Ark makes GENOCIDE

ホーム 小説のページ プロフィールなど 映像コンテンツ SPコンテンツ リンクについて

チャプター05 狙撃

- 狙撃 -


現在から遡ること17時間半

公開処刑 前日――
12月30日

PM 5:27
トリノ空港

京極と壬生の起こしたコロッセオでの一件以来、沈黙の要塞と化したローマ。
そこから約700km離れた北イタリア、トリノ市…ここは首都の喧騒と物々しさとは無縁の穏やかな白銀の街だった。
そんな片田舎の空港で、嵐はある一団の到着を待っていた。

7時間前――

あらかじめ午前中にローマ空港を視察に行った嵐であったが、公開処刑を明日に控えたローマでは、やはり厳戒体制が敷かれ始めており、人の出入りは激しく、教皇が行う公開処刑を一目見ようと続々と敬虔な信者たちが訪れ、様々な人種がロビーを通過していった。
罪人が日本人とあってか、アジア人に対しては特に厳重な入国審査が行われており、ただ座っては歩き回っているだけの嵐でさえもまた、目を光らせた警備員にマークされているような気配だった。

美波の推測通り、都心の空港ではやはり警戒の目が強く、安全策をとってローマからなるべく離れた郊外の小さな空港を選ばざるを得なかった。

嵐がトリノに到着してから、数分もしない内に一機のやや大型のセスナが滑走路へと降り立った。中から出てきたのは、嵐が待っていた一団だった 。
しばらくして、空港のロビーへとやってきたのは、5名の団体。4名のスーツ姿の男たちに四方を囲まれて中央を歩いていたのは、全身黒ずくめでハットとトレンチコートを身に纏い、手錠で拘束された東南アジア系の男だった。
先頭を歩いてきた男に嵐は軽く頭を下げた。

「遠路はるばるご苦労様です。」

「嵐さん…ですね?私は警視庁 特別警護班、班長の枚方と申します。鴉長官から話は聞いております。Jの釈放期間は本日を含めて3日…その間、我々もこの男の監視の為、常時同行致します。そして元日の朝の便で発ちますが、問題ないでしょうか?」

「ええ、問題ありません。手間をかけます。」

枚方と名乗った男は、警護班という割には華奢でメガネを掛けたインテリっぽさが漂う風貌をしていた。そのやり取りを見ていた中央の男がひょこっと顔を出して口を開いた。

「あっれぇ?どっかで見た顔だと思ったらぁ俺を呼んだのってアンタだったんだぁ…久しぶりじゃ〜ん。俺を呼ぶなんてよほど困ってんだねぇ…ヒャハハ!」

「黙ってろ、クソ野郎。こっちだって、テメェみたいなイカレた奴に頼りたくなんてなかったんだよ。」

日本から連れて来られたのは、5年前にJACKAL長官まで登りつめた米国籍の日本人、右京仁の手配により初代長官であった舞鶴を消すなどの暗殺を行い、その後、嵐によって消された暗殺者J、またの名をJOKER、その正体はテロリスト、ジェイコブ・マクガワンの遺伝子を使い、米国ネバダ州のエリア51の地下施設で生み出された数名のクローン人間のうちの生き残りだった。

 

4年半前のJACKAL崩壊の危機に晒された事件の際、府中刑務所内で絶命した2人目のJ、そして綾乃をエリア51へと誘い、施設崩壊の最中に嵐に討ち取られた3人目のJ…事件当初、存在を確認されていたのはこの2名のクローンであった。
しかし、Jのクローンが日本に来日したのは総勢3名だったということが後の警視庁の調べにより判明し、嵐たちがネバダ州へ渡っている間に鴉を筆頭として警視庁が総力を挙げ、生き残りの4人目のJの行方を割り出し、多くの犠牲を払った末、何とかその身柄を拘束した。
逮捕後、その身柄は北海道は網走刑務所の隔離棟の独房に収容されていたという。
右京との決着を終え、ネバダ州から帰国の途に着いた際、鴉からその報告を受けた嵐と京極。
京極は死刑ではなく、無期懲を提案した…この事件の関係者は4人目のJを除いた全ての人間が既にこの世を去っていた為、万が一、右京絡みの報復があった際のことを危惧し、何らかの情報源として生かしておくべきだということだった。

そのことを覚えていた嵐は、Jの遠距離射撃の腕があれば京極たちの救出作戦に使えると考え、公開処刑の前に鴉を通して警視庁から4人目のJを呼び寄せていた。

 

