Phantom of Diva

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チャプター11 急襲

- 急襲 -


京都東インターで高速を下り、山科区の国道1号線で渋滞に巻き込まれた。この道はいつの時間帯も大抵、交通量が多いことを忘れていた。運送業者のトラックと一般車両が50/50で混在している。何度目の青信号だろうか…一向に進まない渋滞に苛立ちを感じた俺は、とりあえず5mほど先のコンビニに入ってコーラを買った。店を出て、外の灰皿の前で煙草を手に取ると、視界にふと見覚えのある後ろ姿が飛び込んできた。

──あれ…は……綾乃!?

綾乃らしき後ろ姿の女の子が電話で話しながら反対側の歩道を歩いている。声をかけようか迷ったが、今朝の本部での素っ気ない態度のこともあって、俺は声をかけることを踏み止まった。

──こんな街から外れた郊外で何を…。どこに向かってるんだ?

まだ昼間なのに、厚く広がった雲に覆われ、陽射しさえも届かない黒ずんだ空がこれから起こる何かを暗示しているようだった。そのせいか、無性に綾乃のことが気に掛かったので、車を残し、後を尾行けてみることにした。
綾乃はすでに電話を切っており、南に向かって比較的、車の通行のある歩道のない裏道を歩き続けている。

──アイツ、まさか昨夜のテロのこと、何か手掛かりを見付けたんじゃ…。

民家が続き、たまに畑が脇に見える。しばらく歩いている内に昔のことが頭に浮かんできた。
あの日、俺は響子と二人で帰路に着き、車を降りたのとほぼ同じタイミングで襲撃を受けた。響子を車体の陰に隠れさせ、深夜の暗闇のなか、応戦に臨んだ。響子のこともあってか、冷静さを欠いた俺は下手に動いてしまい、その結果、俺は狙撃され、俺を庇った響子が撃たれた。俺は響子を片手に抱えながら、弾が描いてきた軌跡の先に照準を合わせ、一発の銃弾を放つと、奥で何かが倒れたような鈍い音を耳にした。俺は何の音かも確認せず、必死に響子に声を掛けていたが、あの時…響子は胸から大量に出血していて、正直、もう助からないと思った。
潤んだ瞳で俺を見つめ返した響子は「また…会えるから……」という言葉を遺して瞳を閉じた…。
嗚咽しそうなくらい苦しみを胸に抑え込み、俺は物音の方へとそっと歩み寄り、狙撃手の姿を探した。何かに躓いて初めて気付いた…それはすでに“物体”と化した狙撃手だった。手元にライフルが転がっていたから間違いない。
ただ、あの日の記憶が、いつもこの先から滲んで思い出せない。
俺はその後、どうした…狙撃手の遺体は?響子を病院に運んだのか?
事件後で鮮明に思い出せるのは──

いつも通りベッドで目を覚ますと、頭蓋骨に槍が刺さっているかのような猛烈な痛みと、部屋が空き缶と空き瓶の山でアルコールの臭いが充満しており、虚ろな意識のまま足元のゴミを避け、テレビを点けると朝の情報番組でうちの近所で外国人テロリストによる銃乱射事件があり、その被害者が朱雀響子だったという情報操作された虚偽の報道を目にした直後からだ。銃乱射?そんな訳がない…狙撃手は確実に俺に狙いを定めていた。この情報操作が防衛庁によるものなのか、ボスによるものなのか、今となっては判らないが…当時はまだ、暗殺部隊という野蛮な組織に対する世論の反発を恐れて、防衛庁はJACKALの存在を国民に明かしてはいなかった。一般人の響子が暗殺者である俺と関わりを持っていたという事実を隠蔽する為の情報操作…といったところか。ただ、何故俺の記憶に曖昧な部分があるのか…狙撃手の遺体を確認した後、一体俺に何が起きたのだろう。
それにしても、綾乃は一体どこまで行くつもりなんだ…もうかれこれ30分は歩いている。そんな俺の考えを透視したかのようなタイミングで、綾乃は荒廃した外観の雑居ビルへと入っていった。

──なんとまぁ…“いかにも”って感じのヤバイ臭い出し過ぎな舞台だこと。アイツ、一人で大丈夫かよ。

街金がテナントで入っていたような窓ガラスの汚れ具合や、蔦が壁面の6割弱ほど絡み付いていたりと、こんな雰囲気たっぷりのビルに20代の女子がたった一人で入っていくのを見れば、誰でもさすがに止めるだろ…。 ただ、綾乃がどういう用件でここに来たのかは判らないし、もし俺が介入することで綾乃の足を引っ張るような結果になっても心苦しい。いずれにしても、ここは何かあるまで、じっと耐えるべきだ…そう自分に言い聞かせ、俺は封鎖されているロープを跨いで、正面玄関の3段ほどの階段に腰掛けた。

