Phantom of Diva

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チャプター10 深入

- 深入 -


降り始めに比べると、だいぶ勢いを失い優しい雨に変わった。冷たい雨に包まれながら、嵐は繁華街を抜け、ただひたすら静まり返った繁華街を歩いていた。

──綾乃が麻薬捜査官って…じゃあ、捜査のためにJACKALに潜入していたのは…そのヤク中のホシが組織にいるってことか?もしそうだとしたら、タダじゃ済まねぇよな…下手すりゃ組織解体になりかねない問題だし。でも、その潜入捜査とは別件で俺のことも探していた──初対面で銃を向けてきたのだから、やっぱ殺すために探していた…だよな?

答えの出ない疑問と謎が頭を廻る。

──ただ、綾乃は響子の名前を知っている…確実に。響子と綾乃がどういう関係なのか…あれだけ似てるなら双子かドッペル以外にないよな…まぁいいや。次こそ真相を突き止めてやる……



吹きすさぶ風が長いミルクティー色の髪を忙しく揺らす。顔に掛かった髪の隙間から覗く表情は美しくも、憂鬱そうに歪んでいる。
八坂は通過してゆく地下鉄を前に四条駅のホームで佇んでいた。

──京極…あれじゃ助からんよな。欲しいもんがいっぱいあるし、仕方なかったんよ。ごめんやで。

0時目前に迫ったホームには、終電を逃すまいと、飲み会帰りのサラリーマンや学生たちが次々とやって来ている。

──めっちゃ人多いし座れなさそうやなぁ。北山まで何分くらいかかるんやろ…。

“間もなく2番線に松ヶ崎行きの電車が参ります。危険ですから、白線の内側までお下がり下さい。”



──久々にワクワクするねぇ。

左腕で時を刻んでいた長針が、ちょうど10の上に差し掛かる。



カチッ──



コンビニの店頭に設置されている灰皿の前で煙草をくわえ、安物のライターで火を点ける。歩き続けたせいか、足の感覚がなくなりかけている。いっそのことタクシーでも捕まえて乗ってしまおうかとも思った…。
しかし、今はほんの少し綾乃や響子──現実を忘れてメンソールの爽快感を堪能しようと煙草を燻らせていると、眠りについた街の静寂を切り裂き、つんざくようなサイレンが近付いて来るのに気づいた。普段なら特に気に留めないサイレンに、今日は何故か無性に注意を削がれた。視線を大通りに傾けていると、赤い回転灯の光が視界に入り、しばらくして救急車が眼前を通り過ぎていった。

──こんな時間に迷惑な野郎だ。明日まで我慢しろよ…って何言ってんだ、俺。

くだらないことを考えていても仕方がない。俺は煙草を灰皿に捨てると、引き続き歩いて帰ることにした。



11月25日(水) AM 9:27

昨夜の歩いた疲れを残さず、いつも通りの時刻に起きれた自分に少しテンションが上がった…いや、もしかすると睡眠不足によるただのナチュラルハイなのかもしれないが。

顔を洗って、コーヒーを淹れながらテレビを点けると、お決まりの朝の顔と共にニュースが流れていた。
特に見る番組は決まっていないが、何かしら世間の情報は仕入れることにしている…まぁ、昔、京極に言われたからなんだけど。
コーヒーカップを片手にソファーへと腰を下ろし、よくよく見てみると、緊急特別情報番組─地下鉄爆破テロ・死傷者300名以上に─とテロップに書かれていた。

「テロ!?何の連絡も来てねーじゃんかよ!なんでだよ…」
驚きのあまり、独り言が声に出た。

“私は今、爆破が起きた地下鉄四条駅の付近に来ております。見てください。爆破の衝撃で地下鉄が走っている南北にかけて、道路が崩落している部分や陥没してる箇所が数多く見受けられ、ここらへん一帯は全面通行止めとなっております。いつもは通勤ラッシュで人通りの多いこの界隈ですが、今はゴーストタ……”