「とりあえず、少し遠いですが…車は用意してあるんで、今から俺たちのアジトに案内します。今日はそこで宿泊してもらって、明朝、ヴァチカンでの作戦に移ります。」

「わかりました。」

「なぁ〜人を殺させてくれんのかぁ?最近めっきりゴブサタでさぁ〜気が狂っちゃいそうなんだよなぁ〜え?元から狂ってるって?ヒャハハ!」

暴れる様子はないが、無駄口の多いJに全員が苛立ちを感じていた。
この男と飛行機で十数時間もの間、一緒にいたのかと思うと警護班の苦労を窺い知れるものがあった。

「あの…当日"使い物"にさえなればいいんで、今はブン殴って気絶させときましょうか…よければ、ですけど。」

「は、はぁ…いや、やめときましょう…」

本人ではなくクローン人間…直接的な恨みはないとはいえ、過去に嵐の人生を大きく狂わせたJと同じ顔、同じ性格をしたこのクローン人間に嵐は少なからずストレスを感じていた。

――いくら京極を救うための作戦とはいえ、コイツの面を再び拝むことになるとは因果な縁だな…。

 

そして、現在。

寺院広場では、絞首台のロープの前に京極と壬生が立たされたまま、しばらく教皇が熱弁を振るっている。

「お前のやるべきことはただ一つ。あの広場に現れた二人の囚人の首元に掛けられた直後にロープを撃ち切ること…わかったな?」

「はあ?ロープを…撃ち切るぅ?殺しの依頼じゃねぇのかぁ?イヤなこったぁねぇ!俺は人を殺したいんだよ。他をあたっ……」

Jがまだ話している最中にも関わらず、嵐は熱り立ってJの襟元を掴んで睨みつけた。
嵐の突飛な行動に、周囲にいた警護班の刑事たちも咄嗟に銃を構え、状況は凍りついた。

「テメェの希望なんて、聞いちゃいねぇんだよ…お前、自分が置かれてる立場わかってねぇな。」

「オイオイ、暴力は反対だな。こっちは身動き取れないんだぜ?でもまぁ、殺れるものなら殺ってみろよ。」

さきほどまでのフザケた口調から一変し、Jの言葉には殺気が滲み出ている。
嵐は我慢のリミッターが外れたのか、銃を抜きJの胸に押し当て、声色低く答えた。

「……わかった。今回のことはお前を作戦に起用した美波のミスだ。お前はもう用済みだ…消え……」

「嵐さん!!待ってください!それはいけません!!落ち着いてください!!もう間もなく処刑が始まってしまいますよ!いいんですか!!」

銃を構えて警戒していた警護班長の枚方が慌てて銃をしまい、駆け寄って嵐を制止した。

「くっ……!」

間一髪のところで我に返った嵐は掴んでいたJの襟元を放し、銃をホルスターに戻す。

「ヒャハハハッ!!ダセェ!!止められてんじゃねぇよ、嵐よぉ!!さぁ!早く殺してみろってぇ!!」

「ああ、殺ってやるさ。このミッションが終わったら好きなだけな……だから、頼む。アイツら助けてやってくれ。この通りだ。」

嵐は頭を下げ、お手本のような綺麗な礼をしてみせた。

「チッ…面白くねぇ。アンタ、意外と冷めてんぢゃん。でもさぁ、そんなことされてもやらねぇよぉ〜。」

その時だった。

「班長!あれを!!」

警護班の一人が窓の外を見て叫んだ。それに反応して、枚方と嵐は同時に窓の外へと視線を移した。
広場では教皇の演説が終わっており、さっきまで京極と壬生の目の前でぶら下がっていたロープは、二人の首に掛けられていた。

「愚かな罪人よ。今から10カウント後にお前たちには罰が下される。おお、神よ…この哀れな罪人が天に召された暁には、どうかその汚れた魂を浄化し、悔い改めさせたまえ。」

――ダメだ、間に合わない…!

「時間がない!!J!お前、本当にこの依頼引き受けちゃくれねぇのか?!」

「ケヒヒ…いいこと思いついたぜぇ……。アイツらのうち、一人だけ助けてやるよぉ。どっちか選びなぁ!!」

「…なんだ…と?……っのヤロォ!!」

その瞬間だった。

広場が悲鳴と歓声が混ざりあった声でザワついた。
それは、すなわち絞首台の床が開き、二人がロープの引力と地球の重力の相反するチカラの均衡が二人の身体の中心でぶつかり合い、二人の身体が宙吊りになったことを意味していた。

「京極だっ!!左側の京極を撃てぇっ!!」

とうとう執行された処刑の空気感に追い詰められた嵐は、咄嗟に京極を救うようJに訴えた。

「ヒャハハハッ!一人見捨てやがったぁぁ!アンタ、やっぱ最高だわ!」

Bang !!!

