LASTING the SIRENS

ホーム 小説のページ プロフィールなど 映像コンテンツ SPコンテンツ リンクについて

チャプター06 生存

- 生存 -



「目標らしき人物が現れたわ!今すぐ中央グラウンドの全てのライトを点灯して!!早く!!」

鴉が無線で指示を出している。鴉はこんなにも焦っているというのに、当の俺は何故か不気味なほどに落ち着いていた。

――声の聴こえた距離からして、Jは近くにいる…右か…左か…前か後ろか…。

Jも自分が降り立った位置の状況を読み取ったのか、いっさい音という音を発さなくなった。Jがもし、かなりの手練れだとしたら、こちらが下手に動くと、距離や方向を計算してこの暗闇の中でも撃ってきかねない。

――いた…。

あるものを認識したときには、俺の体はすでに動いていた。

その瞬間、辺り一面が真昼のように明るくなる…ライトが点灯されたのだ。
銃を構えた右腕と平行に、鈍く輝く銃口がこちらに向けられている。そして、鴉もまた、俺と同じ状況に置かれていた。俺たちが向けた銃口の先にいたのは、やはりJそのものだった…。

「へぇ…お前ら、やるじゃぁん。俺がここにいるってよくわかったなぁ…。」

「ナメんなって。血の匂いがプンプンしてんだよ。派手に暴れ過ぎて返り血浴びまくってたんだろ。意外にツメが甘ぇんだな。」

「クヘヘ、おもしれぇ!やっぱお前ぇおもしれぇよ!!こないだ、殺さなくてよかったぜ。」

「動けそうにないクセに、やけに強がってんじゃん。」

Jは腰を落とし、片足をついていた。おそらく飛び降りてきた時の衝撃に脚が耐えられなかったのだろう。普通の人間が3階くらいから飛び降りたら、そりゃあ無傷で済む訳がない。そんな状態であるにも関わらず、そしてアウェーな地上に降りても応戦してくるガッツに内心、俺は少したじろいでいた。

「貴方には色々と訊きたいことがあるの。大人しく観念した方が良いんじゃなくって?」

「こっちの女は…デカか。ヘヘッ…お前に話すことは何もねぇよ。とっとと失せろ。」

一癖あるヤツだとは思っていたが、鴉はJの挑発になど、まるで動じることなく平然としている。

「よぉ、嵐ぃ。俺ってさ、もうそんなに長くねぇんだわ。だーかーらぁ…お前には一つ、面白い話を聞か せてやるよぉ。」

面白い話?こういう場合、たいていは面白くない話で、そういうイヤな予感が当たる。しかし、人間というのは難儀な生き物で、そうやって焦らす言い方をされると、悪い話だと判っていても気になってしまう。好奇心や怖いもの見たさってやつだろう。

「なんだよ、面白い話って…まぁいい。聞いてやるよ。」

Jは俺の密かな動揺など全て見透かしているかのように、ニヤリと笑みを浮かべ、一息ついて呟いた。

「お前の元カノ…キョウコだっけ?フフッ……今も生きてるぜ…?ヒャハハハハッ!!」

話し終え、勝ち誇ったかのように高笑いをすると同時にJは大量の血を吐き出し、それでも笑いながらその場に倒れた。鴉がすぐに駆け寄り、首筋の脈を探っている。ただ、俺の眼にはそれらの光景がスローモーションのように緩やかに流れていた。Jの言葉で、完全に脳から発せられる体を動かすための信号が途絶え、微動だにできなくなったようだ。

「…きょ、響子が…生き…て…ウソ…だろ。」

視界が今よりもさらに白く霞がかっていき、まるで砂丘に飲まれていくかのように景色が目の前から静かに消えていった。

「………あ…らし…君!ちょ…っと!…しっか……りしなさ…いよ!」

声が…音が…光が…すべてが遠退いていく。

――キョウ…コ…。

 

