LASTING the SIRENS

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チャプター13 対峙

- 対峙 -



私が足を踏み入れたエリア51は、変哲もない空軍基地の真下──広大な地下空間に建設された最先端の綺麗な研究施設だった。
白を基調とした資材、人が入れるほどの大きさのカプセルが両壁側に等間隔で整列しており、映画で見たようなSFの世界がそこにはあった。どこにも宇宙人を捕らえて解剖しているような雰囲気はなく、どちらかと言えば、医薬品の研究や医療機器の開発が行われているような印象だった。
カプセルが並んだ真ん中のメイン通路を歩いていき、その最深部で私はここの主に出会った。

「あ、アンタは……っ!?」

「どうしたのだね?まるで豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔になっているよ。せっかくの美人が台無しだ。」

私の前に現れた男は、右京……仁!!
半年前にJACKALの長官となり、嵐をテロリストに仕立て上げ、そして…何よりも3年半前に間接的にとはいえ、当時、綾部という人格だった京極を使って響子お姉ちゃんを殺した男。

「アンタは…半年前の米軍輸送機の搬送中に起こった爆破テロで死亡したはず……なのに、どうして!?」

「ああ…あれか。あれは…フフ、そうだな……少し大掛かりなイリュージョンとでも言っておこうか。べガスのホテルで行われているマジックショーみたいなものさ。」

大掛かりなイリュージョン…?マジックショー?
ふざけないでよ…あの爆破テロでどれだけ多くの米軍兵が犠牲になったことか…込み上げる怒りを抑え唇を噛み締めた。今ここで刃向かっても、多勢に無勢……でも、嵐はきっと来てくれる。今はそう信じて、待つしか私にはできなかった。

「まぁ。そんな昔話はまた後ほど、時間が許す限り話そうじゃないか。今の君の目的は、私のことなどではないだろう?」

私の目的……そうだ、私には目的があった。
死んだはずのお姉ちゃんが生きている…その真偽をこの目で確かめるため、再び米国までやってきたのだから。私の唯一の家族だった響子お姉ちゃん…本当に生きてるなんて、今もまだ信じられない。

「……響子は、どこ?」

「フフフ…そう、そうだよ、綾乃君。君のお姉さん…もとい、私の妻はこの奥でゆっくりしているよ。」

「……え?い、今なんて……」

右京の言葉からはたしかに“妻”という言葉が聞こえたような気がした…そんな訳がない。右京のせいでお姉ちゃんは撃たれたというのに…まさか、お姉ちゃんが撃たれたことさえ大掛かりなイリュージョンだったとでも言いたいの?

「響子とは3年前に結婚していてね。今さらだが、妹である君に報告が遅れてしまったことは、本当に申し訳なく思うよ。」

右京は心底申し訳なさそうな面持ちで、謝罪の言葉を並べてみせた…そう、ただの言葉の羅列。申し訳なさそうなのは表情だけだった。感情を映し出す瞳にはそんな気持ちなど、微塵も滲み出ていなかった…詫びるどころか、何も知らなかった私を嘲笑うかのような、そんな瞳をしていた。
それにしても、3年前といえば、お姉ちゃんが撃たれてから半年しか経っていない。でも、私はたしかにお姉ちゃんを見た。ひんやりと仄暗い…まるでそこは“目に見えない誰か”に常に見られているような気味の悪い部屋で、お姉ちゃんの亡骸を前に大泣きしたのを今でも鮮明に覚えている。…それから半年で一体何があったっていうの…わからない。右京はどんな手を使ってお姉ちゃんを生き返らせたの?いや、最初から生きていたの?嵐と付き合っていたお姉ちゃんが本当に生きていたのなら、右京なんかと結婚するはずがない。この奥にいるお姉ちゃんは…本当に響子なの?