――そこに映っていたのは、昨夜通ったはずの変わり果てた景色だった。本部は何をしていた…なぜ事前に暗殺指令が発令されなかったんだ。爆弾を仕掛けた奴は必ずどこかの監視カメラに写っていたはず…なのに何故。

“昨夜未明、地下鉄四条駅において、大規模な爆破テロが起きました。死傷者は現時点で307名にのぼり、今もまだ地下に生き埋めとなった人々の救助活動が自衛隊や消防隊によって行われております。ですが、周辺道路は大変脆く、崩れやすくなっており、依然として予断の許さない状況が続いています。テロの抑止力となるJACKALの長官暗殺、そして新長官の就任直後に起きた今回の爆破テロ事件。果たしてJACKALは国防機関として機能しているのかと、疑問の声も挙がっています。この後、午前10時から総理官邸より生中継で緊急会見の模様をお伝え致します。総理や防衛大臣の見解、そして今後の政府の対応が注目されます。”

とりあえず京極に連絡してみよう。京極なら何か知っているに違いない。

Trururu……カチャ

“俺だ。今は電話に出られない。メッセージを残すようなヤボなマネはしないことを願う。”
プツッ……

「アホかっ!留守電までカッコつけてんじゃねーよ!…ったく…何やってんだよ。」
苛立ちと焦りが口をついて飛び出し、虚しく部屋に響く。このままじっとはしてられない。とにかく俺は本部へ向かうことにした。



「…しかし!この後、首相会見があり、テロ行為に対する制裁に関しては防衛省からも今後の説明を行うことになっているのですよ!そうなれば、対テロ機関JACKALの長官である右京さんからの説明も求められます…今からでも遅くはありません!どうか会見にご出席を!」
「まぁまぁ、清滝さん。そう熱くならないで。うちの組織の暗殺者が昨夜、重傷を負いましてね…タイミング的に、もしかしたら爆破テロと何か関係があるかもしれない。私のくだらない見解よりも、見舞いついでに現場に居合わせたかもしれない人間の話を聞いた方が、よっぽど国家防衛の為になりますよ。」

病院の廊下を歩きながら、清滝と呼ばれたスーツ姿で小太りの中年の男が、右京の後を追うように話をしている。

「それでも!長官の立場というものがございましょう!話は後でも聞くことができるじゃありませんか!」
「記憶は刻一刻と色褪せてゆくもの…脳に鮮明に刻まれている内に聞いておきたいのです。どうかお引き取り下さい。それに我々は防衛省の管轄とはいえ米国、国防総省の支援を受けている独立部隊…本来は表社会はおろか、世間の明るみにさえ出てはいけない組織なのです。そこをご理解頂きたい。」

会話が半強制的に終止符を打たれたところで、ちょうど目的の病室に着いたのか、右京が足を止めた。後をついて来ていた清滝は黙り込み、右京の背中を納得のいかない面持ちで見つめている。

「…せっかくお越し頂いたのに全く申し訳ない。清滝さん、貴方には一切非はないのです。これは私の我が儘。もし貴方が私を連れて来ることができなかったことに対しての責任を問われるようなことなれば、毅然とそうお伝え下さい。それでは失礼。」

そう告げると右京は、振り返ることなく病室の中へと静かに入っていった。


──権力があるのは素晴らしいことだが、ああやって纏わり付いてくるウジ虫どもへの対応だけは面倒なことこの上ないな。

「お前もそう思うだろ、京?」

視線の先には、ベッドの上で静かに京極が横たわっている。ベッドに歩み寄り、傍の椅子に腰掛けた右京は物憂いな表情で京極の静かに呼吸を繰り返す音を聞いている。

「…あの時の俺はどうかしていたよ。本当にすまないと思っている。それにしても、JACKALはまた一人、優秀な人間を失ってしまったな。安らかに眠れ…京極……。」



「おはよう。おい、新しい長官殿は何やってんだ?テロ起きちまってるし。俺らの存在意義なくね?……ま、オッサンに言ってもしょーがねーんだけどさ。」

JACKAL本部に着いた俺は、エントランスフロアでセキュリティー的な何かを管理してる受付カウンターに凭れかかり、呆れ顔でこっちを見てる守衛に溜まりに溜まった愚痴をこぼしていた。