 

 

「やれやれ…可愛すぎるのも考えものだな。」

「放せっ!!俺は何もしてないだろ!!」

「何もしてないって、お前…もう少しまともなウソつけよ。法律のことはあまり詳しくないが…お前のしてることは明らかに不法侵入とか?婦女暴行未遂?的なことだぜ?放してもいいが、その代わり、放した瞬間、お前の生首が宙を舞うことになるがな。」

「そうか…わかったぞ!お、お前も泉莉のこと、狙ってるんだろ!殺してやる!殺してやる!!」

「オイ…お前、それぐらいにしとけよ。俺は昔ほど心が広い訳じゃないんだ…またいつアイツが目を覚ますかも解らない…うっかり殺されたくないなら大人しくしておいたほうが身のためだぞ。」

全く…よりによって、どうしてこの俺だけが別行動で、しかもSECONDの交渉人であるこのお嬢ちゃんのボディガードに選ばれたのか。真希の指揮下だからこそ、俺が女には手を出せないという算段か?相変わらず悪趣味な女だ。こんな任務、ヒマを持て余すだけと思っていたが、意外にも美女に虫が集ってきて、それを駆除することもできたから、まぁまだ良しとするが。

「お嬢さん、お怪我はありませんか?…なんてな。」

「あ、ありがとうございます…。京極さんが来てくれなかったら私…本当に怖かったです…。」

オイオイ…止めてくれ。そんな潤んだ瞳で見上げられたら、鋼の鎖で繋がれてる俺といえども歯止めがきかなくなっちゃうだろ。それにしても、硬派のあの嵐のヤツでさえも運命的な彼女がいるのにこの女には、けっこう入れ込んでるようだったし、自覚はないようだがこの娘、なかなかの魔性…だな。

「構わんよ。よし…じゃあ、とりあえず、捕まえたこの変態の上司に報告しとくか。また何かあったら呼んでくれ。近くにいるから。」

やはり一人暮らしの女の部屋はいつ来てもいいもんだな…香りというか、微量なフェロモンが漂っている。俺は後ろ髪を引かれながらも、部屋を後にした。

「あーもしもし、鞍馬か?こちら、京極だ。今しがたお宅のとこの兵隊を一名、婦女暴行未遂で現行犯逮捕したが…どうする?俺の仕事じゃねぇし、できれば連れて帰ってほしいんだがな。あー頼む。それじゃあな。」

上司がそんなんだから、部下もこうなるんだろうな。鞍馬…全く根暗そうなヤツだ。気のない返事ばかりしやがって…。

 

 

 

6月22日
AM 11:08

目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。

「よぉ…ようやくお目覚めか。」

首を傾けると、そこには京極が簡易な造りのパイプ椅子に脚を組んで座っていた。

「ここ、何処だ…?それに、どうしてアンタがいるんだよ。」

「…フッ、まぁそう言うなよ。ここは警視庁の医務室だ。俺がいる理由は…後で解るさ。」

――警視庁の医務室…?そういえば、府中刑務所で意識を無くした…気がする。

すると、病室の扉が開いた。

「あ!嵐ちゃん!目が覚めたんだね!大丈夫!?」

美波は部屋に入ってくるなり、ベッドに駆け寄ってきて俺の手を両手でグッと包み込んだ。

「あ、ああ…大丈夫だ。」

美波…響子と似た空気を持つ女。俺、昨日まで夢に出てくるほどに惹かれてたよな…?どうしてだろう…Jの最期の言葉を聞いてから何かおかしい…ダメだ…頭がまだ“響子”のことを考えることを拒絶している。

