Phantom of Diva

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チャプター07 錯綜

- 錯綜 -


瞳に焼き付くこともなく次々と過ぎ去っていく街灯、オフィスビルの電灯、ネオン、対向車のヘッドライト…一瞬で流れゆく景色は原型を留めていないはずなのに、その光が尾を引く一筋のラインに見えた。
それはまるで息絶える間際に見えるという、刹那に流れる生きた証のフラッシュバック“走馬灯”のように。


PM 7:30

街は徐々にクリスマスムード一色に染まり始めており、所々でイルミネーションやツリーを目にすることができる。ただ、今の自分の心はそんな景色や雰囲気で気を紛らわせることなど到底無理だった。
一人でいる時間が少しずつ心を蝕んでいっている。

──もう一度…あの女に…。

そんな思いが芽生えた時、宛てのないドライブを続けていたはずが、いつの間にか気が付くとアミューズメント施設の駐車場で停車していた。車の中までゲームの電子音や館内BGM、ボーリングの球が織り成す地鳴りのような音が聴こえる。
鉛のように重い腰を上げ、車を降りる。
──昔、響子とよく遊びに来てたな…。


その頃、嵐のいるアミューズメント施設からさほど遠くない場所、四条木屋町でベロア地に包まれた8cm弱あるピンヒールで歩道を闊歩する女の姿。
女は漆黒のミンクのコートを肩から羽織っている…その絢爛豪華な存在感からか、若しくはコートの中の格好の奇抜さからなのか、はたまたその女の美貌に因るものなのか、とにかく女は過ぎ行く人間はおろか、彼女を中心とした周囲の人間の視線を一同に掻っ攫っていた…。


受付カウンターで店員から十数本のダーツが入ったコップを受け取った嵐は、ダーツボードの前のスタンドテーブルで久々の感覚を取り戻そうといった感じでリリースの準備に入っていた。
3本のダーツを手に取り、そのうちの1本を摘んで構えた。
人差し指と親指の先に神経を集中させ、リリースしたダーツはゆるやかな放物線を描き、的の中心“ブル”へと吸い寄せられるように突き刺さった。

が…その瞬間、激しい眩暈に襲われ、視界が真っ白に包まれる。
気付いた時には、自分がいたはずの場所ではなかった。


──ど、どういうことだよ…

いつも悪夢を見る自分の部屋のベッドの上だった。
しかし、その混乱はすぐに別の混乱によって消えた…美味しそうな、それでいてどこか懐かしい香りが鼻腔を掠めたのだ。よく知っている香りだった。
「あらしーできたよー。冷めない内に早く顔洗ってきなよ。」
そう言って寝室の入口からひょこっと顔を出したのは、響子だった。
──また夢か…もういい加減にしてくれ…。

「ちょっと!聞いてる?フレンチトースト冷めちゃうって!」
──まぁ、こんな夢ならしばらく付き合ってもいいか…。

「ごめんごめん、すぐ行く。」
とりあえず顔を洗おうと洗面所に向かう。リビングに出ると、テーブルの上には香りの正体であろう湯気が立ち上るトーストがあった。
プレーンの真っ白な平皿に乗ったトーストは黄色く、その上に濃い黄金色のメープルシロップが波打ったラインを描いており、視覚だけでより一層の空腹感を誘った。
──フレンチトースト…。
そのごちそうを一先ず見送り、洗面所に入る。
───あれは響子の料理の中でも最高傑作だったな…今でもあの味を超える料理には出会ったことがない気がする。
そんなことを思い出しながら、刺すように冷えた水を手で受け、顔に打ち付けた。


「……きゃ…さま?」
──そう、あの日のフレンチトーストが最後の手料理だった。

「お客さま?コーラお持ちしましたけど…。」
アミューズメント施設の店員がコーラを乗せたトレイを片手に、呆然と立ち尽くす嵐の肩を揺さぶっていた。
「すいません…そこに置いておいて下さい。」

たしかにダーツはブルに突き刺さっている。一瞬の幻を見ていたのか、左手に2本のダーツを握りしめ、リリースしたまま硬直していたようだ。
ほんの少し、2投目に進むことを躊躇したが、一瞬の幻を間髪入れずに何度も見ることなどないだろう…そう思いたかった。時に心はその病み具合によって現実に存在しない偶像を見せる。人の視覚などただの通過点に過ぎない…瞳に写るビジョンの最終判断は脳が行うのだから。


──カンベンしてくれよ…。
どうやら次の舞台は地下鉄のホームのようだ。そのことに気が付いたのと同じタイミングで、突風と共に電車が目の前を通過していく。風によって乱れた前髪が平静を取り戻し、開けた視界のその先、向かいのホームには、響子…ではなく、響子と同じ顔をしたあの女──綾乃──が立っていた。

──っ!?

