Ark makes GENOCIDE

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チャプター09 怪鳥

- 怪鳥 -


1月1日 PM 2:03

長官執務室を出た後、本部の廊下を歩きながら嵐と美波はこれからについて話し合っていた。

「南極って寒いんだろうな…でもさ、南極ってどうやって行くんだ?」

「え……ん〜わかんない…」

嵐は立ち止まり、ポケットから携帯を取り出し数回タップした後、しばらく画面とにらめっこしてたかと思うと、急に顔を曇らせた。

「えっと…南米のチリから飛行機で2時間…で、チリまでは……34時間…これ、どう考えても俺たちが着く頃には世界が終わってるだろ!?」

「そんな!じゃあ、別働隊に託すしかないってこと…?」

顔を見合わせた二人は、完全に出遅れた感に呆然としていた。すると、背後から声が聞こえてきた。

「アンタたち、そんなことだろうと思ったよ。いいものがあるんだ…こっちへおいで。」

やってきたのは開発部室長のドクターだった…そして、その手には血塗れの生首が。

「おいおい!婆さん!不気味なもん持ち歩いてんじゃねぇよ!!」

「なんだい…せっかく男前なお前さんの生首を見せてやろうと思って持ってきたのに…こりゃ最高傑作と言ってもいいくらいの出来だよ」

「もういいから!わかったって!それよりいいものってなんだよ?」

生首を抱えたままのドクターに連れられ、嵐と美波の二人はMI6の本部の地下にある格納庫へとやってきた。

「フランスで廃機になった、モンスター級ジェットエンジン搭載の音速のコンコルドをそのまま手直しと改造を加えて開発した "ディアブロ"さ。でも、開発はしたものの、そんな音速で急ぐ場所などありゃしないって…ずっとこの地下倉庫に眠らせてたんだけど、まさに打ってつけのタイミングだと思ってね。これを使えば、南極まで約一時間半で行けるはずだよ。」

薄暗い格納庫に佇んでいたのは、鈍く輝くマットブラックのボディと一部カーボンに覆われた攻撃的なフォルム…横に短く後方に長く伸びた黒い主翼、コンコルドの意匠を継承した鷹の嘴のような機首、まさに見た者に恐怖を植えつける"悪魔"の名に相応しい機体だった。

「ボンドカーも真っ青なぐらいの最新鋭の機器を搭載してメンテしてあるから安心しな。これなら、いかなる局面にも対応でき……」

「すげぇよ、ドクター!めちゃくちゃカッコイイじゃん!サンキュー!さっそく借りてくぜ!」

ドクターの説明もそっちのけで、嵐は美波の手をひっぱって搭乗口まで走って行ってしまった。

「あ、ちょいと!最後まで説明を聞いていか…はぁ…やれやれ、あの子は本当にせっかちだねぇ…」

しかし、ドクターが呆れている中、ディアブロに乗り込んだ二人はあまりのメカメカしい操縦席に固まっていた。

「こ、これって…どれがエンジンスターターのボタンだ…え、いや…は?なんだこれ!こんなの素人に操縦できる訳ねーじゃんかよ!!」

ドクターが呆れていると、ディアブロから降りてきた嵐が眉をひそめながら走ってきた。

「おい、婆さん!あんなの動かせる訳ねーじゃんか!何が何のボタンかさっぱりわかんねーよ!」

「アンタが話も聞かずに乗り込むからじゃないか…ほら、これが操縦マニュアルだよ。これ見りゃ、いくらアンタでも操縦できるだろ?それと、この機体はリミッ……」

「サンキュー!ほんじゃ行ってくるぜ!」

またしてもドクターの話を聞かずに走り去っていく嵐。その表情はまるで欲しがっていたオモチャを買ってもらった子供のように、無邪気だった。

「やれやれ…あたしゃどうなっても知らないよ…」

操縦席に戻った嵐は、操縦マニュアルを手元に置き、さっそくディアブロを起動させた。

轟音のようにゆっくりと回転を始めたエンジン音はやがて気圧の違いで起こる耳鳴りのような高音のエンジン音に変わり機内へと響き渡る。

両翼についたエンジンが高速回転を始め、格納庫内に強い突風が吹き荒れる。

ドクターの白衣は激しく翻り、強風に耐えきれなくなったのか、腕で風を遮りながら視界を確保し、外へと続く地下滑走路を塞ぐ格納庫の扉を開放した。そして、すぐに地上階へと続く扉の中へと逃げるように避難した。