「本当に大丈夫…?なんか、苦しそうだよ…?」

「悪い…ちょっと京極と話したいことがあるんだ。少しだけ二人にしてくれないか…?」

「え…あ、う、うん…ごめんね、気が付かなくて…。じゃあ、今日は帰るね。また明日…来ても…いいかな?」

ワガママを言っているのは俺なのに、美波はとても申し訳なさそうな顔をして俺に訊いてきた。

「いいとも!なんてな。ああ、構わないぜ。ただ、明日には退院してるかもしれねぇけどな。」

健気な美波にこれ以上、余計な心配はかけたくない…俺はガラにもなく笑顔で美波に応えてやった。すると、萎れた花が再び開いたかのように心から笑顔を浮かべ、無防備な俺の頬にチュッと口づけてから嬉しそうに部屋を出て行った。

「お前ら…見せつけてくれるよな。付き合ってるのか?」

京極は嫉妬しているのか呆れているのか、よく解らない表情でこちらを見ていた。俺だって、まさかのホッペにチュウで驚いてる…そんな目で見るなって。

「…で、話ってなんだよ?」

「ああ…ちょっと聞きたいんだけどさ…。4年前、京極…いや、綾部は響子を殺したんだよな?」

「…は?またその話か…ああ、そうだ。俺の中の闇がお前から大切な女を奪った。覚えちゃいないが、おそらく確信犯だ。お前を暗殺に来たのに、間がさして殺すよりもお前が苦しむ姿を見てみたくなったんだろうな…その方が楽しいと思ったんだろう。我ながら悪趣味だよ。」

「…だよな。でもさ昨日…その…生きていたJが最期に言ったんだよ…。」

京極は黙って聞いている。

「……響子は今も生きてるって。」

「な、なに…オイオイ、冗談だろ。そんな出任せ信じるのか?お前見たんだろ…響子ちゃんが胸から血を流して冷たくなっていく様を!それで生きている訳がない!」

「わかってる!!だけど…もっと悲惨な死に方をしたJだって生きていたんだぞ!どんなカラクリかは解んねぇけど、響子だって生きててもおかしくないだろ!火のないところに煙は立たないって言うじゃねぇか!そもそもJが何の為にそんなウソつく必要があるんだよ!」

「そんなの…お前を混乱させる為だろ。Jみたいな狂人が一人でテロ活動なんて行う訳がない…俺がJなら、もっとジワジワと楽しく殺っていく。Jは棄て駒だ…バックにはJACKALに恨みを持つ大物が潜んでいるはず。そいつがJを使ってお前の精神破壊を狙ったんだろ。とにかく落ち着け…そうやって突っ走るところがお前の悪いところだ。」

京極が言っていることは解る…解るさ。でも、たとえ雲を掴むような話でも、可能性がゼロじゃないなら、俺はその可能性に賭けたいんだ…

「京極、頼む…響子を…鴉に頼んで、響子の捜索を…お願いだ……。」

俺は素足を地面に下ろし、ベッドから零れ落ちるように地面に落ちて、ほんの少し汗ばんだ額を冷たい床にくっつけて懇願した。

「……お前…そこまでして…。ったく…わかったよ。鴉に頼んでみる。これで何の手がかりも出なけりゃ、さすがにお前も諦めがつくだろ。」

「……ああ、ありがとう。」

俺はそのまま、床から伝わる心地よい冷たさに誘われて、再び深い眠りに堕ちた…。

 

――嵐ちゃん…そんなに響子さんのことを…。

 

7月7日

警視庁の全面協力による響子の捜索開始から2週間が過ぎた。
手がかりは依然として何も得られていない。さすがの俺も響子の生存を半ば諦めかけていた。
やはり、京極の言った通り、俺に精神的ダメージを与えるのを目的としたガセだったのかもしれない。
府中刑務所でJが謎の死を遂げて以来、爆破テロもパッタリと起きなくなった…これに関しては、京極の読みがハズレていたのかも。おそらく爆破の実行犯はJだったのだろう。負け犬の遠吠えじゃないが、死ぬ間際に俺に何かしらのダメージを与えたかったのか…いや、ただ単に俺を苦しませたくて言った出任せか…Jなら俺を苦しめるのに理由もなくウソをつく愉快犯でも不自然な気がしない。
しかし、そんなことを考えたところで、真実は闇の中だ。響子の生存の是非も解らない今のままでは、おそらく進展は望めないだろう。

警視庁 4F
レストルーム

こじんまりとした喫煙ブースの中で缶コーヒーを片手に煙草を吸っていると、ピンヒールの派手な足音が忙しないテンポで近付いてきた。

「嵐君!ここにいたのね!」

――ん?

