Ark makes GENOCIDE

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チャプター22 潜入

- 潜入 -


「嵐ちゃん!嵐ちゃんなの!?いだっ!!」

さきほどまで成功率の低い作戦に半強制的に引きずり込まれ、意気消沈していた美波はあまりの喜びと驚きに立ち上がった…が、立ち上がれるほどの高さのない平たい機体であったため、天井に勢いよく頭をぶつけた。

『オ、オイ…大丈夫か?ああ、俺だよ。南極から脱出するのにかなり手間取って、さっきようやく陸に上がれたとこさ』

「よかった…ほんとに…ほんとに心配してたんだから…もう会えないと思った…。今、どこにいるの…?」

『ああ、すまなかった。俺も今回ばかりはマジでヤバかったぜ…。今はオーストラリアのメルボルンにいるんだけど…ただ…京極がな……』

電話越しの嵐の声が極端に暗くなったことに勘づき、美波の中で悪い予感が込み上げてきた。

「……え、きょ、京極さんが、どうか…したの…?」

「その…意識不明っつーか、半分死んでて…いや、生きてんだけど…あ゛ー!とにかく!ちょっとややこしい状況なんだよ…ていうか、やけにゴーって音がして騒がしくないか?美波、お前はいったい今どこにいるんだ…?」

「それが……」

バチカンでの京極と壬生の公開処刑を阻止する為に、自分たちが監獄から解き放ったJが脱走していたこと、そして元米大統領のハスラーのSPとして、京極のクローンの疑いのある高瀬川が現れ、その男が同僚であるエレノア殺しで逮捕され、収監されようとしていたところにJが現れ、護送車を襲い高瀬川の身柄を手に入れたこと…話さなければならないことを端的に要点だけをまとめて美波は嵐にざっくりと説明をした…そして今、その2人を捕まえるべく鴉長官の秘書である深草と共に2人であり得ない作戦に移ろうとしていることも。

「……マジかよ…エレノアが。美波、大変だったな。…ん?待てよ、京極のクローン!?いや、それよりその作戦、本当にやるのか…?」

さすがの破天荒な嵐も、映画の中の非現実的な作戦を真似ることに苦笑いを浮かべているようだった。

「だってぇ!仕方ないじゃん…大きな声では言えないけど、深草さんがやるって…聞かないんだもん…」

「まぁ、それだけ自信があるなら、大丈夫…なのかな…はは。それより、その高瀬川って男…京極のクローンで間違いないんだよな!?そいつ、使えるぞ!美波、高瀬川だけは絶対に死なせずに生け捕りにしてくれ。もしかしたら…これも非現実的だけど、京極が助かるかもしれない。とりあえず、俺たちは今からドイツに向かう。詳しいことはまた連絡する。潜入作戦、気をつけろよ!じゃあな!」

電話を切った美波の表情を見て、すかさず深草がツッこんできた。

「美波ちゃん…顔。顔がゆるみまくってるって…。彼氏、生きてたのね…よかったじゃない。でも、そんな浮かれててこの後の乗り移り、足踏み外したりして失敗しないでよ?」

ほっこりとした気分を一瞬で現実に引き戻された美波は、ややムスッとした顔に変わり、口を尖らせた。

「美波ちゃんってコロコロ表情が変わってかわいいね。私が男だったら、ほっとかないんだけどなぁ」

ーーいや、中身は男じゃん。むしろ、ほっといてほしい…

美波は喉元まで出かかった言葉を心の中でのツッコミに切り替えた。

「お二人とも、レーダーにエミレーツ航空の318便を感知しました。このまま接近して機長に連絡を取り、貨物室のハッチを解錠するよう依頼してみます。その後、連結作業に入ってもよろしいでしょうか?」

美波と深草の兄妹漫才を他所に、戦闘機のパイロットからの連絡に空気がピリつき始める。

「ええ、もちろんよ。丁寧かつ迅速にお願いするわ」

「了解しました!」

「いよいよね…まずは私が乗り込むから、美波ちゃんは私の後に続いてくれるかしら?」

「わかりました」

強張った返事から美波の緊張は見て取れた。

W応答せよ。こちら、習志野分屯基地より航空自衛隊所属、ステルス機ヴェルファイア。当機体はこれより、そちら318便機と連結を行い、特殊部隊を送り込んでテロリスト鎮圧作戦に移る。そちらの現在の状況の報告を願います"

パイロットは、ハイジャック犯が機長室にいる可能性を考慮してエミレーツ航空の機長へ、モールス信号にて通信を始めた。

 

ーー2分後

 

"現在、ビジネスクラスの乗客全員が人質に取られており、乗務員1名が負傷。尚、テロリストは機長室には不在、このまま連結作業に移行願います"

「アイツら、馬鹿ねぇ…ハイジャックしたのに機長室にいないなんて。まぁ、2人だから人手不足っていうのもあるのでしょうけど。パイロットが勝手に行き先変えちゃって別の場所に着地でもしたらどうするつもりなのかしら…」

「死傷者がいなくて、負傷者だけっていうのも何か不思議ですね…あの連中だったら遊び半分で殺しを行いそうなのに…」

「もし罠だったら、一番手の私が囮になるから、私のことは気にせずに奴らを葬ってね?」

「う、うう…はい、やってみます…」

美波の度胸を試しているのか、それとも困った表情を見て楽しんでいるのか…深草はクールに微笑んだ。

すると、美波たちが乗るステルス戦闘機の機体が大きく揺れた。

「これより、連結装置を旅客機に接続しますので、突入準備をお願いします」

「了解!さあ、ここからが私たちの腕の見せ所よ。アイツら、ボッコボコにしてやりましょ」

「……あはは、私はそういうキャラじゃないんですけどね…」

ヘルメットのバイザーを下ろし、ステルス機の上部ハッチの下に立ち、連結を待つ。
外では蛇腹のような連結装置が次第にゆっくりと伸びてゆき、旅客機の貨物室ハッチの扉を覆う寸前で、強力な磁力を発生させ旅客機を引き寄せた。

