Ark makes GENOCIDE

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チャプター02 合流

- 合流 -


12月27日 AM 8:11
イタリア フィレンツェ・ペレトラ空港

「寒い寒いとは聞いていたが、さすがにここまで寒いとはな…」

空港を出た瞬間に凍てつくような外気の洗礼を浴びて、堪らず京極が年寄り臭い言葉を漏らした。
そんな京極に対し、イタリアの気温と同じくらい冷ややかな視線で見つめる壬生。

「とりあえず、神の生まれ変わりとされる男が発見されたアマルフィー海岸に行ってみますか?」

「…そうだな。いや、とりあえずここらへんで聞き込みが先だな。空港の出入りの規制が厳重だった。もしかすると、何かあるのかもしれない。」

「……了解。」

──やりづらい。コイツとは何だか非常にやりづらい。いや、俺は上官だ…コイツの好きにさせておけばいい。若い芽を育てるということも、上官の務め…そうだよな、俺?

壬生が持つ独特のテンションとテンポに波長が合わない京極はイタリアに着いても、ギクシャクとした空気感を拭うことができずじまいだったが、ひとまず二人は都心で調査するために電車で首都のローマを目指した。
任務遂行における慎重さにかけては組織一の京極だが、今回の一件に関しては、完全にノープランでの入国だった。壬生の推測をアテにしていなかったのか、もしくは壬生との任務遂行にどうしても気が乗らなかったのか、はたまた、今回の件でついにやる気に火が点いた壬生ならば、おそらく何かしらのプラン立てもしているであろうと絶大な信頼(丸投げとも言う)によるものだったのかは定かではないが、どちらにせよ京極は久々の任務ということもあり、まだオンオフのスイッチの切り替えができておらず、昔見せたキレのある判断力や推測は見る影もなかった。

 

 

英国 ロンドン ヴォクソール
英国秘密情報部 通称“MI6”本部

「プロトニウム回収任務、ご苦労だったな。ロシアは寒かっただろう?」

「いや、もう寒いとかの次元じゃなかったし!よくもまぁ、こんな時期にロシアなんかに…ま、任務自体は余裕でしたけど。」

「あらしちゃ…じゃなかった、R!ロータス長官には敬語を使わなきゃダメだって。」

※『R』というのは、MI6での嵐のコードネーム

「構わないさ、M。ところで、お疲れのところ悪いが、今、世界では異常な事態が発生している。そこで君たちには……」

※『M』は美波のコードネーム

「それは米国消滅…の件ですか…?」

急に表情を曇らせた嵐が話を割って切り込んだ。

「…ああ。さすが情報が早いな。さっき米国の国務長官がここMI6を訪れて、救援要請を出して行った。英国軍の方では米国民の救助活動を、そして我々には神を騙るテロリストの調査を要請してきた。…という訳で、他のエージェントたちよりも米国の事情に精通している君たちが適任と判断した。よろしく頼んだぞ。」

「了解。ちなみに、米国が消滅したというのは、現在、具体的にどのような状況なのですか…?」

「うむ、まだ謎な部分が多いが、はっきりしているのは全米が大津波に完全に飲み込まれて、都市の7割が水没。ホワイトハウスも例に漏れず、大津波で倒壊してしまったそうだ。かろうじて逃れた国民たちは地下のシェルターに避難できたらしいのだが、それでも全国民のたった3割にしか満たないらしい…。」

「あの大国の7割もの人間が…前代未聞の数の犠牲者じゃねぇか…チクショウ!!」

「ああ、あまりにも無惨だ。それに、米ハスラー大統領の予測では、合衆国だけではなく、テロリストたちはおそらくまだまだ裁きという名のテロを続けるかもしれないとのことだ。これ以上の最悪な事態を回避する為にも、次の標的となった国が被害に遭う前に早急に犯行組織の特定と暗殺を頼む…。」