──こんなビルにいるとしたら、昨夜の爆破テロリストか、闇取引でもする商人か、筋金入りの悪ガキくらいだろ…ま、気長に待つとするか。

煙草を吸おうとくわえた瞬間、上の方から発砲音と弾を弾いたような金属音が聞こえた。

「おいおい…マジかよ……」

あまりに早い展開に、くわえた煙草を落とし、一人呟いた。結果がどうであれ、綾乃の安否が心配だった…銃声がした以上、放っておく訳にはいかない。

──突入するか…。

重そうなガラス扉は埃と蜘蛛の巣で覆われている。廊下も埃の層ができているかと思いきや、意外に中はたいして汚れておらず、埃もそんなになかった。人の出入りがあるのだろうか。階段で2階、3階と静かに駆け登り、4階に差し掛かる階段で話し声が聞こえた。

「よくここが判ったね…わざわざ来てくれるなんて、手間が省けてよかったわ。」

「どういたしまして。アンタがまたムショに戻れるよう迎えに来てあげたのよ。」

綾乃ともう一人、別の女の声がする。相手は外国人なのだろうか…会話が英語で交わされている。

──外国人…?てことは、やっぱ昨夜の爆破テロ犯か?

「私は戻らない。ユーにも、私を見捨てたあの男にも、リベンジするまでは…絶対に。だから、まずはユーに消えてもらう。」

突然、綾乃の苦痛の滲んだ声と、ガラスのような割れ物の破砕音がする。

「日本の警察はいいね…ちょっと“葉っぱ”を渡せば、私がここで待っている…を“潜伏してる”っていう極秘情報に変換してくれるんだから…罠だとも知らずにね…フフフ。」

──なんかヤバそうだな。ちょっと様子を見に行ってみるか。

4階への階段の途中で立ち聞きをしていた俺は、背を壁に伝わせながら忍び足で階段を上り始めた。4階の床が見えると…床に右腕から血を流した綾乃が倒れ込んでいた。綾乃の近くに立っているのは声の主と思われる女と…もう一人、体格がよく鋭い目つきをした男。

──アイツは!?



その頃、眠りに就いていた京極が病室のベッドで目を開けた。眼球だけを大きく動かして部屋の様子を確認している。口元に装着された酸素マスクを雑に引っぺがし、上体を起こすと心電図へと繋がる電極パッドが胸元にいくつか貼りめぐらされている。それら全てを剥がし、立ち上がると、壁に掛かった昨夜着ていた服の元へと裸足でペタペタ歩きだした。ジャケットの左胸にはリアルな銃痕が残っている。京極はその痕をしばらく見つめ、ジャケットの裾ポケットから煙草を取り出した。病室であることなどお構いなしで煙草に火をつけ、大きく吸い込んだ。まるで薬物でも吸っているかのように、小刻みに震え悦楽の表情を浮かべている。

──最高にいい気分だぜ…



俺は目を疑った…いや、正直、疑う価値もない奴だったが、状況が状況なだけに、さすがに目を見開いて驚いた。女と一緒にそこに立っている男は、つい何時間かほど前に大阪府警にいた捜査一課の感じの悪い奴…

──たしか、伏見って刑事。

「桂、さっさと終わらせろ。別に俺が仕留めてやってもいいんだぜ?」

得意げにニヤリと笑ってみせる伏見。

「オーライ。アヤノ、ユーのせいで私は愛する人に捨てられた。ユーが全てを狂わせたのよ。これでジ・エンドね…。」

桂と呼ばれた女が綾乃の額に銃を向ける。

──女は英語だから何言ってるかよく解んねぇけど、あの状況はどう見たって友好的じゃねーよな。見物はここまで…とりあえず、あの伏見って野郎にたっぷりお仕置きしてやんねぇと。

相手がムカつく野郎なだけに、俄然やる気が起きた。俺は伏見の右肩と鎖骨の間に照準を合わせ、銃弾を放った。静脈を掠めたのか、のけ反った伏見の右半身からは鮮血が噴き出し、辺りを紅く染める。

「うがぁっっ!誰だよ、畜生!」

伏見は叫びながらも、激痛に悶え、膝から崩れ落ちた。あまりに突然のことで、桂は綾乃に銃を向けたまま呆然と青ざめた顔で伏見を見ている。すかさず綾乃は無傷の左手で、桂の銃ごと腕を掴み、足払いをかけ桂を床へと叩きつけた。