「響子に……会わせて。」

声が震えた…。

「フフフ…そうだね。なんてったって、君はそのためにここに来たのだからね。だが、まだこの物語の主役が来ていない。もうしばらく待とうじゃないか。部屋を用意してある。長旅で疲れただろう…今夜はそこでゆっくり休むといい。」

主役…?
やっぱりこの男、まだ嵐を狙っているっていうの…?
それに、部屋なんて冗談じゃない。嵐の弱みにされるのはごめんだわ…。この腕じゃ私に勝ち目はないし、捕まって右京のいいように使われて足手まといになるだけ。

「そうだ、言い忘れていたが、部屋には何も仕掛けたりはしていないよ。警戒せずに安心して休んでくれ。……と言っても疑わしいか。まぁ、信じる信じないは君に任せるとするよ。」

右京とはこんな人間だったのだろうか…そう思わせるぐらい、少年のような意地悪さを含みつつも無邪気な微笑みをパッと咲かせ、右京は私の横を通りすがって、私が来た道の方への通路を歩いて立ち去っていった。

「さあて、俺はどうすっかなぁ〜。あ、気を紛らわせるのに、右京が用意したお前の部屋で俺と一発ヤるかぁ?なぁんてな、ヒャハハッ!」

「……今すぐ死ね、クソ野郎。」

ここまでの道のりで蓄積されてきたJに対する怒りとストレスが今の発言で爆発して、考えるよりも先に暴言を吐き捨てていた。

「ヒャハハハーッ!怖ぇ怖ぇ〜そんなに怒んなってぇ。ちょっとしたジョークじゃんかよぉ。」

相手にするだけ無駄だ…こんな奴に苛立って労力を消費するのがもったいない。
ひとまず、ここに突っ立っていても仕方ない。事実上、私は囚われたに等しい…行く宛もないのだから、大人しく部屋で今後の対策を練ることにした。

「オイオイ、無視かよぉ〜つれないねぇ。ま、いっか。アンタ、俺の好みじゃねーしな…なんて!ヒャハハッ!あーそうそう、部屋はそこの通路の途中にあるエレベーターで2階に上がって、好きなとこ使っていいんだってよ!くれぐれも変な気は起こさないでくれよぉ?俺が怒られちまうからなぁ〜。」

2階にはそんなに幾つも部屋があるの…?
それにしても、ここは一体何の研究所なんだろう…。
宇宙人なんていそうにもない。研究員は皆、目を輝かせて働いている。ここでの仕事がそれほど好きなのだろうか。後で、人目を避けて誰か研究員とコンタクトが取れればいいのだけれど…。
そんなことを考えながら、私はJを無視してそのままエレベーターに乗り、2階へ移動した。

 

 

一方、日本では――

7月12日 AM 7:05
関西国際空港 第一ターミナルビル1F

「なんか、3人で飛行機に乗るとか変な感じだよな。」

「う、うん、そうだね…。」

「……美波ちゃん、どうしたんだ?気分が優れないようだが…。」

そう言われてみれば、たしかに美波の顔色は少し青冷めたような感じで、いつものほわぁ〜っとした天然な雰囲気はなかった。どこか悪いのだろうか。

「あ、いや……うん、私、飛行機ニガテで…緊張っていうか…あはは。」

「マジか?!意外だな…飛行機とか好きそうなのに。機内に入ったら、寝ておいた方がいいんじゃねぇか?」

「たしかにな……ゴホン。……ところで、真希…どうしてお前もここにいるんだよ…。」

「な、何よ!見送りに来てあげたのよ?それとも、私は来ちゃいけなかったのかしら?」

「見送りか……じゃあ、何だよ、その格好は。」

京極のツッコミはもっともだった…鴉はキャビンアテンダントの格好をしていた。
近くを通りすぎる男どもの視線を独占するほどのスタイルと美貌。
“オトナのオンナ”という名が相応しいその魅力は、鴉に全く興味のない俺でさえ、しっかりと感じることができた。しかし、今は“そこ”じゃない……“なぜ見送りに来るのに、CAのコスプレで来たのか“ だ。

「何よ…別にいいじゃない。空港といえば、CAでしょう?こんな時しか空港でコスプレできないじゃない…。」

「……ああ、そうだな。嵐、変態は放っておいて、さっさと搭乗手続きを済ませに行くぞ。」

もったいない…こんなに美人なのに、この人、もったいないよ…。
イタイってこういうことを言うんだろうな…でも、京極だって、この鴉が本命の彼女だっていうんだから、同じく変人だよな。そういう意味では、お似合いなのか…。


「京極ぅ!」

搭乗手続きに向かう俺達の背後から、ハスキーで艶っぽい声が響く。

「必ず……帰ってきなさいよ?」

「フッ……気が向いたら、な。」

足を止めた京極は振り返ることなく、そう言って再び歩きだした。

──なんだこれ…三流ドラマかっ!?