──京極の野郎、来てんだろうな。いや待てよ…ひょっとしたら、綾乃の奴も…。
綾乃──いや、響子の顔がふいに脳裏を過ぎる。やや落ち着きを失った俺は当初の予定そっちのけで京極よりも、綾乃の姿を目で探していた。

──いた。

自動販売機が立ち並ぶ休憩スペースで、椅子に腰掛けている。イヤホンをしながら何やら分厚い資料を読み耽っていて、こちらには気付いていない。
「綾乃!」

驚かせてやろうと背後から軽く肩に触れると、よほど集中して資料を見ていたのか、綾乃はビクッと肩を跳ね上げた後、イヤホンを外し、一拍おいてから、ゆっくりと振り返った。

「……何の用…?」
「なんだよそれ…それにその不愉快そうな顔…別に知り合いなんだから声ぐらい気軽に掛けたって構わねーだろ?」

綾乃は俺が話してる最中にもかかわらず、すぐに向き直り再び資料に視線を落とした。

「おいー!?無視かよ…」
「忙しいの。用がないなら邪魔しないで。」

──昨日の今日なのに、こんなあしらわれ方があるか…まるで俺が遊んでほしがってる犬みたいじゃねーか。

俺は深くため息をついて、無言で休憩スペースを出た。京極も来てないようだし、いや京極どころか俺と綾乃以外の暗殺者は、このビル内にいるのか…?建物内で見たのは守衛のオッサンと綾乃だけだし、どのフロアもあまりに閑散としている。

──いったいどうなってんだよ…これじゃ休日出勤してる気分だぜ。

やり場のない焦燥感と孤独…その二つで俺の体を突き動かすには十分だった。駐車場をアクセル全開で飛び出し、御堂筋の渋滞も隙間を縫うようにかわし南下していった。

──舞鶴長官の暗殺といい、俺達をナメんのもいい加減にしてもらいたいものだぜ。爆破テロの方はまだ救助活動優先で本格的な捜査はできていないだろうから、何らかの関係性を見込んで長官暗殺のほうを調べてみるか…。

大阪府警へ向かうため御堂筋を千日前通りで左折し、阪神高速に沿って上本町まで進んだ後、上町筋を北上していくと徐々に木々の隙間から翡翠色した大阪城の天守閣が視界に入る。
城壁のような格子の筋が入った高い壁に覆われ、要塞のような存在感の中で特に目を惹くのは、筒でくり抜いたような外壁の曲面のデザイン。

──捜査を担当しているのは、刑事部の捜査一課だろうな…直接行って聞いてみるか。

入口で、明らかに容姿を買われて採用されたであろうアイドル顔の案内受付嬢に刑事部の場所を聞くと、何の疑いも無しに案内してくれた…キラキラした眼差しをこちらに向けながら。別に悪い気はしないが、こんな頭の悪そうな子を入口に置いていて、組織として大丈夫なのか心配になる。

《捜査第一課》…扉の横に小さなプレートが貼ってある。さっきの女の子の話だと、このフロアに薬物対策課もあるらしい。

──もしかすると、綾乃の正体が判るかもしれない…。どうにも綾乃のことに繋げて考えて、本線から外れてしまいがちだな…やれやれ。

かぶりを振って自分の弱さを嘲笑していると、目の前の捜査一課の扉が開いた。油断していたので、ふとその場で固まってしまった。
扉を開けたのは20代前半、鋭い目つきで体格のいい男だった。

「…ん?なんだアンタ。」

ぶっきらぼうな物言いで問い掛けられ、我に返った。ポケットから防衛省・特殊暗殺部隊の手帳──警察手帳のような折りたたみ式のバッジを見せた。

「…で、その殺し屋が何の用だよ?」
コイツとはどう転んでも友達になることはないな…そう思った。

「うちの長官…舞鶴麗子の暗殺事件について聞きたいことがある。担当の者に会わせてくれ。」
「アポは?まさかアポ無しでも会えるほど暇な部署だとは思ってないよな?」

やけに突っ掛かってくる野郎だ…俺も人のこと言えるほど広い心は持ち合わせてないが、コイツはなかなか頭に来る。次、調子に乗ったことを吐かしたら、とりあえず前歯2本は折ってやる。