「了解。」

二人は作戦会議室から出ると、足早に駐車場へと向かった。
まずはロシアで得た情報を元にイタリアへと向かうことにした二人は、空港へ向かう道中、それぞれの見解を話し合っていた。

「美波はこの件、どう思う?」

「ん〜ロシアで話してくれたおじさんが言ってた、教皇も認めた神様の生まれ変わりって人だけど、その人が裁きを下したっていうのは、どうなんだろう。本当にその人にそんな大津波を起こせるようなすごい奇跡的な力があるのかな…それに、宗教はたくさんあって、それぞれの宗教に色々な神様がいるでしょ?キリスト教ならイエス・キリスト、イスラム教ならアッラーって具合に。だから、イエス様の生まれ変わりの人がやったって決め付けることはできないよね。テロリストがそんなニュースを利用して大規模なテロを行ったってことも十分に考えられるし…。」

「なるほどな…でもさ、宗教絡みなら、やっぱイスラムじゃねぇのかな?強硬派のイスラム教徒は米軍によってほぼ根絶やしにされたとはいえ、生き残りもまだいるだろうし、アメリカには並々ならぬ恨みを持ってるだろ。大津波のカラクリはさっぱりわからねぇけど。」

MI6に入ってからというもの、二人の息はピッタリだった。
元より美波は敵のスパイだったものの、嵐とは出逢った時からお互い惹かれており、相思相愛の仲であったが故、2年前の事件でも最終的には敵という立場よりも、自身の想いを貫くことで嵐の命を救った。
そんな吊り橋現象ともいえる危機を乗り切った二人だからこそ、最高のバディとして、今のこのコンビネーションを発揮することができるのだろう。
今現在は、仕事での相方という垣根を越え、ロンドンのアパートで共に暮らしている。

そして、嵐が想い続けてきた朱雀姉妹(響子・綾乃)だが、2年前の右京による拉致で衰弱しきっていた響子を介護する為、綾乃も嵐の元から去り、嵐は二人を危険な世界から遠ざけるため日本を発つ決断に至った。
今では響子の容態もかなり回復し、北海道の札幌市内で綾乃と二人、平穏な生活を送っている…らしい。

「ねぇ、嵐ちゃん…あのさ……」

「わかってる。このミッション、絶対に生きて帰ろうな。」

「……うん!」

嵐の覚悟はもう決まっていた。
このミッションが終われば、美波と……

 

 

 

イタリア ローマ
コロッセオ

古代ローマ帝国の栄華の象徴ともいえる巨大な闘技場跡のここ、コロッセオで間もなくローマ教皇による演説が行われようとしていた。
コロッセオ周辺には厳戒体制が敷かれ、200名を超える警察官が警備についている。
しかし、それだけではなくカトリックの男子修道会であるイエスズ会の警備兵もコロッセオ内外に50名ほどが潜伏していた。彼らは法衣をまとっており、その異様な雰囲気は演説を聴きにやってきたイタリア国民でさえもにわかの不安を覚えるほどだった。

「エンツォ様、ご気分はいかがですかな?」

「ああ、悪くないよ。でも、ユリウス、私のような者が神などという尊い存在に本当になれるのだろうか……?」

「エンツォ様、ご心配は不要です。貴方様はなれる…ではなく、神そのものなのですから。全てはエンツォ様の意のままに。私に全てお任せ下さい。」

コロッセオ内、入口から最奥となる場所に張られた楽屋代わりのテントの中で二人、誰も近付けるなという命の元、ローマ教皇であるユリウス4世と、神の生まれ変わりとされるエンツォ・ガストラが話し合っていた。
ユリウス4世は御年74歳、教皇となる前はヴァチカン聖庁の枢機卿であったが、前教皇であったフランシスコが他界した後、教皇選挙で他の枢機卿と圧倒的な大差をつけ教皇となった。
一部では、反米感情の強かったユリウス4世が、米国人初の教皇となったフランシスコを毒殺したという噂も囁かれている。国民との距離が近く、多くから愛されたフランシスコとは異なり、ユリウス4世は権力を誇示し、異教に対しては弾圧的な姿勢も辞さない何かと黒い噂が付き纏う教皇であった。

