Phantom of Diva

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チャプター08 告白

- 告白 -


「……お、素直についてきてんじゃん。」
「は?…死にたいの?」

雑居ビルの入口を抜け、細い通路の突き当たり…店の名前のステッカーが貼ってあるだけの重そうな鉄の扉の前でのことだった。
突然振り返ってきたかと思えば、真っ直ぐな瞳にやんちゃ坊主のような意地悪な微笑みを浮かべていた嵐。反射的に悪態をついてしまったけれど、こういうやり取りは嫌いじゃなかった。学生の頃に付き合っていた恋人とも、昔こんなやり取りをしていた気がする。
私の悪態に、嵐はうっすらと微笑みを浮かべながら正面に向き直り扉を開けた。


そこには古きよき時代の大人臭さがあった──BARらしい独特の雰囲気で、白熱電球のみの薄暗くも温かみのある照明と、年季の入ったウッドカウンター、そしてグラス棚に取り付けられたZIMAのネオンが目を引いた。ただ、普通のBARと少し違ったのは、カウンターの後ろに一台のダーツ機とその為に確保された直線的なスペースがあったこと──ここはダーツBARだった。

扉の閉まる音で、グラスを拭いていた いかにもマスターといった感じの男が顔を上げる。
ここに着くまでは、私の歩くペースに合わせてくれていたのか、店主を見るなり嵐は私を入口に残してカウンターの方へと先に行ってしまった。

「マスターおひさし〜!」
「おー嵐!久しぶりだな!」
二人は握りこぶしの親指と小指だけを立てた手を突き出し、拳をフルフルと左右に半回転させて挨拶しあっている。変なテンションにはついていけないけど、とりあえず入口で突っ立っているのも落ち着かない気がしたから、カウンター前まで足を運んだ。

「(このめちゃめちゃ可愛い子、誰だよ?新しい彼女か?やるねーお前も。)」
マスターはなにやら嵐に耳打ちしているけど、丸聞こえだった…ただ、リアクションが面倒なので一応聞こえないふりをしておこう。
「(そんなんじゃねーよ!つーか、腹減ってんだよ。そんなこといいから、いつものヤツ…あ、二つね。)」
嵐もマスターにつられているのか小声で答えている。そして、やっぱり丸聞こえだった。こちらも当然、無視の方向で。
名残惜しそうにマスターはこちらに視線だけを向けたまま、奥のキッチンらしき方へと歩いていった。

邪魔者がいなくなり、しばらく沈黙が続いた。この嫌な間を遮るように、嵐はこちらを気にしながらも煙草に火を点ける。私も暇を持て余していたので、嵐につられてシガレットケース──ピンクのスパンコールに包まれているお気に入り──を取り出した。聞きたいことは山ほどあるのに、なかなか話を切り出せずにいた。ケースから煙草を取り出し、口に運んでいる途中でようやく嵐が口を開いた。
「煙草…吸うんだ…?」
「……うん。」

──もうっ!他にもっと話すことあるじゃん…
二人の間に再び沈黙が続く。嵐は何か次の言葉を絞り出そうと考えているのか、少し険しい表情をしている。ここに連れて来られるまでは、不可解な嵐の言動にずっと苛立っていたはずなのに、今は何故か少し心が落ち着いている。傍から見れば、マスターの言った通り恋人同士に見るのかもしれない…恋だの愛だのなんて、この3年間、考えたこともなかった──ううん、考える余裕がなかった。でも…たとえ、この隣に座っている男が恋人のように見えたとしても、何より確かなことは、この男は私自身が3年間探してきた標的で、暗殺しようとしている──そんな現実が私を徐々に物憂げな気持ちにさせた。

「あのさ、名前のことなんだけど…」
カウンターに手を組み、こちらを向くこともなく、真っ直ぐ自分の手元を見つめながら嵐が口を開いた。

「はい、おまちどおさま。」
タイミング悪くマスターが料理を運んできた。
──空気読んでよ…はぁ。
不満を口にすることこそなかったが、私が目をぐるりと回し、溜め息を漏らした反面、嵐はどこかほっとした表情を浮かべ、目の前の料理に釘付けになっている。

「…で、続きは……」
とりあえず料理を無視して嵐に話の続きを催促しようと左を向くと、隣の卑怯者は既にかきこむように怒涛の勢いで料理を口に運んでいた…。
「…って、早っ!アンタねぇ…話のとちゅ…」
催促を口にし終えるまでに、嵐は立てた人差し指を私の唇の1cmほど手前にかざし、口の中を空にするとこちらを見つめ、囁いた。
「まずは…食えよ。冷めるだろ。」
ただ見つめられただけなのに、何も反論できなかった。今日の私はどうかしている…。
諦めてマスターが提供してくれた料理に向き直った。
黄色と赤のコントラストは見ているだけで元気がもらえそう…目の前にあったのは家庭的なオムライスだった。嵐に言われた通り、スプーンを手に取り口に運んでみる。

「……美味しい…。」

久しく食べていなかった手作り料理の温かみに思わず言葉が漏れた。隣で食べてるその名の通り“アラシ”のような勢いではないものの、私も無心でスプーンを口に運び続ける。
再びグラスを拭きはじめたマスターは二人を背に、顔を静かにほころばせていた。