空を突き抜けるように鋭い、火薬の破裂した音がヴァチカン中に響き渡ると、寺院の屋根で広場とは真逆の穏やかな時間を過ごしていた鳩たちが一斉に飛び立った。
それと同時に、京極の長身が地面に落下した。ほんの数秒のことであったが、よほど苦しかったのだろう…激しく噎せている。
絞首台というのは、ゆっくりと窒息死させるものではなく、落下の衝撃により首元に掛かるロープからの圧によって頸動脈や頸椎を破壊することで死に至らしめるものである。幸い、京極はこれまでの激しいトレーニングによって培った筋肉の鎧があった為、首への衝撃に耐えることが出来たのであろう。
未だ吊るされたままの壬生も、もがけばもがくほど締め付けが深くなり自らを追い込むことになるとわかっているのであろう…微動だにしないところをみると、静かに苦しみに耐えているように見えた。

「美波!俺だ、嵐だ。イレギュラーが発生したが、とりあえず作戦開始だ、頼む!」

無線で美波に合図を送ると、嵐はすぐにJに壬生を救うようけしかけた。

「次は右のヤツのロープだ!早く!!」

「ああん?俺はどっちか1人って言っただろうがよぉ…やらねーよ。それに、見てみろよ〜今助けたヤツのほうがピンチなんぢゃねぇのぉ?」

広場では厳重な防衛線の中、鳴り響いた銃声に観衆は一気に大混乱に陥り、我先にと人混みの中を広場から避難しようとしているが、あまりに人が多く、その場で押されて転倒する老人もいれば、逃げようともせずただ瞳を閉じて祈りを捧げる者もおり、必死な若者たちは老人を足蹴にして人波を乗り越えていく。人間とは、なんて愚かで醜い生き物なのだろう。
地獄絵図としか言えない状況の中、国民のことなど気にも留めることなく教皇と神の化身エンツォは速やかにイタリア陸軍のジェノバ兵に警護されながら寺院の中へと足早に姿を消した。
絞首台の周りを巡回していた2名の甲冑の騎士たちは、絞首台で起きた異変に気付き、処刑を免れた京極を葬ろうとすぐに駆け寄って行く。
広場で起きたこの一瞬の出来事全てを見ていた嵐は京極に襲い掛かる騎士を射殺するべきか、窒息直前の苦しみにもがく壬生を救うべきかの刹那の判断に迫られていた。

――ダメだ!どちらも時間がない!どっちだ…どっちに手を差し伸べるべきなんだ…!

「クッソ!J!!あの甲冑の騎士たちを撃てっ!」

「オイオイ〜殺しはダメなんじゃなかったのかぁ?ヘヘヘ、まぁいいや。願ったり叶ったりだしな…それなら喜んでぇっっ!!」

Bang!!Bang!!

両手足を拘束されて身動きのとれない京極に斬り掛かろうとしていた騎士は、2人ともまるで丸裸で撃たれたかの如くあっさりとその場で地に伏した。

「ヒャッハーーッ!そうそう!この感じだよ!!やっぱ射殺ってのは、たーまらねぇなぁっ!!」

誰もが "この男は心底狂っている…" そう思っていたはずだった。だがこの状況ではJの人格など、もはやどうでもよかった。
甲冑の僅かな隙間を撃ち抜いたJの射撃能力の高さは、まさしく妙技であった。さすがの嵐もこのパフォーマンスには舌をまくしか出来なかった。
しかし、息つく間もなく嵐には二度も見捨てた壬生への救出という課題が残っていた。

「J、早く!!左側の男のロープも撃てって!お前に拒否権なんてねーんだよ!!」

「ああ?なんでだよ…もっと撃ち殺させてくれよぉ〜あっちにもそっちにも"的"が動き回ってるんだからさぁ〜っ!」

Bang!!

Bang!!

