Phantom of Diva

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チャプター16 末路

- 末路 -


「そういえば、鴉警部補…知ってました?」

「……何を?」

京都南インターを目指して国道1号線を走るLEXUS LS600h。大阪府警、捜査一課の北山が運転し、助手席では鴉が数枚の書類を手に険しい顔をしている。

「先日、薬物対策課が逮捕したホシなんですけどね…なにやら多額の保釈金が支払われたそうで、執行猶予付きで仮釈放されたみたいなんですよ。」

「そんなの、よくある話じゃない。それがどうかしたっていうの?」

「朱雀綾乃…知ってます?アメリカから高飛びしてきた綾部って密売人を逮捕する為にNYPDを辞めてまで帰国してきたイケイケのギャル刑事。釈放されたのは、その朱雀が逮捕した密売人の“桂エリザベス”ってオンナらしいんですけど、その“桂”は朱雀がNYPD時代にすでに逮捕してたにも関わらず、その時も保釈金で釈放されて今回、日本に来てたみたいで…。」

顔を上げることなく書類に釘付けだった鴉の視線が、北山の横顔をとらえる。

「イケイケって…貴方いくつよ…。朱雀綾乃…聞いたことはあるわ。要するに、その“桂”は“箱”に詰めてもすぐに出てくる…って訳ね。スポンサーに石油王でも付いてるのかしら。」

「それが…NYの時はどうだったか分からないんですが、今回、保釈金を出したのは防衛省 JACKALの事務次官、深草という男だそうなんですよ。」

鴉は頭を軽く左右に振り、深くため息をついた。

「……また JACKAL…呆れたものね…。もう、弁明のしようがない程にどんづまり。ここまで叩いて埃が出る組織も珍しいわよ。」

「あとは、我々に対して右京長官がどう出てくるか…ですね……。」

LS600hは料金所のゲートをくぐり、大阪方面へと急加速して行った。

 

 

「…ってぇ…やるじゃん…達人なのは、銃と刀だけかと思ってたぜ…。」

「ナメてもらっちゃ困るんだよ。世界最強の米軍と、警察に毛が生えたレベルの日本の特殊部隊では、鍛え方も人材の質も次元が違うんだよ。」

目の前の木偶の坊がジャケットを脱ぎながら、なんか言ってるが、そんなことより今の鳩尾への一発がかなりこたえた。腹部の傷から滲んでた血がとうとう包帯のキャパを超え、Tシャツにまで滲み始めている。またもや、胸元の血痕プリントの下に、リアルな血痕ができる羽目に…。

「やれやれ…言ってくれるじゃねぇか。けど、俺には見えるぜ…お前が鼻血垂らして気絶してる様がな。」

「ほざいてろ…。」

綾部の重く刺すような右ストレートが俺の左頬を抉る。奥歯が何本か欠けたような音がして、歯茎から大量の血が沸きだす。ただ、それくらいの犠牲を払わなきゃ、コイツは仕留められない。俺の頬から右ストレートが離れる前に、血を吐き出しながら、すかさず俺は両腕で綾部の腕をガッシリ掴み、そこを支点にして跳ね上がった。バランスを崩してよろめいたところで綾部の首を、そのまま両脚で挟み込む。脚は同時にではなく、左脚をやや早めに…脛椎にハイキックを食らわせる要領で挟み込んだ為、綾部はその勢いに圧され、右側へと倒れ込んだ。この体勢に持ち込めば、あとは俺の脚力か綾部の背筋か…どちらかの筋力を上回った方に勝利の女神は微笑むだろう。
綾部…いや、京極は186pという高身長のせいか、全体的にすらっとしたシルエットで無駄な筋肉は一切ない…極端に言えば、マラソンランナーのような筋肉の付きかたをしていると思っていた。しかし、俺の絡み付く脚力から逃れようともがく綾部の背中は、限界近くまで気張っているせいで、いつもの青白い肌が土気色に変色し始めており、米軍のゴリマッチョたちも顔負けするくらい隆々として、起伏に富んでいた。おそらく、シナプスから情報伝達され筋繊維に伝わると一気に膨張し、こうした体つきになるのだろう…往年のカンフーマスター、ブルース・リーも似たような筋肉の変化を見せていた。
とまぁ…俺の筋肉講座はこれくらいにするとして、いくら喧嘩が強くてイイ体をしていても、格闘バカの俺から逃れることはできない。逃れられないよう、最初に掴んだ右腕にしっかり関節もキメ込んでいるからだ。そろそろ綾部もオチる頃だろう…もがく力が弱まってきた。
綾乃は…綾乃は大丈夫だろうか。綾部がオチるまでは、下手に動けない。視線だけをゆっくりと動かし、辺りを見回すと、30mほど離れた場所で寝そべっている。未だに流血が止まる様子のない脇腹を押さえ、呼吸を乱しながら朧気な表情でずっとこちらを見ている。