ふと気付くと、その様子を美波は曇った表情で見つめていた。
そんなに緊張しているのか…それとも何か別の不安要素でもあるのか…。

 

4階に上がり、搭乗手続きからセキュリティチェック、出国審査を済ませた俺達は、免税店が建ち並ぶ通路を歩いていた。

「あ、俺、ちょっと煙草買ってくるわ。」

「そうだな…搭乗まで、まだ時間もある。美波ちゃんも少し買い物でもして、気分転換してきたらいいんじゃないか?」

「え、うん…じゃあ、ちょっと香水でも見て来ようかな…。」

美波はそう言って、コスメ商品が多く並ぶ免税店へと小走りに入って行った。
俺と京極はその反対側となる店で各々の煙草の銘柄を探すことにした。

「すいません、マルボロのブラックメン……」

注文の言葉を遮る轟音と共に、背後から大男に全力で突き飛ばされたかのような風圧で、店内の商品もろとも強く押し倒された。
すぐに空港内に非常警報が鳴り渡ると同時に、スプリンクラーが作動し、辺り一帯に雨が降り始める。

商品や商品棚の瓦礫から身を起こすと、隣にいた京極も身を起こして固まっていた。
向かい側の店が……美波が入って行った向かい側の店が業火に包まれていた。

──爆破テロ!?

「美波ぃーーーっ!!!」

俺は居ても立ってもいられず、業火へと走り出した…が、すぐに京極に肩を掴まれ静止させられた。

「待てっ!そのまま行ってどうする!火を消すことが先決だろう!」

消火器を手にした係員たちが次々に走って来て、炎に向かって消火を始める。
雨に打たれながら、俺はただ、その様子を見守ることしかできなかった。

「嵐……お前には酷な言い方かもしれないが、あの爆発じゃ、たぶん……。幸か不幸か、空港側は今の爆破は便には影響のない被害だという判断らしい…そろそろ搭乗ゲートへ向かったほうがいい時間だ…どうする?」

「……先に行っててくれ。俺も後から行く。」

「……わかった。リミットは30分だ…遅れるなよ。」

間もなく鎮火された免税店内は水浸しの炭そのものだった。遺体を判別するにもDNA鑑定を行わなければ、判別できないくらいに焼失度合いが酷い。

──美波…どこだよ。死んでなんかいないよな…返事してくれよ……頼むから…

「君!何をしてるんだ!!ここは後ほど警察が現場検証に来るんだ!勝手に入ってもらっては困る!」

係員数名に取り押さえられた俺は、抵抗もむなしく取調室へと連行された。


離陸時間まで残り20分──

AM 8:10
関西国際空港 取調室

目の前のトレイに持ち物全てを出すと、係員2名がトレイに出された所持品をチェックし始める。
さきほどのセキュリティチェックでは隠し通せた拳銃も押収された。
係員の一人が銃を手に取る。
その瞬間、俺は異変に気が付いた…。

Bang!!

銃を手にした係員が隣でチェックしていた係員を撃ったのだ。

「いやぁ…さっきの爆発。火薬の量を間違えたかな…いささか、やり過ぎたようだ。」

ワークキャップを目深にかぶっていた係員が顔を上げる。

「お、お前は……!?」

そこに立っていた係員は、美波を人質にとってホテルに現れた暗殺者…自称“JACKAL誕生のキッカケとなった男”だった。

「お前かっ……!!何が目的だ!!」

「まぁ待て…そうだな。君にはここで死んでもらう。冥土の土産に、全てを話してやろう。」

「そうかい、全部聞いたら殺してやる。マジで。死ぬのはお前だからな。」

男は銃をこちらに向けながら、話を続けた。

「フフ…君は元気だな。私の名は王 鷲烙(ワン・ジウラオ)。ある筋では、レインメーカーと呼ばれていた。7年前…当時、日本国首相だった久世孝彦を壇上で暗殺したのは私だ。」

レインメーカー……確かに聞いたことがある。しかし、レインメーカーといえば、首相を暗殺したその日に逃亡を謀っていた成田空港で警察官に取り押さえられ、射殺されたはず……じゃあ、コイツは…。

「そして、私はその罪を問われ成田空港で射殺された。ということになっている。だが、日本の警察は無能なもので、少しの情報操作で簡単に勘違いをしてくれた。彼らが射殺したのは、単なる中国人観光客だったのだよ。」