綾乃はどこか悲しげな表情を浮かべ、ただじっとこちらを見ている。まるで二人の時間が止まったかのような、終わることのない見つめ合い…漠然と“永遠”というものを感じた。

「ドウシテ殺シタノ…?」

ブルには2本のダーツが綺麗に突き刺さっていた。
目覚める直前に彼女の声が聞こえた気がした。
──響子…。


二度あることは三度ある…そんな言葉が頭を過ぎった。残り1本のダーツを強く握りしめ覚悟を決める。もはや周りの雑音など一切耳には届いていないかのように、張り詰めた空気が漂う中、先程までの疲弊した表情とは違い、凛とした眼差しでリリースに臨んだ。
──最後まで付き合ってやるさ。


嵐の指からダーツが離れていく。時計回りの回転を含んだダーツは弧を描き、的の中心に向かって緩やかに飛んでいく。
すでに刺さっている2本の合間を縫うようにダーツの尖端がブルの穴へと刺さる瞬間──


銃声が鳴り響いた。
ダーツをリリースしたはずの空っぽの手で、愛用の32口径の銃を握っていた。銃口から立ち上る硝煙。そして、銃口の先には……響子がいる。胸を紅く染めた響子が。
──嘘だ…俺が撃ったのか……?

膝から崩れ落ちる響子を抱き留める。ここから先はいつも見る夢と同じように…いや、同じではなかった…いつもなら目が覚めるはずの先があった。
響子が立っていた場所、さらにその先に人影が見えた。そうだ、こいつが俺達を襲撃した犯人…そして響子を撃った張本人。滲んでゆく視界を振り払い、視線の先を睨みつけた。

──ウソだろ…。


カツン──
無機質で何の趣もない硬質な音によって現実に引き戻される。
ブルに刺さったはずの3投目のダーツが床に落ちた。騒がしいはずなのに、ダーツの落ちる音がしっかりと聞こえた。
どうやらダーツの尖端が折れて弾かれたようだ。いや、そんなことは最早どうだっていい。今見たのは記憶なのか、それとも作られた幻なのか…3年前の忌まわしい出来事に脳が拒否反応を示しているのか、はっきりと思い出せない。覚えているのは今もまだこの手に残っているような響子の温もりを失っていく様と、最期の言葉だけ。
響子は嵐の腕の中で最期にこう言い残していた。

「また逢えるから」

これが言葉通りの意味ならば、昨日現れた女はやはり響子なのかもしれない。そしてボスからの手紙が指す“”も。

──あ゛〜頭がパンクしそうだ。もう訳わっかんねーよ…。
明日か明後日にでもボスに聞けばいい…そう思い、考えることを止めにした。ダーツを投げる度に幻が見えるのも耐え切れそうにない。

気分転換に訪れたはずのここでもやはり過去に縛られ、挙句、妙な幻に苛まれた嵐の足取りが駐車場への通用口へ向かうのに、そう時間はかからなかった。
駐車場内を歩きながら、ジャケットの各ポケットを摩る…ここへ来た時は少し朦朧とした意識のままだった為か、車のキーをどこにやったか思い出せない。乗ってきたMINI Oneの前に着いたが、まだキーが見付からない…ジーンズの後ろポケットに手を伸ばしたタイミングで、背後から声を掛けられた。
「お忘れですよ。」

気の利くお嬢さんが鍵を拾ってくれたと思い、振り向こうとしたが後頭部に違和感を感じた。
──噂をすればなんとやら…ってか。ウワサしてねーけど。
後頭部に筒状の物体を押し当てられていた。圧倒的な劣勢…とりあえず両手を挙げて無抵抗をアピールする。
「こないだの借り、返しに来たから。」
その声は紛れも無く、響子…いや、昨日の女──綾乃だった。
しかし、先日遭遇した時のような動揺はなく、なぜか心は実に穏やかで落ち着いていた。
少し余裕を見せ、わざとらしく尋ねてみることにした。
「もしかして…昨日の美人さん…?」
ちょっと挑発したのがバレたのか、後頭部の銃口が痛みを感じるくらい更に強く押し当てられる。
「いててっ…」
「ふざけないで。アンタには聞きたいことが山ほどあるの。素直に答えた方が身のためよ。」
昨日は体当たりの襲撃といい、ドS全開だった…響子とは180度逆だが、もし彼女が響子なら、何か思い出したのだろうか…いや、今また響子の影を追い求めれば、精神が持たないかもしれないし、それに何より昨日のように彼女の激しい怒りを買う恐れがある。ここは一人の女性として接することにした。
──って言っても、このままの脅迫じみた状況で質問に答えていくのも癪だな…。