――綾乃…。絶対に助けてやるから…もう少し待っててくれ。響子と同じ過ちは繰り返さない…絶対に!

綾部の体が完全に静止し、地に沈んだ。オチた直後ということもあり、体は全体的に赤紫色に変色している。念のため顔を確認すると、白目をむいて口からは泡が溢れていた。

――あとは綾乃を病院に…

綾部に巻き付けた脚を外し、俺は急いで立ち上がる。ふと倒れている綾乃と目があった…。すると、綾乃は驚愕した様子で何かを目撃したかのように目を見開き、よろよろと立ち上がった。何事かと、綾乃の視線の先へ振り返った。

ドンッ…

背後から全力で突進され、重力に引き寄せられるかのようにバランスを崩して前のめりになる。さっきの足技のせいで力が入らない…俺は踏ん張りきれず、そのままコンクリートの地面へと吸い寄せられる。それでも、何が起こったのかと上半身だけを捻って、背後を振り返った。そこには目を覆いたくなるような衝撃的なものが視界に飛び込んできた。

「…あ…綾乃……どうして……」

綾乃のTシャツの左胸が徐々に紅く染まっていく…。まるで食後の吸血鬼のように、口から一筋の血を流し、胸に走った衝撃そのままの勢いで後方へとゆっくりと倒れてゆく。

「あっれぇ…綾乃ちゃんに当たっちゃった?おっかしいなぁ…あ!なんか視界悪いと思ったらぁ、サングラスしてるからかぁ…ヘヘッ…ワンモアワンモア…」

俺はコンクリートに叩きつけられてからすぐに起き上がり、綾乃の元へと駆け寄った。

「なんで…なんでお前まで余計なことするんだよ…なんで……。」

「……だって…アンタを撃てないんじゃ…私の…この三…年間…意味…ないもん……。」

「だからって!バカ野郎…響子と同じこと…すんなよ……」

誰に撃たれたとか、今も自分が狙われているのでは…とか、そんなことを気にする余裕がなかった。三年前のあの日と同じ光景を目の当たりにしてしまった時点で、俺の思考回路は完全に停止した。綾乃の前だって言うのに、目尻が熱い…声がかすれている…。綾乃は――脇腹を押さえていた――血塗れの手で俺の頬の濡れた部分をゆっくり拭ってくれた。

「…な…かない…で……わたし…は……だいじょ…うぶ……」

「お、おい!もう喋らなくていい!いいから!おい!勝手に死ぬなって!死んだら殺すぞ!!」

「……もう…逢えない…かもね…」

綾乃の手が、触れていた俺の頬から静かに落ちた。
綾乃の顔に張り付いた濡れ髪を丁寧にどかせ、頬を優しく撫でる。

――ずっと雨に打たれてたせいで、びしょ濡れだ…寒かったろう…可哀想に。ごめんな…守ってやれなくて……。

止めどなく数百本の刃物で全身を突き刺されているかのような苦悩と胸の苦痛が押し寄せる。目の前が深い闇に包まれ、喉が潰れるくらい泣き叫んでいるはずなのに、声にならない。このまま、綾乃と響子が待つ、あの空の彼方へ行こう…俺は感覚を失った両腕をだらんと垂らし、雨降りしきる鈍色の空を仰いだ。