「ついさっき、京都府警にいる私の元部下、北山から連絡があったの…綾乃って子、貴方の知り合いよね?京都の貴方の自宅で何者かに撃たれたらしいわ…。」

「な、綾乃が…っ?!」

思わず缶コーヒーを握りつぶしてしまった…というのも、若干、息を切らした鴉の表情から俺は“撃たれた”という、その言葉の意味が決して軽いものではないということを予感したからだ。
響子のことで頭がパンクしていたが、そうだ…俺には響子の妹であり、その姿はまるで響子の生き写しのような綾乃という彼女がいた。
なんという皮肉だ…死んだはずの響子が生きているかもしれないという時に、本来俺が一番守ってやらなければならない綾乃が犠牲になるなんて…。

「貴方、一度京都に戻りなさい。心配しなくても、響子さんの捜索はこちらで継続して進めておくから。いいわね?」

出会ってからまだ日は浅いが、このとき初めて鴉の器の大きさを感じ、信頼に足るべき人物だと確信した…。

 

PM07:14
東京駅

“間もなく電車が発車します。非常に危険ですので駆け込み乗車はされないようお願い申し上げます。”

「響子のこと、宜しくお願いします…。」

「ええ、少しでも手掛かりが見つかったら、連絡するわ。あと、京もこちらで捜索の手伝いをしてくれるそうよ。くだらない意地なんて捨てて、電話でもいいから、ちゃんとお礼を言っておきなさいよ
?」

京極が響子の捜索に…?なんだよ、それ…チクショウ。カッコつけやがって。

「……考えとく…。」

「フフ…可愛いげがないわね。」

そう言って鴉は美しく整った顔を少しほころばせた。

――さて…今から京都まで2時間…ひと眠りするか。

発車した新幹線の中を揺られながら歩く。適当な位置で乗り込んでしまったため、指定席の場所を探して先頭に向かって通路を進んで行く。

――えっと、3号車の12D…っと…あったあった。

3号車に移ってすぐに見つけた自分の席と思われる位置の横にはすでに誰かが腰かけていた。座席の横にたどり着いて俺は唖然とした。

「ど、どうしてここにいるんだよ…。」

俺の隣の席の12Eで座っていたのは…美波だった。しかも、ご丁寧に俺の席のドリンクホルダーには缶コーヒーが置かれていた。

「……来ちゃった♪」

なんだよ、そのリアクション…ラブコメか!とツッコミそうになった…。無邪気な笑みを浮かべて、こっちに手招きしている。

「来ちゃった♪…じゃねぇよ。人のシートの横で何してるんだよ。」

「気分転換に京都観光でもしよーと思って♪大丈夫…嵐ちゃんのジャマは絶対にしないから。」

ちょっと待ってくれ…今から俺は彼女に会いに行くんだぞ…そして、その彼女が撃たれて、死ぬかもしれないっていう状況で、別の女連れて帰ってきたら、確実にややこしい方向に行くだろうが…カンベンしてくれよ。あーダメだ…ややこしい。俺は京極じゃねぇんだ…そんな面倒な修羅場はごめんだ。

「乗ってしまった以上、降りろとは言わない…でも、絶対に別行動だからな?いいな?絶対だぞ。」

「え、そんなぁ……いいぢゃん、ちょっとぐらい!……ねっ?お願い!ダメ?」

そんな悲しそうな顔するなよ…俺が泣きたいくらいだっていうのに。響子が生きている…綾乃が死にかけている…そして第三の女が甘えてきてる…なんだこれ。…ったく、モテキか!?恋が攻めてきたってか。あーあ。