「おし、いくぞ…」

「う、うん…」

さすがの嵐も悪魔の嘶きのようなディアブロのエンジン音に緊張の色を隠せないでいた。

ゆっくりとアクセルを踏み込むと、機体はハイブリッドカーのようになめらかに滑走を始めた。

「は、はは…なんだ、普通じゃん!音速とか言うからちょっと身構えちまったぜ。えーっと…このままアクセルを踏み、滑走路が地上に出たら操縦桿を手前に引くと上昇し飛行する…か。なるほど…離陸後、ランディングギアは自動で収納され、その後はオート操縦モードに切り替わる。ふむふむ…パイロットは異常時のみ操縦桿を操作し、通常の飛行の場合は着陸まで特に操作の必要はない…と。よし、楽勝だな!それじゃさっさと地下から脱出して飛び立つとしますか!」

嵐は肩の荷が下りたようにリラックスし、愛車を運転するかのようにアクセルを深く踏み込んで、地上を目指した。

しかし、悪魔をそんなに簡単に手懐けられるはずなどなかった。

アクセルを深く踏み込んだ瞬間、少し後ろに引っ張りこまれるような圧を全身に感じた。

それでも嵐には離陸前はこれくらいの重力がかかるものだと、予想の範疇だった。高速道路で180km/hを出した程度のGだったからだ。

加速していく機体。長い滑走路を抜けた瞬間、嵐は操縦桿を引き、離陸を試みる。

しかし、悪魔はついにその牙を剥いた。

機体が地面を離れ、ジェットエンジンが本回転を始めた時だった…先程とは比べものにならない強度の重力が二人を襲った。全身が押し潰されそうな圧迫感に、美波は半ば気を失いそうになり、嵐は操縦桿を握っているのが精一杯の状態だった。

離陸して0コンマ数秒後、機体のコントロールパネルが自動操縦へと切り替わったことを告げるライトを点灯させた。

すぐさま嵐は操縦桿を手放し、止めどなく襲いかかる重力に意識を持っていかれないよう、重力に身を任せ、耐えている。

数秒で高度10,000フィートに到達し、外の景色は雲の上のパーフェクトブルーのみだった。安定空域に入った機体は水平飛行となり、搭乗者の保護機能装置が作動したのか、全身に襲いかかっていた重力がゆるやかに薄れていく。

「はぁ、はぁ…し、死ぬかと思ったぜ……」

「う、うん…到着まであの状態だったら私、死んでたかも…ちょ、ちょっとトイレに行ってくるね……」

おそらく尋常ではない圧迫感に、胃の中のものが込み上げてきたのだろう…嵐も同じ気持ちであったが、そこはレディーファーストということで、今しばらく口に手を当て堪え忍んだ。

ーー 一時はどうなることかと思ったけど、あとは一時間半…南極に着くまでにコンディションを整えるばかりだな。……それにしても、慌ただしく出てきちまったけど、何か…何か忘れてるような気がするんだよなぁ……

しばらくして青ざめた顔で、ミネラルウォーターのペットボトル片手に美波が戻ってきた。

改造機とはいえ、旅客機であった名残から機体の中央に位置するファーストクラスとビジネスクラスの間のサーバールームに冷蔵庫が備え付けられており、おそらく"こうなる"ことを予見していたドクターが予め、ミネラルウォーターを冷蔵庫に数本、用意していたのだ。