――俺は…また……守れなかった…もう…生きてはいられない……

膝をついたまま、力が抜けて後ろに倒れ込む。満身創痍に身を委ね、現実も妄想もシャットアウトし、瞼を閉じようとした…

「あらぁしぃぃぃいーっ!」

曇天の空を切り裂くような、とてつもない怒号で名を呼ばれた。聞き覚えの…いや、こんな怒号を出しているところは聞いたことがないが、これは俺のよく知っている声だ。閉じかけの瞼で、ぎこちなく顔を左に傾けた。

「………なに…?」

呼び掛けに対して、俺は怠そうにささやきで答えた。
そこには、長い両腕を大きく広げ、体躯こそ異なるものの、牛若丸――後の源義経――を守る武蔵坊 弁慶さながらの仁王立ちで立ちはだかる綾部の背中があった。

「……“ナニ” じゃねぇよ…!!お前の仕事っぷりっていうのは、大きなアクシデントが発生したら、そこで終了か?情けねぇな…そんな風に教育してやった覚えはないんだがな…。」

「……きょ、京極…なのか…?」

「まぁな…。」

――チクショウ…タイミング良すぎんだろ。下ネタで登場とか…カッコつけやがって……。

胸を締め付ける喪失感は拭えないものの、駅ビルに来て、ようやく得られた束の間の安堵感で、全身に少しずつ力が戻り始める。俺は飛び起き、京極の先にいる“卑怯者”の姿を探した。

――いた…ライフルを構えてるアイツが…綾乃を……

俺を狙ってライフルを構えていた男は、駅ビルの東西のエリアを繋ぐ8階の空中経路――鉄の骨格以外はガラスで張り巡らされており、辺りを一望できる――にいた。

――あんな場所から……

「クソぉ…チクショウ!デカイのぉ!!邪魔すんなよぉ…いい加減死ねって!!クソがぁっ!!」

弾が切れたのか、照準から一旦顔を離し、苛立った様子で床に置いたバッグ内を探り始めるJ。

「嵐…俺はもう、長くはもたない…。俺がアイツを足止めする…一発で仕留めろ……。」

今頃になって気がついた。京極の足下には、うっすらと雨水に溶けた血溜まりができていた。しかし、それでも京極はキレのある動きで、そばに落ちていた日本刀の刃の部分を拾い上げ、あろうことか、それを握り締めて空中経路 目掛けて槍投げするかのように半身を捻って投げ飛ばす。その時に見えた京極の胸には、三ヵ所もの弾痕が刻まれていた。京極を突き動かしていたのは、肉体的な痛みを凌駕した精神力だけに他ならないだろう。刃を投げた京極はそのまま、血溜まりの上に伏せた。京極の計らいを無駄にするまいと、俺はすぐさま銃に弾倉を装填し、構えた。

「……消えろ。」

空中経路のガラスを突き破り、肩に刃が突き刺さったJは目を血走らせ、再びライフルを構える。
……が、すでに俺の放った銃弾が眉間にまで迫っていることにJは気付いておらず、コンマ5秒後には眉間を突き抜け、その衝撃と共に今度は体ごと背面のガラスを突き破って地上へと落下していった…。

――終わった……なにもかも。

俺の足下にもできていた、腹から滴った深紅の血溜まりに膝をつき、そばで安らかに眠る綾乃の亡骸を抱き寄せた。

「綾乃…終わったよ。皮肉なもんで結局、俺だけが残っちまった…。疲れたな…俺も少し…眠らせてくれ……」

胸を燃やす業火を鎮める優しい雨を浴びながら、俺は静かに瞳を閉じた。

 

 