「ダメだ。じゃあ、俺はしばらく寝るからな。」

「えぇ…嵐ちゃん…なんか冷たい…。私、嵐ちゃんと一緒にいたかっただけなのに…。」

オイオイ…何気にさらっと爆弾発言出てますけど?!
でも、たしかに“俺が絶対に守ってやる”って言ったのも事実だ。実行犯のJが消えたとはいえ、まだ他にも俺たちを狙う脅威がなくなったという保証はない。現に綾乃は撃たれた訳だし。ただ、苦しんでいるかもしれない綾乃を余所に、2時間の旅の道中、俺だけが浮かれて別の女と楽しくお話ししながら…なんて気分にはどうしてもなれなかった。

「いやいや…だから、冷たいとかじゃなくてさ…なんていうか、今の俺の状況わかるだろ?悪ぃけど、今は美波の相手し……

「私じゃ…ダメかな……?」

私じゃダメかな…って、どっかで聞いたな、このセリフ…20世紀にあったトレンディドラマの名言みたいだ…。まぁ、ダメじゃないけど…いや、むしろ大歓げ…って、ダメだろ!?ダメだダメだ!

「わ、わりぃ…やっぱ今は…ダメだわ。アイツが…綾乃が苦しんでい…」

“まもなく新横浜、新横浜。お降りの際はお忘れもののないようご注意ください。”

車内アナウンスに遮られた…いや、どちらかと言うと“助けられた”という表現が適切かもしれない。
とはいえ、気マズすぎる状況に変わりはなく、むしろ今のアナウンスの介入で沈黙が生まれたせいか、風を切る音と時速300kmを超えるほどの速度を生み出してるとは思えないハイブリッド並みの微弱な滑走音だけが二人を包み始める。
はぁ…俺ってどこまで不器用なんだよ。こんな美人に言い寄られてるっていうのに、カタブツ気取って丁重にお断りするなんて…こういう状況に限るが、京極の女の扱いの器用さは羨むべきものだと思った。

「…嵐ちゃん、ごめんね。嵐ちゃんの気持ちも考えないで私、自己中だったよね…新横浜で降りて東京に戻るから、安心して。」

うぐっ…なんかいよいよ俺が悪者っぽい雰囲気になってきたじゃねーか…

「ちょ、ちょっと待てよ…別にそこまでしなくても、観光くらいは…いいんじゃねぇかな…俺は観光案内してやれねーけどさ…」

そんな弁解やらフォローでアタフタしている内に、新横浜へと到着してしまった。
俺の声などもう美波の耳には届いていないのか、美波は勢いよく立ち上がり、モノグラムのトートバッグを握りしめて降りようとする。咄嗟に俺も立ち上がった。俺の手は無意識に美波の細い手首をグッと掴んでいた。

「だから待てって…。」

しっかりと手首を掴んだ力強さとは逆に、内心は目に見えない何かに飲み込まれてしまいそうな不安で揺れていた。だが、そんな心を見せずに穏やかな表情で美波を見つめる。とにかく意識と理性を保つことで精一杯だった…このときばかりはほんの少しだが、響子や綾乃のことが頭から離れていた気がする。
それは……立ち去る美波の瞳から流れ出ていたものがあまりにも儚く、そして美しすぎたから。

「ごめん…俺が悪かった。ちょっと色々なことがありすぎて、どうかしてたよ。とりあえず、京都まで行こう…な?」

「……うん。」

美波の亜麻色の瞳を見ていると、自分の意志が溶けていくような…そして何かに憑かれているような感覚だった。
その見えない力の意のままに、俯いた美波を引き寄せ、再び席についた。美波は頭を俺の肩に預け、紅く染まった眼を静かに閉じた…互いの指を絡ませ合いながら。