「さぁ、エンツォ様、もう間もなく始まります…新時代の幕開けが。全世界が貴方様を待っております。参りましょうか。」

 

コロッセオの外では──

「なるほどな…教皇が演説…か。神の生まれ変わりが現れたんだ。キリスト教のトップも浮かれ気分ってことか。見に行ってみるか?」

「そもそも俺たちみたいなアジア人が入れますかね。金属探知機で全身ボディーチェックされて、警察署に連行されるのが目に見えてるような気もするけど。」

壬生の言う通り、たしかにコロッセオの入口では持ち物検査と厳しいボディーチェックが行われていた。マスコミ関係の人間も門前払いされているところを見ると、コロッセオに入場できるのは敬虔な信者のみのようだ。

「ふむ…まぁ、教皇といえば、ヴァチカンの国家元首な訳だし、いちおう国のトップだろ?いや、下手したらある意味、一国の代表なんかよりも数倍 影響力のある人間だからな…厳重な警備が敷かれているのは当然か。だが引き下がるわけにもいくまい。試しにそこらの露店でロザリオでも買ってくるか。」

「やめましょうよ。金の無駄ですって。他をあたるか、どこか裏口から侵入するほか無いと思いますがね。」

京極のシュールなボケがことごとく破壊されていく。おそらく京極にとって壬生は稀に見る天敵なのかもしれない。

「……わーかったよ。警備が手薄な侵入ルートを探してみるか。」

10分後──

「あの……探し回った結果がこれですか…。」

「しょーがねぇだろ…そもそも警備が手薄な場所なんてある訳ないんだよ。」

京極と壬生はコロッセオから数メートル離れた場所にあった小さな個人経営の電気屋の店頭にあるテレビの前に立っていた。
幸いなことに、コロッセオの中の様子が生中継でテレビで放送されていたのだ。

「それよりも、オイ、教皇が出てきたぞ。」

コロッセオ内に設置された祭壇のような舞台の壇上に法衣の上から白いミンクの毛皮のコートを羽織った教皇が現れた。そした、その両脇には黒服に身を包んだSPのような男たちがサングラス越しに目を光らせ立っており、物々しい雰囲気を醸し出していた。

「オイオイ…あれが教皇かよ。イタリアンマフィアの間違いじゃねぇのか…。」

『ここに集まりし神の子たちよ。迷える私たちの前に神が降り立った。2000年以上の時を経て甦った神は、争いに満ちたこの世界を憂いてあらせられる。悪行が止まぬ世界に、間もなく神の審判が下るであろう。そして、未だ一つになることのない私たちの世界は変わり、新たな創世記が刻まれる日が来るのだ。』

「内容がコア過ぎて、何を言ってるのかさっぱりわからん。」

「室長、ちょっと黙っててください…気が散るんで。」

『神が降臨なさる前兆はあった。大きなものから小さなものまで1日に1000を超える犯罪が起きる犯罪大国アメリカ。そのアメリカを先日、この世のものとは思えぬ規模の大津波が襲った。これはおそらく人間の悪行を正すために神が下された裁き…全ては神の思し召しだったのではないかと。そして現れたのが、この方。イエス・キリストの生まれ変わりにして、甦った救済の神、エンツォ・ガストラ様である。』

「今、裁きって言ってたな、コイツ。まさか、教皇もテロリストに関係しているのか…?」

「どうでしょうね。神の裁きなんて宗教徒ならわりと使うフレーズかもしれないでしょ?それに、神の生まれ変わりが現れる前に津波が起きてるって…ニアミスのような気がしますけどね。あ……へぇ…これが神の生まれ変わり…普通の人間ですね。」

テレビの前で30分ほど立ち見をしていた京極たちだったが、肩を後ろからトントンと棒のようなもので叩かれた瞬間、職業病というべきか反射運動というべきか、その叩いた棒を持っていた腕を掴んで電気屋の店の奥へと投げ飛ばした。