「なるほど。首相を暗殺して、捕まることもなく完全犯罪って訳か。で、今度は何がしたいんだよ。」

「私はただ、日本という国家に復讐がしたかっただけなんだよ。」

「なん…だと……?」

「私は…4歳の時に母に連れられて日本へとやってきた。父は生後まもなく蒸発し、女手一つで育てられた私には、母が全てだった。貧しいながらも母の努力で毎日幸せな日々を送っていた…あの日までは。」

穏やかだった王の目に、急に憎しみの炎が燃え上がる。

「GDP1位となった中国から日本へと急激に流れ込んできた諸外国人たち…中国との国交も悪化していく中で、この事態を重く見た日本政府は、中国人の雇用制度に厳重な規制を行なった。その影響を受けて、私の母も勤めていた飲食店をクビになり、母は違法な夜の仕事にしか就くことができなくなった。中国人ではなく、台湾人だったにも関わらずだ…見た目、言語が中国人っぽいというだけで!!」

王の口調はどんどん荒くなり、激昂していく。今、下手に動けば、間違いなく射殺されるだろう。
俺は、もうしばらく王の話に耳を傾けることにした。

「やがて、母は働いていた違法風俗店で薬漬けにされながらも体を弄ばれ、ボロ雑巾のように使い捨てられて、体を壊して虫のように簡単に死んだ…私が16歳の時だ。警察に捜査を依頼したが、私が日本人ではないというだけで、その捜査依頼も無視された。それからというもの…私は入学したばかりの高校を退学して、復讐の為だけに独学で勉強と肉体を磨いた。そして、18歳になった夜…私はその風俗店にいた全員をバラバラに斬り刻み、皆殺しにした。そこで、血の雨を降らす男…レインメーカーという名が付いた。だが、私の憎しみは風俗店を潰したことで癒えるどころか、ますます日本人の血を欲するようになった。」

狂っている…これほどまでの狂気をよく隠して係員になりすませていたものだ…。

「それからは、インターネットに日本人のみをターゲットにした殺しの依頼を受けるサイトを開設したところ、在日外国人から多くの依頼を受けた。私は容赦なく日本人を八つ裂きにしていった。そして、私の憎しみはやがて、中国人の雇用規制を行なった厚生労働大臣と首相へと矛先が向いた。厚生労働大臣は首を刎ねてやり、永田町の車道のど真ん中に置いてやった。そして、首相は当時、研究していた爆弾の実験も兼ねて、足元を爆破してみたところ、大成功だったという訳だ。そこまで殺ってきて、ようやく私の憎しみは落ち着きを取り戻した。“レインメーカー射殺”の報道を確認した後、私は暗殺請負サイトを閉鎖し、レインメーカーの名を捨て、皮肉にも憎い日本人として新たな人生をスタートさせた。」

「じゃあ、どうして今またレインメーカーとして暗躍し、俺を狙うんだよ…おかしいだろ。」

「黙れ…私をレインメーカーとして蘇らせたのは、お前たちJACKALなんだよ…。」

「何…どういうことだよ…?」

「新たな人生をスタートさせた私は、小さな建設業者で働き始めた。そこの社長は中国人にも理解のある器の大きな人間だった。事務職に中国人の女性を雇っていた。私はその女性と恋に落ち、母がいた時のように、幸せな日々を再び過ごすことができていた。JACKALなどという暗殺組織が創設されていることなど露知らずにな。交際して7ヵ月が過ぎた秋のことだ…お前たち薄汚いハイエナがエサを求めて事務所にやってきたんだよ…。」

「まさか…。」

「ああ、そうだ。当時、現場で作業していた私や作業員を除いて、事務所にいた彼女も、社長までも…全員が惨殺された…。しかもだ…病院で告げられた話では、彼女のお腹に生命が宿っていたという…。一度ならず、二度までも私の家族を奪った日本人に、私は心底 絶望した。JACKALに復讐するため、私は再びレインメーカーという十字架を背負うことにした。」

