番がゴールデンタイムの帯を席巻した。JACKAL長官の後任に米国安全保障局の右京仁が選ばれることになろうとは、この時の京極は知る由もなかった…。


AM 11:08
京都市北区 北山通り

時間がゆっくりと流れているような落ち着いた街並み…雰囲気のあるカフェやブライダル・ゲストハウス、カトリック教会が幾つも通りに面しているこのエリアは、大人に好まれる顔を持ち合わせている。白亜の外壁に囲まれた洋館、セント・アンジェ教会の近くにある地下鉄への階段の前で一人の女が誰かを待っていた。

──おっそ…。
女がこの場所に立ち尽くしてから15分弱が過ぎた頃、階段を上がって来る数人の足音が聞こえる…電車が着いたらしい。次こそこの“群れ”に混ざっていることを願う。

「美鈴すまない。待たせたな。」
低すぎてやや聞き取りにくかったが、とびきりのイイ声で京極が声を掛けてきた。

──やはりいつ見てもイイ女だ。
地下鉄の入口に立っていた女は八坂美鈴(みれい)。
彼女は祇園にあるラウンジで働いている夜の蝶なのだが、初めて会った時は、一般人ではなかなかお目にかかることのできないレベル…モデルばりに均等のとれたスタイルに目を奪われた記憶がある。

祇園を一人で飲みに歩いていた際、声を掛けられた──俗に“キャッチ”と言う──のが切っ掛けだった。
普段そういう類の店には興味がなく、声掛けは軽くあしらっているのだが、さすがにこの美鈴の魅力を前に何のアクションも起こさず素通りすることは男としての是非を問われるような気がしてならなかった…。

「ウチと京さんとの出逢いにカンパ〜イ♪」

──来てしまった…。

男女の駆け引き…京極は“女を抱く”ということに関しては、おそらく暗殺業よりも得意な分野であった。ただ、事の後での女は決まって彼女面をして京極の一番嫌いな言葉をかけてくる。
「愛してるって言って。」
──くだらない。終わりだ。
その言葉を聞いた瞬間から京極の愛欲のベクトルは他の女へと移り変わる。それがいつも修羅場を迎える原因だった。

しかし、この八坂は違った。
珠玉のルックスを持ちながら、暗黙の了解を得たかのように京極との価値観が合致していた。
──抱きたい時に抱く。
──抱かれたい時に抱かれる。
金銭が発生しない大人の割り切った関係。
──愛なんて脆いモノを求めたって、いつか壊れて傷付くだけ。不滅の愛なんて存在しない…。

綺麗な顔が下から覗き込んでくる。女性にしては169cmと長身の八坂だが、186cmの京極とは高低差が如実に顕れていた。

「ちょー!遅いって!めっちゃ寒かったし!」
「悪い…ちょっと朝から立て込んでな。メシでも食いに行くか。」
「ぢゃ、タコライスで!」
優しく微笑み返した京極は八坂の手をとり、燃えるように紅く染まった山々を背に、歩きだした。
都会の喧騒から少し離れた北山通りを歩く二人の姿は、身長の高さも相まって放たれる存在感からか、情報雑誌のデートコース紹介に使えそうなほど絵になっていた。

「美鈴から誘ってくるなんて珍しいな。」
「フフフ…ウチ、今、めっちゃ金欠やねん。やし、ちょっとタダ飯ゴチってもらおー思て。こーゆー時、京極てめっちゃ頼りになるなぁ♪」
「お前なぁ…。」
八坂は自分の本能のままに生きている。猫のように腹が減れば主人のとこに帰り飯を食べ、またフラフラとどっかへ行く…羨ましいようで実際、実践するには難しい生き方を彼女は当然のように生きていた。
しばらく歩き続けること20分…目指していたカフェに到着した。


──目覚めてくれ…。

手の平にべっとりと付着した大量の血液。細く華奢な体から急速に熱が失われていく。

──もう…やめてくれ……

叫びを上げながら足元に落ちていた銃を勢いよく手に取り、虚空に向けて構えた。
伸ばした腕の先はコンクリートの天井だった。握りしめていたはずの拳銃もない。

──俺の部屋…。
額に大量の汗を浮かべた嵐は疲弊した様子で起き上がり、シャワーを浴びに風呂場へ向かう。
──今、何時だ…。
シャワーの水滴が全身に打ち付けられ、砕けてできた湯気が下から立ち込め始める。


北山の鴨川沿いのカフェではランチ前の時間帯ということもあり、客が次第に増え賑わってきた。
よほど腹を空かせていたのか、気持ちのいい食べっぷりでタコライスを平らげた八坂は満足そうに煙草を吸っている。

「この後、ちょっと…行こ?」

上目遣いとリキッドルージュがたっぷり乗ったツヤ唇から漏れる控えめな声量…八坂の誘惑に、堪能していた食後のコーヒーを思わず噴き出しそうになる。
「お前…まだ白昼だぞ…」
八坂はただただ、はにかんでいるだけだった…。

──き、来てしまった…。

北山通りからバスで南東へと下り、平安神宮や美術館などが点在する岡崎方面まで40分強。紅葉のピーク時期も合間って、道行く人間の8〜9割が観光客だった。小路の裏手には小規模なホテル街がある。バスを降り徒歩でバリのリゾートをイメージしたような様式のファッションホテルに入った。

──あ…忘れた。

…入室してから、ちょうど1時間が過ぎようとする頃、京極は部屋の外にある露天ジャグジーがあるスペースで煙草を燻らしていた。
喫煙者にしかわからない感覚なのだろうが、事の後は何故か煙草が吸いたくなる。
ガラス越しの室内では素肌にシーツで包まった八坂が自分のバッグの中を探っていた。

「今夜、家来ーへん?」
室内に戻りなり、八坂が得意の営業スマイルを浮かべながら尋ねてきた。たまにはこの目の前の美女と丸一日イチャつくのも悪くはないが、今夜は先約がある…タイミングが悪かった。
「悪い…今夜は木屋町で仕事があってな。」

──木屋町…。

「そうなんや…じゃあ、また今度埋め合わせしてな。」
声こそ意気消沈したような雰囲気に聞えたが、表情はどこか妖艶な微笑を湛えているようだった。

バタン
扉が閉まる音の直後にマフラーから漏れる低い排気音。シルバーパーツの挿し色に黒×赤の調和のとれたスポーティなインパネに赤いLEDのライトが灯る。
──今は何も考えないようにしよう…。
ガレージの入口がゆっくりと開き、そこを飛び出すように発進した MINI One は南の歓楽街がある方へと走り去って行った。


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