Phantom of Diva

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チャプター13 逆転

- 逆転 -


「後で航空券などの必要な物を渡しに行く。いいな?」

「へぇ…お前からそんなお願いごとされるとはねぇ。いいぜ…引き受けてやるよ。」

──数時間後

私は郊外にある州道沿いのダイナーに涼介を呼び寄せた。コーヒーを飲みながら窓の外を眺めていると、漆黒のマスタングV8 GT コンバーチブルがエンブレムのギャロッピングホースを顕すかのような猛々しい動きで砂埃を巻き上げ、店の前に停車するのが見えた。そして、少し上機嫌な様子で入ってきた涼介は、席に着くなりジャックダニエルバーガーとコーラを注文し、煙草に火を点けた。

「さぁ、聞かせてもらおうか…ゲームの説明を。」

手にしていたコーヒーをソーサーに置き、私は事細かく計画の手順を説明した。

「昨夜話した通り、ターゲットは日本の防衛省管轄の秘匿組織に所属している嵐という男だ。こいつは元々、日本の特殊部隊SATに所属しており、その後、身体能力の高さを買われ、防衛省からヘッドハンティングされ、2015年に日本の武力的テロ対策として創設された秘匿組織JACKALに配属…暗殺者としての訓練を受けている。まぁ、お前とは場数が違うし、基礎能力も圧倒的に私たちのほうが上だ…手こずることはないだろう。そしてだ…まず明日11日の朝10時半にレーガン空港から発ち、12日の午後6時、大阪の関西国際空港に着く。そこから京都に向かえ。この印の場所が嵐の家だ。しかし、この依頼で気をつけてもらいたい点が一つだけある。嵐は女と同棲している…この女には一切手を出すな。そこだけは気をつけてくれ。」

「女?……フッ、了解。」

「後はお前の好きなようにすればいい。目的はただ一つ…嵐を殺ること。12日の間に日本で仕事を済ませて、13日の午後6時半の便で帰ってくれば、任務終了……どうだ?」

涼介は煙草の煙をゆっくりと燻らせながら、瞳を閉じて鼻で笑った。

「……朝メシ前だ。」

その夜、涼介は日本へと発った。そして私も計画の第二段階の準備の為、涼介が殺したマリアの父、ジョージ・エドワーズ連邦議長の元へと向かった…。

 

11月26日(木) PM 1:56
ハービスOSAKA B4F

「何、黙ってるんだよ…親友のこの俺を撃った…いや“売った”罪を思い出して、言葉も出なくなったか?」

涼介の突き刺さるような口調に、私は現実に引き戻された。いや、口調だけでなく実際に私の喉元には、青白く反射した切っ先がわずか1cm足らずのところで静かに鳴動していた──刀身は仕切りのアクリル板など存在しないかのようにあっさりと貫通している。

「そうだな…お前にしたことを思えば、たしかに私には返す言葉がない。それは事実だ…。」


2018年10月13日
PM 9:43
ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港前

日本から戻った涼介を迎える為、私は空港前で車を停めて待っていた。雨の打ち付ける音をBGMに考え事をしていると、窓ガラスをコンコンと叩かれ、涼介が覗き込んできた。

「よぉ、お出迎えなんて気が利くじゃねぇか。」

「骨の折れる仕事を任せたんだ…これしきのこと、構わんさ。ほらよ。」

私は涼介に小ぶりの瓶ビールを渡した。涼介を車に乗せ、空港を後にする。涼介はビールを飲み干すと、すぐさま眠りに堕ちた。それもそのはず…ビールに睡眠薬を仕込んでおいたのだから。5時間、車を走らせたところで、ようやく涼介が目を覚ました。

「……おい、仁。ここどこだよ。」

涼介がそう言うのも無理はなかった。外の景色は私達の暮らす街、アーリントンののどかなものではなく、深夜の静まり返った高層ビルが立ち並ぶ洗練された街並みだったのだから。

「お前が殺したエドワーズ議長の娘の件だが…少し厄介なことになってな。悪いんだが、お前には、しばらく私の知り合いがいる此処、ニューヨークで暮らしてもらう…なに、少しの間だ。ほとぼりが冷めたら連絡する。」