「人の肩を棒で叩くんじゃねぇよ……む?壬生、行くぞ。」

投げ飛ばしてから気付いたようだが、京極が投げ飛ばしたのは地元の警官だった。どうやら長時間、店頭でテレビを見ているアジア人を鬱陶しく思った店主が営業妨害だと警察に通報したようだ。

「今の病気(職業病)ですか?ちょうどいいとこだったのに、いい迷惑ですよ。」

「しょうがねぇだろ…警棒なんかで人の肩に触れるのが悪いんだよ。ま、考えるよりもまず体が反応しただけだがな。」

中世の名残が残る石畳の狭い道を走り抜ける。走っているうちに京極が一つ妙案を思い付いた。

「騒ぎを起こしたついでだ。このまま強引に入口を抜けてコロッセオに逃げ込むか。」

「……やれやれ。室長といると面倒なことばかりだ。」

演説が始まってから30分以上が経過しているのにも関わらず、コロッセオの入口には未だに長蛇の列ができており、入場検査もまだ続いていた。
長蛇の列の横を走り抜け、制止しようと3〜4人の警官が立ち塞がるが、それを難なくかわして、場内へと駆け込んだ。

 

コロッセオ内では、神の生まれ変わりとして紹介を受けたエンツォが祭壇に現れ、集まった信心深いイタリア国民たちのボルテージは最高潮に達していた。
しばらく止みそうにもなかった歓声がようやく落ち着きだし、エンツォが口を開こうとしたその時だった。
コロッセオ内にけたたましく警報のサイレンが鳴り響く。と同時に、警備にあたっている警官全員のインカムに報告が入った。

『コロッセオ場内に侵入者!アジア人の男2名が入口の検問を強行突破した模様。エンツォ様と教皇の避難・脱出を最優先事項とする!』

祭壇にいたSPの二人は即座に、エンツォと教皇をかばうようにして奥の控え室のテントへと案内し、そこから更に裏の非常口へと連れて行った。
ようやく登壇したエンツォの神の言葉が聞けると、待ちわびていた観覧席の国民たちからは不満が噴出し、その矛先は侵入者である京極たちに向けられた。
コロッセオ全体から響くブーイングの嵐は、イタリア語がはっきりとわからない京極たちの耳でも、そこから発せられている憎悪だけはしっかりと伝わっていた。

「この音…ブーイングか?こりゃすごい。アウェー感が尋常じゃないな。」

「そりゃ国民の大イベントをブチ壊した訳ですから、憎まれて当然でしょうね。」

走りながら余裕の会話をしていた二人だったが、会話の途中で急に足を止めた…いや、止めざるを得なかった。
目の前に、身長186pある京極が見上げなければいけないほどの巨漢の体躯をした男がグラディエーターの如く立ちはだかり、行く手を塞いだのだ。

「デ、デカイねぇ…縦にも横にもデカくていらっしゃる…。」

さすがの京極も戸惑いの色を浮かべている。だが、壬生はそんな京極とは違い、いたって冷静だった。

「ただのデカいデブでしょ。俺がやります。」

表情一つ変えず壬生は銃を取り出し、何の躊躇いもなく立ちはだかった男の額に一発見舞った。男はビルの爆破解体のように膝から崩れ落ちると、あとはそのまま上体の重さで勢いよく地面へと一直線に倒れ込んだ。
しかし、これは単なる足止めに過ぎないと悟った時には遅かった。二人の周りを警官と法衣の警備兵が囲い込む。
警官はともかくとして、見るからに殺気立っている警備兵の面々は全員の相手をするとなると、骨が折れそうな感じであった。