「だから…だから美波を殺したのか…?」

「美波?ああ、ホテルにいた女のことか…死んだのか?」

「とぼけんなよ…さっきの爆破で死んだ…それも復讐の一環なんじゃないのかよ!!」

「フッ…そうだったのか。それは嬉しい計算外だ…さすがの私もそこまでは計算していなかったよ。ホテルで女に発信器を付けて君たちの動きを監視はしていたが、そんな偶然が起こるとはね。人生まだまだ捨てたものじゃないな。おっと、話が逸れてしまった。」

「もういい…お前の話は聞き飽きた。さっさと殺れよ。」

「そう言うなよ…ちゃんと最後まで聞いてくれ。消化不良は嫌いでな…。どこまで話したか…そう、プロの暗殺者ばかりが所属するJACKALを壊滅させるだけの力を、当時の私は持ち合わせていなかった…。いつか絶好の機会が訪れることを信じ、私は米国へと渡った。己の肉体を鍛え上げるべく、米軍に所属し、いくつもの功績を挙げた。そして、ある日、私は軍上層部で面白い男と出逢った…その男もまたJACKALの嵐…そう、君だ。君に復讐心を持っていた。私はその男と手を組み、復讐の計画を入念に立てた。それから7年…ようやく待ち侘びていた復讐の機会が訪れた…という訳だ。計画は見事に成功したかに思えたが…何故か君だけが生き延びた。私は君には直接的な恨みはないが、同志が君を生かしておきたくないらしくてね…私が直接、手を下すことにした次第だ。ご静聴、ありがとう。これで私の話は終わりだ。今から30秒やる…最後に言い残すことがあるなら言いたまえ。」

誰だよ…俺に恨みを持ってる奴って…あぁー!やっぱ、いすぎてわかんねぇよ…チクショウ。
王はカウントダウンしながら、テーブルの下に仕込んであった青龍刀を取り出した。

――刀?!オイオイ…俺も八つ裂きにするつもりか、コイツ…。

「17,16、15…さぁ、どうした?言い残すことは何もないのか?」

「そんな玩具じゃ俺は殺せねぇよ…銃で一発で仕留めたほうが確実だぜ?」

「銃はあまり好きじゃない。肉と骨が切れるあの感覚…それこそが殺しの醍醐味なんだよ…。」

王は取り出した青龍刀の鞘を抜き捨て、俺の左側からいきり立って襲いかかってきた。
間一髪のところで交わしたかのように思えたが、左袖が鎌鼬に切り裂かれたかのように、パックリと割れる。
この切れ味とリーチの長さ…迂闊には近付けないな。ましてや、こちらは素手とパイプ椅子ぐらいしか抗う術がない…。
そんなこちら側の焦りなどお構い無しに、王は青龍刀を振り回して間髪入れずに襲いかかる。

──ん?足音…?

王もその音に気付いたのか、ふと足を止める。
次の瞬間、扉が蹴破られ、勢いよく開く。
そして、その奥からなだれ込むように係員が数名入ってきた。

「さっきの銃声は…こ、これは一体どういうことだ!?」

突入してきたものの、まだ状況が飲み込めていない係員たちは躊躇した。係員が一人死亡しており、もう一人の係員は物騒な刀を手にしている。どういう状況なのか、と…そんな係員たちの間を割って男が入ってきた。

「俺とそこにいる若いのはテロリスト専門の暗殺部隊JACKALの暗殺者だ。そこにいる係員の格好をしている男は国際的指名手配を受けているテロリストで、俺たちはその男の身柄を確保…もしくは最悪の場合、その場で射殺する。ご協力願いたい。」

入ってきのは京極だった。

「あれがウワサの男、京極か…面白い。嵐…これで安心するのはまだ早い。私は相手が何人いようが君を殺す。いやここにいる全員を殺す。」

そう言って、王は再び俺に斬りかかってきた。係員たちがその動きに対して反応する前に京極はすかさずパイプ椅子を手に取って、青龍刀を受け止めた……はずだったが、唯一のお助けアイテムだったパイプ椅子でさえ、まるで豆腐を切ったかのように真っ二つに分かたれた。

──オイオイ…どんな刀だよ。さすが人の生き血を何度も吸ってきただけのことはあるってか…感心してる場合じゃねぇな。このままじゃ、王の言う通り、俺も京極も…いや全員殺られる…。