「水あったんだ…お、俺もちょっと行ってくるわ…」

「…………うん…」

返事するのさえも少し辛そうな青白い美波を尻目に嵐もトイレに走っていった。

しばらく経って、美波とは逆にスッキリした表情で嵐が戻ってきた。

「美波、大丈夫か…?」

「う、うん…たぶん……もうちょっとしたら良くなると思う…」

「そっか…あんまり無理すんなよ?」

「うん…ありがと……」

「ところでさ…俺、なーんか忘れてる気がするんだけどさ…それが何なのかわかんなくてさ…モヤモヤしてんだけど、美波はそういうのないか?」

虚ろな目でしばらく考える美波。

「あーーーーーーっ!!!」

落ちるところまで落ち、テンション最悪だった美波が大声で叫び立ち上がった。それに対して、あまりの高低差のある突然なリアクションに嵐は身を仰け反って驚いた。

「な、ななな、なんだよ…どうしたんだよ…ビックリしたし…何を思い出したんだ?」

「………京極さんのこと、忘れてた…」

「…………あ。」

 

 

ロンドン市街ではーー

「ヘッッックショイ!!フッ…やはりロンドンは冷えるな。いや待て、これは誰かがウワサしてるのか…いや、ないな。」

初売りで手に入れたノースフェイスの大型のショッパーを片手に、京極は寒さの厳しいロンドン市街で一人、美波からの連絡を待ちながら観光していた…置き去りにされているとも知らずに。

 

 

 

「ハハハッ!!それだ!俺もひっかかってたやつ!京極だ!すっかり忘れてた!ハハハッ!」

嵐は大爆笑している。クールな京極が完全に忘れられ、置き去りにされている状況を想像すると笑いが止まらなかったのだろう。

「嵐ちゃん!笑ったらカワイソウだよ…フフッ」

「いやいや!美波も笑ってるじゃねぇか!いやでも、どうしようか…マジで」

「とりあえず、電話してみる…ね?」

「ああ、そうだな…京極、きっと怒るだろうな…自分が忘れ去られていたなんて知ったら…ククッ」

「もう嵐ちゃん…笑いすぎだって…電話するから静かにしててね……あれ?繋がら…うわ、圏外だ」

それもそのはずだった…地上にいくら優れた電波塔があったとしても、高度10,000フィートの上空に電波が届くとは考え難い。

「あーあ、こりゃ南極に着くまで京極とは連絡取れねーな…」

「どうしよう…ていうか、なんかもう一気に気分悪いのどっかいっちゃったよ…」

「ショック療法ってやつだな。ま、いいんじゃね?京極のことだ、場所はわかってるんだし、なんとかして来るだろ…来る頃には終わってるかもしれねーけど!」

嵐はまだツボなのか、自分で言ったことにツッコミを入れて含み笑いしている。

「もう…嵐ちゃん……」

しつこい嵐の隣から冷たい視線が飛んでくる。

「わーかったって。まぁ、とりあえず、南極に着いたら連絡だな。京極抜きで訳のわからない甲冑部隊と神の名を騙るペテン師と右京を相手にするのは少し骨が折れそうだしな…」

操縦席で腕を組み、遠くを見つめながら、しばらく押し黙った。

京極をどうやって南極に召集するか…現実的な方法として、思い浮かんだのは二人とも一案だけのようだった。

「も、戻るか…」

「そう…なるよね……」

「戻り方がわかんねぇな…えっと、マニュアルはっと…」

月刊のファッション誌ほどの厚さの操縦マニュアルを開き、180度旋回およびMI6本部に戻った際の着陸方法を探していく中で、ふとページをめくる手が止まった。

「……これ…」

興味深そうにそのページを凝視しながら呟いた。

〜iOSおよびAndroidの専用アプリによる機体の遠隔操作方法〜

「いける!これでいこう!!俺たちはとりあえずこのまま南極に向かう。そして、そこからアプリで遠隔操作して機体だけをロンドンに戻す!どうだ?」

「うん!往復と往路のトータル3回…所要時間を合わせても約4時間半だし、これなら京極さんもきっと間に合うかも!」

 

ーー1時間半後

 