「ファック!なんでこうなるのよ!」

──俺の時もそうだけど…綾乃、形勢逆転するの得意だよな。

桂は馬乗りになった綾乃に右腕を捻った状態で背中に押し当てられ、俯せのまま叫んでいる。負傷して右腕が使えない綾乃は左手で懸命に押さえ込んでいるが、少し辛そうな様子だった。

──仕方ない…もういっちょ助けてやるか。

俺はその場から再び照準を合わせ、1発見舞った。火薬の爆発音と共に銃口から飛び出した弾丸は、重傷を負ってもなお、鬼気迫る形相で綾乃の背後に狙いを定めていた伏見の蟀谷(こめかみ)を穿ち、反対側から血飛沫と共に突き抜けた。と同時に俺は綾乃の元まで駆けてゆき、桂の首の付け根あたりにあるリンパ付近を手刀で強打し、もがいていた桂の動きを完全に停止させた。綾乃はこういうシチュエーションは嫌がると思ったが、考えるよりも先に体が自然と動き出していた。

「肩、大丈夫か?」

「……大丈夫…ていうか、何でアンタがここにいんのよ!!意味わかんないんだけど。誰が助けてって言った?私一人で片付けられたのに…余計なことしないでよ…。」

「いいじゃねーか!たまたま歩いてるお前を見かけたから、追いかけてみたら、こんなことになったんだよ。ほっとけねぇだろ…自分の惚れた女が危険な目に合いそうになってる姿なんて。男の俺がそんなの黙って見てられるかよ…助けられることがそんなに悪いことなのか?もっと素直になれよ!たまには誰かに甘えたっていいじゃねぇか…。」

──あーあ、言っちまった。

俺が色々ブチまけたせいなのか、綾乃は瞳を潤ませて黙りこくっている。

「わ、わりぃ…言い過ぎた。」

京極みたいなことを言うつもりはないが、女の涙ほど最強の武器はない。勢いよくブチまけたものの、一粒の涙だけで一瞬にして俺は完敗を喫した。不様にも慌てて謝ってしまった。そして、気マズい空気を払拭できないまま、しばらくの沈黙が続いた。

「そ、そういえば…さっきこの女と色々話してたけど、何話してたんだ?英語だったから、全然わかんなくてさ…ハハ。」

綾乃が怪訝そうな表情で俺を見た。

「暗殺者はみんな、訓練を受けるのに渡米するんじゃないの?」

「あ、いや、そうなんだけど…当時は通訳できる同僚がいたからさ…そいつに任せてた…みたいな。」

さっきまでの潤んだ瞳から一転して、呆れ顔でため息を漏らす綾乃。俺を憐れに思ったのか、桂との会話の内容と、そのバックグラウンドを話し始めた。

「私ね…昨年の冬までNYで麻薬捜査官をしていたの。この女はNYで逮捕した麻薬所持の常習犯だったんだけど、逮捕された報復のために脱獄してまで私に会いに来たみたい…ただ、それだけよ。」

──昨年までNY…綾乃がもし響子だとしたら事件の後、NYに渡ったってことか…ん?待てよ、こないだ麻薬の潜入捜査で組織にいるって言ってたよな…。

「昨年の冬までって、今も麻薬捜査官なんだろ?今は誰を追ってるんだよ。」

「うん…今は警視庁に移って、こちらに来て捜査を続けているの。NYで私が追っていたホシはもう一人いた…当時、桂の恋人だった“綾部 涼介”という密売人。綾部がただの密売人と違ったのは、とても狂暴な男で、警察がマフィアなどから高品質なヤクを押収する現場に現れては警官を急襲し、いともたやすく強奪して売りさばいていたの。元軍人だった綾部は戦略、戦闘のどちらにも長けていたから、そういった現場で警官を何人も殺した…私の同僚だったステイシーも……。」

──元軍人で警官殺しの密売人…どんだけ濃いキャラしてんだよ。つまりは、その綾部がJACKALに潜んでるって訳か…。

「そういや…この伏見って刑事、どうする?」

「もうすぐ京都府警から応援が来るはずだから、事情を説明して彼らに任せる…かな。」

桂に跨がっていた綾乃は、そう言って立ち上がり、桂の銃から弾を抜いて放り投げた。今も深紅に染まった右腕は、見た目こそ派手だが、そこまで傷は深くない様子だ。俺もひとまず銃を仕舞い、気を抜いた時だった……