「おいおい、冗談だろ?じゃあ、俺は何のために日本に行ったんだ?交換条件になってねぇじゃねぇか。」

涼介は言葉を少し荒げた。これがエスカレートすると、こいつは止められなくなる。たとえ親友の俺でさえも殺しかねない。やはり、プランBでいくしかないようだ。

「落ち着け、涼介。お前の言い分は解った…近くにセントラルパークがある。とりあえず降りて、そこで話そう。」

緑に包まれた真夜中のセントラルパークは、雨の影響もあってか視界は最悪だった。私は路肩に車を停め、傘をささずに外に出た。涼介もそのまま車を降り、私を睨み付けた。

「お前、何を企んでるんだ、ええ?俺をこんなとこに連れてきて、NYに軟禁でもしようってのか?」

「涼介…そういうお前こそ、いつになったら私に結果報告をするつもりだ?依頼を受けたのだから、結果報告は義務だろ?」

車を挟んで会話を始める。これくらいの距離感がある方が安心だ…こいつのテリトリーに入れば、勝ち目はないからな。

「結果報告ねぇ…フッ、そりゃそうだ…結果は大事だよな。しゃあ、報告してやるよ。ミスった…仕留める直前でサツが大勢来てな。まぁ、その代わりといっちゃあ何だが、女を撃っちまった。ありゃあ即死だろうな。日本のサツをナメてたぜ。つーかよ、元はと言えば、お前が勝手に言い出したんだろ…なんとかしてやるってな。」

あくまで冷静に黙って聞いていたが、私の逆鱗に触れるNGワードを涼介は口にした。今でもあの時に込み上げた底知れぬ憎悪と怒りは覚えている。
“女を撃った”…嵐の暗殺に失敗したのは、ろくな準備もなく急に頼んだのだから、やむを得ない…と思えるだけのキャパは残していたのだが、依頼時にも伝えていた…“女には手を出すな”と。それがどうしても我慢ならなかった。気付いたときには、車を降りた時の距離を保ったまま、仕込んでいたサイレンサー付きの銃で涼介の頭部を撃ち抜いていた。
雨の影響で、さすがの涼介も咄嗟の対応ができなかったのか、交わしきれず右側頭部に被弾して倒れた。
ほんの十数秒前まで、私は怒りと憎悪に満ち溢れていたはずなのに、涼介を撃った直後からすでに冷静さを取り戻していた。予めトランクに準備していた一眼レフカメラで、涼介の倒れている姿を入れた現場写真を撮った後、私はそのまま車に乗り込んでワシントンDCへと引き返した。

エドワーズ議長邸を訪れ、DNA鑑定用の涼介の毛髪と、ニューヨークでの写真のデータを議長に手渡した。これで、娘のマリアを強姦した上、惨殺した凶悪犯が涼介だということが明るみになり、私はその狂った同僚を仕留めた正義に仕える軍人となった…全ては計画通りだった…嵐が生き残り、響子がこの世を去るという最大のミスを除いては。しかし、20年来の親友を殺めたというのに、私の心には何の曇りもなく、むしろ晴々とした気分が胸に広がっていた。

その2週間後、私は涼介という愛国心の欠片もない野蛮な軍人を処分したという功績を讃えられ、軍指令部から昇格の話がやってきた。このまま軍人を続けるつもりはなかった私は、昇格の代わりに異動を申し出た。国家安全保障局…そこには全世界の表から裏社会までのあらゆる情報が集まる。そこに諜報員として入局することができれば、私は米国にいながらにして、嵐の現状をある程度把握することができるからだ…いつかの復讐の為に。

 

11月26日(木) PM 2:02
京都市立病院 本館5F

「へっぶっしょいっ!」

「……大丈夫?っていうか、くしゃみの仕方、完全にオッサンよね。」

「うるせぇな…なんかムズムズしたんだよ…まぁ、JACKALのエージェントたちか、世間が俺のことをウワサしてるんだろ…俺も一躍、時の人…有名人だからな。」

綾乃の退院準備も整った…病院を出たら、しばらくは気が抜けない状態が続くだろうな。さすがに、まだ此処は嗅ぎ付けられてないだろうが、エージェントたちがどこで待ち伏せているか分からない。近接格闘系のエージェントだけなら、なんとかなりそうだが、スナイパーが出動してるとなると、かなり厄介なんだよなぁ…。まぁ、考えていても仕方がないか。
俺と綾乃は、ロビーに行き、退院手続きを済ませてエントランスを抜けた。緊迫したこの状況がウソのように、空は青く、澄み渡っていた。