ディアブロ機内 PM 3:56

二人は青ざめた顔をして、それぞれのトイレから出てきた。

「ゆ、油断してたぜ…まさか着陸の時にも強烈なGに見舞われるとは…はぁはぁ」

「う、うん……」

「と、とりあえず…降りて、京極に電話だな……」

「うん……」

二人はトレッキング用のダウンパーカーを着込み、フードをかぶって虚ろな表情で階段を下り、ディアブロから外に出た。

降り立った場所は見渡す限りの氷原で、まさに一面の銀世界だった。

「そ、想像以上だな…なんか、一気に酔いが覚めたというか…もう鼻が千切れそうなんだけど…」

天候は晴れている。しかし、希少現象であるはずのダイヤモンドダストが当たり前のように吹き荒ぶ風に混じって太陽の光を反射し、至る所で小さく輝いている。

「電波は…すごい4本MAXで立ってる…じゃあ、京極さんに電話するね」

「ああ、なるべくプライドを傷付けないようにな…」

嵐はまた思い出したのか、含み笑いで美波に話した。

「……もう、嵐ちゃんて意地悪なんだから。……あ、もしもし?京極さん?」

 

 

英国首都 ロンドン市街

「やあ、美波ちゃん。連絡がずっとなかったから、もしかして置いて行かれたのかと思ったぜ」

"え….あ、いや…そのぉ…ハハハ…"

「ん?どうしたんだ、美波ちゃん?」

"じつは…その"まさか"でして……置いて来ちゃいました…"

「……ま、またまた…そんな悪い冗談、美波ちゃんらしくないんじゃないか?」

"い、いやぁ…それが冗談じゃなくて本当に忘れてて…今、南極に着いたところなんです…ごめんなさい!"

あまりに衝撃的だったのか、京極は返答に詰まっており、しばらく無言になってしまった。

隣で聞いていた嵐は京極のリアクションに全力で笑いを堪えている。

そんな不謹慎な嵐を一瞥してから美波は今後の経緯について説明しようとすると、先に京極が口を開いた。

「今、南極って言ったよね?南極ってそんな短時間で行けるのか…?まぁ、とりあえず、俺も今から向かう。嵐も一緒なのか?」

"はい、嵐ちゃんも一緒です!そう、そのことなんですけど…ちょっと裏ワザというか、正攻法ではない方法で来たので…今からMI6の特殊なジェット機をそちらに用意するので、それに乗って南極に来てください!それに乗れば1時間半で来ることができます"

「なるほど…わかった。そのジェットはどこに行けば乗れるんだい?」

今からと言ったものの、"今から機体を戻して"という肝心な部分は伝わっていなかったようで、美波は気まずそうに説明した。

"あ、えーっと…あのぉ、今から、私達が乗ってきた機体を遠隔操作でロンドンに帰港させるので…あと1時間半待って、それに乗って来てください…すみません"

「そ、そういうことか…了解…。南極に向けての準備でもして待っておくよ」

南極向けにすでに購入した大きな買い物袋を片手に優しい嘘をつく…京極らしい女性に対しての大人の対応だった。

ーーさて、今から1時間半か…あそこにでも行ってみるか。

 

 

南極 PM 4:08

「それじゃあ、ロンドンに戻すね…えっと、目的地を設定して…起動…ポチッとな」

「美波…ネタが古いって……」

氷原の中、美波が携帯アプリで操作を完了させると、ディアブロは再び悪魔の嘶きのようなエンジン音を上げる。エンジンの回転が巻き起こす気圧の変化は、吹き荒ぶ風をさらに強くし、猛威を奮って嵐たちに襲いかかる。

立っているのがやっとの二人を尻目に、ディアブロはゆっくりと走り出し200mほど進んだところで空へと飛び立ち、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。

「いっちゃったね…」

「ああ…さて、これからどうするか。ここじゃカフェで時間を潰す訳にもいかない。つーか、寒い!いや、もう通り越して痛い!とりあえず、寒さを凌げる場所…見た感じ、何もねぇよな…」

「う、うーん…昭和基地にお世話になる…とか?」


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