「ほう…よく研かれているいい刀じゃないか。こいつは久々に楽しい勝負ができそうだ。」

常にポーカーフェイスのあの京極が、嬉しそうな表情を見せる。
そういえば、京極は殺陣が得意だったな…これはもしかすると、もしかするかもしれない。
だが、さっきと状況は変わらず、こちらには何の武器もない…あるとすれば、係員が手にしている特殊警棒のみだ。

「京極だったな…君に用はない。ここにいる全員、生きて帰すことはないが、私の標的はあくまで嵐だ。あまり出しゃばらないでもらいたいものだな。」

王は8の字を描くように両手で青龍刀を振りまわし、一撃必中の機会を窺いだした。
素人の俺でも分かる…あの速さ、下手に踏み込めば、一瞬で首が飛ぶだろう。

俺のそんな読みなど知る由もなく、警棒を構えて係員の一人が王に向かって行った。
血飛沫が舞う…気の毒だったが、俺の読みは間違っていなかったようだ。

「さぁ、嵐。さっきまでの威勢はどうした。かかってこいよ?」

その時だった…扉の奥から少し前に聞いたような艶っぽい声がした。

「京!!今日だけよ、こんなサービスするのは!!」

取調室内に、弧を描いて棒状の物体が飛び込んでくる…それを受け止める京極。

「ああ、すまないな…やはりお前は最高のパートナーだよ、真希。」

京極の手に収まったのは…京極が気合を入れて仕事を行なう時のみ用いる、日本刀だった。

――やれやれ、根回しのいいことで…。ここに駆け付ける時点で、こういうことをちゃんと想定してたワケか。

京極は鞘を抜き去り、猛烈な速さで王へと斬りかかる。凄まじいまでの刀と太刀のぶつかり合う衝撃音。
もはや誰も踏み込めない空間になりつつあった。
まるで功夫映画の演武を見ているような流れるような動きの太刀筋は、熾烈な戦いながらも美しささえ感じるものだった。
しかし、それもほんの束の間の出来事だった。雌雄を決したのは……

「フ、フフ…生まれてきてから今まで、こんなに…楽しい殺し合いをしたの…は初めてだ…。君に出逢えてよかった…よ……。」

頭から足先まで、体の中央、縦に走る正中線…その正中線を辿って全身から血飛沫が天高く噴き出し、血の雨を降らせたのは、皮肉にもレインメーカー本人だった…。
係員たちは完全に仕事を忘れているのか、茫然と立ち尽くしている。

「最後は自分の血で雨を降らせることになるとは思ってもみなかっただろうな…。」

「嵐、急ぐぞ…まもなく離陸時間だ。事後処理は任せたぞ、真希!!」

「ちょ、ちょっと京!!貴方ねぇ…いくら何でも、甘えすぎじゃなくって!?もう!!」

鴉が珍しく乙女ちっくに怒っているのも無視して俺達は全速力で搭乗ゲートへと急いだ。
今回ばかりは完全に京極に救われた…悔しいがこれは認めざるを得ない事実だ。

「京極…サンキューな…。」

「やめろ…気持ち悪い。俺も楽しませてもらった。礼には及ばん。」

搭乗ゲート前で乗客の人数確認を行なうCAが立っていてくれた。

「お急ぎください!まもなく離陸致しますので。」

こうして、俺と京極は無事、ユナイテッド航空ボーイング407号便に乗り込み、サンフランシスコ経由でラスベガスのマッカラン空港へと飛んだ。
ビジネスクラスでのフライトだったが、京極とは離れた席だった。

「え…席、別々なのかよ…?」

「ああ、本来ならばお前と美波ちゃんが横並びで、俺は離れた席で予約を取っていたからな。」

…ということらいしい。
気が利くというのか、何なのか…俺の隣で顔を強張らせて落ち着かない様子を見せるはずの美波がいない…無情にも空いたままの空席が、今になって喪失の悲しみを浮き彫りにさせ、胸を締め付けた…。

――美波…守るって約束したのに……俺はまた…大切な人を守ることができなかった。

理由もなく溢れてくる涙を必死に隠しながら、この先で待つ死闘に備え、俺は静かに眠りに就いた。

 

 

 

 


「ああ、私だ。……何?レインメーカーが死んだ?…そうか…分かった。」

ガチャ――

伝説の暗殺者が…口ほどにもない。たいして役に立たなかったか。
まぁいい…切り札はまだたくさんある…今度こそ、確実に息の根を止めてやる…嵐……。

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