Phantom of Diva

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チャプター01 警告

- 警告 -


「別に用って訳じゃなかったんだが、昨日 本部に寄った時、ボスからお前宛てのラブレターを渡されてな。お前と会うのも久しぶりだ…今から軽くドライブでもどうだ。」
とりあえず遅れた手前、断ることもできない…頷く嵐。
それにしても、この京極という男はいつもそうだ。何かにつけてドライブに行きたがる。
軽く事故を起こした後のような、絶え間なく揺れ続ける助手席のことも配慮してほしい──嵐は揺られながら、いつもそんなことを考えていた。

「ほらよ。」
京極は中指と人差し指に紙切れを挟んで嵐に差し出した。
「例の…ラブレターっすか…って、封筒もなしかよ。まぁお粗末だこと。」
「まぁ、ボスは忙しい人だからな…この手紙も殴り書きで急いで書いてたぜ。」
紙切れとはいえ、それは一般人ではなかなか見ることのない漆黒の紙だった。
JACKALのメンバーは全員、この黒い紙をメモとして使用している。
この紙には特殊加工が施されており、どんな色のペンで書き込もうとも色はおろか、筆跡すら見えない仕様になっている。
紙と対になっている特殊なペンライトで照らして初めて、文字や色が浮かび上がるのだ。
これは暗殺を遂行するに当たり、いかなる情報の漏洩も防ぐ為に採用された。

ジーンズのポケット、ライダースジャケットのポケット、上から摩ってみるが、何かが入っている気配はない…
「京極、わりぃ…俺、ライト忘れたっぽいわ。貸してくれ。」
「何やってんだよ…もう少ししたら南港で休憩する。着いてから見ろ。今、丁度いいとこなんだよ。」
──丁度いいところ?
窓の外を見てみると、どうやら今いるのは阪神高速の湾岸線…いつの間にやら、大阪まで来ていたようだ。
それにしても、景色の流れ方が尋常ではない。
嵐は視線だけをメーターの方へと向けた。
メーターの針が180km/hに差し掛かろうとしている。
京極にとって道路交通法など、破るためにあるようなものだ…おそらく今ここで警察に見つかったとしても、完全に逃げ切れる自信があるのだろう。
それと、嵐の足元には側面に3つのツマミが付いたスマートフォンほどの大きさの装置が取り付けられている。
ターボ的な何かだと思われるが、車内を快適にしてくれる装置でないことだけは確かだろう。

かれこれ7本目の煙草を吸い終えようとした頃、ようやく埠頭独特の雰囲気が漂う南港の風景を視界に捕らえた。
南港は大阪湾を臨む工業地域であり、埋立地には魚類最大のジンベイザメを有する海遊館やUSJなどのテーマパークも点在するマルチスポットだ。
浮かない顔で窓の外を眺めていると、急に左半身に猛烈なG(重力)が襲い掛かってきた…と同時に、外の景色がみるみる流れていく。
いや、流れるというより…回っていた。

「着いたぞ。今日は日曜だから、ここらへんは静かなもんだ。」
シルビアが停車したのは、コンテナに囲まれた倉庫のような建物の前だった。
「あのさ、急に派手なパフォーマンスするの止めろって…マジで焦るから。」
車を降りると、外は潮風に舞いタイヤの焦げた不快な臭いが漂っている。
地面にはしっかりとホイールスピンした跡が焼き付いていた。
「いいじゃねぇか。こういう場所じゃねぇとできねぇんだから。」
京極はご満悦といった顔で煙草に火を点けた。
「京極、わりぃ…ペンライト。」
「あーそうだったな。ほらよ。」
ライトを灯し、ボスからの漆黒のラブレターを開く。
…に…気…を…つ……ん?……に気をつけろ?」
──どういう冗談だ。
しかも、殴り書きと聞いていた割にはご丁寧に“女”という文字だけが赤で書かれている。
「なぁ、京極。これ、俺宛てじゃなく、アンタ宛ての手紙じゃないのか?」
「あ?そんな訳ねぇだろ…ボスから直接『嵐のボウヤに渡しといて〜♪』って受け取ったんだぜ?」
「なんだよ、その軽いノリ…」

134名を統括する暗殺部隊JACKALのボス…肩書きだけ見ると、鬼軍曹のようなガチムチの中年男性を思い浮かべるかもしれないが、そうではない。
嵐はボスに会ったことはなかったが、京極の話から、ボスが女性であることだけは知っていた。
そもそも京極という男は、嵐とは別格の暗殺者であり、昨年、未然に防いだテロの数は嵐の73件に対し京極は247件…この実績を買われ、今年の春からJACKALの訓練生を指導する立場となった…いわば暗殺者の教官なのだ。
なぜこんな立場の異なる二人が今、一緒にいるのか…。

「で、何て書いてあったんだ?」
「……に気をつけろ。ってさ。どう考えてもアンタ宛てだろ?」
「バーカ。俺は女に気をつけなきゃいけないような軟弱男子とは違うんだよ。むしろ、俺の場合は女の方が気をつけるべきだ。ふぅー」
──この人、本当に大丈夫だろうか。
嵐は変態を見るかのような憐みを含んだ悲しい瞳で、煙草の煙を吐き出す京極を見つめていた。
「それにしても、お前。“に気をつけろ”って、何か心当たりないのか?」
女…女…少なくとも、京極と違って自分は女に恨まれるようなことはしてないはず…もしあるとすれば──
その時だった……