嵐の頭の中で考えがまとまる頃、綾乃からは1つ目の質問が出題されていた。
「昨日、口にした名前…どうしてアンタなんかが知ってるの?」
「さぁな。」
嵐のふてぶてしい態度に、綾乃の表情からは苛立ちが滲み出ていた。

「アンタさ…この状況判ってる?今日はツレのデカイのもいないんだから昨日みたいな逆転もできな……」
苛立ちから生まれた隙を突かれた…銃を構えていた右腕を下から鬼のような握力で掴まれ、そのままの勢いで頭上に振り上げられる。ターゲットの後頭部から外れた銃口に気を取られる間もなく、肘からの一発が腹部に突き刺さり、一瞬息が詰まった。
そこから更に、掴まれたまま右手首のツボに拳を見舞われ、手からこぼれた銃を見事に奪われた。

「悪いな…俺も一応プロなんだよ。形勢逆転ってヤツだけど…さぁどうする?」
腹部の激痛に蹌踉けた綾乃の額に奪った銃を当てがい、余裕の表情を見せる嵐。
それに比べ、綾乃の表情は痛みによるものなのか、またしてもしてやられた悔しさなのかは判らないが、大きく歪んでいた。
「ちなみに、俺もお前に聞きたいことが幾つかある。まず名前。なんていうんだ?」
「……綾乃。」
──答えるのかよ。意外に素直だな。にしても…やっぱ響子じゃないのか。じゃあ一体、お前はだ……

名前を聞き、暫く考え込んだ嵐の隙を綾乃も見逃さなかった。低い姿勢だった綾乃は、すかさず膨ら脛への足払いを繰り出した…。

──えーっと…。

気付いた時には立場が綺麗に入れ替わり、さっきまで銃を突き付けていたはずが、なぜかまた銃を突き付けられていた。
「…だっさ。アンタ、それでも男?なっさけないわね。」
少し乱れた髪を耳にかけながら、侮蔑を含んだ目で吐き捨てられた。この女が響子にそっくりでなかったら、きっとどんな手を使ってでも今すぐに殺してただろう。ただ、コイツは響子かもしれないし、何よりも今は逆に殺されかけてる立場上、負け犬の遠吠えなのかもしれないが。

──どうしてコイツがあの名前を…聞いても素直に答えないし…あーもう焦れったい!
とりあえず、もう一度尋ねてみることにした。もし答えなければ、容赦なく腕の一本や二本は犠牲になってもらうとしよう。
「アンタ、どうしてあの名前を知ってるの?アンタ何者?どういう関係?答えなかったら本気で撃つから。」
「わーったよ…あ、そういや腹減ってね?メシ行って、そこで話すってのはどうよ?」
──へ?なに、コイツ…。

「アンタ…バカ?なんでアンタなんかとご飯食べなきゃダメなのよ。」
あまりに突拍子もないことを言い出してきたので、怒りを通り越して呆然となった。どうかしてるとしか思えない。こんな危機的状況で平然と腹が減っただの、メシに行こうだのだなんて。ただ、彼の深く黒い瞳を見ていると、何か不思議な気持ちになった。そんなことを考えていたら、嵐は立ち上がって私の銃を手に取り、外へ放り投げてしまった…。
「ちょ、ちょっと何すんのよ!」
「いいからいいから…とりあえず行こうぜ。美味いもん食わせてやっから。」
殺しに来た相手をご飯に誘うわ、なぜか上から目線だわ…とにかく訳がわからなかった。
「なんなのよ…」

読めない展開に釈然とはしなかったが、強引すぎる嵐のペースに飲まれ、とりあえずついて行くことにだけはした。

車を置いたままアミューズメント施設を出た二人の暗殺者は夜の繁華街を、微妙な距離感を保ちながら歩きだした。



その3分後──
一人、足早に同アミューズメント施設前を通り過ぎた男と、そこから200〜300m離れた鴨川の辺、コンビニで買ったカレーまんを満足げに口に運びながら、タブレット端末で1セグメントの電波を利用し地上デジタル放送を見ている男がいた。

“これまで日本のテロ撲滅に注力してこられた舞鶴長官の尊い命を奪ったテロリストを私は決して許しません。彼女を失ったことはJACKALにとっても、この国にとっても非常に大きな損失です。この一件に関しましては、さらなる被害が起きぬ前に警視庁とも連携をとり、速やかに実行犯の特定と暗殺を行いたいと考えています。”

暗がりの川辺で、タブレット端末の光に照らし出された男の口元は怪しく緩んでいた。

──Ladies and Gentlemen,Beginnings of the Showtime at the risk of life...Start your Engine.
 (野郎共、命を賭けたショーの始まりだ……楽しく行こうぜ。)


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