その二時間後――

PM 4:37
大阪市中央区 大阪府警察署

“えー今、大阪府警察署前に来ております。すでにたくさんの報道陣が詰めかけており、もう間もなく…あ、来ました!あの黒いハイエースですね…ただ今、午後4時38分、防衛省 JACKALの長官、右京 仁被告が護送されて参りました!右京被告といえば、つい先日、JACKALの長官に就任したのもまだ記憶に新しいですが…なんと就任から3日という異例の早さで解任、逮捕されることとなりました。京都市地下鉄爆破テロ、薬物の密売、冤罪工作など数多の犯罪指示を出していたとのことですが、警察庁では、まだ余罪の可能性があると見ており、今後の取り調べ次第では、再逮捕もありえるのではないかと思われます。また、右京被告の他にも、実行犯3名が上がっており、いずれも逮捕状が出ております。元米兵の綾部 涼介 容疑者、NY在住の桂 エリザベス 容疑者、そして、アジア系外国人のジェイコブ・マクガワン容疑者の3名です。なお、防衛省からも先ほど発表がありました。米国防総省から、全ての取り調べが終わり次第、米国籍を持つ右京被告の身柄を引き取り、本国で実刑を下してはどうかと示唆する動きがあったとのことで、おそらく年内には米国に強制送還される見込みです。詳細は後ほど、防衛省の平安(ひらやす)大臣による記者会見の模様でお伝えします。以上、現場からでした…。”

 

 

12月4日(金) AM 11:52
東京都 在日米空軍 横田基地 第二滑走路

「これで…よかったのでしょうか。」

「……何が?」

「いや、だって…アイツ、犯した罪は全て自白しましたけど、結局のところ動機に関しては一切吐かなかったじゃないですか…。」

「そうね……。いいんじゃないかしら。どのみち彼は軍法裁判に掛けられ、残りの人生を一生、最高レベルの警備を誇る脱獄不可の監獄の中で過ごすことになるのだから…譲ることのできない何か強い想いがあったのでしょ…。」

「そんなもんですかね…。」

「さ、私たちは横浜に寄って中華街で美味しいランチでも食べて、帰るわよ。」

「ゴチになりますっ!」

「冗談言わないで…割り勘よ。」

「えぇー!昇進が決まったんですから、いいじゃないですか、それぐらい!」

「貴方ね…。全く…仕方ないわね…ちゃんと領収証切ってもらっときなさいよ?」

「……経費で落とすんですか…。」

有刺鉄線の巻かれたフェンス越しに、滑走路で発進準備を進めていたハーキュリーズU(米軍輸送機)に罪人が乗り込むのを見届けた二人は、車に乗り込み、その場を後にした。

4基の大型プロペラが徐々に回転を速め、フライトポジションに移動する。そのままゆっくりと速度を上げ滑走路を進み、地面からランディングギアが離れていく。
鋼鉄の輸送機は突き抜けるほど青い空の彼方へと飛び立っていった。

 

――これで終わったと思うなよ…嵐。私は必ず……

 

「はぁ…帰ったらまた、あの書類の山を片付けなきゃならないんすよねぇ…はぁ。」

「普段から処理しておかないからよ。」

「だって、こないだまで、大阪と京都の往復ばっかりで、ろくに寝てなかったですし、そんなヒマなかっ……え?」

急ブレーキで停止するLS600h。車内での些細な会話を遮り、二人の耳に微かな重低音が響いた。急いで車を降り、後ろを振り返ると……

蒼天のキャンバスに漆黒の煙を巻き上げ、燃え盛る轟炎に包まれた鋼鉄の輸送機が落下していく光景が目に飛び込んできた。

「そ、そんな…っ!」

「だ、誰の仕業なの…北山、急いで基地に戻るわよ!」

「は、はいっ!」

ドリフトを応用したUターンで、二人は再び来た道を戻っていった。

 

 

2022年6月13日(日)
京都 嵐山 世界遺産 “天龍寺”

咲き誇る蓮の池を通り、天井に描かれた巨大な雲龍が棲まう法堂を抜け、木々に囲まれた小道を行くと、山と竹林に囲まれた静かな墓地にたどり着く。風に揺らめく笹の音、カラスの鳴き声、他には何も聞こえない。バケツに水を汲み、柄杓を持って石畳の道を歩いていく。まだ御影石の艶を残している比較的新しい墓碑の前に屈み、百合の花を供え、線香を焚く。

――久しぶり。何年ぶりかな…こっちは色々あったけど、ようやく落ち着いてきたよ。肩の荷が下りたっていうか…全ての過去を精算できた気がする。暫くはのんひり過ごして、これからは自分の為に人生を生きていこうって…思うんだ。 また……来るから…。