「危な…っ」
京極の発した声と同時に乾いた銃声が虚空に響く。
二人の背後にあったコンテナに当たったのか、一瞬の火花を散らし、弾いた金属音がした。
銃弾がコンテナに当たった時には、すでに二人ともコンテナの裏に回り、銃を縦に構え臨戦体制に入っていた。
「どこから狙ったのか知らんが、明らかに的外れな場所を撃ってきたな。…威嚇と捉えるべきか、またはド素人の発砲か…ま、こんな場所だ。尾行けられたことに間違いはないな。で、嵐。お前、心当たりは?」
突然の銃撃にも関わらず、京極は慌てる様子もなく、冷静に状況判断をしている。
「心当たりぃ?ひぃ、ふぅ、みぃ…んなもん、わっかんねぇよ!つーか、俺ら相手にブッ放すなんて死刑確定っと…とりあえずブッ殺しまーす。」
指折り数えてみるが、頭の弱い嵐には誰の仕業であるかなど、もはやどうでもいいことだった。
自分の馬鹿さ加減を誤魔かすかのように銃のスライド引きながら立ち上がろうとする嵐。
それを見た京極は長い腕を伸ばし、嵐の肩を掴んで引き止めた。
「アホか。とりあえず落ち着け…って、お前…そこ、撃たれてんじゃねぇかよ…」
不満げにこちらを向いた嵐を見て、京極はその異変に気がついた。
飛散した血痕らしきものが付いている胸元を指差す。
「ぇえっ!?マジかっ?!どこどこ!?これか!うわぁ…マジかよ、左胸じゃん…オレ、モウダメカモ…って、ちげーよ!これ、デザイン!Tシャツのデザイン、わかる?よく見て、シルクプリント、ねっ?」
「……紛らわしいんだよ。」
京極の天然ボケに付き合ったにも関わらず、ドスの効いた低い声で一蹴されるという大惨事に見舞われた嵐。

──まったく。
先程まで闘争心むき出しだったボウヤも、ほんの一言でだいぶ落ち着きを取り戻したようだ。
それにしても…この男。根はいい奴なんだが…どうも気が短い。
現場では僅かなミスも許されない俺達。冷静な判断力や状況分析は欠かせないというのに、こいつは何故、暗殺者に選ばれたのだろう…。 暗殺者としては、あまりにも不向きな性格だ。

「で、どうすんの、この状況。今日はここでテント張って野営ですか、京極センセ?」
落ち着いたが、不満は残っていたようだ。
「相手はおそらくライフル。こちらは45口径と32口径の銃のみ…射程範囲は明らかにこちらが不利。こんなクレーンやらコンテナのある入り組んだ場所で狙撃手を見つけるのも、こちらの分が悪い。今のところ威嚇の1発のみで済んでるんだ…ここは退散するのが得策だな。」
「やっぱそうなっちゃいます?だよねぇ…全く以て不本意ですが、りょーかいであります。自分はタイチョーの指示があるまで、ここで待機してるであります。」
――やんちゃなガキだ。
言葉と態度が真逆の嵐を余所に、京極はここからの離脱のタイミングを見計らっている。
京極の長い髪が潮風に吹かれ、軽く靡いた。その瞬間、叫んだ。
「いくぞ!」
京極の掛け声とともに二人はコンテナの両端から二手に分かれて車へと駆け出す。
二人が車内に乗り込み、嵐が扉を閉めるまでの間に、エンジンスタートからシフトノブまでの一連の操作を刹那的に繰り出し、ホイールスピンにより車体を180度急旋回させ、走り去っていった。

コンテナを船に積み込む為のクレーンの操縦室。そこにライフルが仕掛けられていた。
が、狙撃手の姿はなく、その代わりに引き金を引くような簡易な装置が取り付けられていた。
一発しか発砲しなかったのは、この装置の簡易性に因るものと思われる。

真っ暗闇の中に一点、ぽぅっと浮かび上がる赤いランプ。
「クックックッ…アイツらの会話、おもしれぇ。ゲフッ!あーくせぇー!」
嵐と京極が避難していたコンテナ…その扉が勢いよく開く。
ラジコンのようなリモコンを片手に、コンテナから外に出ると、しばらく北東に見えるジャンクションをじぃーっと見つめる。
暫くして、ほくそ笑みながらコートのポケットに入っている携帯電話を取り出した。

先ほどを上回る200km/hで、高速道路を突き進む二人。
京極は終始 無言のまま車を走らせていた。
――悪い予感がする。
嵐は窓の外を眺めながら無表情でボソボソと呟いていた。
「あー気分わりぃ…どこのボケか知らねぇけど、次会ったら確実に脳天ブチ抜いて魚のエサにしてやる…まったくよぉ…なんで俺が逃げなきゃ…そもそも……」

――さっき拾った この銃弾。科警研に送って調べてもらうか…。
太陽がかなり高い位置まで昇っている。
間もなく正午を過ぎようとしていた。
――この馬鹿を家に送り届けるのは構わないが、余計なことをしないかが気にかかる。
悩みの種が尽きないせいか、自然とアクセルを踏む足にも力が入る。
ハンドルを右手で持ち、煙草をくわえ火を点ける。
ちらっと嵐の方に視線を向けてみる… 過ぎゆく景色を眺めて嵐はまだ呟いていた。
「……だいたい、プロの暗殺者が血痕とシルクプリントを見間違えちゃダメだろ…なんで俺が悪いみたいな空気になっちゃった訳よ…おっかしいよなぁ…あれ、俺、絶対悪くないと思うんだけどなぁ……」

――お前、心の声が漏れてるぞ。
京極は何も聞かなかったことにし、煙草を静かに燻らした。


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