「マズイですね…このままじゃどんどん応援が来て、キリのない消耗戦になる。室長、なんかいい方法ないですか?」

「このタイミングで振るなよ…いい方法ねぇ。ある訳ないだろ、そんなもん。やるしかない!」

「……期待した俺が馬鹿でした。」

──コイツ…言うじゃねぇか。

「なに、ごちゃごちゃ言ってんだ!!教皇の演説を邪魔した罪は重いぞ!死罪だっ!!」

いきり立った男たちは、次々に京極たちへと襲いかかってきた。
しかし、警官たちは戸惑っていた。署に連行、それを拒み危険行為とみなす反抗をした場合のみその場での射殺を義務付けられている警官たちにとって、最初から殺す気で襲いかかる訳にはいかないからだ。
やむを得ず京極たちも応戦すべく銃を構えた、その時だった。
催涙弾がどこからともなく警備兵たちの足元に転がり込み、ガスを吹き出した。

──これはっ!?

いち早く状況を察知した京極は纏っていたピーコートの襟元で鼻と口を覆い隠し、壬生の腕を引っ張って後方へ後退りした。警備兵の男たちや警官たちも慌てて外へと逃げ出していく。
ようやく難を脱したかに思えたが、催涙弾の煙の中をくぐり抜け突進してくる影が見えた。
油断していた京極と壬生は銃を抜こうとしたが、抜き取るまでには間に合いそうになかった。
眼前にまで影が迫った瞬間、どこからともなく銃声が鳴り響き、影はその姿を見せることなく煙の中に消えた。

「お兄さん、ちょっと腕落ちたんじゃね?年はとりたくないもんだねぇ。」

背後から聞こえてきた声に反応して京極が即座に振り返る。

「お前…どうしてこんなところに……」

そこに立っていたのは…イタリアの伊達男も顔負けな男臭いルックス、隆々とした筋肉のボディラインにしなやかにフィットしたネイビーのテーラードにベージュのトレンチコートを纏った昔の相棒だった。

「ま、立ち話も何だし、とりあえず本場のピザでも食いに行こうぜ。」

行き先はともかくとして、映画のようなエンターテイメント色濃いめの登場で危機を救った男の提案に、一同は頷き、その場を後にした。

(室長…何ですか、この古臭いちょいワルそうでチャラいのは?)

アンティークな街並みと石畳の細い裏道を早足で歩きながら、コロッセオから500mほど離れたあたりで壬生が京極の耳元に小声で話しかけてきた。

(何ですかって、お前…いや、言いたいことは解らんでもないが……。お前もよく知ってるヤツだ。)

相変わらずの破天荒ぶりに、しばらく穏やかな日常に慣れていた京極でさえ、腫れ物を触るような気持ちだった。そして、正反対の個性を持つ壬生に関しては戸惑いだけでなく、苛立ちをも覚えていた。

「着いたぜ。さ、見つかる前にさっさと中に入った入った!」

立ち止まった場所は、特に看板などが出ている訳でもなく、ごく普通のイタリアの民家といった感じの家だった。ピザを食べるとか何とか言っていたのでは…と二人は疑問に思ったが、明らかに街歩きに慣れた様子だった。
この男の案内に、とりあえずは従うことにした。
中に入ると、外観の民家の印象そのままに、内装だけお客を迎えられるよう改装されており、たしかに家庭料理屋といった雰囲気だった。

「ここなら安全だ。ここのオッチャン、俺の知り合いだからさ。で、話の前に、京極……この、さっきから俺のことを気に食わねぇって感じでガン飛ばしまくってるコイツ、誰?」