「すまない…急なことでアポは取れていないんだ。しかし、出直している時間もない。数分で構わない…会わせくれ。」

──下手に出るのはこれが最後だ…次は強行手段だからな。
目の前のムカつく野郎が口を開こうとすると、室内の野郎の横から声が聞こえた。

「舞鶴暗殺事件の担当は伏見君の係じゃないでしょ?いいじゃん、中にくらい通してあげなよ。」
伏見と呼ばれたムカつく野郎は明らさまに舌打ちをして、扉の前から俺が立っていた廊下へと出て、そのまま去って行った。

──なんなんだよ…どこまで感じ悪いんだ、アイツ。ガキみたいにふて腐れやがって…本当に刑事か…全く。

扉を開けて中に入ると、助け舟を出してくれたと思われるグレーのパンツスーツ姿の女の子がコーヒーメーカーからコーヒーを淹れていた。中は完全にパーテーションで幾つにも仕切られていて、全く様子が判らない。大世帯の部署だけあって、各犯罪係に細分化されているようだ。

「ごめんなさいね…彼、感じ悪くて。舞鶴暗殺事件の担当者なんだけど、彼女の捜査班は昨日の京都での爆破テロとも関連があるかもしれないってことで、今朝から京都府警と合同捜査を行っているわ。だから、しばらくこちらに出勤することはないかもしれない。」
「そう…ですか。解りました…ありがとう。」

──彼女?担当刑事は女性なのか。助けてもらったついでに、もう一つ甘えてみるか。

「あの…それと薬物対策課のことで聞きたいことが…。」
コーヒーを淹れ終えた女の子は、片手をカップの下に添えて両手で上品にコーヒーを口に運ぶと、不思議そうな顔で答えた。

「…薬物対策課?ええ、いいけど…ここじゃアレなんで、こちらにどうぞ。」
パーテーションで仕切られた通路を抜けて案内されたのは、簡易な応接間のような場所だった。ローテーブルに皮張りの二人掛けソファが二つ…俺が腰掛けると両手で名刺を差し出してきた。

「私は捜査一課の貴船ありさ。あなたは?」
「俺は防衛省・対テロ暗殺部隊JACKAL所属の嵐です。」

俺の肩書に急に興味を示したのか、貴船はテーブルに両肘をついて顎を乗せ、前傾姿勢になった。ジャケットの中のカットソーの襟元が大きく開いているせいで、襟の隙間から、くっきりとした谷間が覗く。

「へぇ…暗殺部隊ってホントにあるんだ。嵐さん、強そうだもんね。」
面倒臭いことになりそうな予感がした。さっきの伏見といい、このビッチといい…大阪府警にまともな奴はいないのか。

「あの…すいません、薬物対策課のことを…。」
「あ、ゴメンなさい!で、薬物対策課の何が知りたいの?」

──綾乃で通じるだろうか。綾乃がJACKALでのコードネームだとすると、一か八か朱雀響子という名で聞いてみるか。

「薬物対策課に、朱雀響子という捜査員がいると聞いたんですが、そういった人間はご存知ですか?」
わざとらしく腕を組んで考え出す貴船。腕に寄せられ押し上げられ、今度は襟元から谷間が浮き上がる。

「ん…スザクキョウコ……聞いたことないなぁ。」
「そうですか、お忙しいところ、色々ありがとうございます…助かりました。では、俺はこれで…。」

とりあえず、もうここにいる理由もない。俺は立ち上がり、足早に退室しようとすると腕を掴まれた。

「ちょ、ちょっと待って…もう帰るの?もし何か判ったら、連絡するよ?」
「いや、結構。後は自分で調べるので。」

掴まれた手を振りほどき、捜査一課を後にした俺は、とりあえず京都で舞鶴長官の暗殺事件の担当刑事を探すことにした。


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