騎士を射殺したことで暴走のタガが外れたのか、Jは嵐の命令も聞かず、好き勝手に衛兵や民間人にまでその凶弾を放ち始めた。
突如として凶行に走ったJに警護班の面々はすぐさまJを取り押さえようと踏み出したが、警護班の手が届く前に真横にいた嵐の拳が風を切ってJの頬を穿ち、壁際までその体を吹き飛ばした。

「っざけんな!!テメェ!何してくれてんだよ、クソっ!!このままじゃ壬生がっ!!」

駆け寄った警護班に取り押さえられたJは口角から血を流しながら嘲笑している。

「ヒャハハハッ!イタリアまでお招き頂いてありがとよぉ…おかげで極中生活のいい気分転換になったぜぇ〜!」

しかし、嵐にはもはやJの声など届いていなかった。未だ吊り下がっている壬生の安否、そして作戦開始に伴い、すでに動き出しているであろう美波へのイレギュラー発生の報告がまだであること…山積みの問題を消化していくには、あまりにも時間がなさすぎた。
しかし、今は迷っている時間など許されない。
すぐに嵐はJのライフルを手に取り、スコープから壬生を吊るすロープに狙いを定めて、弾を放った。
しかし、壬生の身体は浮いたまま…焦りしかない今のこの状況が嵐の射撃能力を低下させているのは明白だったが、それを差し引いても難度は極めて高く、嵐は改めてJの能力が本物だったと痛感した。
それでも嵐は諦めることなく、何度も弾を込めて狙撃を繰り返した。

――当たれ!当たってくれっ!!

処刑執行から間もなく3分が過ぎようとしている…壬生の生存確率はもはや1%にも満たない状況だった。

その時だった…戦闘機のようなフォルムをした車がクラクションを鳴らしながら人波をかき分けて広場へと突っ込んできた。ジェノバ兵から京極を覆う形で停車したその車は特殊装甲で改造されたランボルギーニ アヴェンタドールだった。
教皇たちが避難し終えた広場では、市国警備
兵たちが観衆を避難誘導に移り、ジェノバ兵は突入してきた不審なアヴェンタドールに向けて発砲を続けている。だが、装甲は硬く、全くビクともしない様子だった。
その様子に気付いた嵐はライフルのスコープから目を外し、いよいよ慌てだした。

「クソっ!間に合わなかった!!こうなりゃ…」

ライフルを投げ捨て、無線を取り出しながら嵐は走って部屋を出た。
嘲笑しているJを押さえながら、警護班の面々は皆、呆然と嵐が出て行くのを見送ることしかできなかった。

「美波、すまない!作戦失敗だ…Jの野郎が暴発しやがって…今、そっちに向かってる!とりあえず京極だけでも乗せて、その場から退避してくれ!俺は壬生のほうを何とかする!」

"え、あ、うん…でも、壬生さん、もう…"

「わかってる!!でも置いていけないだろ!」

建物を出ると、人の波が勢いよく押し寄せてきた。まるでスペインの猛牛祭りで見る路地を突き進む猛牛から逃げてきた若者たちのように。
押し寄せる人波に阻まれ、なかなか先に進むことのできない嵐は強行策として、空に向けて発砲した。すると、逃げ惑うイタリア人たちは逃走を妨げる障害が日本人であることに気付き、戦慄しながら悲鳴をあげて元来た道を再び逃げ出していった。
向かい風から追い風となった人の流れを嵐も突き進む。

広場では、美波がすでに京極救出を済ませていた。

「京極さん!聞こえますか!?生きてますよね?!」

広場に乗り入れた後、美波はジェノバ兵の銃撃を受けている側の反対側となる運転席のガルウイングのドアを開け、京極を即座に車内に引き込み、手際よく発車。さらには追撃を交わすために発車した後、ジェノバ兵を数名、猛スピードで轢き、広場を後にした。

「あ、ああ…生きてるよ、なんとかな。」

そんなに声が出ていない…京極はまだ息苦しそうな様子だった。

「…っ!?」

「…?どうしたんだ、美波ちゃん…?」

「い、いえ、なんでもない……です…」

ルームミラー越しに、遠ざかっていく広場の中に何か見えたのか、美波は少し青ざめていた。

「嵐ちゃん…こっちはオッケー。京極さんを乗せて離脱完了したよ。」

"了解。そのまま、ヴェネツィアまで走ってくれ。リアルト橋で合流だ、いいな?"

「うん…わかった……。」

「ヴェネツィアまで行くのか?到着は夕方…か。美波ちゃん、途中で運転代わろうか?」

「ううん、いいの…明日からはもっと過酷な状況になるから……今はゆっくり休んでて。」


<< Chapter.04 EXECUTION | Chapter.06 THANATOS >>

web拍手 by FC2

チャプター04〜07のページに戻る

目次に戻る

inserted by FC2 system