――京極の不在。ボスの暗殺。連鎖する無差別テロ。同胞からの緊急指名手配。俺はこれからどうなるんだろうか…。

 

PM 2:11
ハービスOSAKA B4F

「……なぁ、涼介。念のため聞いておくが、お前…今ここで私を殺るつもりじゃないだろうな?もし、そうだとしたら、一つだけ忠告しといてやろう。」

「えらく強気じゃねぇか…暗殺組織の長官殿はやっぱそれぐらいじゃなきゃなぁ。で、なんだよ。」

涼介は刃の先端を微動だにさせず、落ち着いた様子で目を細め、こちらを静かに睨み付けている。

「……フッ、そう。私は暗殺組織の長官なんだよ。外を見てみるがいい。」

私の余裕の態度が気に食わなかったのか、涼介は舌打ちをして視線だけを動かし、車の外を見た。

「…な、なるほどな。そういうことか。」

車の周りには、ブラックスーツに身を包んだ男たちが銃を構え、取り囲んでいた。そして、涼介のいる運転席の真横の窓ガラス越しには、一人だけ身形の異なるロングコートを纏いショットガンを構えるハットをかぶった男――Jの姿。

「残念だったなぁ…。ここからブッ放したら、どうなるかなぁ…ヘヘヘ。男前なそのキレイなお顔、跡形も残らねぇかもな。」

「涼介…昔のよしみだ。お前みたいな狂犬でも、私のところで飼ってやらんでもない。」

私の喉元には、先程と変わらず刃物が突き付けられているが、そんなことはもはや意味のないこと。私はシートに備え付けられたケースから葉巻を取りだし、火を点けた。車内に広がる甘く危険な香り。

「とりあえず、3年前のオトシマエ、今からつけてこいよ。そしたら、お前を私の組織に優待してやる。どうだ、悪い話じゃないだろう?」

「……嵐…か?」

「アイツも今じゃ指名手配犯だ…何をしても、社会的に許される。3年前のように警察に邪魔されることもない…簡単だろ?なんなら、ここにいる奴ら全員オマケで付けてやっても構わない。」

「オイオイ、ボス!そりゃねぇぜぇ〜!俺もオマケ扱いなワケ〜?俺、けっこう出来る子なのによぉ。」

Jの戯言はさておき、いい加減、喉元でチラつく目障りな刃物を二本の指で触れる。涼介も腹をくくったのか、狂気を失った刃物は軽く押しただけで左にずれた。

「オマケはいらん…俺一人でやる。お前の言う“オトシマエ”…つけてきてやるよ。」

涼介は逃れようのないアウェイな状況に苛立ちを隠せない様子で、日本刀を鞘に収め、車を降りた。日本刀を片手に、取り囲む暗殺者たちの輪を抜け、ツカツカと駐車場内を歩いて出ていく涼介。

「なぁボス…俺にもなんか仕事くれよぉ。アイツが嵐殺した後にあの、涼介とかいう奴を消さばいいんだろうけどさぁ…俺も嵐とドンパチやりてぇなぁ。」

「…そうだな。たしか、お前との契約も当初は嵐の暗殺だった訳だし、好きにすればいいさ…だが、あんまり遊ぶなよ。」

「そうこなくっちゃな。そういや、綾乃はどうすりゃいいんだ?上手く利用できたと思ったんだけどよ…今じゃ完全に“女の顔”になっちゃってるし、嵐の味方だぜ?」

Jはショットガンを肩に掛けて、運転席に乗り込んできた。さきほどから饒舌に話しているが、表情からは無関心さが滲み出ており、全くの無表情だった。

「綾乃か…まだ利用価値は残っている。これを使ってドラマティックな展開にしてしてやってくれ。」

エンジンをかけようとしていたJにA4サイズの封筒を差し出す。正面を向いたまま受け取り、その封筒をそのまま助手席に置いて振り返った。

「エージェントと合わせて、13対1かぁ…さすがに悪運の強いアイツでも、こりゃあ死ぬな…いや、死ぬね!クックックッ。」

「無駄口を叩いてないで、早く出してくれ。もうすでに仕留めたという報告が本部に入ってるかもしれんからな。」

「へいへい…了解、ボス。」

――綾乃…いくら姿形が一緒でも、私がほしかったのは響子であって、綾乃じゃない…役目が終わるその時まで、せいぜいロマンスを楽しめばいいさ。

 

PM 2:25
京都市立病院 第二駐車場

――ったく…予想以上…っていうか、早すぎじゃねぇかよ!