 

 

 

PM 8:52
西麻布 とあるダイニングバー

「はぁっ?!マジか…。」

「ええ、マジよ。見れないのは残念だけれど、想像しただけでも面白そうじゃない?あの二人、どうなると思う?」

「どうなると思う?…じゃないだろ。お前ってやつは…全く、悪趣味すぎる。」

「だって、仕方ないじゃない…美波ちゃんが“私も京都に行きたい”って志願してきたのよ?あんな可愛い子のお願い、断れると思う?お姉さん、嬉しくてすぐにチケット手配してあげちゃったわよ。」

「……お前が言うと気持ち悪いって。そんなガラじゃないだろ。」

嵐が京都へ向かったその後、俺と真希は麻布のダイニングバー“ベネディクト・ムーン”でひとときのランデブーを楽しんでいた。
京都に残してきた彼女、綾乃が撃たれたという京都府警からの連絡を聞いて、嵐はすぐに京都に向かったのだが、真希の“粋な計らい”で、無関係の美波までもが京都に向かったらしい。
嵐のやつ、美波のことを気に入ってただけに、そんな女と彼女の元に向かったんだ…ひと波乱起きるのはまず間違いないだろう。だが、たまにはそういう修羅場も潜り抜けておくのも、いい人生経験だろう…ともあれ、ご愁傷様…嵐。

「キャーーーッ!?」

嵐への念仏を唱えながら瞳を閉じると、店の入口の方から悲鳴が聞こえた。

「ちょっと…何事かしら?」

聞いた者が恐怖を感じられるほどの尋常ではない悲鳴に、俺たちは反射的に立ち上がった。
店内は当然のごとく騒然としている。テーブルから顔を出して覗こうとしている野次馬もいる。俺たちは通路を進み、柱の角から入口付近の様子を確認した。

――アイツは…っ!?

 

 

 

PM10:04
京都駅 伊勢丹前

「じゃあ一旦、家に案内するよ。とりあえず、面会が終わったらまた連絡するから、それまでは家で大人しくしててくれ。絶対とは言わないけど、あんまり出歩くなよ?…危ないから。」

「うん、わかった。エッチぃブルーレイがないか物色しておくね♪」

「バッ、バカ!んなもんねぇよ!」

どうしてだろう…響子が生きているって知って、胸が締め付けられるように苦しくなったっていうのに、今は美波といるとそんなことでさえ忘れてしまいそうになる…それほど居心地がよかった。
ただ、自分はそんな浮気者じゃない…俺は響子のことを想い、そして綾乃のことを想っているという、くだらない意地のせいか、美波の居心地のよさになかなか素直になれないでいたのも事実だ。

自宅に着くと、まだ襲撃の痕がうっすらと残っていた。ベランダの洗濯物のひとつに銃痕がある。外壁にも少し弾がかすったような痕があり、綾乃の容態にますますの不安を憶えた。

「じゃあ、俺はこのまま見舞いに行ってくるから、美波はちゃんとここで待っててくれよ。なるべく早く戻るようにはするからさ。」

「はーい。嵐ちゃんも気を付けてね。いってらっしゃい♪」

俺の肩に手を掛けて、新婚生活の初々しい朝のワンシーンのように俺の頬にそっと唇を触れさせた。

「あ、ああ…イ、イッテキマス…」

頬にキス…これで2回目のはずなのに、照れのせいでカタコトになる。美波のこういう大胆なところには、いつも狼狽してしまう。
俺もまだまだウブだな…そんなことを思いながら、久々に再会する愛車の待つ車庫へと向かった。

<< Chapter.05 ENTRAPMENT | Chapter.07 UNBREAKABLE >>

web拍手 by FC2

このページのトップへ

チャプター04〜07のページに戻る

目次に戻る

inserted by FC2 system