「ごちそうさま。」
「はい、お粗末さん。」
空になった皿を引くと、マスターは再び奥の方へと入っていった。
「昨日のことだけど…やっぱり外の空気でも吸いながら話さないか?」
マスターの姿を視線だけで見送っていると、嵐がこちらを見つめながら声をかけてきた。
「……うん。」
声がかすれる…見つめられただけで、こんなに素直にこの男の言うことを受け入れるなんて。嵐の私を見る視線はどこか普通じゃない…何か想いを秘めているような、そして訴えかけているような…。
私の微弱な返事を聞いた嵐は、立ち上がり店を出る準備を始めた。
店の奥でマスターに何やら話をしているようだけど、よくは聞こえない…他愛のない話だろう。
この後に待ち受ける真実と向き合うことに覚悟を決め、私は背筋を伸ばして立ち上がり、この薄暗く居心地の良い空間を後にした。

外に出ると、この界隈の店で“できあがった”と思われるサラリーマン3人が、横並びにくだらない話に華を咲かせてこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
店の入口の凹みに身を寄せ、酔った企業戦士たちをかわそうとすると、集団の中のでも一番泥酔してる様子の50代前半の男が私の前で酒臭い息をかけてきた。
「嬢ちゃん、どこの店の娘だー?可愛いねー。2万でオジサンに枕営業してくれよー。」

ひっぱたいてやろうかと思った。
「私、そーゆーのじゃないんで、他あたってもらえます?」
ここで面倒を起こしても何のメリットもない。そう思って、当たり障りないリアクションをしたつもりだったのに、男は私の仏頂面に気を悪くしたのか、尚もしつこく絡んで私の肩に手をかけてきた。やむを得ず…というより我慢の限界だった。肩に伸びた行儀の悪い手をへし折ってやろうとした瞬間、男は表情を歪め呻いた。
私の手が出るよりも先に別の手が、指が減り込むぐらいの強さで男の腕を掴んでいる。
……店から出てきた嵐だった。先程までの優しげな瞳とは違い、瞳の奥には燃えるような激しい怒りを湛えている。昨日私に銃を向けた瞬間の顔──仕事の時の冷酷に徹した慈悲など一切持ち合わせていない顔とはまた違っていた。

「俺の女に触れんじゃねぇよ。病院行って去勢してもらえ。」
普段の声よりも幾分か低めの声で嵐が言うと、掴んでいた男の腕を放した。
酔った男は後退りし、戦慄した表情を浮かべながら去って行った。

「ちょっと!俺の女って何?誰がいつアンタの女になったっていうのよ?」
一人でも回避できた…それなのに助けられた悔しさ、恥ずかしさと、ほんの少しの照れ臭さが私に反論をさせた。
――それにしても、コイツ…本当に私が探してた男なの…?

「いいじゃねぇか!ああいう時はそう言うのが定番だろ?いちいち細かいこと気にすんなって!」
「はいはい…。で、今からどこに行くのよ。」

嵐はしばらく考え込み始めた…コイツ、何の計画も無しに店を出たんだ…。
「ま、とりあえず歩こうぜ!」
──やっぱり。
私は呆れ顔をする気も起こらないくらいに呆れた。

嵐が動き出したので、私も嵐の後に続いてそのまま東に向かって歩きだした…ここに来た時よりも僅かに距離感が縮まったことなど自分では気付きもせずに。



──この道を歩くのは3年ぶり…か……なにしてんだろな、俺。
もしコイツが本気で俺を殺そうとしてきたら…おそらく俺には回避できない…。
体力や能力ではなく、精神的に…全く自信がない。ここのところ見る夢幻も含め、響子を失ってからの俺の精神力のなさは尋常じゃない。
――響子とどういう関係…か。いいさ、覚悟を決めてやる……。

「人っ気もないし、ここらへんでいいか…。」

問い掛けられたのか、単なる独り言だったのかは判らないけれど、嵐の声で私の頭の中をグルグルと廻っていた いろんなものはかき消され、現実に戻された。
すでに鴨川の上流の方にまで来ている。
──20〜30分も歩いてたんだ。

「どうしたんだよ?顔色悪いぞ…気分でも悪いのか?」
中途半端な優しさが余計に私を惑わせる。息苦しい。
「ううん、何でもない…大丈夫だから。」
「そうか。ま、そこのベンチにでも座っとけよ。」

嵐はそう言って水辺の方へ行くと、小石を投げて遊びはじめた。風が少し肌寒いものの、雲間から漏れるれる月灯かりの優しい光に照らされた川の表面は、嵐の投げた小石に弾かれ、その飛沫に反射した部分がキラキラと輝き、天の川のように見えた。
私は嵐に言われた木陰で深い闇に覆われたベンチに腰掛けて、その様子を眺める。

「どうして…昨日、私を撃たなかったの……?」

小石を投げる嵐の手が止まった。

「俺は……」

──この男は嘘をつくような感じじゃない……こんなところでリンクするなんて…でも……

――お前なのか…響子?

俺は振り返り、綾乃の瞳に視線を合わせようとしたが、綾乃のいる場所は暗過ぎて、よく見えなかった。
丁度その時、雲がゆるやかに流れ月灯かりが綾乃を青白く照らし出した。
照らし出された綾乃は、まさに3年前、俺の腕の中にいた響子そのものだった…。

「響子……響子と俺は付き合っていた。撃てなかったのは綾乃が…どうしようもなく彼女に似てたからさ…。」


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