白昼にも関わらず、市立病院の屋外駐車場では銃弾が雨嵐のように飛び交っていた。会見で新ボスが言っていたエージェントたちだ。黒いハイエースが荒々しく駐車場に入ってきたかた思えば、急に止まり、扉が開いて6人ほど現れやがった。会見で言っていた人数は10人…今ここで全員を仕留めるのは難しいが、2〜3人仕留めて細かく削っていけば、なんとかなるかもしれない。とにかく、綾乃もいる…突破口を開いたら、逃げるしかないな…。

「綾乃。俺が右側のハイエースを爆破させる。そしたら、すぐに車に乗り込め、いいな?」

「爆破って…そんなことできんの?!」

「まぁ見てろって!いくぞ!」

車の陰から飛び出し、給油口に一点に集中砲火を浴びせる。6発全弾が風を切り裂き、ハイエースの給油口に吸い込まれる。その瞬間、地面から噴き上げる紅蓮の炎に持ち上げられるかのようにハイエースは宙を舞い、周辺にいたエージェントたちが爆風で吹き飛んだ。
綾乃は手順通り、俺の車に乗り込んでスタンバってる。

――あの炎の中を突っ切るしかない…か。

車に乗り込み、アクセルを全力で踏み込む。猛々しく回転するタイヤと地面の激しい摩擦が、唸りを上げて白煙を噴き上げ、次の瞬間には落下してくるハイエースと炎の間を走り抜けていた。

「嵐…アンタ、やりすぎじゃない?」

綾乃が笑いをこらえながら、俺に言う。

「アイツらに恨みはねぇけど、無実の俺を裁こうとしてんだ…あれぐらいのお仕置きは必要だろ…。」

とりあえず逃げ切れたようだ…病院から追っ手は来ない。でも、タダでは逃がしてくれなかった。

「ちょ、ちょっと…嵐……それ…血じゃないの…?」

そういえば、京極にも同じこと言われたな…全く。これ、お気に入りのTシャツなんだけどな…。

「これな…そういうデザインなんだよ……。」

「違う!どう見たって、デザインじゃない…お腹のとこ…どんどん拡がってるし…。」

綾乃の言う通り、腹部一帯に紅い染みが拡がっていた。

――やっぱ…これじゃさすがにバレるか…。

「ま、まぁ、気にすんなって。大丈夫だからさ。とりあえず、このまま移動し続けるのは得策じゃねぇし、どこか…入ろう…か…。」

意識が朦朧としてきた。このまま事故って死んだら意味がない…どこか…どこかで…。

 

目を開けると、そこには俺がいた。

――あれ、俺…だよな…?夢か…?

夢ではなかった。鏡張りの天井に写しだされた自分の姿だった。このデザイン…まさか……

「やっとお目覚め?ホンっト危なかったんだからね…。気分はどう?落ち着いた?」

――落ち着くどころか、お前、ここはマズイだろ…。

「あのさ…ここ、俺が運転して連れてきたのかな…?」

「ううん、嵐が途中で意識を失くしたから、私が運転して来たんだけど…何?」

――なに?じゃねぇよ!お前…普通、怪我人をラブホに連れてこんだろ…。

「い、いや…そうか。悪かったな。」

――とりあえず、意識するな、俺。意識したら負けだ…理性くんにさよならだけはするな…それさえ守れば、快適に休めるんだから。

「アンタ、変なこと考えてないよね…?傷口が開いてるように見えるんだけど。」

腹部はサラシのようにグルグル巻きにされた包帯で覆われており、うっすら血が滲んでいた。

「バッ、バッカじゃねぇの!こんな体で、んなこと考える訳ねーだろ!」

綾乃の視線は依然として冷たいままだった。

「…そう。ならいいけど。」

とはいえ、綾乃の判断は正しかった。人と顔を合わせることのないラブホならば、すんなり入れるし、エージェントたちが俺たちの居場所を突き止めるにも、時間がかかるはずだ。傷はそんなに深くない…少し休ませてもらおう。

「わりぃ。もうちょっと寝てもいいか?」

「……うん。」

背中越しに聞こえた綾乃の返事は、どこか寂しそうで辛そうな…そんな気がした。


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