祈りを終えて、目を開ける。横を見ると、同じタイミングで祈りを終えたのか、向こうもこちらを見ていた。

「な、なに見てんのよ。」

「響子になんて報告したんだよ?」

明らかにニヤニヤしている。いやらしい顔…なんでこんなヤツのことを好きになったんだろう。自分でも解らない。お姉ちゃんの愛した人だから…?違う…お姉ちゃんは関係ない。でも、いつも私のことを第一に考えてくれている、その優しさであったり、重くのし掛かる悲しみを受け止めてくれる心の強さだったり…いいところはたくさんある……と思う。

「アンタには関係ないでしょ。」

「オイオイ…関係ないことないだろ!嵐のことが好きで好きでたまりません!…って報告したんだろ?」

「…はぁ?……死にたい?」

「いえ…すみません。」

あと…この少年みたいな笑顔。この笑顔も…嫌いじゃない。

「じゃあ、そろそろメシでも行こうか。」

「うん…。」

3年前にお姉ちゃんが亡くなった時、霊安室で係りの人に渡された琥珀のペンダント…それが私の命を救ってくれた。3歳の時に亡くなったママがお姉ちゃんにあげた形見…ずっとポケットにしまっていて、全てが終わったら着けようと思っていたペンダント。今はもう、琥珀が割れてつけられなくなってしまったけれど、この琥珀が弾を私の心臓から遠ざけてくれた。死の淵を彷徨っていた時、お姉ちゃんの歌声が聴こえたのも、きっとこの琥珀が呼び起こしてくれた幻だったのかもしれない。
それと、不幸中の幸いという言葉が適しているのかは解らないけれど、今回の事件で冤罪であったとはいえ、嵐を擁護した罪とJACKALのエージェント数名を射殺した罪で、私は警察庁より1年間の停職処分を言い渡された。丁度いい休養期間と思い、しばらく嵐と京都で暮らすことにした。
嵐は今も JACKALの一員として暗殺者を続けている。JACKALは新たな指導者に、東京大学 東洋文化研究所でテロリズムの分析、研究を行っていた六波羅(ろくはら)名誉教授が選ばれ、組織は抜本的な改革が進められている。
前任の右京は…昨年末頃に米国へ移送される際に、何者かによって輸送機を爆破され、そのまま帰らぬ人となったらしい…まぁ、その時、私はまだ病院のベッドで眠っていたから詳しくは知らないけれど。
そして、綾部は…独房に入っている。あの日、京都駅ビルの屋上での騒動の後、嵐が救急車を呼んでくれて、大勢の警察に嵐は連行され、警察と共にやってきた救急車によって私と綾部は病院に運ばれた。綾部――いや、あの時は京極だったのかな?――は、愛人の女に不意討ちで撃たれたのを教訓に、予め包帯の中に防弾チョッキを仕込んでいたらしく、私より早く退院し、米国に身柄を移された後、ニューヨーク州オシニングのシンシン刑務所の独房に入れられた。3年前、右京に頭を撃たれ、脳挫傷による記憶障害で新たな人格を形成し、生まれたのが京極だった。京極時代に行われた麻薬密売や警官殺害などの容疑は精神科医による診断で、精神異常者という扱いになり起訴猶予が認められ、不起訴処分…一度は実刑は免れたものの、綾部であった時に犯した罪、マリア・エドワーズ暴行・殺害の容疑をジョージ・エドワーズ議長より告訴され、結局73年という実刑判決を下されたから、もう会うことはないだろうって嵐が言っていた…。

 

その翌日――
6月14日(月) AM 9:39
JACKAL本部 会議室

コンコン…

「…入りたまえ。」

「失礼します。」

憂鬱だ。朝から長官に呼び出されるなんて、絶対に何かイヤな仕事の話に決まってる。俺は扉を開けて、長官以外は誰もいない会議室に足を踏み入れた。

「おはよう。まぁ、掛けたまえ。」

「おはようございます。はい、失礼します。」

「昨年末に起きた、在日米空軍の横田基地での輸送機爆破テロを覚えているかね?」

「ええ、右京が移送されるはずだった輸送機が離陸した途端、突如爆破された…と聞いていますが。」

「うむ…警視庁のこれまでの調べでは、どうやら爆破を行ったのは、横浜を拠点に暗躍する中国系テロ組織によるものだと判明したらしい…そこでだ。君に横浜でのテロ組織撲滅の任にあたってもらいたい。なかなか規模の大きな組織らしくてね…力量のある人材をと考えたところ…君しか考えられなかったのだよ。それに昨年誰かが10名のエージェントを消してしまったので、稀にみる人員不足でね…。」