席に着くなり、壬生は恩人に眉間にシワを寄せ、怒りのこもった目付きで凝視していた。

「オイ、壬生!やめておけ!……お前が目標としていた…嵐だぞ。」

「……室長、もしそれが本当なら、俺はとんでもない幻想を追いかけていたってことですね。目が覚めましたよ。さっさと行きましょう。」

「お前…。」

「つーか、どうして俺こんなに嫌われてるワケ?お前が嫌がるようなこと、何かしたか?ワケわかんねぇよ。あ、おっちゃん、ピザ2枚。…いつものやつ。」

嵐は席に着いて、話の途中にもかかわらず、この店の主人らしき中年の洒落たシェフにピザを頼んでいた。

「そういうところだよ。人をバカにしたような…アンタがどれだけ出来る人間か知らないが、俺の邪魔をしないでくれ。室長、コイツと残るならご勝手に。俺は行きます。」

壬生は静止しようとする京極の手を振り切り、店を出ようと出口へと向かった。しかし、壬生がドアノブを握る前に、まるで扉までもが壬生の離脱を阻止するかのように壬生に向かって勢いよく開いてきた。
咄嗟の判断で、後ろに仰け反り扉の直撃は免れたが、バランスを崩した壬生はその場で倒れ込みしりもちをついた。

「嵐ちゃん!大変だ…よ……あら?あぁ!ごめんなさい!大丈夫ですか?」

珍しく嵐とは別行動をしていた美波が待ち合わせ場所であるこの店に戻り、扉を開けて入り込もうとしたが、開いた扉の前で尻をさすりながら立ち上がろうとしている壬生を見て、美波はやらかしたことを悟ったようだ。

「…っててて。気を付けろよな!内開きのドアをそんな勢いよく開けた…ら…あぶな…い…だろ…」

何やら壬生の様子がおかしい。

「はい…本当にごめんなさい。」

「美波、いいから。ほっとけって、そんな奴。それより何があったんだよ。」

椅子ごしに振り返って一部始終を見ていた嵐は、意地悪そうに壬生を一瞥してから美波を呼び寄せた。

「チッ……」

一瞬だけ様子がおかしくなった壬生だったが、嵐の一言で我に返り、舌打ちして出ていってしまった。

「お前、また美波ちゃんと組んでたのか…いや、まぁいいか、そんなこと。久しぶりだな、美波ちゃん。またあとで!」

京極は落ち着かない様子で美波との再会もそこそこに、店の外へと壬生を追いかけて出ていった。

「待て、壬生!お前、JACKALの掟を忘れたのか?二度と崩壊の危機を招かない為にも、チームでの行動は義務とする…俺を置いてどこへ行くつもりだ?」

「……少し、頭を冷やしに行こうかと。」

「嵐の何が気に食わない?」

壬生の背中からはいつもの飄々とした空気感は感じられず、頭を垂れて落ち込んでいるように見えた。

「俺、ああいうチャラチャラした奴が大嫌いなんです。ただそれだけです。」

「…それだけか?」

「……はい。」

これ以上問い詰めても、求める答えは返ってきそうにないと感じたのか、京極は壬生に歩み寄って肩を抱き、そっと呟いた。

「……今日の任務は終いだ。キャンティ(イタリアンワイン【赤】)でも飲んで明日、もう一度調査に出るとするか。」

「…止めてくださいよ、気持ち悪い。」

口ではそう言っていた壬生であったが、口元はどこかほころんでいる…京極にはそんな気がした。

 

「嵐ちゃん、さっきの人、誰?」

「さあな…京極の新しいツレじゃねぇの。…で、大変って何があったんだよ。」

ピザ・マルゲリータを掴んで口に運びながら嵐は、美波が戻って来たときに騒いでいた内容に触れた。
それを不満そうに見つめながらも美波は思い出したかのように話し始めた。

「そうそう!それ!大変よ!さっきのコロッセオでの騒ぎがJACKALの二人によるものだって、イエスズ会が突き止めたみたいで、教皇が次の“裁き”の標的は“日本”かもしれないな。って赤い法衣の人達と話しているのを聞いちゃったの……」

「マジか!?どうしてあの二人が日本のJACKALの人間だってバレたんだ?そんなに有名な組織だっけか…まぁいいや。こうしちゃいられねぇ!美波、行くぞ!!」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ、嵐ちゃん!もう!!私まだ1枚も食べてないのにぃ!おじさん、ここ置いとくね!」