再び銃声が鳴り響いた。



「ちょ、ちょっと京極さん!何してるんですか!病室は禁煙ですし、そんな体で煙草なんか吸っちゃダメですよ!」

扉を開けた可愛らしい看護士が慌てて寄ってきた。あまりにも可愛らしい…その透き通る肌は食べてしまいたいほどに愛おしく感じた。煙草を窓の外に放り投げ、看護士の名札を見た。

「君、名前は…大宮…茜…アカネちゃんかぁ。いい名前だ。」

「きょ、京極さん!誤魔化さないで下さ…って、え……ん。」

柔らかい唇だ。我慢するのも馬鹿らしい。やっぱり頂いてしまおう……。



「嵐っ!?」

綾乃が声を漏らす。

「よくも大吾を…殺してやる!!」

咄嗟の判断で綾乃を抱き締め、庇ったのはよかったが、弾が掠めてしまった。左腕から一筋の血が滴り落ちる。

「お前も…グルなのか……?」

振り返って銃声のした方向を見ると、そこに立っていたのは、伏見と同じく大阪府警で出くわしたビッチ、貴船ありさだった。

「違うわよ!私は…私は止めたの……でも、大吾が聞いてくれなくて…。」

──大吾?…伏見のことか?なるほど、そういうことか。面倒くせぇな、コイツら。

「じゃあ、仕方ねぇだろ。コイツはヤク中で、尚且つ警視庁の人間を殺そうとしたんだぞ?歴とした正当防衛だろーがよ。」

「うるさい!それでも、私は大切な人を奪ったお前たちを許さない!!」

貴船はますます興奮状態に陥り、いつまた発砲してきてもおかしくない様子だった。俺の腕の中で、綾乃は冷静にこの状況を見守っている。

「あーそうかよ。面倒くせぇな…じゃあ、こうするまでだ。」

何の躊躇いもなく撃った。弾は貴船の握る銃のグリップと銃身の間を貫き、銃身とグリップが分離する直前にグリップ内の弾倉にある弾薬とぶつかり暴発した。貴船は右手に走った想像を絶する激痛に悲鳴をあげる。しかし、目を真っ赤に充血させながらも尚、こちらを睨みつけている。よほど伏見のことが好きだったのか、もしくは何か他の理由があるのか…。公務執行妨害に殺人未遂、もはや懲戒免職は免れられないだろう。

「もう…諦めろよ。じきに京都府警も来るらし……って、オイ。」

俺がまだ話している途中にも関わらず、貴船は視線を夕陽が射し込む窓の外に移すと、勢いよく駆け出した。
「お、お前、ちょっと待てって!」

腕を掴んで止めようと駆け寄ったが、時すでに遅く、貴船はアクション俳優さながらのジャンプで腕を交差させて頭から窓を突き破った。

──なんでだよ…なんでそうなるんだよ。

貴船は窓の外へと姿を消した。そこまでするほど…命懸けの愛だったのだろうか。どこか消化不良な思いだけが胃の辺りを彷徨った。


「嵐…」

昼間まであった分厚い雲はいつの間にか消えていて、美しい秋の夕陽に照らされ逆光に浮かぶ彼の背中は、とても悲しそうだった。こんなに優しい人が私の探し求めている男のはずがない…。きっと何かの間違いだ。もう少し彼を信用してあげてもいいのかもしれない。

「さっきは…守ってくれて、ありがとう。」

でも、彼の心の闇を私はまだ知らないし、私の心の闇も彼はきっと知らない。だから、もう少し私に時間を……


背後で音がした。

「綾乃っ!」



「んー恐らく怪我よりも、精神的な疲れが原因だろうね。しばらく休ませてあげれば、すぐに良くなるよ。」

俺は綾乃を車に乗せて、京都市立病院に来ていた。静かな寝息を立てている寝顔は、やはり響子そのものだった。……ただ、何か響子への想いとは別の感情を…自分でも解らない心の奥底で俺は感じていた。

──“綾乃”は俺が守る…。

すでに日が暮れていたので、ボス暗殺の件で大阪府警の女刑事に会い行くのは明日にし、ひとまず俺は綾乃を病院に残して、一旦帰ることにした。

──とりあえず、桂エリザベスは京都府警に引き渡したけど、綾乃のこともあって伏見と貴船はほったらかしにしちまった…後日、説明すりゃいっか。

家に着くと、俺も今日一日の疲れがどっと来たのか、風呂に入ることもなく、そのままの格好で眠りに落ちた……



「もう…何なのよ、この忙しい時に。暗殺組織の長官が暗殺されるわ、彼氏にディナーの途中で逃げられるわ、管轄外で爆破テロが起きたのに呼び出されるわ…で、お次は猟奇殺人?いい加減、勘弁してほしいわね。」


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