どちらの機内でもちょっとした気流に入ったぐらいの衝撃しか起きていない為、高瀬川たちに気付かれたということはないだろう。

「連結、完了しました!健闘を祈ります…お気を付けて!」

連結装置内はおよそ2m半ほどの距離で、折りたたみ式のハシゴを手早く組み上げて伸ばし、深草は勢いよくハシゴを駆け上っていく。
連結装置内はとてつもない冷気が漂っており、下で待機している美波のところにもその冷気が流れ込んできた。
深草が貨物室の外部ハッチのノブを引くと、圧縮された空気が音を立てて吹き出す。
扉を開けて貨物室の床に腕をかけ、深草はそのまま吸い込まれるように這い上がっていった。
美波も深草に続き、ハシゴに手をかける。

ーー大丈夫、たった2m半のハシゴだもん、すぐに登りきれる…よし!

美波はハシゴを慎重に登っていき、深草の待つ貨物室の扉の前にさしかかった、その時だった…機体が大きく揺れ、美波はハシゴから足を滑らせた…が、手はハシゴを掴んでおり、落下は免れた。

「美波ちゃん、大丈夫?…マズイわね、乱気流に入ったっぽい揺れだったわ…早く上がってきなさい!」

美波は言われた通りに足をハシゴに掛けて、登り切ろうとすると今度は通信が入った。

 

『こちら、航空自衛隊ステルス戦闘機アルファ1。現在、乱気流に突入した模様。このままの連結は機体の損傷と事故を招きかねない為、5秒後に離脱する。速やかにどちらかの機体への避難を願います!』

 

「マズイっ!美波ちゃん、早く!!」

「そ、そんな!5秒とか!」

「いいから!急ぎなさい!死ぬわよ!!」

深草が血相を変えて手を差し伸べている。その手に届くまであと40cmほど…美波は慌ててハシゴを登り始める。
そして、なんとか深草の手を掴んだ瞬間だった…今度は連結部分を覆っていた蛇腹がエミレーツ航空機の底部から離れ、縮小を始めたのだ。
その途端に、美波の身体は隙間から入り込んだ強力な気流に晒され、ハシゴから引き離された。

ーーうっ!!このままじゃ……

「諦めないで!!一気に引き上げるわよ!!」

深草の細い腕からは今にも破裂しそうな血管が浮かび上がり、火事場のクソ力とも言わんばかりの腕力で美波の身体を船体の中まで一気に引き上げた。
深草の機転により、なんとか機体に乗り込めた美波は地面にへたり込み、大きく息を吐き出した。

「ほ、ほんとに死ぬかと思った…」

「そんなこと…はぁはぁ……させないわよ…私の作戦で死なれたら寝覚めが悪いじゃない…はぁ……」

さすがの深草も思わぬアクシデントに労力を費やしたせいか息切れがひどく、くたびれていた。

「あ、ありがとうございます…でも、こんな作戦、もう二度とごめんです……」

「ええ、そうね…考案した私が言うのも何だけど、同感だわ…」

ひとまず、深草は立ち上がって機体底部のハッチの扉を閉めた。
乱気流に入ったとはいえ、ドタバタと貨物室で音を立ててしまった以上、もはや機内の高瀬川たちに気付かれていないはずがない…深草は思い詰めた面持ちでここからの本作戦前に出来た不安要素を危惧していた。

「とりあえず、奴らに潜入を気付かれてしまったかもしれない。この貨物室を抜けて、慎重に客席の区画の様子を見てみましょうか。乗客にどのくらい犠牲が出るかは分からないけれど、なるべく早くカタを付けてしまわないとね…高瀬川に関しては生け捕り…にするのよね?」

「はい、嵐ちゃんが京極さんを救うのに必要使えるかもしれないって言ってたので…ちょっとどういう意味かまではわからないんですけど」

「了解。でもさ、私としてはJのやつも雇い主のことや色々聞きたいことがあるのよね…だから、ひとまず発見し次第、捕縛ということにしましょう…こちらに危険が及び、やむを得ない場合を除いては」

辛くも映画のような最悪の事態は免れたものの、漂う緊張感から美波はここからが本番なのだと改めて気付かされ、険しい表情で頷いた。

 

 

1月17日 オーストラリア
ビクトリア州 メルボルン港
PM 2:52

「ありがとう、助かったよ」

「いいってことよ!困った時はお互い様ってな!」

「…アンタ、見た目通りの暑苦しさだな。でも、嫌いじゃないぜ、そういうの」

「お前さん、それ、褒めてんのか貶してんのか、どっちだよ…。そんなことより、これからどうするんだ?そこの兄ちゃん、ヤバイんだろ?」

メルボルン港のコンテナ区画で作業主任をしているマスタングという男の協力で、美波と連絡が取れた嵐。
事務所の窓から見える外では、壬生と米軍用艦シーウルフVの船医らしい派手な女医が何やら話し込んでいる。
そして、事務所のソファには人工呼吸器で強制的に息だけをしている京極が静かに横たわっていた。

「幸か不幸か、奇跡的に身体は見つかった…京極の命を繋ぎ止めるために、ドイツへ向かう!」

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