駆け出していった嵐に置き去りにされそうになり、慌ててクラッチバッグを手に取り、15ユーロをテーブルの上に置いて嵐の後を追いかける美波だった。

「ねぇ、嵐ちゃん、どこ行くの?」

「日本が沈没するのは映画の中だけにしてほしいからな。合衆国崩壊の証拠も掴めてない状況だけど、この流れからして教皇率いるカトリック教会とイエスズ会が関係していることは明白だろ。…仕方がない。教皇とガストラを暗殺する。」

黄昏に染まる石畳の道を歩く嵐の足取りは重く、これまでにない深刻そうな面持ちだった。

「そんな!私達二人だけじゃ無理だよ!せめて京極さん達だけでも、援護してもらわないと。」

「いや、充分だよ…手配されたJACKALの人間が一緒にいると逆に足手まといになる。美波はヴァチカンの教皇庁の図面と、教皇とガストラの行動スケジュールを調査して、潜入のオペレーションを頼む。さすがに今日明日に日本に大津波が来ることはないだろう。潜入のオペレーションが完成し次第、実行に移そう。」

いつになく嵐は真剣な表情だった。
これまでのテロリストとは訳が違う…国家元首ともなる教皇の暗殺ともなれば、護衛の数はこれまでの比にならないだろう。そのセキュリティを掻い潜っての暗殺となると、遠距離射撃が常套手段だが、嵐は長距離射撃には長けていない。つまり、教皇庁に潜入して近距離での暗殺となる。
それが、どれほど危険なことかは美波でさえも解っていた。

「じゃ、じゃあ!せめて本部に連絡して応援を…」

「大丈夫だって…心配すんな。イエスズ会の警備兵なんて、イスラムの強硬派なんかに比べたら赤子も同然。数は多いかもしれねぇけど、楽勝だよ。」

たしかに嵐の言うとおり、イエスズ会の警備兵は士気こそ高そうではあったが、実力としてはさほどたいしたことはないのだろう。しかし、美波は一抹の不安を拭えないでいた。
米国を滅ぼすことができるほどの巨大な力…それが何か、未だ見当もつかないからなのだろうか。
教皇はまだ何かを隠している…美波はそんな気がしてならなかった。

 

 

PM 9:59
ミラノ市街 某ホテルの一室

「ふぅ…やっぱ本場の赤は美味いな。」

「俺には全く違いが判りませんがね。」

――本当に話のコシを折るヤツだな…

「雰囲気だよ。雰囲気で味わえばいいのさ。お前、そんなんじゃいつまで経っても女の一人もモノにできないぞ。」

「いや、室長のテクは古いです。大昔のトレンディ俳優みたいだ。」

「おまっ!!ふざけっ……」

壬生の痛烈なツッコミに京極が立ち上がろうとしたタイミングと同時だった。

「伏せろ!!」

京極が叫び、壬生はすかさずテーブルの下に飛び込む。京極も立ち上がろうとした上半身のバネを使い、そのままソファ越しへと飛び込んだ。
止めどなく唸り続ける歯切れのよい銃声とともに部屋の窓から飛び込んでくる弾が、テーブルの上のワインボトルやグラスを粉々に砕く。おびただしい数の弾が撃ち込まれ、飛び散ったワインが零れ落ちるまでにもワインの中を銃弾が突き抜け、突き抜けられたワインはまるで花火のように形を変え、花びらを散らしていた。部屋の壁の傷口からは石膏の粉や欠片がボロボロと崩れ落ちてきている。
20秒ほどでその銃声は止んだ。地面から部屋を見渡すと、部屋はまさにハチの巣状態となっており、猛烈な攻撃だったことが一目で解る。

「なかなか早いご来店で…わざわざローマから離れた場所にホテルを取ったというのに…壬生、このまま部屋を出て、反撃に出るぞ。人数が何人いようと構うものか…さすがの俺も今日は散々で苛立っている。“慎重かつ大胆に”だ。」

「了解。最後のは言ってる意味がイマイチ解りませんが、腹立たしいことだけは同感です。じゃ、いきます。」

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