――ほら来たよ…予感的中。横浜だって?ふざけんなよ、このタヌキ親父!てか、エージェントの話を引き合いに出すんじゃねぇよ!

「……わ、わかりました。で、いつから?」

「すまんね…今から行ってくれるか。新幹線のチケットは取ってある。」

――はぁ?!バカじゃねぇの、コイツ!?今からとか…っざけんなよ!つーか、綾乃に何て言おう…最悪だ…。

「しかしまぁ、君を一人で行かせるのも心許ない。…という訳で、米国から強力な助っ人を呼んでおいた。早ければもう出口で待っているかもしれないね……では、頼んだよ。」

「……了解。では、失礼します。」

――あぁ…カンベンしてくれよぉ。横浜に出張とか…サラリーマンじゃねぇんだからさー。つーか、米国からの助っ人って誰だよ!?俺、英語話せねーし!コミュニケーションとれねーじゃん!

肩を落としてエレベーターを下り、とりあえず、助っ人のことなど気にせず、1Fの喫煙室に入って自動販売機で缶コーヒーを買う。煙草に火を点けながら、ぼんやりと渡された新幹線のチケットを見る。

――えーっと、何時の便だ……午前…10…時…2…7…分…。

壁に掛かっている時計を見る。

AM 10:01

「おいー!あと26分しかねぇじゃねーかよ!何考えてんだよ、あのブタ!!」

俺は煙草をそのまま灰皿に突っ込み、缶コーヒーも置いたまま全速力で駆け出してエントランスを出た。一旦、周囲を見渡す…助っ人らしきヤツの姿は見当たらない。探してたらこっちが間に合わない。ここはとりあえず、助っ人なんて無視して新幹線の時刻優先で駅に向かうことにした。いずれ現地で合流できるだろうと考えた結果だ。
地下鉄心斎橋駅から新大阪まで向かおうと、駅に駆け出した時だった。本部を出て3mほど離れた地点で、雷鳴のような地響きを感じた。

その瞬間――

御堂筋に面した17階建てのJACKAL本部ビルの窓ガラスが最上階からエントランスのある1階まで一斉に爆音と共に粉砕し、ビル前の御堂筋にガラスの雨を撒き散らした。そして、全階層から猛烈な勢いで炎が上がり始める…。御堂筋本線でも今の衝撃で数台の車両が玉突き事故を起こし、辺りは騒然となっている。

「……ウ、ウソだろ…。」

――新幹線の時間を見ずに、あのまま煙草を吸っていたら俺も…。

自分の身が危機一髪だったということもあったが、それよりもこのJACKAL本部の壊滅具合に俺は戦慄した。これも横浜の中国系テロ組織の仕業なのだろうか…。
対テロリスト暗殺組織が、テロリストに壊滅させられた…もはや、俺たちに安全な場所など、どこにもないのかもしれない。
その時だった…。

呆然とする俺の背後――御堂筋沿い――に、一定の機械音とエギゾーストノートを噴かし、タイヤのグリップ音と共に一台の車が停車した。ビルの凄惨な様子に釘付けになっていた俺は、聞き覚えのある音に我に返り、背後を確認した。

――こ、これは……S14…まさか…。

ゆっくりとウィンドウが下り始める。中の様子が見えるか見えないかぐらいの開き具合でウィンドウは止まり、憎たらしいほどに女子ウケしそうな低い声がする。

「ボスからお前の子守りを頼まれた。横浜まで長い道のりだ…さっさと乗れ。」

MIRAGE.novel 1st Episode - The END -


The Story leads to 2nd Episode - LASTING the SIRENS -
To be contenued.....

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